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アルコールよりも酔える音楽(chaser付き)

さて、選挙も終わり、師走も後半戦。アルコールの季節ですね。
毎週末忘年会で酒に浸るこの時期、平場はアルコールから身を離した方がいいかもしれません。腹を出さないためにも、この世から飛び出ないためにもw

私も本当に酒では失敗を何度も繰り返しておりまして、漸く最近酒の程度というのがわかってきた感じです。といいながらもビールワインウィスキーを飲み過ぎて、腹がヤヴェー状態になってきてしまい、珈琲になんとか移行しようとしているここ数週間です。

とはいえ、やっぱり酔いたい。気分良くなりたい。ともすれば酩酊したい欲、あるんですよねー(苦笑
ゲスの極み乙女の絵音君でもありませんが、「今日もまた嫌な事ばっかり」な日もあります。そんな時は酔って気を紛らしたい。

そこで音波を使って酔えないか?あわよくば酩酊まで持ってけないかとw
結論から言うと、行けます。音でアルコール代わりに酔えます。こいつで酒量を減らせば、健康にも家計にも劇的に良い効果が。万々歳じゃないですかw

と、いうわけで酔える音楽セット、チェイサー付きでいきます。

ほろ酔いから一番気分良くなるフェーズに持ってけるアルバム
ここにはTeebsの『Ardour』を推します

今年2ndアルバムをリリースし、Brainfeeder4でもいい味効かせていたLAのビートメイカーの1st。
桃源郷にいざなわれる、といっても過言ではない蕩けるサウンド、こいつは燗を一本空けるのと同じくらい気持ちがポカポカいけますよ。

覚醒から酩酊へ
Teebsであったまったところで酔いを深くしていくにはこれでしょう。Lou Reed - Metal Machine Music

目の前がチカチカしてきたらしめたもの。甘やかに瞬き痛ませる音の粒子で、くらくらから酩酊まで脳内をぐらつかせましょう。これは史上初のノイズアルバムと言われるルーリードの問題作。ちょっときついお酒で煽るくらいがハイに成れます。

頭が痛くなってきたら
"ノイズも数分はいいけどだんだん頭痛がでてきたよ"という方にはチェイサーを。気鋭の邦楽バンド、森は生きているの17分にも及ぶ組曲『煙夜の夢 a,香水壜と少女 b,空虚な肖像画 c,煙夜の夢(夜が固まる前)』です。


すうっと染み渡るこの音で、アルコールの酔いを晴らしたら、また音楽を呷るのも良し、別の嗜好品へ行くも良し、忙しい年末に、すやっとゆったりと寛ぐ時間をリビングでベッドルームでお過ごしください。
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# by wavesll | 2014-12-15 01:27 | 小ネタ | Trackback | Comments(0)

金魚と妖怪

先月、中野リトルハイに深堀隆介さんの個展「金魚は上見で」を観に行った際の写真と、今日南青山Tripletにて柳生忠平さんの個展「百鬼創造」を観に行った際の写真を上げます。




金魚を立体的に描く深堀さん。レイヤーを多層的に塗る事で立体的に描いていることがわかり、現場で見ると更に面白いなと思いました。初期から現在までの作品があり、年代を経るごとにどんどんリアルになっていく様が面白かったです。最近深堀さんは古墳に嵌っているらしく、新境地を開こうとしている作品も展示していて、金魚と前方後円墳とか、面白い事やってるなぁと思いました。




柳生忠平さんの肉感的な妖怪には、どうにもこうにもモリモリした生命力を感じました。肉にwあやかしなのに肉感的というのは面白いと思いました。
Xmasの南青山に小豆島から妖怪がやってくるというのも乙ですね。もう「金魚は上見で」は会期が終了してしまっているのですが、「百鬼創造」は28日まで展示していて、26・27日には2000円で柳生さんご自身に、心を探ってもらって妖怪似顔絵を描いてもらえます。年の瀬に鬼に逢いに南青山へ散策するのも、楽しいかと◎

屏風に描かれた大きな作品はやっぱり生で観るといいですよ。お薦めです!
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# by wavesll | 2014-12-14 20:52 | 私信 | Trackback | Comments(0)

冬の街が少し異なって見えるような南米音楽 Youtubeより二選

街を歩くとXmasソングがかかり、イルミネーションが華やぎ、あぁ、震災の時の暗さは彼方へ行ったなと想う26年の師走ですね。

私は携帯音楽再生機を持たないのですが、たまに"あぁこれ街で聴いたらとても良い相乗効果を生みそうだ、風景が少し異なって見えるような音楽だな"と想う音楽に出くわすことがあります。

たまたま、Youtubeで最近そんな音楽を2つ見付けたので、ちょっとメモ代わりに載せておきます。私が思うお薦め風景と共に。

Paêbirú - Lula Côrtes e Zé Ramalho (1975)

ブラジリアン・サイケの宝玉のような一枚。民族風の浮遊感のある音から、呪術感のある旋律が混じり、途中の弩級の展開も含め、初聴ではアマゾンの原生林に放り込まれたような驚かせっぱなしの音楽体験を味わいました。

自分は実は最初5分ほど聞いて"もういいかな"と思ってしまったのですが、ちょっと飛ばして聴いてみると面白いことになっていたので通しで聴いたらこいつにはやられました。自分が聴いた70年代ブラジリアンジャズロックの中でも3指に入るくらいの好盤だと思います。

一昨日初めて聴き、その際は密林のような異世界を味わったのですが、昨夜2聴目をしたところ、これはもしかしたら冬の街に似合うのではないかなと想いました。

枯れた枝が伸びる街路樹を横目に、南米のスペシャリティコーヒーを飲みながら歩く曇り空の昼下りなんかに、このアルバムは似合う感じがします。見慣れた風景が少しコズミックな感覚が混じり、珈琲の酸味が味わい深くなりそうだなぁとにやにやしながら今夜3聴目をしています。

さて、冬の昼に南米産サイケならば、夜はいかがしましょう。やっぱり冬の夜と言えば「雨は夜更け過ぎに、雪へと変わるだろう。きっと君は来ない」と奏でるフラれた男の曲が、独り身には沁みますね。というか独り身にこそ音楽は必要だと思います(苦笑

というわけでこいつはいかがでしょう。
Hector Berlioz Symphonie Fantastique Gustavo Dudamel

ベルリオーズの『幻想交響曲』をベネズエラのグスターボ・ドゥダメルが指揮した演奏です。

『幻想交響曲』はベルリオーズが失恋した体験をもとに創作した、失恋した芸術家がアヘンを吸ってその夢の中で恋人を殺し地獄に落ちるというバーンスタインに言わせると史上初のサイケデリックな交響曲だそうです。

私はクラシックは退屈に感じる曲は退屈に感じてしまうのですが、この曲は飽きさせません。Youtubeで幾つかの演奏を聴いたのですが、ドゥダメル指揮が最も柔らか且つ適度な華があり、好みでした。

夜更けに一人街中を歩けば、ネオンサインがこのサイケデリックな交響曲によって虹色に輝いてみえるんじゃないかな、なんて思います。知らぬ街に来た異邦人の気分でこれ聴きながらゲロルシュタイナーでも飲みながら彷徨うと悲劇の主人公気分に浸れそうです。何も恋人と過ごすだけが主役になれるってもんでもないでしょうw

個人的には冬が一番輝くのは夕暮れの時間で、その影絵の様な魔術的な空は、特に音楽はいらないなと思うのですが、その時間を挟んで、昼と夜はこの2つの音楽で街を眺めるのもいいなぁと思います。もし良ければお試し下さい^^
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# by wavesll | 2014-12-11 01:08 | 私信 | Trackback | Comments(0)

インターステラー感想、2014年の日本の風景から

以下の文章には『インターステラー』についてのネタバレを含む記述があります。これから『インターステラー』を観ようという方はこのエントリは今は読まずに、ご覧になられた後でご笑読されることをお勧めいたします。



一昨日の夜、新高島の109シネマズにて『インターステラー』をみてきました。
今年は年初に『ゼログラビティ』という、映画館での新次元の体験を表現した宇宙映画がありましたが、『インターステラー』はそれとは一種真逆の、宇宙体感映画というよりも、宇宙という舞台装置を使って父と娘の人間ドラマによって感情を揺さぶる映画でしたね。

個人的には船橋のIMAX3Dでみた『ゼログラビティ』の宇宙体験に、衝撃度は軍配を上げたいですが、物語としての深みは『インターステラー』にありだなと、感じました。

宇宙に出てからの展開もとても良いのですが、心に考えさせられたのは時代設定が描かれる地上パートの部分でした。

今から1,2世代後の近未来。作物がどんどん育たなくなり、原因不明の砂嵐に脅かされる世界。人類のほとんどはトウモロコシ農家となり、科学の進歩という価値観は否定され、学校では月面着陸はデマだったと教えられ、主人公クーパーの父親の老人が「人口が60億程の頃の、新しいものがどんどん生まれてきた頃と今は全くパラダイムが変わったことを受け入れろ」と元パイロットのクーパーに諭す時代。恐らく、全世界の軍は解体され、全世界は人間同士で戦うことよりも、日々を生きることに必死になる、というか地球環境がもはや人間に適さない位になってしまいつつある不安の中で生きなければならない時代。

そんな時代にクーパーたちは生きています。この時代設定を見ていた時、これは『風立ちぬ』を更に先に進めた問題意識があるのではないかなと思いました。

『風立ちぬ』の主人公、二郎は同僚に「俺たちが造っている飛行機にかける予算が少しでも浮けば、数多くのひもじい子供たちに食べ物を与えられるかもしれない。しかし、それでも国は飛行機を作らなければならないのだ」と言われます。

この『風立ちぬ』のシーンは、科学の発展が、戦争によって起きるメカニズムがある事を示すと共に、"穏やかな夜"よりも科学の発展の方が、人は根本的にわくわくする生き物であるという真理を暗示する場面だと思います。

インターステラーで描かれる時代は、福祉重視派あるいはエコ思想の一部の人、平和を望む人にとって、一つの理想であるこの"自然に畏怖しながら生きる、戦争のない時代"でありながら、実際にそういう時代が到来してしまった場合に起きる"イノベーションと消費文明を知っている者にとってはどうしても感じざるを得ない閉塞感"を画いていて、うーんと唸らされました。この感覚は、もしかしたらベンジーが歌う"きせき"に通じるものがあるかもなとも感じました。

さて、ひょんなことからクーパーは人類の未来が託される宇宙への脱出計画に身を投じることになります。
閉塞感、将来の不安が纏わる場所からのEXODUSの物語が、心を打つのは、日本の今の若者がこの国の将来に大きな不安と閉塞感を感じている証左でもあるかもしれません。

宇宙での航海の部分は、SFらしく、"それっぽい概念"が"それっぽく"描かれていて、自分としては非常に楽しめました。

中でも"事象の地平線"が映像化されたこと、ブラックホール・ワームホールが今の学説に基づいてヴィジュアル化されたことは非常に面白かった。この映画はモロに『2001年宇宙の旅』を意識したつくりになっていますが、色彩あふれる『2001年~』に対してモノクロで表現されるこの映画の宇宙の描かれ方には、杉浦康平氏が創った『全宇宙誌』のヴィジュアルにも通じるものがあるなぁなどと思っていました。

私は経済学部だったので物理学はまるで無知ですが、相対性理論についてはブライアン・グリーン氏が書いた『エレガントな宇宙』で少しかじっていたので、そこら辺のこともそこそこわかって面白かったです。さらに言うと、『エレガントな宇宙』の続編『宇宙を織りなすもの』では"時間は凍ったものとして全ての瞬間がすべて存在している"というような記述もあったように思います。最後に辿り着く"5次元空間"の描写は、それを読んだ身からすると、"あぁこれ、凍れる時間仮説から描かれたものかもしれないなぁ"と思いました。

更に言うと、『エレガントな宇宙』を読んだ大学生当時に自分が妄想していた"精神も次元の一つである"というような思い付きと、今回ノーラン監督が作り上げたロマンあふれる作劇が共鳴する部分もあるかもなー、なんて一人ニヤッとしてしまいました。

全人類のことを考えているような人が、結局自分の欲望や身内のことを最優先してしまう物語。実際、この物語にはほとんど"外部"が出てきません。他国の描写はインド軍のドローンくらいですし、とことん"親子の情""愛する者との関係"だけがクローズアップされた物語。そもそも星や地球は人類が滅んだって存在するし、人間はそういうものなのだから、下手にいい子ぶった"自己犠牲な"行動をとるよりも、自分の愛が身勝手で醜いことを認識した上で、それでも手の届く人の為にできることをするしかないというテーマは『寄生獣』にも通じる、ただ生っちょろいうだけでない人生の真実があるかなとも思いました。

最後に、きっと娘が出来たらこの映画でボロンボロンに泣いちゃうんだろうなぁ。自分の人生が新たなフェーズに入ったら、また観たい、いい映画でした。

あと、これ見た人には『へうげもの』の作者さんが前描いた『度胸星』を読んでもらいたいなぁ、きっとニヤリとさせられると思います^^

きせき

いつの日か この街に きせきが舞い降りたら
アスファルト 道路がすべて 透き通った川に

閉ざされた工場 すべて森に変わる
愛などと 言うコトバ忘れ去れるほど


平和な世界が やってきたら きっと
僕は退屈で 生きてはゆけないだろう

生きてはゆけないさ


いつの日か この街に きせきが舞い降りたら
冷たい コンクリートビルディング なだらかな丘に

自分を無くしたすべての人々が花に
愛などと 言うコトバ忘れ去れるほど


平和な世界が やってきたら きっと
僕は退屈で 生きてはゆけないだろう

生きてはゆけないさ

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# by wavesll | 2014-11-30 22:22 | 私信 | Trackback | Comments(0)

深緑、その先

今年は初めて秋が好きになったと自覚できた年でした。

想えばこの数年、私は春から夏にかけての時期を最も好み、夏が過ぎたのちは"「夏は楽しかったね、いい加減な事、言っていた気がするよね」とベンジーが歌っていたなぁ"等とあの熱の影を求めて、寒冷な季節を歩いていました。

そんな自分が秋が好きになったのは、デング熱が去った代々木公園を歩いたら、夕映えの樹々が赤銅色に、滲黄に燃え枯れ、肌に凍みる風と足元の葉を踏みしめる感触が、たまらなく心に響いたからでした。

今年は人間的にも、社会との関わりとしても、学んだことが多くあり、その出会いと別れ、選択の結果を受け入れる事、と共に自分もまた"若葉"を自分の属性としてみなせないフェーズに、徐々に、しかしいよいよ漸く入ったのだなと想ったから、あの秋の夕が自分の心臓の襞に吸い付き、新たな楽章が鳴り始めているのだななんて想います。

今、自分にとっては懐メロとも違うのですが、生徒、学生の頃にリリースされた音源に、揺り動かされます。それも当時はあまり魅力を感じなかった楽曲に。

バンドの、彼らの当時の年齢に自分が近づき、心情の熱運動が、若葉から深緑、そして朱黄に変化していく過程なのかもしれません。

"別れ"の感傷を想起させる曲、あるいは夏の熱が冷えた後に鳴らす音。そんな音として今秋に良く聴いたのは『AJICO SHOW』でした。

Blankey Jet City解散の後、様々なバンドが組まれましたが、ベンジーがやった中で、現時点の自分が一番好きなのは、このあっという間に去っていったajicoというバンドです。

当時の中高生だった自分には、あまりにも大人で、渋すぎると感じていた楽曲が、今心地よい。どころかエンターテイメントとしてのサービスな甘さも特にギターに十分ジューシーに含まれ、舌も苦みが美味しく感じるようになったものなぁと感慨深く思います。

地元から共にやっていた仲間と離れ、社会の中で出会った人脈で組んだスーパー・バンドの化学反応。あっという間に散ってしまった深緑色した焔。この音が響く耳になったのは、俺にはまた豊かな未開地が開けた気がし、痛みも苦みも、幸福の一種なのだなと感じる晩秋になりました。

”Pepin”

愛してたあいつのこと 心から好きだった
でも今は 水色の夕焼けが目に染みる
愛してた正直に 天国に近いハート
でも今は 水色の夕焼けが目に染みる
人ごみは哀しいね 街路樹の唄うたい
手のひらに唇あて 稲妻に撃たれたい
I want you, Love you pepin I want you, Love you pepin
I want you, Love you pepin Love you pepin Ah

くだらない人生だと誰かが言う おまえのこと
でもそれは…でもそれは カーディガンひざを入れる
どれほどか知りたくて ドアを開け歩きだす
手探りで見つけたよ 白い砂 風に消えた
I want you, Love you pepin I want you, Love you pepin
I want you, Love you pepin Love you pepin Yeah

I want you, Love you pepin I want you, Love you pepin Love you pepin
I want you, Love you pepin I want you, Love you pepin Love you pepin Yeah

人ごみは哀しいね 街路樹の唄うたい
みなしごのミツバチは今日もゆく 今日もゆく
愛してたあいつのこと 心から好きだった
でも今は 水色の夕焼けが目に染みる
愛してた正直に 天国に近いハート
でも今は 水色の夕焼けが目に染みる
どれほどか知りたくて ドアを開け歩きだす
手探りで見つけたよ 白い砂 風に消えた
I want you, Love you pepin


”深緑”

深緑色したガラスかざして
おまえのことなど忘れた とっくに
ここは荒れくれた街なのだから
甘い言葉なんて良くないぜ とっくに
ふしだらな言葉が似合ってる とっくに
深緑色したガラスをかざして
おまえのことなど忘れた とっくに

もう二度と会えないことは もう二度と感じれないことか
それならば僕は今を通り越したマシンに乗って
何処へ行こう 行先なんて みんな みんな持っちゃいないぜ
だから言おう 愛してるって 今、目の前のおまえに

おまえに おまえに 愛してるって 言おう
おまえに 愛してるって言おう


ブランキーには再結成してほしくないし、少なくともあの三人で昔の曲やられたら、喜んでも悲しい。
きっとajicoもあれきりだから美しいのだと思います。

更に俺が老けて、丸くなって、柔らかくなってしまったら、その頃にはみなまろやかになってロックンロール鳴らすのかな、あるいは"楽しそうだからまたやろうぜ"みたいになるのを喜べるようになるかもしれません。それはちょっと見てみたい気もしますが、ナイフの切れ味が錆びるのを喜ぶほど、まだ自分はまろやかではないですね。でもベンジーが「またどっかで会おうぜ」って言ったのは、単純に嬉しかったです。
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# by wavesll | 2014-11-24 21:20 | 私信 | Trackback | Comments(0)

CITIZEN “LIGHT is TIME” ミラノサローネ2014 凱旋展


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# by wavesll | 2014-11-18 22:48 | 私信 | Trackback | Comments(0)

TOKYO WEEKEND

去る土曜にNHKホールでモーリス・ベジャールと東京バレエ団、ズービン・メータとイスラエルフィルによるベートーヴェンの第九のバレエを観に行きました。

ドイツ語での語りとドラム・パーカッションの打音が鳴り響く冒頭に一気に引き込まれました。というか、ここが一つのピークでしたw実際に第九が始まると、音のゲインが低くて、どうしても迫力が冒頭の打音に負けてしまうなぁと思いながら見ていました。男たちと女たちが自然の中で舞い、愛を育んでいく様子が顕されているのだろうと思ったのですが、バレエ初心者の自分は途中でダレて女性のレオタード姿ばっか眺めてました(苦笑

第九を全編通して聴いたのも初めてだったのですが、やはりクラシックは敷居が高いですね。クライマックス前まで草原を風が抜けるような、ただどこか格式ばったような、まぁこんなものか、そう考えるとペトリューシュカはPOPとして聴けたなとか、考えていました。また、ダンスの足音が聴こえるので、これをもっと印象的にしたらいいのでは?なんて考えました。

例えば動作センサーとライティングを使って、ダンサーの跳躍・着地時に床に波紋が生まれたり、草木が生えたりしてはどうか。あるいは巨大なタッチパネルのような仕組みを作ってダンスの足捌きによって音が奏でられるような仕組みを作ってはどうか?etc。

まぁそうなっちゃうと人工的って感じになってしまうかもしれませんが、今年の八月に見たギエムのボレロは動きがほんとアニメ的な魅惑にあふれていたというか。手足の長さで劣る日本人は別の技術と肉体を組み合わせて魔力を造ってもいいかなと想います。

しかししかし、歌が入ってからの第九の凄さには圧倒されました!うーん凄かった。字幕出してもいいかなとも思ったんですけどね。白・黒・赤・黄のダンサー(これは人種を表してるのかなとも思いました)が舞い、黄色のソリストが中央で生と死を思わせる躍動を魅せます。ソリストを周囲のダンスで甦らせるような振り付けにはちょっと天岩戸を想わされました。

そして家に帰ると、椎名林檎が蜷川実花・野田秀樹と東京五輪について話していました。
みていて「アチャー」とならない、恥にならない開会式にしたいと。
その為には誰かの強力なリーダーシップが必要で、ふわっと全部載せてぼやけた味になったら終わりだけれども、現実そうなりそうで怖い。というような話。

委員に名を連ねる蜷川からは「プレーヤーばかりでプロデューサーがいない」というような話も。ここに秋元が収まってしまったら恐ろしいなと思うと同時に、これがマンガなら敵である秋元が実は最大の助けになるみたいな展開ないかなwなんてみてましたw

東京五輪、TOKYOという都市が世界の都市と伍していくために、全国の精鋭が鍛えぬいて練り上げた価値を示す機会に、やはり日本に足りないのはきちんと責任を取り、未来のヴィションをぶち上げるリーダーなのですね。

次の五輪のセレモニーは前の五輪からの60年をみせると同時にこれからの60年をみせるべきであって、そこには当然、文化が流れ着き、改良されていく日本という国がもつミニマムとカオス・伝統と革新が双立する多義性であったり、一種の無国籍な現代文化の発信地である点を示すと共に、人口減少・少子高齢化の中で恐らく政府は移民政策を今後も推し進めるでしょうから、そんな中では『日本人が想う"人間観"』が示されればいいな。できれば新技術を使ったパフォーマンスのイノベーションによって示せるといいなと思います。

東京と地方を考える時間は今後どんどん増えていくでしょう。未来予測では東京圏の人口は今後も増え続け、地球1のメガロポリスとして君臨し、そして日本の地方からはどんどん人が消えていきます。

最近話題になったHi-Hi-Whoopeeの方の手記でも"インターネットで現実が加速するのは東京だけ、地方の自分の現実は何も変わらず醜い気持ちが溜まっていった"というような記述がありました。マイノリティがマネタイズできる位のヴォリュームで生活している東京という土地は、インターネット空間と同期して益々地方とのリアルイベントの量の差が広がっているのかもしれません。

一方で、一つ展望が開けるコトバを最近聴きました。

それは金曜に訪ねたヘンミモリちゃんの個展でのサイトウケイスケさんとのトークでの一幕。

山形にずっと暮らしていたサイトウさんにとって東京は相当思い入れのある土地であって、SadsやNumber girlの歌うような狂った凍える都市だった。でも来てみたらみんな温かいし、楽しいし、創作の刺激をうける街だと。同じ山形の美大を出たヘンミさんに「東京についてどう思う?」と聞いたとき、

ヘンミさんは「転勤を繰り返し様々な場所に住んでいたので土地に思い入れはない。石巻にも。東京も"なんか東京っぽい場所だな"くらい」と答えていました。

その答えを聴いたときに、土地から自由になることがみな出来れば、この国はもっと輝けるのかもしれないと思いました。その為には仕事と住にかかる金が安くなることと共に、移動の勇気が持てる志が大事なのではないか。「全ての人がしばらみなく自らの意志で住む場所を選ぶ自由」を得たら、更に都市集中が起こるかもしれませんが、IT・ICTの力でそれを解決する創新の場は、今、地方にチャンスが広がっていると思います。なにしろ日本には東京の9倍の"東京以外"がありますから。

そんなヘンミさんの作品。写真を加工してプリントしたもの。こういう作品を並べることが出来るアートスペースがやっていけるのも、東京らしいですね。"地元の自分"のイメージから現実で脱することが出来る、というのも確かに東京の魅力ですね。
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# by wavesll | 2014-11-10 04:26 | 小ネタ | Trackback | Comments(0)

コーカサスに想う敬虔な質実さと都会の華美さのあいだ


戦場カメラマンの渡部さんがサカルトベロ(グルジア)とチェチェンの境、パンキシ渓谷へ20代ぶりに訪ねる番組をみました。

16年ぶりに訪れた首都のトビリシは、すっかり観光化され、古くからあるグルジアワインと、伝統的な美しい街並み、そして現代的な新建築物が点在し、すっかり戦の影は払拭されたように見えました。

そして山脈を抜け、渡部さんはパンキシ渓谷へ向かいます。
パンキシ渓谷はチェチェン紛争の際、チェチェンの武装派が逃げ込み、ロシアからも責められ、アメリカからも鬱陶しがられ、「世界で最も危険な民族がすむ地」と喧伝された場所です。危険視したジョージア政府が軍を送り込み安定化させ、今はゲストハウスが出来るまでに平和になりました。

16年前に渡部さんが泊まらせてもらった家族の所で1週間強を過ごす、そういう番組でした。

コーカサスの山脈は、まるでアンデスの山々の様な雄大さを魅せます。花々の美しさ。そこで暮らす人々は、例えば少年が馬と共に育ち裸馬に乗ってレースをしたり、結婚式では電気トラッドのような音楽で出会いのダンスが舞われたり、人間の剥き出しの生命の美しさがありました。

中でも印象的だったのは、平和の歌を創り歌う女性の歌唱グループ。
その中で少女がアッラーへ神に平和を願い、戦火の悲劇を嘆く歌を歌っている姿でした。

コーカサスの景色の中で、かつて世界から見放された人たち、世界に翻弄され蹂躙された人々が、自然の中で質実剛健に美しく、生きている。平和を愛して、民族が歌うべき歌を歌っている。人間としてこの上なく魅力的にみえました。

自然、田舎の中では人間は動物として強靭に育つというか、シンプルに生きていき、身体から生命力があふれ出ていくのだろうな。翻ってこの星一番のメガロポリスに暮らす自分は、あまりにも理性が不健全に楽しむ肥大が過ぎていて、精神がメタボリックになってしまっているのかもしれないと思ってしまいました。

また、自分は自分の言葉で話せているのかな?と想うこともあります。例えば今、いつかマツコデラックスが言った『田舎に住んでいると病んでいることが強制的に矯正されるが、東京では病んだままでいられてしまう』といっていたことを思い出しましたが、自分の発言や、感想すらも、すべて誰かの受け売り、あるいはその組み合わせなのではないかと空寒い気分になることもあります。自分で考えているのか、自分で生きているのか。

そもそも、自然の中にいると、そんな複雑なことを考えるよりも現実の問題に対処する忙しさと、自然のダイナミズムの中で、思考が非常にシンプルになっていくと感じます。屋久島なんかに行くとラウドな音、複雑な音楽よりもThe Bandなんか聴きたくなります。それは、都市に暮らしていても、真夜中を飲み明かす、踊り明かす、作業をして夜明けを迎える時にみる朝焼けを観た時などに、穏やかにチルアウトされることにも現れているかもしれません。

自然の中で生きることを選ぶこともできるけれども、この街で生きていく限りは、ある程度都市に合わせなければならない。そして都市は都市で気楽で楽しい面もあり、田舎は田舎で濃すぎてやり直しが効かない面もある。何しろ自分はFacebookすらうざったいと想ってしまうほどの面倒くさがり屋ですから。敬虔な暮らしに憧れながらも、横浜の夜景が好きな自分は、今一度この街で頑張ってみようと思います。ただ、湘南辺りで働くつてがあったらそっちで働いてみたいなwあるいは外房で暮らして波乗りしながら生きるのもいいかもしれないな等と最近は考えております。で、こんな自然の美しさの中で暮らしたいw鳥山明の漫画で育った自分は、どうしようもなく田舎志向なのかもしれません。



渡部さんはこの地上から戦争がなくなったら、学校を巡るカメラマンになりたいそうです。
たとえ都会で暮らすことになったとしても、戦争がもたらす災禍を心に、自分の身を守れるだけの力は保持しながらも、悲しみを生み出さない社会を、平和を愛する民族の一人でいられる幸せのかけがえのなさを、失う前に気づいていけたらいいな。その敬虔さは都市で暮らしても持っていたいなと、あの少女の歌声から思ったことを最後に記して終わります。
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# by wavesll | 2014-10-26 19:55 | 私信 | Trackback | Comments(0)

『かっこいいというのはなんとかっこわるいのだろう』との距離

26年10月18日を持って、私も30になりました。
30になったからといって何が変わるわけではないのは拍子抜けでしたが、何事も変化は徐々に、そして確実に起きていくものなので、あと半年もすれば何かしらの変化を自覚することになるかもしれません。

まぁ、そりゃ生まれてから30年経っただけなんだからその一瞬で劇的に精神が変わる事なんかありませんよねw相変わらず自分は餓鬼で、音楽聴いていて、twitterして、飲んでetc何も変わりませんw

そんな誕生日に二つのイベントへ行ってきました。

一つが六角橋商店街の商店街プロレス。

横浜三大商店街の一つ、六角橋商店街で行われているイベント、ヤミ市の100回目記念で商店街プロレスが無料で観れたんです。

プロレス自体見るのは初めてだったのですが、笑いを混ぜながら、技を受け、根性で返す。単なる格闘技というよりも鍛え上げた体を駆使した人間ドラマが展開しているんだなと、なかなか面白かったです。客が声かけて展開が変わったりとか、小奇麗でないのがまた味がありました。

そこから歌舞伎町へ向かい、訪れたのが桃岩荘東京大会。

昨年泊まった"日本三大馬鹿ユースホステル"ともいわれる礼文島のYH、桃岩荘の打ち上げ。

こちらも、新宿という移民の街に日本各地から集った旅人たちが酒で盛り上がり、最初は「お!島で観た時はみな土っぽかったのにやっぱ都会で暮らしている時は洒落てんだな、結構可愛い子もいるし」と思っていたのですが、最後の合唱の時は、弩直球の昔の青春ドラマの様な土臭い純粋な熱があって、「あぁ、この場が今現在、東京で一番フォークな場かもしれない」と思いました。

そんな誕生日を過ごして、家帰ってきてソファーで寝て今に至るのですが、家でメディアに触れてると日本は随分垢抜けたというか、体臭がデオドラントされてきているんだなぁみたいに思っていたところに、こういうカッコ悪いんだけど人間としてのまっすぐな熱さのある、さっきの言葉を使えば体臭のあるイベントを三十路の初日に体験したのはなかなか感銘を受けました。

それらを経験して思ったのは、真面目に熱をもってまっすぐ進んでいくのは、それはそれで魅力的だとは思うし、そういった人間臭いことが出来ない奴はやっぱり駄目なんだろう、かっこわるいんだろうと思うんだけれども、今の自分の志向としては、その上でやっぱり、今現在の自分にとっての新しさや、動と静を切り替えられる
男としての格好よさみたいなものを積み重ねるための何かをしたいかな、なんて思いました。

でもそんな事は些事なのでしょう。
そんな些末なことも考えられない位、カッコつけるとかカッコ悪いとか、美意識も何もすべて飲みこむくらいのエネルギーを注力できる何かを見つけられれば、自然と立ち振る舞いも見事になっていくように励んでいけるのではないかな。そしてそれは自分にとっては音楽と旅なのだろう、なんて思います。

この年になって音楽の趣味で変わったのは、レゲエを聴けるようになったこと(というか聴けるレゲエが出てきたこと)です。

Chronixxっていうラスタシンガーなんですが、いいですよ。自分はこれまでレゲエ聞いてもあまりピンと来なかったのですが、これは大分現代的なクールなセンスの音で、聴けます。

Chronixx - Dread & Terrible(Full Album)


それで渋谷タワレコのレゲエ・ダブコーナー見ていた処、更にヤバいバンドを発見してしまいました。日本のバンド、それも盛岡のバンドです。

"momonjah meets Ras Dasher" 『Mann Got Dubber』

このモモンジャ・ミーツ・ラス・ダッシャーというバンド。深いダブの音像はスピリチュアル・ジャズにも通じるスペイシーさがあって、脳の芯に響く、今自分の中で一番ホットなバンドです。何しろ盛岡というのが嬉しい(笑)地方から出てくる怪物じみたバンドっていますよね。

このバンドの様な、人間の匂いと宇宙の深さ・高さを止揚したような風合いをもった大人になれるよう、少なくともいう事が萎まないような人間であり続けたいなぁ、これからのディケイドも。やっぱり自分には音楽が人生の指針になる様です(笑
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# by wavesll | 2014-10-19 06:06 | 小ネタ | Trackback | Comments(0)

金の話。「文句言うならお前がやれよ」の話。センス・オブ・ワンダーの話。

歳を重ねると、金銭をある程度自由に使えることもあり、舌やら目やらが肥えてきますよね。あるいは「いい大人なんだからいい店、良い酒を知らなきゃ駄目だよ」なんて言葉が投げかけられるのを、40以上の人がしている光景をみたりして、そういうものもあるかもな、なんて思う今日この頃です。

自分もコンビニでビール買ってしまうくらいの金銭感覚ですし、PCでYoutube音楽を聴くのは音質的に満足できないと感じCDを部屋の据え置きオーディオで聴くくらいには耳が肥えてしまった人間ですが、ビールやCDというのは大体は価格が一定ですから、本当に金のかかる趣味、グルメであったり、服であったり、音楽なら廃盤漁りや"原音再生"などに行っていない分、可愛いものかもしれません。

高いサービスに金を払えるようになる、自分がその価値の対価を払えるようになることの嬉しさや一種の誇りや、それから得る愉しみは、私にも分かります。と、同時にそれは自分がセンス・オブ・ワンダーを失ってしまったのではないかとも思い当り、寂しさというか、危機感を感じてしまいました。

私が子どもの頃楽しんだ漫画やアニメ、ゲームは、今の基準でいえばかなりの低クオリティ、画質も低いし、絵だって精緻でない。デッサンだっておかしかったり、2頭身のSDガンダムであったり、それを当時は『それはそれ、そういうスタイルの表現として楽しむ』でなく、きっとそこに想像力と子どもならではの超現実性を持って、そこから広がる想像の入り混じったワンダー現実を自分で生み出していたように、今振り返ると思います。

別の例を出すと、TVと撮影機材の進化があります。
小学生くらいの頃にTVを観ていて、当時別にTVの映像に不満はありませんでした。しかし今90年代初頭のVTRなんかをみると"なんと低画質なんだろう"と思ってしまいます。
これは、「いいものを知ったからだよ」ともいえるかもしれませんが、同時に昔の方が脳を使ってイメージ力で補完する力があったのではないか、などと考えてしまうのです。

歳をとるとより精緻で、現実的で、論理法則に基づいた、リアルでリッチな表現を求めるようになるのは、脳のイメージ力、あるいは刺激から脳内麻薬を出す力が衰えたからではないか。それは痩せ衰え、生命力が貧しくなっているという問題なのではないか?そんな感傷が、ここ数週間頭を捉えていました。

そこで一つ辿り着いた答えは、"青天井に高くなる要求は『分業』から生まれているのではないか"という別の問いかけでした。

自分自身が完全なるお客様となってしまい、サービスを生み出すための労力への想像がなくなると、『価値』という概念が限りなく『どれくらいの快楽を生み出すか』になってしまいます。さらに言えば刺激には飽きてきますから、どんどん消耗していく、バーストしていく、加速していく欲望のサイクルへ行くのだろうなぁと思います。

勿論それはイノベーションと快楽生産の量では悦ばしい状況なのですが、今の自分の気分としてはまぁそこで生き馬の目を抜く人たちはスゲー頑張ってもらって、俺はその螺旋からは少し身を離そうかなと思っています。

自分で創る、自分で工夫する、自分でプレイする、自分が自分の経験するアクティビティにどれだけ関わるか、DIYの比率次第で、日々の歓びが増すことは往々にしてあると思います。

勿論どんどん家事にしろクルマの運転にしろ自動化が進むことは私は歓迎しています。それは「やらなくてもいいけれど、やりたい時にできる」環境が整うという事ですから。

自分がやってみることで青天井の要求は要求として、相手の労力に対しての想像力を持てるようになる、完全なる分業時代の消費者ではなく、一人の市民としての想像力を手にすることが出来るのではないか。そう思います。

そして、『普通』の大変さが分かっていたら、『革命的な新しい体験』に今までより遥かに昂揚できるのではないか、生きる事から発生するワンダー・レセプターを活性化させることが出来るのではないか。そう思う今日この頃でした。



余談で、最近お金使って嬉しくなった商品をw(アフィじゃないのでご安心くださいw)
三菱化学メディア Verbatim 音楽用CD-R 80分 1回録音用 「Phono-R」 24倍速 5mmケース 20枚パック レコードデザインレーベル 5色カラー MUR80PHS20V1
レコード風CD-R(笑 ちゃんと溝っぽく仕上げてあって触っても愉しい、良い商品です。コストダウンの為最近CDレンタルを再び利用したりし始めていたので、嬉しい発見でした。
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# by wavesll | 2014-10-05 20:22 | 私信 | Trackback | Comments(0)
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