Arto Lindsay live at WWW X

c0002171_6161668.jpg

電流が迸るようなギターのつんざき、こんなの初めて聴きました。そしてボサノバやサンバの気品。ラディカル・エレガンス。

アート・リンゼイ、ウッディ・アレンみたいな風貌でまるで座頭市みたいに電光石火に切り裂くGuitar抜刀術をみせるのが素晴らしすぎる。そしてバンドの音塊がまた強靭で!

Melvin Gibbs のぶっといベースにKassa Overallの気持ちの良いドラム、Marivaldo Paimはパーカスを撥でも叩いてて、そしてPaul Wilsonはピアノ音とコズミックなキーボード音。これにアートのギターがSolidに神鳴って。

美味い炭酸水みたいにずっと聴いてられるとでも言うか、バンドのグルーヴにアートの稲妻のような刺激音が無調気味に入ることでフィールドレコーディングみたいな自然な風合いが生まれている気がしました。終始アートは上機嫌だったし、最強の自然体とでも言うか、真最高。

何しろこんな雷のようなGuitarは初めて聴きました。これは観れて良かった!伯剌西爾の風を感じる芸術的なRock、こんな白秋を生きられたらどれだけ格好いいだろうという音に魅せられました。

1. Deck
2. Tangles
3. Ilha dos Prazeres
4. Vão Queimar Ou Botando Pra Dancar
5. Each to Each
6. Invoke
-Arto Solo-
7. Seu Pai
8. UnPair
9. Illuminated
10. Prize
11. Grain by Grain

Encore
12. Simply Are
13. Combustivel
# by wavesll | 2017-06-24 06:30 | Sound Gem | Trackback | Comments(0)

daoko - Fog X 水曜日の猫 第97回酒と小皿と音楽婚礼

daoko - Fog (映画「渇き。」ver. new mix)【OFFICIAL】


c0002171_22433640.jpg
ホワイトビールの甘みと苦さがこのウィスパー・ラップに融けていくと、センチメンタルに青い想いが湧いてきます。

daokoの、この感傷的なウィスパー・ラップというキラーな「形」はDAOKOになってから姿を変えていった気がします。でも、アーティストとはそういうものではないかとも想うのです。

その時々につき合う女性によって「時代」を変えたパブロ・ピカソのように、またポーリングやドロッピングという必殺の「形」を手にしてもその後も新領域へのメタモルフォーゼの道を歩み続けたジャクソン・ポロックにしても、表現者は一処に留まれない。

それは同じことを続けることはより新たな挑戦をすることが刺激的ということでもあるだろうし、時の経過によって心身から出ずるものが変容していく。だからこそアーティストの「今」は今しかあり得ないのだと感じます。

故に「レコード」というものは貴くて。抽出された芸術の刻印は、芸術家自身が変わりゆくゆえに掛け替えのない記録なのだと。

そして、だからこそ今を噛み締めたいし、次の変化が待ち遠しくなる。そして、きっと昔の形はいつだって繰り出せて。もし深化したウィスパー・ラップが聴けたら、涙がちょちょ切れちゃうな。
# by wavesll | 2017-06-22 23:34 | La Musique Mariage | Trackback | Comments(0)

龍神バハムート、襲来

プロジェクションマッピング横浜 FF14 ファイナルファンタジー30周年 インターコンチネンタルホテル


cf.
琳派400年記念 プロジェクションマッピング 21世紀の風神・雷神 伝説

京旅行・弐 <京都の人も行列する二条城アートアクアリウム・高台寺ライトアップ、大阪・潜水艦バー 深化>
# by wavesll | 2017-06-22 06:03 | 小ネタ | Trackback | Comments(0)

最悪な最高を生きていると

椎名林檎 - 長く短い祭 from百鬼夜行


AKBの総選挙である女の子が結婚宣言をして、阿鼻叫喚の総スカンを食らったのをみて。その後ケンドリックラマーのTシャツを着るとかも含めて、「面白いなーこの子、ここまで爆弾仕掛けて、グループ自体も破壊しようとするのは秋元筋金入ってんなw」と嗤ったのですが、「仕事ならば何でもいいのか/面白ければなんでもいいのか」のモラル破壊問題ってやっぱりあるなぁと想った處。

"恋愛禁止"を一番の恋盛りの女の子たちに求めるのは、人間性の破壊にならないか。「いや、せめて建前は守れよ」といいたくなる気持ちは分かりますが、寧ろ彼女は純情だからこそ嘘をつくのに耐えきれなかったのではないかと。

プロフェッショナルというのは総じてどこか役割を演じることが必要となるし、建前を守る安心があるから社会が成り立つのですが、「建前」が形骸化して、最初から「嘘」になってしまうと不味い。嘘を吐きすぎると無法な心理が生まれるのではないか。

グループでも会社でも、創業メンバーは「理想=建前」を内発的に得心して、そしてサービスや心意気を徐々に発展・習得していきます。しかし、後発の新米の心身にとっては「既にあるスーパー・パワー」は半ばフリーキーに振り切れて限界を超えた負荷になっているのではないかと。

さらに顧客は"更なる進化がないと面白くない"と言い出し、無理を越えて「最悪」を「最高」と嘯いて尽くしていると、無視できない歪に蝕まれるのではないか。体育会の部活をさらに激しく厳しくしたような、若いうちにしかできず時間が限られているアイドルという仕事は濡れ手に粟の水商売でもあり、構造としてモラルハザードが起きて当然にも想えます。

逆に上の立場からみたら、石原莞爾などもそうですが、自分はきちんと論理だてて大勝負に臨んでいたのに、"蛮勇な大博打でもOKなんだ"とみられ自らを模倣してるつもりの若手の暴走に頭を抱える事態が起きているのだと想います。"人倫は守れよ"と。

さらに、10代も、20代も中身はガキそのもので。ましてや芸能産業なんてのは"大人"も餓鬼なのではと。みな虚勢を張って、真実ベースの対話ができていなかったのでは?ただでさえ弱音を吐くことが良しとされない、"命がけでみんなやってんだから"となりがちなのは心身のダンピングがそこかしこで起きる現代日本の労働環境の縮図にも感じます。その反動ともいえるサービス強化へのスパイラルも。

モラルハザードはファンの側にも起きていて。小舅というか、10代20代の女の子に極めて厳しい指摘を続けるミソジニーが起きているのは、"自分はこんなにも相手のことを女として好きなのに、相手は俺なんか歯牙にもかけない、でも惹かれてしまう"という状況構造が引き起こしているのではないかと想います。

アイドルも、運営も、ファンも、みな餓鬼ばかりで須藤凜々花ならずとも「DAMN(畜生)」と言いたくなります。"ぬるい頑張りじゃ競争に生き残れないんだよ!"と言うのもわかります。私自身も一時期アイドルに嵌ってIdol Musiqueを聴かない理由があるとすればという記事を描いたりし、その魅力がわからないわけではありません。

ただ、群集心理の波濤に押し流されず自分を大事にして仕事をしてくれたほうがきらきらした夢を与えられると想うのです。少なくとも「最悪」を「最高」と自分に嘘を吐かないで欲しい。やりがい搾取で成される虚勢の繁栄よりも、真心の本音2.0が、今欲され、伸びしろがあるのではないかと。「嘘」ではなく、信じられる「建前」を時に喧々諤々異論を交わしながら成してほしい。自分を大事にしないと他者も大事に出来ない。そう20代を終えて想うようになりました。

余談
ちなみに、怒り心頭に達している方々に朗報なのですが、100年も経てばムカつく奴も全員死ぬそうですよ。世界丸ごと憎んでいる方にも朗報なのですが数十億年後には太陽が地球を飲み込むので嫌な連中の子々孫々丸ごと死滅するそうです。"それでもこのムカつきが止まらねえんだよ!"という方には北方先生の「ソープへ行け!」を進呈したします。
# by wavesll | 2017-06-21 21:09 | 小噺 | Trackback | Comments(0)

音楽歳時記 雨の夏至 Okada Takuro / Ur

Okada Takuro / Ur
c0002171_8525523.jpg

雨の朝。ここ10年の首都圏では夏至に晴れたのは1回のみ。最も太陽が伸長する日に、あまりお天道様は姿をみせないようです。

こんな朝は何を聴こうかと思ったときに最初に思いついたのは『東風』で。コンピューター・サウンドの優しい響きが雨曇りの朝にあうかなと。

WW2後、消費の主役として若年層が台頭しユース・カルチャーが伸長しました。ロックという概念をユース由来の社会風潮が後押しして、変幻自在に飲み込みながら版図を拡げていって。

その"ロック"が生まれてから60年、"ユース"の砂場は、楼閣が既にガンガンに建て尽くされてしまった様とも想います。逆にリマスターされた『サージェント・ペパーズ~』なんか近年のローファイ・サイケ・ロックのかなりいい新譜といってもいいくらいに感じて。

自分が学生だった頃の古き良きJ-POP、原田知世 / 空と糸なんかも、今調べてみると鈴木慶一さんが作曲していて。エヴァーグリーンなサウンドは、ロック仙人たちの掌の中なのか。

"ロックは俺たちの音楽"だと想っていたら、もうユースという年でもなくなって。そして色々聴けば先達が涅槃仏してる。HIPHOPやJTNC、Erectoronicsにシマを変えた方が新雪を滑れそうかもななんて思ったり。

それでも、クオリティを突き詰めていくことで今でもRockそしてMusicの地平に新領域を拓いていく若き音楽人の作品を聴くと、2017年のBreakthroughはこんな方法論もあるのかと想わされるのです。演説家でなくアルチザンな姿勢、その閑けさに周囲を惹きこむ美と気骨を感じて。

雨の日、はしゃぐも良し、ひたるも良し。「押し」にも「引き」にも意義はあって。そんな中でこの音に耳を澄ますのも、大変お薦めです。歩を進めつづければ、山越え得るやも。みなさま、良き夏至を。

cf.
(失っていたとみられた)ゼロ年代邦楽ベストと現在の都市インディー

平成27年 今年鳴った音楽
# by wavesll | 2017-06-21 08:50 | Sound Gem | Trackback | Comments(0)

ラブリーサマーちゃん/あなたは煙草 私はシャボン(siroPd Remix)Xヱビス華みやび 第96回酒と小皿と音楽婚礼

ラブリーサマーちゃん - あなたは煙草 私はシャボン(siroPd Remix)
c0002171_2357287.jpg
c0002171_23581440.jpg


ホントは画像だけでキメるとかっこいいかもと思ったけれど、一言だけ。

ラブサマちゃんは可愛い声や曲展開に相対性理論や90年代後半の日本のロックを感じさせて。それがインターネット・SSWとして華ひらいたのが21世紀だなと思って。そして10年代のアンセム、『水星』世代とでも言えるような、アオハルを強く感じるアーティスト。

だけれども、この『あなたは煙草 私はシャボン』がサウンドクラウドで数多カヴァー/Remixされているのが表しているのは、彼女が『新しい形』を示したということ。

絵の世界では、いかに『新しい形』をつくるかがその人のオリジナリティと直結していると想います。

私は琳派が好きで。彼の流派は俵屋宗達に始まる超隔世遺伝の日本美術。
宗達の『風神雷神図』は尾形光琳へと受け継がれ、酒井抱一へと続き、現代までつながるアート・ミーム。けれども光琳は風神雷神をカヴァーするだけでなく、それを咀嚼して『紅白梅図』を書いて。

そして尾形光琳が創った『燕子花図』、そして『風神雷神図』は抱一の弟子・鈴木其一によって『朝顔図』へとメタモルフォーゼしていく。

このカヴァーとオリジナルの連複が、ラブサマちゃんの表現には感じて。彼女自身の音楽体験の海から『あなたは煙草 私がシャボン』が生み出され、それ自身がインターネット・ミームへと改変連複していくのが、快い。

創作や閃きが、それまでのエクスペリエンスのゲシュタルトだとしたら。音楽も絵画も、連綿と繋がれる時の流れの結晶なのだと想います。その大河に浮かぶひとひらの花弁、彼女の歌にはそんな"キレイ"を感じる。
# by wavesll | 2017-06-21 00:02 | La Musique Mariage | Trackback | Comments(0)

salyu × salyu / ただのともだち&生茶DeCafeでプラスティックな聖性を帯びる朝 第95回酒と小皿と音楽婚礼

salyu × salyu / ただのともだち from 「s(o)un(d)beams+」

c0002171_5341979.jpg
NHKFMサウンドクリエイターズファイルでコーネリアスがかけたこの楽曲、東京オペラシティで聴いたSteve Reich『Tehillim』の21世紀版のような、カテドラルに鳴り響く現代聖歌な感覚に衝撃を受けました。

Salyuは聴かず嫌いだったのですが行間が夜を深くする Cornelius『あなたがいるなら』& 鯖棒鮨 第91回酒と小皿と音楽婚礼の流れから聴いてみると今の自分に鮮やかに鳴って。一気に好きになりました。

さて、これに合わせたいのがデカフェ生茶。
生茶というとリシューアル前の香料たっぷりな甘さが実は好きだったのですが、このデカフェ生茶も一口飲むと微かにショートケーキのような風味があって。生茶の甘さマニアには堪らない感じw

このプラスティックな感覚は自分の中ではSalyuのイメージとも繋がって。自分の行動範囲だと山手線渋谷駅のホームでしか売ってないのですが、ついつい購入してしまいます。

朝の清冽がプラステイックというかトリュフな聖性の馨りを帯びる、なんて言ったら誇張が過ぎるかなw?夜だったらこの楽曲に大吟醸を合わせても良さそう。Salyu、これから聴き進めていきたいです。
# by wavesll | 2017-06-20 05:32 | La Musique Mariage | Trackback | Comments(0)

Glenn Miller Orchestra Live in London, 1971 X 西班牙ワイン 第94回酒と小皿と音楽婚礼

Glenn Miller Orchestra, Recorded Live, Royal Festival Hall, London, 1971 (Full LP-record/album)


c0002171_1955951.jpg

モンスーン気候の国々は夏至の辺りに雨季が来るから、最も遊べる日々が天気悪くて残念に想ったり、なんて話もありますが、今年の梅雨は結構晴れていて、あのじめっとした感覚が逆にアレはあれで味わいたかったりw

とはいえ、日が長いこの時期が晴れていると心浮き立つもの。気持ちのいい晴れた月曜の夜に、グレン・ミラーなんか聴いてみたいなと思ってYoutubeを回遊してみました。

今、「グレン・ミラーなんか聴きたいな」と書きましたが、とんだ俄でwフジロックでその名を知って、この秋に本家が来日すると聴いて"なんかレジェンドだしチェックしてみるか"と聴いたら"In the Mood"で"あ!この曲の人達なのね"とw新鮮な音として聴けました。

このライヴでは快いビッグ・バンドを聴かせてくれて、ワインに合わせたいなと思い、先日貰ったこのAltos Ibericosを。

スペインワインと言えばRIOJA. このワインも美味しく、スパイシーな味が楽団のシャープなドラムにあうあう◎

グレン・ミラー・オーケストラで葡萄酒飲み比べなんかやっても楽しそう。案外タイの甘い赤なんかも合う気がします。週の真初めから気持ちよくなってしまいましたw
# by wavesll | 2017-06-19 19:51 | La Musique Mariage | Trackback | Comments(0)

栗コーダーカルテット&ビューティフルハミングバード live @ラオス博 良質なチェンバーポップの魅惑

c0002171_23311285.jpg

ピタゴラスイッチオープニングテーマ


マヨネーズ第1&第2&第3番  栗コーダーカルテット


ジョーズ/栗コーダーカルテット


~やる気のないダースベイダーのテーマ~


「おさるのかごや/砂山」栗コーダー&フレンズ NOW ON SALE


KITTEで開かれたラオス博で栗コーダーカルテット&ビューティフルハミングバードをみてきました。
この他『カントリーロード』や『梅干し人生』、ラオス民謡など、美しい歌声を聴けて。

目当ては『ピタゴラスイッチ』だったのですが、間近で運指までみれて、単純にグッドミュージックだなと◎ウクレレ&チューバな『ジョーズ』『帝国のマーチ』も良かったし、リコーダーみたいな音のするピアニカってあるんですね★コンセプトの面白味に惹かれて来たけれど、良質なチェンバーポップとしてめっちゃ楽しめました◎◎◎!

特にプログレを感じる『マヨネーズ第2番』と東南アジアで人気だったという『おさるのかごや』が好きだったなー。いいものみれました。感謝☆☆☆☆☆!

c0002171_23443634.jpg


c0002171_23445969.jpg

# by wavesll | 2017-06-18 00:01 | Sound Gem | Trackback | Comments(0)

アドルフ・ヴェルフリ展@東京ステーションギャラリーにみる暗部と光辺

c0002171_2361164.jpg

B'z「LOVE PHANTOM」Live Gym PLEASURE95


Lostprophets - Rooftops (A Liberation Broadcast)


アドルフ・ヴェルフリ 二萬五千頁の王国展を東京ステーションギャラリーにみに行きました。

初見ではその禍々しさに心理主義とは想いながらも、”この人は相当鬱屈した状態で描いたのでは?それにしてもこの絵、誰にも似ていない、敢えて言うならば綿密に描き込まれた小学生のノートの落書きだ…タペストリーや聖堂的な文様構造体が絵に落とし込まれている…みているだけで鬱の気持ちに巻き込まれてしまうようだ…”と想っていました。

精神病院に入れられ、治療の一環として絵を描き始めたヴェルフリ。彼の妄想の世界は幾つかの物語を産み、「聖アドルフ巨大創造物」を作り地球の土地を買い上げ近代化させるという話では彼は聖アドルフII世として世に君臨しました。

そして明かされる真実、幼くして母と父を亡くし、貧困の中で育った彼が精神病院へ入れられたのは、何度かの女性との交際と破局の後で、14才、7才、3才半の少女を強姦したことからでした。「作品と作家は別」と言われても、これは…というレベル。

と、同時にどうしても"あぁ、この画家はどうしようもない疎外感の中で、『俺を理解してくれ、俺を理解してくれ』と尽きることのない思考の海沼に生涯沈み続けたのではないか…"とも思ったのでした。

己と他者を区別できない幼稚さ、他人が気分を害することを平気でやってしまう押し付け、相手のことに究極的には敬意を払わない甘え、精神年齢の低さと対照的な煮えたぎるリビドー。

私自身が昔、周りの人間から愛想をつかされた頃、そんな状態に陥っていたなと。その頃は半ば精神が過剰になりすぎて、出雲において超常現象の妄幻を旅したりした、危うい時期がありました。

この頃の記述は私にとっては黒歴史なのですが、先日記事を整理したときに眺めると、自分自身のことながら「こいつ薬でもやってるんじゃないか」という精神の異常な火花が異形を顕わしていて、ちょっとした見ものではありました。

ただ、それ以上にショックだったのは、大学の頃の自分の書いたものが何にも面白くないものが多くて…。当時は"なんで内容があるのに評価されないんだ"と想っていたものですが、引用している歌詞・音楽を抜くとスッカスカで。剽窃を消したら、血肉になっていない等身大の自分の小ささを認識せざるを得ませんでした。

10年経つと自分自身も他人になるのか、他人の視点で私自身の文章を眺めると、"これでは伝わらないな…"と想ったものでした。音楽に酔って、そのカオスのままゲロったような文章、しかも自力で考え出したものでもない…それでは評価のしようもないなと。

と、同時に私自身も周りの人間をどこか見下していたというか、"全然面白くない、もっと刺激のあることを書かないと伝わらない"と想いながら”普通”に"つき合ってやっていた意識"があって、”こちらは理解されない”犠牲感が精神を削っていたところもあったように思います。

今、己の興味の小ささを認識できるのは、あの頃よりも少しは自分の脚で立って、興味が広がり、身体性を得たからかもしれません。同時に今興味のないものは興味がないと付き合わない強かさも学びました。

昔は自分のことを読解力と需要の幅が広い、面白さを拾う能力が高いと想っていて、周りの人間は受容体が狭い上、閾値が高い。なんて思っていたのですが、とんだ井の中の蛙。分からないものはわんさかあると認識し「分からないと罪悪感も感じない」と知ると、周囲に無駄に期待しなくなるし、同時に寛容になれます。

同じ目線を共有することも出来るパートナーや他山の石となる自分と似た失敗してる人、自分が理解できない才気あふれる若者、尊敬できる先達との交わり、そして己の未熟さを認識できたのは僥倖という他ありません。

そしてあの頃世界を飲み込むかの如く欲望していた愛情と共感は、案外少量でも十分満たされることを知って。この6年は、幽界から身体を生成してきた時季だったのではないか、俺はヴェルフリには良い意味でも悪い意味でもならず、世界の片隅に庵を持てたのだなと想ったのでした。

そうして2周目の観覧をしました。すると、初見ではカオスの複雑性に噎せかえりみえずらかったヴェルフリの"新しいカタチを生み出す能力、色彩感覚、そして画面構成の妙"といった才を視ることができました。

『グニッペ(折りたたみナイフ)の主題』のシダのような造形。『ニーツォルン=ヴェスト〔西〕トラクター=トンネル=ハル〔響き〕』の小学生さ。『チンパンジー=ツォルン〔怒り〕=タール〔谷〕』『グランド=ホテル, ソルト=レイク=シティ』『氷湖の=ハル〔響き〕, 巨大=都市』『事故=転落, ドゥフィ, =27,386フィートの深さ, ローゼン〔バラ〕=ツォルン〔怒り〕=南壁にて. 北=西=インド, アジア. "35頁" 』の大聖堂のイコンやタペストリーのような聖性。

『ネゲルハル〔黒人の響き〕』の道路・山・楽譜・円・螺旋のデザイン構成、『南=ロンドン』の都市形成性・新しい紋様、『北=アマゾンの大聖堂=ヘルヴェチア〔スイスの擬人像〕=ハル〔響き〕』のシステムとして動いている世界の機械性、『アリバイ』の尽きることのない思考によって描かれ続ける色彩とシステム。『利子計算=最終, 1912年6月1日, 11頁』などといった現実と数字のある作品も。

『林務官の=家, ヴィラディンク, 大-大=ガイザッハ〔ヤギ農園〕=チャッハ, 聖アドルフ=森:帝=国, 中国:アージア』のカオスに酔い『ぶどう酒. フェニン. オリアンダー〔セイヨウキョウチクトウ〕. カロリナ=ケラー〔貯蔵庫〕:精神疾患患者の=施設 』にもシステムを。『神聖なる医大にして=父なる=神の=天使ヴィドンナ』には小学生を。『巨大な=都市, 聖アドルフの=ハル〔響き〕』にはシンプルを。『クリノリン, ギーガー=リナ. 糸つむぎ=リナ. 安楽椅子=リナ. おとぎ話=安楽椅子=リナ. 大=大=女神』にはノートの落書きの至高を。

『象による取るに足らない私の救済』にこの人の色の感覚は矢張り凄いなと。『パリの=美術=展覧会にて』『ロング・アイランドの実験室』ではコラージュも。美術的技術を補うのにコラージュは使われたのかな?『アーレ川沿いの聖アンナの=家の中にいる神聖なる聖アドルフ:ベルン』の水色黒と『気高き伯爵夫人, タマレナ・フォン・ティーガー〔虎〕=ヴァント〔壁〕』の緑黒の清冽な美しさ。『全能なるガラスの=響き』の凝縮さ。『小鳥=揺りかご. 田舎の=警察官. 聖アドルフII世. , 1866年, 不幸な災=難』のカラフルさ、『テーディ:東スイスの:氷河. 標高1,986,000時間, 聖アドルフ, 運搬人, ベルン』の寓話性。

『オイメスの死. 事故.』にみる想念、『父なる=神=聖アドルフの=ハープ』の流水的、『フリードリッヒ大王の揺りかごの側で』の構成力、『テクラ-真珠』のキレイ、『聖アドルフ=墓=泉=城』をみるとこの人はコラージュも良いけどやっぱりこの人自身の鉛筆・色鉛筆がいい、と。『偉大な東の=海にある聖アドルフの=船』の曼殊沙華、『芸者-お茶と小笛〔小煙管〕』なんて写真に色付けも。

遺作となった『葬送行進曲』1929-30シリーズでは『無題(キャンベル・トマト・スープ)』『無題(エスキモー/潜水夫)』『無題(フーバー〔掃除機のブランド名〕)』『無題(恐竜)』『無題(円形の中のアジア人)』と、大分憑き物が落ちてきた気がしました。

やはり1917年あたりの『聖アドルフ=リング, 全能なる, =巨大な=汽船』あたりが一番脂がのっていた狂い具合な気がしました。

アウトサイダーアートというと、原美術館でみたヘンリー・ダーガーの透明な狂気が印象深いですが、ヴェルフリの文字で埋め尽くされたカオスの複雑系には、ヴェルフリ自身の心理をさぐるというより、私の暗部を抉り出される思いをしました。今みれたのは良い機会でした。

東京ステーションギャラリー自体も昔のままのレンガがみれる場もあり、良かったです。日曜迄。特殊な体験が味わえると想います。
# by wavesll | 2017-06-17 04:05 | 展覧会 | Trackback | Comments(0)