凍りのくじら

数年前に購入したのだけれども導入部だけ読んで放ってしまっていた。
辻村美月の『凍りのくじら』を2年ぶりに読み返し、2週間くらいかかったかな、今夜読み終わりました。

こう書くと読みづらい本なのかと思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、全然そんなことなく、平易な文章で書かれていて読もうと思えば2晩あれば読めるくらいの本でした。

ドラえもんの道具を表題とした10章とプロローグ・エピローグからなる小説で、作者さんの藤子不二雄への信頼が伝わってきました。

主人公の理帆子は周りの人間とさっと上手くやれるけれど、どこか馬鹿にしていて、自分の場所はここじゃない、きちんと生きれていないという思いを抱きながら日々を過ごす『少し・不在』な女子高生。

そんな彼女が人生に目覚めるある出来事を描いた話なのですが、結構読むのが辛かった。

と、いうのも理帆子の元カレとして登場する若尾という大学生の『少し・腐敗』の腐りっぷりが、読んでる私自身にも重ねられて、女子の目から見たら俺なんてこんなもんだよなーと身につまされながら読んでいたから(苦笑

この二人に共通しているのは、未だ主体的に人生に関わって何事かを成し遂げたことがない、社会の中で生きていない点。自分は愚民とは違うと思っていて本当の意味で人を愛していない、子供な点だと思います。
その幼さから、ある事件が起きるのですが、その事件に関わる郁也という10歳の男の子との関わりが、理帆子を変えていきます。

自分より幼い郁也のことを思いやることで、理帆子は精神的に成長していく、一方で若尾はいつまでたっても自分のテリトリーから出ずに、成熟も成長もしていかず、責任のない立場で腐敗が進行していく。

大人になる・成長するっていうのは責任を持っていくということなんだなぁと改めて思いました。そして理帆子は初めて自分以外の人に対して責任をもって行動したからこそのラストだったんだなぁと思いました。

あのラストはドラえもんが未来へ帰る話をモチーフにしたのかもしれませんね。

Amazonの他の書評だと結構主人公に対する批判は多いけれども、この話は大人になりきってしまった人よりも未だ子供と大人の間にある人が読むべきものなんじゃないかなという感想を大人になりきれない私は持ちました。

あと、母親の夫と娘へのラブレターには涙腺が緩みそうになりました。
by wavesll | 2013-04-04 00:31 | 書評 | Trackback | Comments(0)
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