「ほっ」と。キャンペーン

TOKYO WEEKEND

c0002171_3482092.jpg去る土曜にNHKホールでモーリス・ベジャールと東京バレエ団、ズービン・メータとイスラエルフィルによるベートーヴェンの第九のバレエを観に行きました。

ドイツ語での語りとドラム・パーカッションの打音が鳴り響く冒頭に一気に引き込まれました。というか、ここが一つのピークでしたw実際に第九が始まると、音のゲインが低くて、どうしても迫力が冒頭の打音に負けてしまうなぁと思いながら見ていました。男たちと女たちが自然の中で舞い、愛を育んでいく様子が顕されているのだろうと思ったのですが、バレエ初心者の自分は途中でダレて女性のレオタード姿ばっか眺めてました(苦笑

第九を全編通して聴いたのも初めてだったのですが、やはりクラシックは敷居が高いですね。クライマックス前まで草原を風が抜けるような、ただどこか格式ばったような、まぁこんなものか、そう考えるとペトリューシュカはPOPとして聴けたなとか、考えていました。また、ダンスの足音が聴こえるので、これをもっと印象的にしたらいいのでは?なんて考えました。

例えば動作センサーとライティングを使って、ダンサーの跳躍・着地時に床に波紋が生まれたり、草木が生えたりしてはどうか。あるいは巨大なタッチパネルのような仕組みを作ってダンスの足捌きによって音が奏でられるような仕組みを作ってはどうか?etc。

まぁそうなっちゃうと人工的って感じになってしまうかもしれませんが、今年の八月に見たギエムのボレロは動きがほんとアニメ的な魅惑にあふれていたというか。手足の長さで劣る日本人は別の技術と肉体を組み合わせて魔力を造ってもいいかなと想います。

しかししかし、歌が入ってからの第九の凄さには圧倒されました!うーん凄かった。字幕出してもいいかなとも思ったんですけどね。白・黒・赤・黄のダンサー(これは人種を表してるのかなとも思いました)が舞い、黄色のソリストが中央で生と死を思わせる躍動を魅せます。ソリストを周囲のダンスで甦らせるような振り付けにはちょっと天岩戸を想わされました。

そして家に帰ると、椎名林檎が蜷川実花・野田秀樹と東京五輪について話していました。
みていて「アチャー」とならない、恥にならない開会式にしたいと。
その為には誰かの強力なリーダーシップが必要で、ふわっと全部載せてぼやけた味になったら終わりだけれども、現実そうなりそうで怖い。というような話。

委員に名を連ねる蜷川からは「プレーヤーばかりでプロデューサーがいない」というような話も。ここに秋元が収まってしまったら恐ろしいなと思うと同時に、これがマンガなら敵である秋元が実は最大の助けになるみたいな展開ないかなwなんてみてましたw

東京五輪、TOKYOという都市が世界の都市と伍していくために、全国の精鋭が鍛えぬいて練り上げた価値を示す機会に、やはり日本に足りないのはきちんと責任を取り、未来のヴィションをぶち上げるリーダーなのですね。

次の五輪のセレモニーは前の五輪からの60年をみせると同時にこれからの60年をみせるべきであって、そこには当然、文化が流れ着き、改良されていく日本という国がもつミニマムとカオス・伝統と革新が双立する多義性であったり、一種の無国籍な現代文化の発信地である点を示すと共に、人口減少・少子高齢化の中で恐らく政府は移民政策を今後も推し進めるでしょうから、そんな中では『日本人が想う"人間観"』が示されればいいな。できれば新技術を使ったパフォーマンスのイノベーションによって示せるといいなと思います。

東京と地方を考える時間は今後どんどん増えていくでしょう。未来予測では東京圏の人口は今後も増え続け、地球1のメガロポリスとして君臨し、そして日本の地方からはどんどん人が消えていきます。

最近話題になったHi-Hi-Whoopeeの方の手記でも"インターネットで現実が加速するのは東京だけ、地方の自分の現実は何も変わらず醜い気持ちが溜まっていった"というような記述がありました。マイノリティがマネタイズできる位のヴォリュームで生活している東京という土地は、インターネット空間と同期して益々地方とのリアルイベントの量の差が広がっているのかもしれません。

一方で、一つ展望が開けるコトバを最近聴きました。

それは金曜に訪ねたヘンミモリちゃんの個展でのサイトウケイスケさんとのトークでの一幕。

山形にずっと暮らしていたサイトウさんにとって東京は相当思い入れのある土地であって、SadsやNumber girlの歌うような狂った凍える都市だった。でも来てみたらみんな温かいし、楽しいし、創作の刺激をうける街だと。同じ山形の美大を出たヘンミさんに「東京についてどう思う?」と聞いたとき、

ヘンミさんは「転勤を繰り返し様々な場所に住んでいたので土地に思い入れはない。石巻にも。東京も"なんか東京っぽい場所だな"くらい」と答えていました。

その答えを聴いたときに、土地から自由になることがみな出来れば、この国はもっと輝けるのかもしれないと思いました。その為には仕事と住にかかる金が安くなることと共に、移動の勇気が持てる志が大事なのではないか。「全ての人がしばらみなく自らの意志で住む場所を選ぶ自由」を得たら、更に都市集中が起こるかもしれませんが、IT・ICTの力でそれを解決する創新の場は、今、地方にチャンスが広がっていると思います。なにしろ日本には東京の9倍の"東京以外"がありますから。

c0002171_22345245.jpgそんなヘンミさんの作品。写真を加工してプリントしたもの。こういう作品を並べることが出来るアートスペースがやっていけるのも、東京らしいですね。"地元の自分"のイメージから現実で脱することが出来る、というのも確かに東京の魅力ですね。
[PR]
by wavesll | 2014-11-10 04:26 | 小ネタ | Comments(0)
<< CITIZEN “LIGHT ... コーカサスに想う敬虔な質実さと... >>