結果を出す文章、結果を求めない文章 ― Blogの”目的”を考える

昨日のエントリ、結構アクセスを集めたみたいで、自分が「良く書けた」と想う時よりも、「イマイチだなー」って時にアクセスを集めてしまうのは、中々歯がゆいものがありますね。

昨日も書いたのですが、帰宅してからの時間で何かしたいと思って今夜は本を読み返していました。テーマは文章。特に"機能的な文章"について。山田ズーニーさんの『伝わる・揺さぶる!文章を書く』 を手に取りました。
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山田ズーニーさんは元々ベネッセにいた方で、『おとなの進路教室。』という本や柱リンクにもあるサイトをそれこそ大学の就活の頃に読み、とても誠実に、丁寧に伝わる文章を書く方だなぁと想ったものでした。この『伝わる・揺さぶる!文章を書く』も数年前購入し、その時も感銘を受けたのですが、今第一章・第二章を読み、あぁあ流石だなぁと再び色々考えが深まる契機になりました。土曜日までに全章読み返したいのですが、三章以降は実践的なトレーニングとなっているのと、色々読んでいる内に「書きたい、少なくとも昨日の記事よりは自分の思い入れがある文章が書けるはずだ」という思いにかられ、今ラップトップに向かっていますw

この本で書かれるのは、「結果を出す文章をどう書くか」です。ベネッセで小論文を担当していた山田さんは、自身の受けてきた国語教育を振り返った時に、文学鑑賞ばかりで、実際に生活の中で必要とされる手紙や詫び状、議事録等の文章のライティングの授業がなかったという事を起点に、働くため、生きるために、状況に応じて目的を果たすためにきちんと機能する文章の書き方を紹介しています。

これは、目から鱗でした。と同時に確かに、小学校はともかく、高校くらいでこういう日本語ライティングの授業があったらとても良いなぁと想いました。「読書感想文」にしても、何にも書き方を教え無いで放りっぱなしで書かせても、効果を上げるどころか国語の勉強が苦痛になってしまう人が多いのではないかなと思います。私も一時期小学生に国語を教えていたのですが、母語という、ほとんどセンスで解いていた自分の"センス"をメソッドに落とし込むのはなかなかに大変で、学校で実用的な文章術を学ぶのは納得感も増しそうで良いなぁと想いました。

と、同時に文章が「結果を出すためのもの」と自分はあまり思っていなかったことも思い当りました。およそ自分の気持ちの発散のために文章を書いていますね、特にtwitterなんか「読む相手を動かす」ということについて考える人はやってられないのではないか等とも思います。

「結果を出すため」にしか文章を書かない人ではない、半ば生理的に活字を読み書きしている自分にとって、逆に「読み手が何を求めているか」「文章を読んだ後読み手にどう思ってほしいか」、つまり「この文章の"結果"は何か」を考えるというのは新鮮でした。

まぁ、このサイトが長続きしているのは「結果」を考えなかったところも大きいと思います。私が19の時からやっていますから、休止期間も含めればもう10年以上やっていて、累積アクセスは30万を超えていますが、やれ「アクセスを物凄く稼いでアフィリエイトだ」みたいにやっていたら、つまらないし辛くなりそう。逆に言えばこのサイトをやっている目的は「自分が読みたいことを書きたい様に書く」ことが出来るからとも言えるでしょう。

ただ、昔、特に始めてから休止するまでの間は、完全に自分を知らない人向けにblogエントリを作成していた気がします。内輪受けにはしたくないというか、やるなら一般的な広い人々に向けて書いていた部分が大きかったですね。

逆に今はもっと私的な、自分の興味のあるところを、そこまでウケを気にせずに書いている気がします。読者の想定はtwitterで繋がっている人であったり、同じ番組やイベント、本に興味がある人であったり。毎日更新しているわけでもないので、毎日見に来る人というのは想定していないし、twitter経由で来る人数の数もフォロワーが1500人位いる割にはせいぜい10人位(これはやりとりをしている人の数には近いかもしれない)ので、現在は"公"を意識せずに書いている部分が大きいです。

自分がやりたい事と、社会で必要にされウケる事と、自分が出来る事はそれぞれ異なっていることは多々あり、「自分がやりたいことで評価される」というのは至難な業な気もするなぁなんて想います。社会の中では感覚で話すだけでは意見など通らず、如何に論拠を張って意見を通すかが大事だなぁと仕事の面では思いますが、声の大きい人間の意見だけが通る世の中も息苦しいですから、このblogくらいは己のふわっとした感覚を残したいです。

あぁ、一つ目標はあります。それは特に更新しないでも過去記事だけでアクセス集められるような"ロングセラーエントリ"を書いていきたいという事です。敬愛する先輩のblogが毎日100アクセス集めているそうなので、取り敢えずそれを目標にしたいですね。今は更新しない日だと30/dayなので、この三倍か…。昔さんざん書いた個人ニュースサイト時代のニュース羅列記事は今はもうまるで読まれません。速報性ではなく、恒常的に残るような記事を書くことをどこかで心がけたいですし、そういった"結果"を出すためにはズーニーさんのおっしゃるように"読者は自分に何を求めているのか"やら何やらを考えなければならないのかもしれませんね。

ちょっと振り返ってみると、大学の頃は仲間もmixiやらblogやらやっていましたが、今は誰か書いているなんてのはまるで聴かなくなりました自分が今も書いているのは、今は私的といいながらも、やっぱり公に向けて面白いものを書くという初期理念と、結果を求めて書くのではなく、半ば排泄行為のように日々活字をI/Oする指向性があったからかもしれません。何かしらの生活の跡、身体的・精神的な営みの痕を残していけたら幸いです。



by wavesll | 2015-02-26 23:52 | 書評 | Trackback | Comments(0)
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