ソ連・東欧グルーヴィナイト Vol.2 観覧記

善光寺から帰ってきてその足で向かったのは高円寺でした。巨大に広がるロックな商店街を散策し、てんやで天丼食って向かったは駅前徒歩2分の地下階にあるカフェ&バー「コネクシオン」。今夜は「ソ連・東欧グルーヴィナイト vol.2」というイベントがあったのです。

このイベントを知ったのは実は善光寺周辺にいるときで、私が1年前にしたソ連のJAZZFUNKのtweetが何故かふぁぼられていてどういうことだろうとFavった方を調べたらこのイベントの主催者のミッテさんだったというわけです。それで富岡製糸場へ行くのを飛ばして高円寺へやってきたのですw

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ソ連の音楽イベントなんてそこまで人入らないだろう、それにグルーヴィナイトというならダンスできる空間あるんじゃないかと思ってたら、かなり狭い店内にひとがぎっしり!おわ!こんなに共産圏の音楽ファンがいるとは!ヤパン捨てたもんざないなと嬉しくなりましたw

第一部は元モスクワ放送アナウンサー西野 肇氏による当時のソ連の状況の述懐と"肋骨レコード"の披露でした。

現在 世界の車窓からであったり、ソ連関連のドキュメンタリー番組であったりのTV番組制作に携わる西野さん。紹介された中では宮沢賢治がサハリンを旅し、銀河鉄道の夜のエッセンスを得たという番組なんか、かなり惹きつけられました。

モスクワから世界へ向けて放送された海外放送の日本課に就職した西野さん、まず取り出したのは一葉の白黒写真。「これはエレーナさん、私の妻です。紙上のね」

当時のソ連は物不足真っ只中、独り暮らしするための道具を買いそろえるのも至難の業でした。そんな中唯一者が潤沢にあったのが"新婚夫婦向けの雑貨店"。モスクワ放送の上司の方が気を利かして、西野さんが行った翌日からエレーナさんを書類上の妻にしたのでした。凄い話だ。

西野さんは1983年にモスクワから帰ってくるまで、アナウンサー兼番組製作者として働くのですが、特に注目した3人の音楽家がいたそうです。

まず一人目がアーラ・プガチョワ。
社会主義諸国のレコード大賞のようなものが、毎年ブルガリアのゴールデンビーチで開かれていたそうなのですが、そこに彗星のように登場したのが彼女。当時の歌手は棒立ちで歌うことがスタンダードだった時代に、振付でビジュアル的にも魅力的なディーバとしてヒットを飛ばしたのでした。
また『王様のいう通り』(うろ覚え)という曲では、当時の権力者ブレジネフの怒りを買い放送禁止化にされるなんてこともありながら、『百万本のバラ』でメガ・ヒットします。この曲は日本では加藤登紀子さんにカヴァーされているそうです。

二人目がエドゥアルド・アルテミエフ。この人が凄かった。今夜の最大の収穫でした。

ソヴィエト電子音楽のリーダーとされる彼は、タルコフスキーの『惑星ソラリス』や『ストーカー』等の劇伴やモスクワ五輪開会式のカンタータも作った凄腕です。上の動画でも、その辣腕ぶりがいかんなく発揮されていますね。西野さんは彼を"ソ連の富田勲"と呼んでいるそうですが、確かにそんな感じします!

3人目はジャンナビー・チェスカ。ロシア民謡をフォーク風に弾き語る女性歌手です。今は修道院に入りながらCDも出しているそうです。この人の曲もかかって結構良かったのですが、どうも検索に引っかかりませんね。名前を聞き間違ったかな???

ここでガモウさんという方が登場し、なんとガモウさんが当時録音したモスクワ放送のカセットテープが再生されました。西野さんとロシア人女性がパーソナリティを務める番組で、ガモウさんのリクエストが読まれていました。凄い。時代を超えてラジオの音波がモスクワから高円寺に届いてしまった。

そして遂に"肋骨レコード"の披露。
ソヴィエトは戦後東西対立の中、西側の音楽を禁じますが、戦前はジャズ・タンゴ等が聴かれていたそうです。またWW2でドイツに攻め込んだソ連兵はヨーロッパの文化を直に体験したのでした。

しかしスターリンによって西側文化は禁じられてしまいます。持っているだけ、聴いているだけで逮捕。ソ連で聴いていいのは文部省唱歌の様なつまらない音楽だけ。
それでも、音楽の魅力は若者たちを大きく惹きつけて、アンダーグラウンドでジャズやタンゴ、ラテン、ポップスが創られていくのです。

レコード録音機は西側から持ち帰ったものがありましたが、問題となるのはレコード盤。そこでどうしたかというと、レントゲン写真を丸く切って溝を刻みこんだのです。この"肋骨レコード"、大ヒットし、数百万枚売れたそうです。売れすぎですよねw当局も見逃していたのかなw

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なんと今夜は西野さんが所有されている4枚の肋骨レコードを聴くことが出来ました。肋骨レコードは、よく中身が入っていなかったり、中身の音楽が違ったりしたそうです。当局に見つかるといけないのでレコード店では試聴できなかったためです。また質も適当なものだったそうです。実際、今夜かかった盤も、真ん中に穴がちゃんと開いてなかったり、穴が2個も空いていたものもありましたw

それでも、ちゃんと音楽は鳴りました。『ペサメ・ムーチョ』、トルコ・サイケのような音楽、ノイズがひどくアンビエントみたいに雑音がドローンになっている彼方で響く南国っぽい音楽。当時のソヴィエトの人々の音楽への飢餓感、寒いソ連から想像された熱い音楽への情熱を想うと、感動的な音楽でした。

最後に欠けられたピョートル・レシチェンコは肋骨レコード歌手と呼ばれ、戦前からポップスを歌っていたのに、戦後禁止され地下に潜った人です。ゴルバチョフ時代に解禁された彼の音楽はレントゲンがディスクに印刷された"肋骨CD"として発売されました。

独裁者は文化を彼らの"健全な感覚"で統制しようとする傾向がありますね。文化の自由さはそのままその国の民主主義具合とリンクするかもしれません。西野さんは最後に統一ドイツ初代大統領ワイツ・ゼッターの敗戦40年での演説から「過去に目を閉じるものは、未来にも盲目になる」という言葉を引いてトークを終えました。

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そして第二部!ここからDJタイムの始まりです。

こーれが最高のソヴィエト・東欧ミュージックでした!かかる曲はブラジリアンな曲もあり、ソウル・ブルージーな曲もあり、ジャズ・ファンク、ポップスと多様でしたが、どれもこれもイカしたものばかり!日本人DJも最高だったし、ドイツから来たDJの人のプレイした曲なんかクラブジャズというかレアグルーヴとして踊れる感じで良かったです!ソ連の音楽は驚くほど"民族音楽というより普通に高水準"でした。
Solid Steel Radio 15/03/2013 - Om Unit & DJ Scientist
The Soviet Tape Vol. 1
数人の方とお話したのですが、おそロシ庵ソ連カルカルを見た人、去年のロシア・アヴァンギャルド展を見た人なんかが多かったです。そしてモスクワ放送リスナーも◎

世界中のサイケミュージックを聴いているというお姉さんもロシア・アヴァンギャルド展に行かれたそうなのですが、プロバガンダポスターなのにそのデザイン性が高すぎると感動していたら、最後に"今回展示したアーティストは全員処刑されました"と書かれてあってショックを受けたそうです。惜しい才能を失いましたね。ロシア時代に生きていたら、とてつもない良作を作ってくれたかもしれないのに。スコリモフスキーパラジャーノフにも思いを馳せざるを得ませんでした。

杏の様な甘い風味が美味しいけどアルコール度数はヤバそうな美味ウォッカ、ズブロックを飲みながら、サイケや、インドは昔ジーパン禁止だったとか、ロシアンロックの話など面白い話をしながら、ソ連・東欧の音楽に興じた時間。いい夜でした。Спасибо!ソ連のソウルジャズファンクコンピ、どっかで出してくれ!
by wavesll | 2015-05-17 05:17 | Sound Gem | Comments(0)
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