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"俺って変だなぁww"というのと"君って変だよww"から解脱できるか

野球みたんで久しぶりにすぽるとでもちゃんとみるかwとすぽると観てたら、なーんか疲れてしまいました(苦笑
まぁ、スポーツは勝ち負けがあることもありますけれども、その中でも野球・サッカーってスーパーサラリーマン的というか、仕事ができる男的な打ち出し方がみえるんですよね。リーマンが自分を投影する像というか、うげーと想ってしまった。ただ大抵のスポーツは生で観戦すると面白いんですけれど。

思うに、体育会系というのは"まともの結果として異常"なんですよ。特に日本ではコーチから結果を出すために"まともに向上させること"、日々血の滲む鍛錬を積み上げることが求められてきたんだなぁこの人たちはと想うのです。それってモーレツ社員に自分が想う感覚に近いというか、いかに正常に出力をあげるために異常に頑張るかの競争だなぁなんて想うのです。

一方で、音楽、文学、映画なんかはいかに狂うか競争な気もします。創造性というのはカイゼンではなく創新でもある訳です。素晴らしく魅力的な新しい発想というのは"まとも"からいかに自分をズラせるかにかかっているような気がします。自分の中の狂っている部分をみつめて、いかにもっと狂った、つまり新しくて刺激的なことができるかが評価軸の一つになっている世界。

自分が"まとも"だなぁと思っているし、周りからもおおむねそういう評価を受けてそうな人が怖いなぁと想うのは、そういう人が秘めている異常さが不意にちらついたときですよね。そしてそれを当人は"いや、これは普通でしょ"と想ってそうな処が怖いなぁなんて思います。マジョリティの狂気というか、正義の狂気というか。まぁたいていの人は自分の感覚はニュートラルなもんだと思っているとは思いますが。その圧倒的な"当然でしょ"感が、怖い。

逆に"自分は普通じゃない、こんなに自分は狂っているんだ"って人は話してて怖くないですね。他者と自己の感性が違う事を元から意識しているところもそうですし、最初から"この人は狂っている人なんだ"と分かる人は怖くないですよ。狂気は凶器と違ってまるだしの方が怖くないですね。

逆に言えば自分が狂ってると主張する人は浅くみえるし、いや自分は普通だよと本気で思ってる人の方が昏い狂気を湛えているとも言えます。一時期、自分も“普通”という概念に苦しまされましたが、日本社会でいう普通とは“完璧”の事だという感慨やマジョリティ、マイノリティ、“公”の概念も含めて、普通って何だと考察し出すとその深みに沈みこんでしまいます。

ここまでの話でじゃあ"普通"って何だ?という問いがあると思いますが、カイジの福本さんのマンガ『天』によるとその時代時代にあらわれる幻想の様なものという事ですが、大雑把に言えば自分の周りの環境やメディアを知って得た情報の最大公約数的だと想われる像なのでしょう。

本当はそんなものは幻想で、本当は自分の感性は普通でも普通じゃないでもなくて、ただただ自分の感性なのだから、"俺って変だなぁww"からも"君って変だよww"からも解脱して、ただただ澄明に、そして自然にやっていければいいのでしょうけれども、風乱れる浮世ではなかなかそれも難しいですよね。『天』でのアカギの遺した言葉を知りたい方は拙ブログに記述があるので、もしよろしければどうぞ。



by wavesll | 2015-05-21 01:13 | 私信 | Comments(0)
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