軍艦島廃墟日和

この土日、長崎へ行ってきました。メインの目的は、この度世界遺産として登録される運びとなった端島(軍艦島)。色々かまびすしい事柄も喧伝されていますが、素晴らしかった。その感動はスマホによる私のつたない写真では表現しきれなかったので、補助として文章を綴らさせて頂きます。
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長崎市街にある長崎港ターミナル、ここからは五島列島へのフェリーなども出ているのですが、その一角にあるのがこの軍艦島クルーズ。ここから軍艦島までは約40分の船旅でいきます。しかし、波が高い場合は出港停止。この日(2015.7.4)も船は出るには出るけれども上陸できるかどうかは船長判断という事でした。
また私は事前予約でチケットを取っていたのですが、この日の便は当日券はないという状態でした。こりゃ世界遺産になっちゃったら行こうと思っても行けない人続出するだろうな、良い時行ったぜ。ということで出航を待ちました。
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待合の間にターミナルのうどん屋で喰ったドラゴンうどん。辛い豚汁にミンチと五島うどんが入ってました。なかなかイケた。
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端島炭鉱もそうですが、この辺りは三菱のシマでした。岩崎弥太郎と縁のある土地らしく、今も造船所では世界最大の豪華客船となるらしい船が建造されていました。船の中にはいろいろ展示はあったのですが写真は禁止との事。またこの日は雨が結構降っていたのですが、軍艦島では傘はNG。船内で合羽が200円で売られていたので買いました。
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水上の煙霧が水墨画のような廃墟日和でしたが、やはり軍艦島は廃墟。崩落の危険や建物の保護の為、見学できる箇所はかなり制限されています。最初にパンフを見た時は「え!?これだけかよ」と想わざるを得なかったw
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という間に島影が。海上に浮かぶ古城のよう。
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軍艦島、上陸できるってよ
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近づくとその塊の迫力が物凄い。この迫力は俺の腕じゃ伝えられないなー。ほんとに石とコンクリートの塊がぐわあああってクルんですよね。凄かった。
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上陸。みな雨合羽姿。中では二班に分かれ、三か所でガイドの方の説明を聴く流れ。
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なんか古代都市っぽいんですよね。石の建造物を緑が浸食しているところがマチュピチュっぽく感じるのか。同行した家族は「この春行ったモンサンミシェルより凄い」と言ってました。しかしこの島、明治から海底炭鉱が稼働し始め、昭和47年まで人々が働いていたところなのでした。44年前、現代史に入る土地なのですね。大正には日本で最初の鉄筋コンクリートによる集合住宅が建てられたということも含め、日本の近現代の貴重な遺産ですね。
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そしてこの廃墟感。廃墟好きにはたまりません。今まで自分が行った最大の廃墟は沖縄の中城高原ホテルでしたが、軍艦島は規模が比較にならない超弩級の恐ろしいほどの廃墟でした。画になる。『進撃の巨人』でもロケに使われたそうですが、『007スカイフォール』でもクレジットされていましたね。
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解説ガイドのおじいさんの友人は端島で教員をしていたそうです。何が大変だったって家庭訪問が大変だったそうです。同じような集合住宅を延々動かなければならないから。しかしお父さんたちはもっと大変、地下1km、水平に2km強の海底炭鉱は気温30℃、湿度95%で、顔は真っ黒、目と口の三つの白だけで誰が誰かわからなかったそうです。
しかし待遇は公務員の3倍の給料だったそうで、当時全国では2割の普及率だった3種の神器が100%普及していて、東京五輪はみんな街頭Tvではなく家で見ていたそう。島にはパチンコや床屋、プールにテニスコートもあったそうですが、土地の関係で火葬場と墓地はなかったそうです。ハードに働いてハードに遊んでいたんですね。ブラックな強制労働の島かと思っていたけれど、直に来てそこで住んでいた人たちの暮らしを聴き、イメージが変わりました。しかし自然の脅威は凄かったらしく、波しぶきが時に山の上の灯台を超えることもあったそう。まぁ楽な土地では決してなかったのは間違いないでしょうね。でも、そこにも暮らしがあったことを聴けたのは良かった。
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現代アートのインスタレーションオブジェみたいでもあり、FPSのフィールドの様でもある。異様な迫力があります。
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クレーンが動いていたので解説のおばちゃんに聴いたら、何でも世界遺産登録の為に危険な建物を取り壊しているそう。見学エリアが広がるのかもしれないけれど、それじゃ本末転倒では。。。
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プール跡。島には小学校もあったそうなので、子どもたちが遊んでいたのでしょう。ここで見学は終了。上陸していたのは30分強だったかな。ちなみに島にはAEDもあったので、万が一の時の体制も作られていました。また島までの海上でもdocomoの電波、繋がりましたwドコモ、去年波照間行った時も海上でも繋がってたなぁ、ここは素直に感心だ。
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船で軍艦島を周る。確かに軍艦に見える。軍艦土佐に似ていることから端島は軍艦島と呼ばれるようになったそうです。土佐の写真はこちら。
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島の反対側。島内には木造建築もあったそうです。
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さらば軍艦島。この後40分かけて長崎港へ戻りました。正味2hくらいの軍艦島クルーズ、めちゃくちゃ感動しました。良い良いと聴いていたけれど、実際行ってみると想像を超えて良い。廃墟好き、遺跡好き、アート好きなら、間違いなくお薦めできます。ここまでいいと別に世界遺産にならなくても日本人と外人のマニアだけでも十分込み合ったのではと思ってしまいましたが、世界遺産というエヴィデンスがないと金や人員が動かなかったりする大人の事情があるのでしょう。しかし、この迫力、この美、そして生活の歴史は素晴らしかった。行って良かった。これが素直な感想です。そして今ストリートビューで行けなかった部分も歩いてます:-)

追記:世界遺産登録と韓国による負の遺産化について
さて、紆余曲折を経て、世界遺産登録されたそうですが、韓国では「forced to work」の言質を取り出したとして、軍艦島を日本のアウシュビッツと喧伝する動きもあるそうです。
実際に行って興味を持ち、Wikipediaの記述を読むと、明治の産業革命遺産には輝きある業績だけでなく、翳も勿論あること記されていました。ただ、現地に行った感覚ではアウシュビッツというのにはかなりの違和感がありましたね。

強制徴用が問題になるなら、世界各地にある王族の世界遺産も、苦役や重税の上に作られたものがほとんどでしょうし、こういった事が問題となるのは近現代の遺産であるからということもあるでしょう。

私は前述した通り、わざわざ負の世界遺産として登録するのは隣国に騒ぎの種を与えてしまうことになり、別にしなけりゃいいのに、安倍も地元に世界遺産を創るために余計なことしてくれたなぁ、等と思います。

ただ、こうなった限りは、世界遺産登録を上手く現代的な意味で利用することが大事だと思います。産業革命遺産は、正でもあり、負でもある遺産。自分の国を万歳万歳とし褒め称えるのは気持ちのいいことですし、韓国の主張によってパーティに水を差されて不快になる気持ちも私にもありますが、いっそのことWW2に関する反省の施設をがっつり作って、中韓がぐうの音も出ないほどの反省施設エヴィデンスを創ってしまい、正確な数字と検証によって日本の負の面をきちんと作るのも悪くないかもしれないなと思いました。情報センターの位置は安倍の地元山口にしてほしいですけれどねw

自分が無謬の存在でないと認めるのは、大人に成るという事でもあります。全てが白い人間も、全てが黒い人間もありません。白であり黒であり、その上でやはり軍艦島は美しい。主張するところは主張し、相手が間違っている部分には反論を唱え、非を認めるところは非を認め、自分の中に悪があることを認めた上で輝いていく、酸いも甘いもかみ分けた大人な試みができる国なることは、悪いことでもないかなと思います。餓鬼は余り相手をしない大人になりたいものです。
by wavesll | 2015-07-06 20:18 | | Trackback | Comments(0)
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