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100分de平和論をみて

今日は正月に録画していたEテレ、『100分de名著』の特別版『100分de平和論』を観ていました。
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4人のパネリストが、それぞれ一冊本を紹介し、平和について考える構成。

まず一冊目に紹介されたのはフロイトはアインシュタインとの書簡、『ヒトはなぜ戦争をするのか?』でした。

フロイトは人は自然状態では暴力で物事に決着をつけようとしますが、共同体を作った後、法に暴力を託すことで、個人間の暴力を抑えることをしてきましたが、国家間にはそれを超越する暴力装置がないこと、人間にはエロス(生)の欲動と死(暴力)の欲動があり、エロスの欲動が人に共同体のために命を投げ出させたりしたり、死の欲動は外に発散しないと自己破壊に繋がると論します。

その上で文化によって欲動をずらすことができるのではないか、とフロイトは論じます。番組では嫌韓に対する韓流とか、反日に対するアニメとかが紹介されていましたが、言われてみれば、暴力的なエンタテイメントや性的なエンタテイメントは欲動を晴らすことには効果的かもしれません。またスポーツもそういった意味では大きな力がありそうですね。

二冊目はプローデル『地中海』。“長い16世紀”の地中海世界の興亡を、構造的な視座と具体的な事柄から描いた書物。番組で取り上げられたのはジェノヴァでした。手形を発明したジェノヴァの金融は、世界へ富(南米銀)をばらまき、戦争を長期化・大規模化させました。資本家は生産者と消費者の人間的な関係を断ち、国家へ働きかけ、富は中心へ集中、大部分の貧しい周辺が生まれる。手形による経済のヴァーチャル化、欲望のヴァーチャル化。欲望は他者の視線のもとで増大化します。グローバルな競争の中で発展した地中海の経済成長は投資先の消滅で終わり、超低金利時代へ。資本は流出。覇権は移って行きました。

こう纏められると21世紀となんらかわりませんね。
資本主義に内在する拡大主義・植民地収奪主義が戦争を引き起こしている。このことは16世紀も21世紀も、変わらないのだなぁと想いました。

三冊目は井原西鶴『日本永代蔵』。江戸の価値観、『始末』=始めと終わりをきちんとし循環を良しとする。戦国時代の拡大主義から、循環・持続の世を作り泰平を実現。すぎはい(生きる手段)は草の数ほどある。合理的な利便性とは違い、中抜きや専業販売があることで広く富が拡散する、参勤交代がトリクルダウンを産み出したと言うのは、面白い視点でした。

しかし、当時日本全体では農民が80%に対し江戸では武士と町人が半々。階級社会だったことを忘れてはならないと想った。そしてそんな平和も黒船(暴力)によって崩れ去りました。

最後の一冊はヴォルテール『寛容論』。フランスでの宗教対立の下起きた冤罪事件を聞き付けたヴォルテールが、死刑にあったプロテスタント信者の名誉回復の為に記した書物。フランスでは大きな事件が起きる度に読まれ、先のテロの時も読まれたそうです。

『自分が信じているものを、お前は信じてなくとも信じろ』と強要するキリスト教、愛の宗教ではなかったのか?とヴォルテールはいう。なぜ憎しみあうのか、人はすべて同じ神の被造物なのに。ヴォルテールはフランスやドイツの王室に重用されるが、リベラルすぎて危険思想と排除された人物。

『自分のしてほしくないことは他人にしてはいけない』。憎悪に憎悪を返しては敵の思うまま。無知に屈することなく憎しみを理性で乗り越えるか。それは本当に崇高で本当に難しい。日本は共同体感情に勝てないかもしれない。最近の時流で言えば、フォースの暗黒面に堕ちず、孤独で自由な個人でありたいものですね。

この番組を観て、2016年の今思うのは、資本主義を乗り越えるというより、資本主義の価値基準を拡大させるという事が必要なのではないか、ということでした。

利便性や競争を良しとし、快楽の拡大を追求する、限りない欲望のレースが、多数の貧者と復讐心を産んでしまっている。これは目標となる指標があまりにマネーに偏ってしまっているからではないか、現在数値化されていない価値に定量的な指標を与えることで、"何が幸せで、何を追い求めるべきか"を設定しなおすことが必要かもしれないと想いました。

また、その過程で現在"無駄なこと"とみられている事柄や時間を、寧ろ価値あるものだと定義しなおすことで、消費スピードを落とすこと、持続可能な社会をつくる援けになるのではないかと想います。スロー・フード運動などもそうですが、誰かから搾取をしなくても、最大幸福を創れる仕組みづくりをする。ヴァーチャルと等身大の肉体、双方を有効活用していく。欲望や発展を求める心にブレーキをかけるのは難しいと想うので、その欲望が目指す理想の定義を変えていくのが、平和を希求するうえでやっていけるものではないか、国や資本家が威信をかけて動く方向を変えていく、それが効果的にできうることなのではないかなと想いました。

Preview of Aya Nishina's Flora

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by wavesll | 2016-01-07 22:45 | 小ネタ | Comments(0)
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