芸能史のあれこれと、TVを初めとしたプロメディアに対する素人web表現省察。

最近楽しく読んだ記事に、DrillSpinで連載されていた「ロックと日本の60年」という記事がありました。

第1章 “ウェスタン”だったロックンロール
第2章 “アイドル”の原型、カバー・ポップス
第3章 ビートルズでバンドに目覚めた!
第4章 60年代末、ロックも世界も激動の時代
第5章 アメリカかイギリスか?日本語か英語か?
第6章 クイーンを筆頭に、まばゆきロック・アイドルの時代へ
第7章 日本型アーバン・ミュージックの生成
第8章 パンク/ニュー・ウェイヴの日本伝来
第9章 80s前半、MTVとポップス黄金時代
第10章 バブルが洋楽を追いやり、バンドブームを経てJ-POPの時代へ
第11章 バブルの喧噪に射し込んだニルヴァーナ
第12章 オルタナ、ブリットポップ、そして渋谷系以降~「世代の断絶」さえ生んだ、情報世代のロック全盛期
第13章 世紀末、ブリットポップ、オルタナの死と、ピーク迎えた日本のロック・シーン
第14章 2000年代、世界のシーンは動き、日本は閉じた
第15章 2000年代後半~ロックと日本のこれからは?

これ、なかなかの連載でしたよ。
1955年、映画『暴力教室』の挿入曲だったビル・ヘイリーの「ロック・アラウンド・ザ・クロック」が現象的ヒットとなり、ロックンロールが世に知られるようになってから今年で60年が経ちます。
との書き出しで始まる2015に書かれた日本と英米の60年に及ぶロック史。誰が書いたのかと想ったらNHKFMでライブビートをやられていた方らしいです。現在はブラジル在住らしく、「ブラジル音楽の歴史」連載も面白かったのですが、まずは日本のロック史を。

この連載の美点としては大枠で歴史教科書的に芸能史を捉えている点です。
特に、芸能プロダクションの動きが書かれていた点は、感傷重視の"自分史"で語られる音楽記事とは異なっていて、面白い。
例えば1958年にロカビリーの祭典、「日劇ウエスタンカーニバル」としてロックコンサートを開いたのはナベプロの創業者であったりとかとか、ラジオ・TV番組の変遷が語られたり、P-VINEが出てきたり、90年代にはビーイングについても語られたり、ヴィジュアル系・ロキノン系にもある程度客観的な視点で描かれていたのは、業界史のダイジェストとしても楽しめました。その時々で起きていた英米のロック潮流と日本がどのような距離感に在ったのか、その反応の纏めを愉しむことが出来ました。

ただ、英米の音楽潮流を"正史"として捉える姿勢は、良くも悪くも日本のロック史だなぁと想います。前述のブラジル音楽史では、ブラジル人の好みもかなり好意的にとらえていたようにも見えましたが、"音楽好きの価値観は英米流が最高だ"というのは、また違うかなぁとも想いました。

その流れでクラムボン・ミト氏、柴那典氏、金子厚武氏による、2015年の音楽シーンを振り返る対談を読むと、海外からの目で見た音楽業界とドメスティックな目線で丁度バランスが取れるような気もしました。
2015年の音楽シーンはどう変容したか? クラムボン・ミト、柴那典、金子厚武が語り尽くす
「ガラパゴスも続ければムー大陸になる」論客3人が分析する、2015年の国内音楽シーン

2015年は、年間ランキング1位2位が2014年リリースの「RYUSEI」と「Dragon Night」で、AKB新譜が売り上げがミリオンを切った年。CDは売れなくなったけれども、音楽業界人的には底を打ったというか、新たな戦い方が見えてきた年と言う印象ですね。

EDMは欧米では終わりかけのブームで、日本では5年遅れぐらいで流行ってきているという話は、今更リンキンっぽいワンオクとか、P-VINE辺りから出てきている洋楽から比べるとサイケ・バンド群も2・3年遅れだよなぁ、いいものもあるけど、と想いながら読みました。

音楽業界分析、という処からは離れるかもしれませんが、この鼎談の中で一番気になったところは「TVの復権」という部分でした。少なくとも日本においては最大のメディアはTVのままと言うか、web上で話題になるというプレゼンスの面でTVはかなりの地位を収めています。twitterでバズっているワードも今夜の魔女宅のようにTV番組を肴に実況する/コミュニケーションをとることはみえますね。

ロングテールの逆verがここ数年は起きていて、ヘッドが総取りと言う状況が生まれている気がします。面白いコンテンツを探るためにwebをDigる為の可処分時間自体が、コンテンツ消費の為の時間で埋められてしまっているのでは、とも思います。

twitterユーザーとして、TVっ子としても、tweet実況はTLが一つの茶の間になった感覚と言うのはありますね。ひろゆきがニコ動に関わっていた頃に言っていた「TV局の方が製作費も人的資源もあるし、webより有力なコンテンツが創られていると想いますよ」といっていましたが、現状はその流れですよね。海外だとYoutubeでのゲーム実況で5.4億円の家を買った猛者も出てきていますが、日本でゲーム実況と言ったらゲームセンターCXの有野課長が出てきそうですしね。ニコ動でのゲーム実況は2007年くらいが黎明期らしいので、2003年に初放送だったゲームセンターCXは慧眼でしたね。この間地上波でやった「Dの食卓」回も良かったです。1時間でゲームを疑似体験できるのは、教養的にもいかも。

話がズレました。TVが最強のショバで、最終的にはそこを目指すパラダイムがまだ強いというのは、今日の金スマでやっていた小林幸子のニコ動でのブレイクからの紅白復活というのもその文脈でとらえられると想います。

TVというマスコミュニケーションは凄い寡占のショバで、稀少な座を各事務所の営業戦争で奪い合っているのだなぁと想います。

"好感度が高い"というのも化け物染みてた指標ですよね。ベッキーにしたって、日本人4000万人が好きでも、日本の7割の人が嫌いか無関心ですものね。しかも若者はTVから離れて、流行が保守化・鈍化している(これ先述の音楽ヒットが1年遅れにも象徴される)今です。プレイヤーとしては"誰にでも受け入れられる最大公約数的な芸能人"を目指すより、中規模で、自分のやりたいことを成り立たせる方向へ向かっていくのも良いのではないかなと想います。

ニッチなクラスタへ向けた表現をしても、全球的なマーケットを目指せば成り立ち、マスに火が付くかもしれないのはBABYMETALなんかも示している道ですよね。またマスメディアに乗った知名度・すでにあるコミュニティを活かしてwebに発表の場を創って娯楽を提供するという点ではInterFMでやっていた桑原茂一さんのPirate Radioのsoundcloud版なども、興味深いです。独立系web動画メディアで一番気を吐いているDOMMUNEなんか、一番上手くやりたいことを実現できている気がします。

こうして振り返ると、プロの表現者たちはかなりweb時代に適応してきている気もします。ちょっと個人的に淋しいのは、webというフロンティアが社会化されることによって、ばるぼらさんが『教科書には載らないニッポンのインターネットの歴史教科書』に書いたような個人サイトが、SNS等のプラットフォームに呑みこまれ瓦解していったような気がすること。

私の観測範囲だけの傾向かもしれませんが、この鴎庵の柱リンク、10年前位に登録したサイト群が、もう8割型ドメインが消えているか更新停止になってしまっているんですよね。もしかしたら、実力のある人はプロ・セミプロへ引きあがって行き、そのフックアップは一段落着いたのかも。ただ、"個人サイト"という形式に愛着のある時代錯誤な人間としては、ちょっと淋しいというか、柱リンクは今の時代に合わせてブラッシュアップしなければなと想います。

現在、文章・写真・音楽・動画・ゲーム、どこまでもリッチな表現も個人で出来るようになりましたが、先述したように、ガチンコでぶつかり合うとマスメディアに個人サイトは質で負けてしまう感はあります。
そこで個人のweb表現としては、twitterのように集合体としての価値を提供することも一つの方策ですが、個人サイトでできることで、今考えているのは"想像させる余地を置くこと"ではないでしょうか。

自分はフィールドレコーディング盤が好きなのですが、それは目で見るよりも音だけ抽出された風景の方が臨場感を持って立ち上がるからなんですよね。

五感の全てを使うのではなく、一部をミュートすること、時間感覚を操作すること、これらを工夫することで、リッチ・コンテンツより寧ろ魅力的なweb表現が出来るのではないかなー、等と考えています。勿論、一番安価に世界を立ち上げることが出来る"文章"も頑張って、冒頭に紹介したような素晴らしい記事を自分も書けるように精進していきたいなぁというところで本日は〆させていただきます。
by wavesll | 2016-01-23 01:13 | 小噺 | Trackback | Comments(0)
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