JAGATARA - 都市生活者の夜

JAGATARA - 都市生活者の夜

引きこまれるようにじゃがたらのこの歌を聴いています。
まるで劇の歌唱のよな雰囲気を持つこの歌を。

一般社会から外れて、人から遠のき、ニュースで報じられる凄惨な現場を眺めて、狼の遠吠えの様な音楽を聴く人にとっては、真昼が夜に成る。白い、独りの夜。浸るのは、不健康な行為なのでしょう。そんな、白い夜更けを、この曲を聴きながら、だるく、しんしんと耽りました。

後ろめたい気持ちが鬱へ向かっていくのだろうか、俺はと、久々に人生に向き合い始めた2016年2月22日に想います。働くというのは、何よりもの精神安定剤な気がします。働いていれば取り敢えずは蔑みの眼からは離れられるし、忙しくしていれば余計な事を考えずに適度に疲れられる。

大抵、旅をしている時って、発想が噴き上がってくるのですが、それは新鮮な異化作用と誰からも自由な空気でのリラックスだけでなく、日々の急流、それは仕事であったり、人付き合いであったり、或いはメディア・ストリームから離れて、忙殺されて息を止めていた、或いは溜め込まれていたものが萌え出るのには、日常の流れから離れる時間が3、4日。できれば7日以上必要だなと、経験的には想います。

もっと仕事に熱中しろ、疲れ倒せ。その余力で小金で趣味なり楽しむか、家庭に幸せを求める、それが幸福ってものだろう?うん、私もそう思います。その"普通の幸せ"を達成するのは大変なことだし、眩しくみえます。社会の港に碇を下していないときは、特に港の光が遠くに輝いて見えます。一方で、夜の暗さが、愛おしくもあるというか、ほぼ全員が動き続けていると根本的な設計変更は、実行するのが難しいのだろうな、と想います。それを考えずとも日々を進められるから。

今、自分は都市生活者の夜にいます。周りの人には後ろめたかったり、迷惑をかけながら。
社会の中で、自分のストレス耐性の弱さと、体力の実質的な衰えを、認めざるを得ません。労働と言う精神安定剤の服用をしないと、こんなにもすぐに翳がやってくるのか。そして、やっぱり、不安定にほっぽられた時の方が、筆が走ります(笑)

そんな時にTLでこの歌を知り、エンドレスに流していました。
そして"どんなことが唄われているのだろう"と歌詞をみると

昨日は事実、今日は存在、明日は希望
後ろからしがらみが追いかけてくるけれど、そんなことは少しも問題じゃない

人生は軽いフットワークさ
人生は軽いフットワークさ


こんな詩だったのか…哀しみや孤独が通底するからこそ、笑い転げられるのかな。
俺も都市で生活していけるのだろうか。なんて感傷をさらりと笑ってくれた気がして、音楽にまた少し救われた気がしました。結局のところ、人生におけるゴールは自分の中にしかない、ニヤリと口元を歪めて、次に行ける所へ歩んでいくしかないかもしれませんね。自分自身の弱さを、内包しながら、進むスピードで、脚を使って向かっていく、そういうことなのかもしれない。と言い聞かせるように、この曲を聴いています。気が付けば、人の温かみにまだ俺は囲まれているのだから。都市は冷凍されていても、温度は、そこかしこにまだ灯っているのだから。つくづくヤワな自分には、この夜明け色のサウンドが、沁み入りました。

もしかしたら、希望こそが死への早道かもしれません。低位安定で、死ぬように生きた方が、長生きできるかも。でも私は、このホーンのように、青白い火を、心に灯したい。太陽をこの身に浴びれるように、とりあえずはじたばたしてみます。自分は一生、未熟で何も成し遂げない甘ちゃんで終わるかもしれない。それでも、振動を、どっかに刻めたらなと想います。ただひたすらに。昨日は事実、今日は存在、明日は希望。終わりのないダンスは続く。はずだ。
by wavesll | 2016-02-22 16:59 | 私信 | Trackback | Comments(0)
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