『JAWS』 舞台的制約表現と行動論理の名活劇 -『3-Headed Shark Attack』と較べて

Jaws theme!!


BS JAPAN シネマクラッシュでやっていた『ジョーズ』が素晴らしくて素晴らしくて。
あの名テーマと鮫映画として最も有名な映画として勿論その存在は知っていたのですが実際見たのは初めてでした。

この後ネタバレが含まれます。

面白かったのはただのスペクタクルホラーでなく社会性があったこと。
冒頭、ヒッピーの女の子が鮫に襲われます。保安官は浜辺を遊泳禁止にするのですが、市長や地元の人たちは「せっかくの稼ぎ時にビーチを閉めるなんてとんでもない!」と反対。結局惨事を起こしてしまいます。

こういうのは浜辺の管理者への責任追及が凄いからこういうことは起こりづらいかもしれないとも思ったのですが、リゾート地の業者では死活問題だろうなと想うし、或いは大分軸が変わった話にもなりますが原発の地元なんか自分たちにリスクがあっても地元経済の為に稼働を望むのを見ると現実味を感じる設定だなと。

現実味。その言葉はこの映画を捉えるときに本当に芯となる概念だと思います。
昼に午後ローでやっていた『トリプルヘッド・ジョーズ』という映画をみたのですが、三つ頭の鮫というのが荒唐無稽なのも兎も角、登場人物の行動がイチイチ合理性がなくて。例えば背景に陸地が映っているのに「近くに逃げる陸地が見つからない」とかいったり、わざわざイラつかせるように危険な選択を喚いたり。こういうB級映画と比べるのは失礼な話かもしれませんが、『JAWS』にはそういうところがなくて。

それは演技や脚本が本当に論理的に人の感情の流れを突いているからだと思います。例えば粗野な態度をみせるハンターにも、実は第二次大戦中に恐ろしい思いをした体験があったり、一つ一つの行動に過去が裏付けの重みが感じられるのが上手いなと。

そして演出も光ります。こういう映画では肝心要と言える鮫の登場シーンの見せ方。前述の3ヘッドジョーズは余りに鮫を登場させ過ぎて怖くない。ジョーズでは不意を突いて出てくるものだからうわっ!っと怖くなる。また恐怖表現にも脚本のロジカルさが表れていて、「この鮫用の檻じゃ壊されちゃいそうだよなー」とか思ってるときっちり壊れたり、脚本に無理を感じません。

そしてCGの時代ではないこと。これが緊張感や機知を感じさせるのです。
メインの鮫のヴィジュアルも、一瞬の登場では気になりませんが後半白日の下に大々的に出てくると「あぁ作り物だな」と想います。しかし水中を泳ぐシーンとか、「これどうやって撮ってるんだろう」という驚きが大きいんです。

ワイヤーアクションやCGだって技術上の創新は幾つもあるのだろうけれど、そういうものが未発達だった時代の映画には舞台劇をみるような手触りというか、CGじゃない中工夫して面白味が凄かったスーパーファミコンのゲームのような魅力というか、前述のロジカルな脚本と相まって、作劇のお手本をみるような、映画の手に汗握る感じはヴィジュアルの情報量とは違うのだなと感じ入りました。

まぁ、『トリプルヘッドジョーズ』もB級お馬鹿映画として魅力的でしたけどねw午後ローでは今月はサメ特集ということで、何でも宇宙でサメが暴れるやつもやるそうですよw

午後ロー2016年7月サメ特集



cf.
千葉館山に鮫を餌付けした夥しいシャークダイビングスポットがあるそうです。

by wavesll | 2016-07-08 01:32 | 映画 | Trackback | Comments(0)
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