小林一三と宝塚。エンターテイメント X 実業、ロックフェス・アイドル・漫画・アニメ・映画の原型の創生期

NHKBSプレミアム、新日本風土記にて、宝塚が取り上げられていました。

中でも面白かったのが実業家、小林一三。
温泉街だった宝塚に鉄道を通し、歌劇団を立ち上げる。
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wikpediaで小林一三の来歴を読むと、
慶応義塾で福沢諭吉に学び、阪急電鉄・宝塚歌劇団・阪急百貨店・東宝をはじめとする阪急東宝グループ(現・阪急阪神東宝グループ)の創業者。日露戦争後に大阪に出て、鉄道を起点とした都市開発、流通事業を一体的に進め、六甲山麓の高級住宅地、温泉、遊園地、野球場、学校法人関西学院等の高等教育機関の沿線誘致などを電鉄に連動させ日本最初の田園都市構想を実現し、相乗効果を上げる私鉄経営モデルの原型を独自に作り上げた。政界では、第2次近衛内閣の商工大臣を務めて革新官僚の商工次官・岸信介と対立、1941年(昭和16年)から貴族院勅選議員、幣原内閣で国務大臣、初代戦災復興院総裁を歴任したが、戦後公職追放となった。
とのこと。

東宝って"東京宝塚"から来てたんですね!東急の創業にも大きく関わり、まさに桃太郎電鉄というか、実業の大物ここにありといった様相。もはや島耕作を超えてますね。

宝塚歌劇団に関するエピソードでも、宝塚の大階段は、座席数を増やしてチケットの値段を増やしたから、誰でも見やすいようにと一三が作らせたそう。エンターテイメント興業と実業の目という意味では現代でいうとRIJFにおける渋谷さんのような凄腕さ。地域経済という意味ではFujirockにおける日高さんに代表されるロックフェスに繋がるし、宝塚歌劇団は日本におけるアイドルグループの原型ともいえるかもしれません。宝塚育ちの手塚治虫にも大きな影響を及ぼし、何しろ東宝の社長なのだから、日本のカルチャーにここまで大きな影響を及ぼした人もなかなかいない。飛び抜けた人をまた知りました。
by wavesll | 2016-08-06 18:02 | 小ネタ | Trackback | Comments(0)
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