ジャコメッティ展 at 新美 ー魂を凝縮し削ぎ落された彫像群

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国立新美術館のジャコメッティ展をみてきました。

スイスに生まれ、パリにて才能を開花させた20世紀最大の彫刻家、ジャコメッティ。

見ているものを見えるようにつくると小さくなってしまった彼の彫像は、せめて1mの長さにしようと細長いフォルムになっています。

骨格と、肉と髪が、極限まで削ぎ落とした細長い人物彫像。卒塔婆のような、その人物の魂や人生が凝縮された静謐なる迫力。

彫刻は入れ換えなしだけど素描や絵画作品は前期後期があり、今日までの前期展示では画家だった父のコレクションらしき北斎の模写なんていう作品もありました。

彫像は人物がほぼ全てで、例外的に恐竜化石の生体展示のような『犬』と骨身になった魚のような『猫』がありました。

ただ、その他、エッチングや油絵なんかも展示してあって。その題材は人々のデッサンもありましたが、『真向かいの家』や『アレジア通り』などパリ街中や家の中、故郷スタンパの風景なんかも。ジャコメッティの流儀で街を造ったら、どうなるのだろう?

そのhintとして、群像シリーズがありました。思い思いに逍遥する『3人の歩く男のグループI』、異界の知的生命体のような『森、広場、7人の人物とひとつの頭部』、ヒトが金属植物のように伸びていく『林間の空地、広場、9人の人物』と。ジャコメッティの彫像は、空間を描くことは関係を描くことなのだなと。

ジャコメッティの初期はキュビズムやシュルレアリズムに傾倒していました。

オーソドックスな彫像ともいえる初期(1917年)の『シモン・ベラールの頭部』、キュビズムを立体でつくった『キュビズム的コンポジションー男』と『コンポジション』、『キューブ』

シンプルなフォルムの『見つめる頭部』『横たわる女』、アフリカに影響を受けたようなピカソ的な『カップル』、西アフリカから影響を受けた『女=スプーン』、ニューギニアに影響を受けた『鼻』は展覧会全体の中でも白眉でした。

そこから『小像(男)』、白い『裸婦小立像』といった小像の部へ。

さらに展覧会は女性立像の部へ進みます。髪が光輪のようで、まるで一本の剣のような『大きな像(女:レオーニ)』、髪や胸のコアが表現された『髪を高く束ねた女』、1952年頃の『女性立像』は青銅器時代のフォルムのよう。

そこから群像群を挟んで、モデルを前にした制作へ。『男の胸像』、弟を創った『ディエゴの胸像』『石碑I』の胸のゴリゴリした部分がまた魅力的で。

マーグ家との交流の部や『ヤナイハラの頭部』などの、阪大文学部の矢内原伊作との交流作のコーナーも素敵で。特に青のボールペンでフランス・オプセルヴァトゥール紙特別号に描いた『幾つかの頭部』、レ・レットル・フランセーズ紙に描いた『頭部、人物像など』、パリ=ジュール氏に描いた『4人の人物』などが非常に洒落ていて好きでした。

そしてとりわけ印象的だったのが9体の『ヴィネツィアの女』

キャプションに記憶に基づく制作とあったのですが、あまりにそれぞれ個性と人生が沸き上がる出色の彫像群で、近くのスタッフに聴いたところ、やはり特定のモデルを記憶に基づいて作ったとのこと。素晴らしかった。

そしてチェース・マンハッタン銀行に飾られるはずだったプロジェクト『女性立像』『頭部』『歩く男』は撮影可能で、それぞれ古代、近未来、現代を顕わしているような気がしました。

ジャコメッティの絵は同時代の詩人たちの挿絵になることも。
ジャック・デュパン『ハイタカ』など、詩のイメージを膨らますジャコメッティの絵の魅力があふれてました。

そして最後は『終わりなきパリ』。OKコンピューターのジャケットのような抽象的なパリの風景。やっぱりこの感覚を立体化する様な都市の彫像、みてみたかった。

吸い込まれるような、哲学性も感じるような展覧会。とても良かったです。
by wavesll | 2017-07-17 19:03 | 展覧会 | Trackback | Comments(0)
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