年を重ね今解る『平成風俗 大吟醸』の良さ:あの時は気付けなかった。俺はずっと椎名林檎を追駆けてるのかもしれない。

Shiina Ringo - Gamble
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私が椎名林檎に嵌ったのはベッタベタに「本能」の辺りで。『無罪モラトリアム』の衝撃を受けて心酔のレベルで惚れて『勝訴ストリップ』は発売日に買って。

当時の地下サイトでデモ音源やインストアライヴ音源、ライヴブートレグ、悦楽パトロール等を漁り、「幸福論」のアレンジ違いだけで先攻エクスタシーやイチオシ祭り、<身も心も幸福の海で泳ぎつかれてしまうんです>と歌詞違いのデモ等片手に余るほど林檎病にかかっていました。

その頂点は『絶頂集』の時。その後からズレが生じ始めビッグバンド歌謡な「真夜中は純潔」に焦燥感原理主義者の当時の自分は”セルアウトした”と感じて。

『唄い手冥利』は好きだったけれど、”コアさこそが好きだ”と想ってた癖に『加爾基 精液 栗ノ花』はどうにもよく分からず。絶頂集から再録の「やっつけ仕事」もロックじゃない落ち着いたアレンジになっちゃうし、しかもCCCDだったことでレンタルで済ますという。そして”平温”をやるという東京事変からは距離が離れていきました。

それでも「群青日和」はいい曲だと思ったし「能動的三分間」はかなり好きだったのですが、東京事変はどうにも林檎の味が薄まったようにも感じてしまって。林檎曲でなくても「キラーチューン」とかいい曲あったのですけれどね。

更に久しぶりの林檎名義で出された『平成風俗』は「ギャンブル」のオーケストラverは素晴らしいアレンジに感じたけれど、ほとんどが再録で、しかもロックさがなくて。どうにも残念。

そして『三文ゴシップ』も全然ピンとこなくて。今でいうと”エモくなくなった”という感じで。

リアルタイムで椎名林檎の新曲に再び嵌ったのは紅白歌合戦にも出た「長く短い祭」まで時をあけることになります。

しかし、その一方でこの4,5年ほど『加爾基 精液 栗ノ花』が非常に大きな愛聴盤となっていたのです。

それは私の聴取が発達したのか、当時は複雑すぎて理解が及ばなかった楽曲が全貌を把握できるくらいにリスニング体験を経たのか。

20代後半からChris Watsonなどのフィールド・レコーディングに強く嵌り、「やつつけ仕事」における日常音のサンプリング等の手法に音の妙を感じるようになったこと。

そして中高生の頃はまともに聴き込んでなかった洋楽を経過することで、逆に『加爾基』における独自性に大きな価値を見出すようになったというのもあったと想います。

とは言え、”『加爾基』は音楽好きの間での評判やディスクレヴューも高いし、その後東京事変でPOP化して…”とか思っていたのですが、30の時分にAJICO / 深緑 を聴いたとき、中高生の時には気づけなかったその渋みと甘みの深い響きを感ぜられて。

”そうか、そのアルバムを作った時のアーティストの実年齢/精神年齢に俺も達した時に分かる良さもあるのか”と。33歳になる今年はMilesが33歳の時につくった『Kind of Blue』が身体に馴染んで。そう、バイオリズムや体内分泌液のバランスが聴験には大きな働きを及ぼすように想うのです。

『加爾基』を出したとき林檎は20代半ば。で私が良さを分かったのは20代後半。大体3,4年の遅れで自分は彼女の後を追いかけているのかもしれない。いつしかそんな気持ちが湧くようになりました。

そして平成が終わるというニュースが駆け巡った今年、丁度『加爾基』に嵌ってから4,5年後位だし、『平成風俗』に手を出してもいいのではないか。そういう訳で、折角なのでDVD Audioの『大吟醸』verを購入したのでした。

すると冒頭の「ギャンブル」が素晴らしいことは勿論、再録された『加爾基』曲の歌心の増し具合や「浴室」や浮雲作曲の「花魁」の林檎節の電子音、そしてストリングスアレンジだけでなく中南米のトラディショナルな音の香りづけも丁度いい軽やかな塩梅で。

邦ロックからワールドミュージック、とりわけ南米音楽を愛するようになって、そして最近はクラシックを聴き始めてしまった自分の音楽的変遷にバチンと嵌る、耳に通る音に”これは本当に今の自分にうってつけの音だ”と想ったのでした。

ポップス「この世の限り」で兄と声を重ねて一旦〆た後「カリソメ乙女 DEATH JAZZ ver.」で音を張ってフィニートなのもベネ。

そしてDVD Audioの音質も透明感と立体感が素晴らしくて。音の液体で部屋が満たされるというか、”これがハイレゾか…!”といった感じ。これは大吟醸で聴けて良かった。年を重ね肥えてきた耳を越えてゆかれる愉しさがありました。

アラサーに入りかけた頃の林檎が出した曲を、そろそろアラサーから外れていく自分が今モロに嵌る。私は彼女を4,5年遅れで追いかけているのかもしれません。

母となり、日本の看板を背負う音楽家として”実務”をやりきろうとする彼女の音はその後も幾枚もの円盤に記録されていて。そこには私の未来の精神状態が予刻されているのかもしれません。

取敢えず今の自分は『平成風俗』なフェーズに身を置いていると想って、この先また自分が年を重ねて先を駆ける林檎の曲を、うってつけの時に聴けたら嬉しい。そう思います。

by wavesll | 2017-11-24 22:10 | Sound Gem | Trackback | Comments(0)
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