蟻と貴族

僕は高校までは結構真面目な部類に属する人間だったのですが(こら、何か言いたいことがあっても黙ってろよ)、大学に入ってからというもの、すっかり愉快なぐーたら駄目人間になってしまいました(こら、何か言いたいことがあっても黙ってろよ)。

思えば保育園、小学校、中高一貫、大学と進むにつれぐーたらになっていった気がします。

これはいわゆる『働きアリの法則』という奴で説明がつけられると思います。よりレベルの高い集団に移っていくにつれて「別に俺がこの集団を支えなくてもいいかな」と思うようになっていったのが原因だと思うのです。そーやってぐーたらするようになっていったんですね。

ただ、その分いわゆる「本分」から外れた,つまり仕事や学業以外の,人から見ればどーってことない方面に精力を傾けるようになっていったと思います。

いつの時代も、そーいう全体の生み出す余剰に属して、本分をさぼっていた人々が文化を創って言ったのではないでしょうか。
ヨーロッパの貴族しかり、日本の殿様しかり、パトロンなくして芸術は育ちません。商人文化が生まれたこと自体、長時間強度の高い労働を強いられる第一次産業の上澄みともいえるし、武家文化だって農民が年貢を納めてくれこそ生まれたものだと思います。アーティストにしても経済的・時間的に都合がつかねば作品を作れなかったでしょう。

現代の日本はどこに属しているのでしょうか?より高い集団を目指して猪突猛進する集団?それとも世界の上澄みとして文化を享受する集団?それとも世界のトップの中で更にトップとして引っ張っていく存在?現状では最後の存在である合衆国の同盟国として世界の中でプレゼンスを保っているとはいえるでしょうね。

ただ、先程述べたように、ぐーたらな貴族ぐらしも悪いもんじゃないと思いますよ。ここらへんの感性は勤勉といわれる平均的日本人と僕とではずれているのかもしれませんが。また大抵の貴族は変化に対応できずに没落していってしまいますが。

未来に資源を残そうと考えている方は現世でがんばりたいと考えられておられるでしょうしそれが現役世代の責任だと思われているでしょうが、上澄み(あるいは下層)20%がぐーたらしてしまうのは法則らしいので、おそらく僕ももう数ヶ月はぐーたらすると思います(もう数ヶ月すると新しい集団に入る予定なので)。

関連:時代と寝て、捨てられた後どうする?

追記:全世界からみたら、日本に生まれて暮らしているだけでも貴族的と言えるかもしれませんね。
by wavesll | 2006-01-25 05:30 | 小噺 | Trackback | Comments(0)
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