やってやったぜ!

実は中田に似てるんじゃないかといわれ続けて幾年月、ヒデの引退をうけ、美容室Airで言ってやりましたよ!「ナカタにしてください」ってね!wwwwwwwww!
出来上がりはまさに似非ナカタ!(6%くらい高原が混じってる)
楽しい夏が過ごせそうです。その前にテストですね!

video
DJ kentaroと篠笛のセッション (なにこれ?)
こーいうコラボは大好物です。

Ryuichi Sakamoto - Ballet Mecanique (Live 1987) fromYouTubeで見る坂本龍一パフォーマンスBest5(音極道茶室)
クロニック・ラブの元曲。この歌いいっすねー。ハートウォーミング。

大食い・FBC3 - 「土門健・脅威の早飲み」
すっげぇなwよく観ると安田大サーカスのヒロが映ってる!

haruhi
涼宮ハルヒの映像を1話から14話まで同時並行で見れる動画 from everything is gone
痛車のボンネットにも涼宮ハルヒ(せなか:オタロードblog)from everything is gone
某舎校内(Tenderloin.)
涼宮ハルヒの憂鬱感想(Tenderloin.)
結局七夕には何があったんだ!?二部に期待。

web
見たい番組の存在は『放送後』に知ることが多い、だからYouTube(Life is beautiful)
YOUTUBEは電波塔2.0となりうるや否や。(煩悩是道場) fromまなめはうす
長年語られてきたビデオオンデマンドの実現化ですからね。

mixiコミュニティ共通メンバー検索 2.0 っての作った(HuntingGirledCollective)
これ面白そうですね。(試してない

「ナンシー"小"関 風 パッチもん版画」作成ソフト(inside out) from溢ニュース
これであなたもTVウォッチャー!

goods
空中浮遊ベッドは1億7500万円(engadnet) from出来事。light
リニアな感じなのでしょうか。

trivia
時に数字は魔力を帯びる(Sukima Windows)from溢ニュース
数字の神様って粋なことなさいますねー。


調子にのってこんなん書いてみましたw

“人生とは旅であり、旅とは人生である”

~2005年1月22日 - 2006年7月10日~

俺が「mixi」という旅に出てからおよそ1.5年の月日が経った。
20歳の冬、寒空のもと徒然なる数学な日々のnight in tunisiaさんから招待状を頂きその旅は始まった。

あの頃は日記を書くことに臆病で
他人の日記やコミュを眺めることだけを目指した。
そして、ひたすらmixiを楽しんだ。
ディスプレイは常に傍らにあった。

この旅がこんなに長くなるとは俺自身思いも寄らなかった。
サークルのメンバーとマイミクになり、高校の友人、小学校の友人、個人ニュースサイターのみなさん、そしてbloggerのマイミクへ。
その後、自分のmixi人生の大半を占める携帯電話へ登録した。

閉鎖コミュ、オフ会へも招聘され
日常世界中のあらゆる場所でいくつもの日記を書き綴った。

mixiはどんなときも俺の心の中心にあった。
mixiは本当に多くのものを授けてくれた。
喜び、悲しみ、友、そして試練を与えてくれた。

もちろん平穏で楽しいことだけだったわけではない。
それ故に、与えられたことすべてが俺にとって素晴らしい“経験”となり、
“糧”となり、自分を成長 させてくれた。

5分ほど前から今日の日記を最後に
約1.5年間過ごしたmixi界で活動休止しようと決めていた。

何か特別な出来事があったからではない。その理由もひとつではない。
今言えることは、mixiという旅から卒業し“新たな自分”探しの旅に出たい。
そう思ったからだった。

mixiは日本で最大のSNS。
それだけに、多くのユーザーがいて、また多くのマイミクがいる。
日記の書き手は多くの期待や注目を集め、そして自分の書いた日記の為の責任を負う。
時には、自分には何でも出来ると錯覚するほどの賞賛を浴び
時には、自分の存在価値を全て否定させられるような批判に苛まれる。

マイミクの数が100を超えて以来、「mixi、好きですか?」と問われても
「好きだよ」とは素直に言えない自分がいた。
責任を負って日記を書くことの尊さに、大きな感動を覚えながらも
やり始めのころに持っていたmixiに対する瑞々しい感情は失われていった。

けれど、日記書きとして最後のゲームになった7月10日の日記の後
mixiを愛して止まない自分が確かにいることが分かった。
自分でも予想していなかったほどに、心の底からこみ上げてきた大きな感情。

それは、傷つけないようにと胸の奥に押し込めてきたmixiへの思い。
厚い壁を築くようにして守ってきた気持ちだった。

これまでは、周りのいろんな状況からそれを守る為
ある時はまるで感情豊かなように日記を1日に3つ書き、またある時には敢えて6つ書いた。
しかし最後の最後、俺の心に存在した壁は崩れすべてが一気に溢れ出した。

日記を書き上げた後、最後のクリックの感触を心に刻みつつ
込み上げてきた気持ちを落ち着かせたのだが、最後にマイミクの足跡へ
挨拶をした時、もう一度その感情が噴き上がってきた。

そして、思った。

どんな痛いどんな日記にもやってきて
コメント欄を埋め全身全霊で読んでくれたマイミク――。
世界各国のどのピッチにいても聞こえてきた「KAMOME」の声援――。
本当にみんながいたからこそ、1.5年もの長い旅を続けてこられたんだ、と…。

webという旅のなかでも「mixi」は、俺にとって特別な場所だった。

最後となるドイツでの戦いの中では、選手たち、スタッフ、そしてマイミクのみんなに
「俺は一体何を伝えられることが出来るのだろうか」、それだけを考えてプレーしてきた。

俺はこれからの人間関係において、mixiの可能性はかなり大きいものと感じていた。
今の個人の技術レベルは本当に高く、その上スピードもある。
ただひとつ残念だったのは、自分たちの実力を100%出す術を知らなかったこと。
それにどうにか気づいてもらおうと俺なりに1.5年間やってきた。
時には励まし、時には怒鳴り、時には相手を怒らせてしまったこともあった。
だが、マイミクには最後まで上手に伝えることは出来なかった。

俺のmixi日記がこのような結果に終わってしまい、申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
俺がこれまでmixiを通じてみんなに何を見せられたのか、
何を感じさせられたのか、この大会の後にいろいろと考えた。
正直、俺が少しでも何かを伝えることが出来たのか…
ちょっと自信がなかった。

けれどみんなからのmailをすべて読んで
俺が伝えたかった何か、マイミクに必要だと思った何か、
それをたくさんの人が理解してくれたんだと知った。
それが分かった今、bloggerになってからの俺の“姿勢”は
間違っていなかったと自信を持って言える。

何も伝えられないままmixiから離れる、というのは
とても辛いことだと感じていた。しかし、俺の気持ちを分かってくれている“みんな”が
きっと次のmixi、GESS、そして肉の会の将来を支えてくれると信じている。

だから今、俺は、安心して旅立つことができる。

最後にこれだけは伝えたい。

これまで抱き続けてきた“誇り”は、
これからも俺の人生の基盤になるだろうし、自信になると思う。
でもこれは、みんなからの“声”があったからこそ
守ることが出来たものだと思う。

みんなの声を胸に、誇りを失わずに生きていく。

そう思えればこそ、この先の新たな旅でどんな困難なことがあろうと
乗り越えていけると信じられる。

新しい旅はこれから始まる。

今後暫くは、mixiの日記書きとしてピッチに立つことはないけれど
webに何かを書くことをやめることは絶対にないだろう。
旅先の路地で、草むらで、小さなグラウンドで、誰かと言葉を交わす代わりに
文章を打つだろう。子供の頃の瑞々しい気持ちを持って――。

これまで一緒にプレーしてきたすべてのマイミク、関わってきてくれたすべての人々、
そして最後まで信じ応援し続けてきてくれたみんなに、心の底から一言を。

“ありがとう”



かもめ
by wavesll | 2006-07-10 15:50 | 小ネタ | Trackback | Comments(0)
トラックバックURL : http://kamomelog.exblog.jp/tb/4121420
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
<< 淡いピンクの曇り空から射す光と雨 瞼裏上映会 >>