屋久島で過ごした一週間 初日

c0002171_6225488.jpgどかんどかんどかんどかんどかん!桜島~♪眼前の洋上に浮かぶは桜島、そうここは鹿児島県の鹿児島北埠頭だ。

今回の旅にはオリオンツアーのフリープランのパックを使ったため、羽田を出て二時間で鹿児島空港、そこからバスで40分で鹿児島市役所前、そこから徒歩で15分でここ、鹿児島北埠頭に着き、ここから高速船で屋久島を目指す。

いーい天気、青空が抜けている。空気はまだ夏だ!鹿児島の町には路面電車が走っていて、教習所で習った路面電車の事項を思い出したw

屋久島へ向かう船はフェリーとトッピーとロケットがあって、今回乗るのは一番安いロケットだ。
今回の旅の目的は大きく分けて2つあって、まずは屋久島の旅を楽しむこと。そしてもうひとつは論文のフィールドワークをすることだ。そのため、アンケートを40部刷ってきた。

ロケットの待合ロビーで恐る恐る乗客に声をかけてみる。「すみません、私、○○大学の○○と申すものなのですが、ただいま屋久島について論文を書いていて、そのためにここでアンケートをとらせていただいているのですが、もしよろしかったらご協力お願いできませんでしょうか?」
おお!なんと返事はOK!初アンケート協力だー☆
調子に乗って、違う二人組にも書いてもらったところで、乗船のアナウンスが鳴った。

高速船内はなんとシートベルト着用だった。2時間の航行中にアンケートをとろうと思っていた俺にはこれは大誤算だった。仕方なく、飛行機の中と同じように寝ていたら、大体1時間で九州の南端、佐多岬を超え、そこから更に1時間で屋久島が見えてきた。

佐多岬から南へ60キロにあるこの島は1993年に屋久島は世界自然遺産に登録され、日本におけるエコツアーのメッカとなっている。
世界遺産登録以後、観光客が増えて屋久島の経済を支える一方、環境に対する負荷も年々高まっていて、特に縄文杉に入込客が集中しているという問題が起きている。そんなわけで今回は、縄文杉だけではない屋久島の魅力を探りたいなと思ってここにやってきたのだ。あと、一年位前から「島で過ごす」ことをなーんかやってみたくて、いい機会だからやってみちゃったのだ。

と、いうわけで上陸!うわ
ーーーーーーーーーー!
屋久島着いたーーーーー!!!

ロケットから降りて、発着ロビーを軽く見た後、観光案内所に向かった。
そこでは受付のおばちゃんが、俺と同じ便にのってた金髪のガイジンさんに苦戦していた。たまたまいた日本人女性が通訳になっていたのだが、なんとそのポーランドの女の人は宿をとってないらしく、おばちゃんがいろんなところに連絡を取っていた。10数分後、なんとか宿が取れたらしく、こちらも一安心。

そしたら「何の御用でしょうか?」。あー、そうだった。俺も用があってきたんだった。「すみません、ここら辺の観光地図をもらいたいのと、町役場の位置を教えていただきたいんです。」一応役場でのヒアリングも考えていたので、色々教えてもらった。あと、近くにあった屋久島環境文化村センターの割引券ももらうことができたので、宿に行く途中に寄ることにして案内所を発った。

ところがなんとその日センターはお休み。定休日は月曜のはずなんだが。。。(あとで気づいたのだが、月曜が敬老の日だったので今日は振り替え休日だったのだ)

ロケットが着いた宮之浦の町は、屋久島で最も大きな町のひとつだ。大体端から端まで3kmくらいで、大きなドラム缶バッグを担いでると思いのほか宿までは遠かった。途中、橋があってそこから川を眺めたんだけど、その透明度といったら!海も、空も、川もきらきらしてて、すげー気持ちよかった。あと今回3日間お世話になるエコツアー業者のynacさんに挨拶に行った。が、相手方のおばちゃんの反応はあまりよくなかった。だいじょぶかな?

今日から3泊泊まる宿はペンションシーフォレストという宿だ。おっちゃんが笑顔で迎えてくれた。荷物を降ろしたあとさっそく町へもう一度行こうとする前におっちゃんにインターネットができる場所はないかと聞いた。実はアンケートは屋久島に行く直前に作ったもので、それを添付したメールを先生に送っていたのだが、まだその返事を見れてなかったのだ。本当はプリントアウトもできる漫画喫茶のようなところがよかったのだが、とりあえずはおっちゃんから紹介してもらった橋のそばの文書堂をメモして宿を出た。

橋を渡って左に曲がって、まずは上屋久町の町役場とそのそばの上屋久町歴史民族資料館を訪ねた。

資料館には屋久島の縄文時代からの遺物(石器や土器)や、人々の暮らしを伝える生活品が並んでいた。屋久島と人のかかわりは思いのほか古く、現在では15000人弱が暮らしている。
江戸時代からは屋久杉の伐採が島の基幹産業だったが、今は島は観光業で成り立っている。
杉を切るのこぎりや、切った杉を加工した平木、あとは船の模型などが面白かった。これで100円は安い。
入り口に屋久杉のオブジェがあったのだが、とにかくでかい。写真の、青いやつはアクエリアスの500mlボトルであることを言えば、それには納得していただけるかと思う。

その後町役場に言ったのだが、どこに取材すればいいのかわからなくて、うろついてたらおじさんに「どうしましたか?」と言われたので、「パソコン使えるところってありませんか」と聞いたら「それなら文書堂がいいですよ」といわれたので、あとはバスのことを聞いて出てしまった。事前に質問とかもっと考えておけばよかったなー。

文書堂を訪ねて、PCの利用の予約をした後、4日目から泊まる宮之浦ポートサイドユースホステルまで歩いていった。その途中で益救神社(やくじんじゃ)という神社があったので、旅の無事をお参りした。

ユースの場所を確認した後、オリオンからもらった地図に書いてあった「ウィルソン株記念碑」を訪ねようとしたところで文書堂から電話が入ったので戻った。屋久島にはいつも使っているウィルコムと、親から借りたAUの携帯を持っていったのだが、両方電波は入った。

文書堂で先生からのメールを確認した後(ちなみにネットの利用は10分100円だった)、店主にウィルソン株記念碑のことを聞いたら「そんなの知らないですね。相当B級な観光スポットなんじゃないですか」といわれた。B級好きとしてはこれは向かわなければならないなと思い、ホテルへの道を右に曲がると、木のトンネルの先にそれはあった。

ウィルソン株というのは屋久島の切り株の中で最大のもので、ウィルソン博士が発見したものなのだけれども、そのレプリカとウィルソン博士の功績がかかれた看板がそこにはあった。
株のなかには祠もあって、そこでも手を合わせておいた。

歩いて思ったのは宮之浦の町は子供が多いということ。小・中・高校があるから、下校時間になると子供たちが「こんにちわ!」と挨拶してくる。島というとなんか少子高齢化のイメージがあったからこれは意外だった。

さて、宿での夕食が18:30らしいので、また4km歩いて戻ると、またおっちゃんが笑顔で迎えてくれた。

部屋にいったん戻った後食堂の席に着くと、今夜の飯は飛び魚だった。屋久島といえば飛び魚と首折れさばらしい。飛び魚の姿揚げはうまかった。特に羽がばりばりいける感じで良かった。
そこに「ただいまー」と別の客が帰ってきた。と思ったらなんとその人は昼に案内所で通訳していた人だった。話を聞くと、あの後ポーランド女性と永田の田舎浜に行っていたらしい。あー田舎浜かーいいなー今日行っても良かったなーと思った。そのひとは明日は白谷雲水峡に行き、明後日は縄文杉に行くらしかった。

飯は20:00までで、その後食堂は消灯となり、各自部屋に戻ることになる。部屋というか、アパートの一室みたいで、バスとトイレは別だし、トイレはウォシュレットつきだし、ベランダに出ると海が見えるしでめちゃくちゃういいところだった。TVをつけると関東とまったく変わらない番組ラインナップで、ちょっと拍子抜けした。

。。。。。。。。。。。と、いうか、暇だw暇すぎる。

と、いうわけで21:00過ぎから部屋の電気を消して、布団の用意をして、外で星をみながら(またこの星が良く見える良く見える)知り合いに電話かけまくったw

気がつけば24:00過ぎ。明日に備えて眠りに着いた。

2日目へ
by wavesll | 2006-10-01 06:29 | 私信 | Trackback | Comments(0)
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