屋久島で過ごした一週間 6日目

真夜中に電話が鳴り響いた。「もう3時半か(アラームをかけたから)」

しかしまだ1時ちょい前。電話をかけてきた相手は、明日劇の差し入れにいけるかどうかという無理なことを言ってきたw

で、目が覚めてしまったので、水を飲みに談話室に言ったら、同室の外人さんがいた。

"Hello"と声をかけてみて、世間話をしてみた。彼は東京で英会話の教師をしているひとで、屋久島には昨日ついて、5日滞在するらしい。で、今日は縄文杉にいくそうだ。
こんな時間に談話室にいたのは、ベッドの寝心地が悪くて首が痛くなってしまったかららしい。

どこがいいか聞かれたので、ynacの沢登りツアーを紹介したら、大変興味を示された。

他にも将来の夢とか、今何やってるのかとか色々語った後、(アラームが3:30になるからと断った後で)部屋に戻り、寝ようとした。

が、結局寝れず。。。。。3時間睡眠で縄文杉に挑むことになった。

c0002171_11522218.jpg4時20分からユースの前の道路で迎えを待ち、27分ぐらいに迎えがやってきた。
今日申し込んだガイドはモス・ガイドクラブ。なんでynacにしないかというと、あそこは高いのもあるが、縄文杉ツアーはやっていないためだ。

途中で弁当屋さんによって弁当を受け取った後、クルマで山を登る。縄文杉は屋久島の奥深くにある。今目指しているのは一番ポピュラーな登山口である荒川口だ。

着いた。「屋久島で一番人が集まるところですよ」の言葉にたがわず、まだ暗いのに道にはクルマがびっしり。

入念に、10分くらいストレッチをして、山にお祈りしてからいよいよ歩き出す。最初に歩くのはトロッコ道だ。

屋久島では今は立ち木は切ることができない。しかし、土埋木と呼ばれる倒れてしまった木を回収することは世界遺産エリアのほかでは許されている。

屋久島の世界遺産エリアは島の20%。そしてそこには実はほとんど屋久杉の生育林は入っていない。林業との兼ね合いで、林野庁と環境省が折衝した結果だ。

そして今日歩くトロッコ道は、実は途中までは今も使われているのだw

トンネルを通って、昔使われていたトロッコで小さな杉を見て、岩に張り付く薄い土壌の説明を受けた後振り返ると、朝日が昇っていた。

トロッコ道ではところどころに段差や橋がある。特に橋は手すりがないものも多いので、そのときは前から後ろへ「橋注意でーす」とリレーするのだ。

で、さっき言ったトロッコの分岐点(これまでは山師の線路。ここからは行政が管理する線路)のところまで歩いてきたとき今まで歩いてきたほうからなにやら音が。

トロッコだ!!!うぇーー、あれ橋渡ってるときとかにきたらリアルスタンドバイミーだなとか思った。トロッコに乗ってるおっちゃんが、ガイドさんの一人に合図してきた。

「実は僕は数年前まであそこで働いていたんですよ。」
「山師は山を知らないといけないから、自然とガイドの知識も身につくんです。」

それで色々山師のことを教えてもらった。中でも今屋久島には一人しか残っていない超一流の山師、"抜刀師"の話は特に面白かった。

今日は晴れていて、しかも昨日雨が降ったから、苔に水滴が球体についていて、光にきらめいてめちゃくちゃきれいだった。

途中、昔使っていた集落で朝飯を取った後、行きの道は写真も撮らずにスタコラサッサと急いだ。と、いうのも縄文杉のテラスは昼過ぎにはめちゃくちゃこんでしまうからだ。

途中で今朝話した外人さんに会ったりした後、トロッコ道は終了。大体集落までが90分、そこからが90分だった。休憩所のトイレの匂いが激烈だった。

そこからの山道のほとんどは、山を守るために木道がしいてあって、非常に歩きやすかった。急な坂が続くところが3箇所あるのだが、そこを超えればもう楽チン。何より酸素が多いから、あまり疲れずにすんだ。
途中でひんやりした木々に額をひっつけてパワーをもらったしねw

そして登ること2時間、縄文杉近くまで来たら、全員(今日は客8人、ガイド2人の大所帯だった)で一気に見るためにみんなで顔を伏して、縄文杉が生えている岩盤に足をかけ、テラスへ上り、「ハイ、いいですよ」

おおおーーーーーー!凄い。白い肌はうねっていて海のようだ。

縄文杉は昔はそばまで寄れたのだが、苔が落ちてしまったりしたり、根っこが痛んでしまったため、今は6,7m離れたテラスから見ることになる。

江戸時代には見つかっていたらしく、その伝承をずっと信じて探していた人が、昭和41年に発見したという。

普通のカメラじゃとてもじゃないけど1枚では収められないため、今回は3枚使った。

テラスで外人さんと再会。アメリカ人の生"Unbelievable!!"を聞いてしまったw

今日のテラスは300人ぐらいらしい。これがピーク時には1000人を超え、押し合いへしあいの怒号飛び交う現場になるそうだ。観光客は9月を過ぎるといなくなり、11月でほとんど終了。
12月に雪化粧(そう、屋久島の奥岳には雪が降る)したこの森を眺めて、酒を飲むのは格別だそうだ。

縄文杉が木肌をさらしているのは、森を開けたために光がさして乾燥して苔が落ちたから。だから裏面には今でも苔が残っている。今、植林をしているそうだが、シカに食べられてしまってなかなかうまくいかないらしい。

と、いうのも屋久島は土壌が薄く、木々の成長が鈍いからだ。なんと年輪は一年で指紋ほどにしか増えないらしい!それを考えるとあらためて縄文杉の驚異に恐れ入る。

結局20分程テラスにいた後、下り始めた。

帰り道では、来るとき見てきたこの道で一番すらりと生えているヒメシャラや、木に巻きついたり門を作っていたり象の形になっていたりするヤマグルマ、夫婦のように枝を繋いでいる木木や仮面夫婦を見た。

白谷雲水峡でも多く見かけたヒメシャラは赤いツルツルの木肌が特徴的な木だ。成長するにつれ、ぺろっと皮が剥がれ落ちるので、苔がついてないのだ。

ヒメとつくのは小さいものが多いが、ヒメシャラは沙羅双樹のサラの大きいverらしい。

また湧き水がでているところがすぐ数箇所あった。縄文杉が飲んでいる水と、あと2箇所。それぞれ全然違う味らしい。いや、そんなにわからなかったwでも、岩から染み出た水だけあってとってもうまかった。

これで今夜三岳を割るために、もってきたペットボトルにつめておいた。

雪の重みでぶわぁっと枝が広がっている木や、縄文杉が見つかるまで最大だといわれていた大王杉も見た。

杉の大きさというのは高さとはまた違って、太さとか威圧感とか言うものだ。実際に切って年輪を数えないと正確な樹齢はわからないが、大体の大きさから推測をつけているらしい。

ちなみに一番高い杉というのは、谷の部分(土壌が深い)に生えている名も無き杉らしい。なぜ高い杉には名前がついてないかといえば、まぁ凡庸な形というのもあるだろうが、あまりに高いと折れやすくて長生きしないからだそうだ。

そうしているうちにウィルソン株まで戻ってきた。豊臣秀吉の命で切られたという屋久島最大の切り株であるウィルソン株の中に入って、身を休めると、静かな水のせせらぎが聞こえてくる。

ここには神様がすんでいるらしい。そういわれて、信じてしまうような、とても神秘的な場所だった。

実際過去に霊感の強い人を連れてきたら、「ここの神様は十分に祭られてなくて怒っている」と飛び出たそうだ。それ以来、モスの人はほぼ毎日祈りを捧げているそうだ。

切り株の中の祠に祈りを捧げてまた歩き出した。

モスではほぼ毎日縄文杉に来ているそうだが、毎月16日は神様の日だから、山には入らないそうだ。前日は、村の代表者が山に入るらしい。

次に出てきたのは、実は大王杉よりでかいという爺杉。幹の真ん中に穴が開いていて、そこから光がさしていてとてもきれいだ。

それにしてもこの根。太い!すっげえなぁ屋久杉。
自然でこんなのありえるの!?っていうオドロキにこの島は満ちてる。

今日は本当に苔に付いた水滴がきれい。白谷雲水峡でも「雨のときもきれいなんだろうなぁ」と思っていたから、ほんとにこういうのはうれしい。

今日はガイドさんは2人なのだが、そのうちの昔山師だった人はこの島の出身だそうだ。
「地元出身のガイドさんは多いんですか」と聞くと、「いえ、登録しているガイド160人のうち地元出身のものは15人だけです。だから絶対にやめるなといわれているんですよ(笑)」という答えが返ってきた。

屋久島のガイドはほとんどは外から来て屋久島の自然にほれ込んだ人たち。どのように島に利益を帰せばいいのだろうか?考えなくてはならないことのひとつだ。

そして山道終了!トイレのある地点まで戻ってきた!やっぱ激烈だw

この沢の写真は山道が終わったところの橋から撮ったもの。
c0002171_1257447.jpgあぁ、トロッコ道に戻ってきた。またここからが長いんだよなぁ。

だからなるだけ周りの人と話すようにした。

今日のお客さんは俺含め4組。俺、一人の女性、女性3人組。男女混合の3人組。俺が最年少だった。まぁ、縄文杉までは一本道だし、結構みんなガイド雇わず登るらしいからなー。今回はynacとモスでガイド代だけで5万弱かけてるからなー。学生旅行としてはかなりリッチな部類に入るよな。

女性三人組はとにかく写真をとりまくってた。行きの時はあまりに遅いんでカメラ取り上げられちゃうくらいに撮ってたw

男女混合組は船橋からきていて今は宮之浦の満天に泊まっているそうだ。

一番年が近い女の人はモスガイドクラブがやってる宿に泊まっているそうだ。毎日結構な騒ぎらしいw
この人は今までも小笠原とか、インドとか、ヨーロッパとか、学生時代にとにかく旅をしまくったらしい。ユースでも思ったけど旅の話をいっぱい持ってる人って好きだ。だって旅の話って全部楽しい話だから。

でも、その人は学生時代にもっと苦労を積んでおけばよかったといっていた。旅は基本的には消費の行為だし、人間的に鍛えられないと。確かにそれも一理あるよな。でもやっぱり俺は旅好きな人が好きだなーと思った。

あとはガイドさんからこんな話を聞いた。
屋久島小学校、屋久島航行はあるけれども、屋久島中学はないらしい。
だって略したらヤク中だもんなw
そんなこんなで「ヤク中~!エイ!オウ!エイ!オウ!」声張り上げながら歩いたw

モスさんはザトウムシを蜘蛛の仲間といっちゃうような大雑把なところがあるけれど、非常にトークの楽しい2人だった。

名前の付いている杉のうちでは最も背が高い三代杉を見た後、朝食休憩を取ったあの集落跡広場に戻ってきた。

昔はここに小学校まであったという。今は鹿に食われて背の低い丸くなった木木があるばかりだ。

橋を渡らず川原に下りて、でかい岩の上で寝転んだ。対岸は春になると山桜が咲き誇るらしい。

そしていよいよトロッコの分岐点まで帰ってきた!ここからは木道はなくなる。

朝もお祈りした鳥居にお礼を言って歩き始めた。トロッコがこないように願いながらw

で、お祈りが通じたのかトロッコは来なかったけど、こっからが結構長かった。

子一時間ほど歩いて、朝見た使われていないトロッコのところまで来た。
トロッコに生えてる4歳の杉太郎も何千年後には縄文杉のようになっているのだろうか。
そう考えると俺という人間が関われる屋久島って悠久の時間のうちのほんの一瞬なんだなと思った。

そうしてついに帰ってきた=====!!!往復22k!!11時間かかった計算だ。

でもさらに先までトロッコ道は続いていて、あと11時間歩けば安房の町まで着くそうだwえ、何この振り。いかないいかないw

実際この道は通行は不許可だそうだ。

また入念なストレッチで体をほぐしたら、参加者全員に縄文杉まで行ったと言う賞状が手渡された。そしたら俺だけ名前間違ってたw(でも後でちゃんとしたのくれたよ)

帰りのクルマの中、THE BANDのLAST WALTZが響く中、昔は各地のユースをめぐっていたというガイドさんとずっと話していた。今もオフのシーズンは離島を回っているらしい。

一人じゃ暇で電話しまくってた話をしたら、「そうそう!なかなかあっちはわかってくれないんだよねー」と言ってたw

途中でクルマから振り返ると、山々の奥に今日昇った縄文杉の山が見えた。

満天によった後ユース到着。ありがとうございました。

風呂入って部屋に戻ったら外人さんがいたので、明日かえるからと地図とか色々渡したら、握手を求められ、お互い自己紹介した。なーんかうれしい。というか、人に親切にされると人にも親切にしたくなるよね。

今日はガイドさんに聞いたたぬきという居酒屋を探したが、見つからなかったのでがんこ屋と言う居酒屋に入ったんだけど、たいしたメニューも無く、トークも盛り上がらなかったのでビールと餃子だけ食べてまた潮騒にいってきた。

で、一昨日見たキビナゴのてんぷら食った。うーん、んまい!海で見てたときからてんぷらにしたらんまいだろーなーって思ってたんだー☆

で、帰ってまた談話室に入り浸った。

ドラゴンフルーツをみんなに振舞ったり(中はゴマみたいな色してた。味は可もなく不可もなく)、とんでもない天をみてたりした(遠くでビカビカ稲光が光ってるのに真上の空は星が光ってた)。

あと、沢登りで一緒になったご夫妻がいってたこだまの写真のサイトを見た。
見た感じオーブっぽいけど、ちゃんと目も写ってるしほんと不思議。しかもこれ、肉眼でも見えてたらしい。

もしかしたらもののけ姫の取材クルーが撮った写真にも写っていて、そこからこだまというキャラクターが産まれたのかもしれない。

もう最後だからいいだろうと思って実は論文を書いていてアンケートをとってるんですといったら、みんなアンケートに協力してくれた。ほんとこのしまで会う人はいい人ばかりだ。

夜更けまで浴びるように三岳を飲ませてもらって(また森の水で割るとうまい!)、何時か忘れたけど就寝。明日はこの島を離れなきゃならないと思うと、時間がすぎるのを止めたかった。

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by wavesll | 2006-10-01 21:23 | | Trackback | Comments(0)
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