北京消息V Across the Universe+

10時過ぎに寮を出発した。今までは現地に留学している友達に案内してもらっていたのだが、少し慣れてきたので今日は2人で出かけた。タクシーの運転手が無駄道通っていたので舌打ちを繰り返していたら天安門広場に着いた。

c0002171_0144856.jpg毛首席記念堂の行列の最後尾に並ぶ。1キロ程じりじり進んで堂内に入ると毛沢東の石像の前に献花がされていた。そして奥の部屋には毛沢東の死体が防腐処理を施されて安置されていた。人民の父、中国共産主義の巨人は、蝋人形のようにぷっくり頬肉をたるませてガラスに囲われて横たわっていた。

c0002171_0193863.jpg記念堂を抜けると前門の正面だった。上に上がろうと思ったが、どうやら1度に入れる人数が制限されているらしく込んでいたのでパスして昼飯へ赴く。セブンイレブンでおでんを買った。ロールキャベツは特にうまくなかったが、蛸と大根はだしがこれでもかこれでもかと染込んでいておいしかった。食べなれた味に出会うとほっとする。道端で作られていたクレープを買う。卵と香菜とカリっとしたパイ生地が包み込まれていてすっきりした味だった、が単調だったので途中で捨てた。北京の路上にはゴミ箱がたくさんあるので、露店で買ったものの包装とかはぽいぽい捨てられる。マックを覗いたが高かったのでパスしてケンタッキーに入った。

c0002171_0255552.jpgどこもそうなのだが、中国の店員は愛想が悪い。笑顔はないし、挨拶もないし、釣りは投げ捨てるように放るし、サービスの水準は非常に低い。ただこのケンタの味は日本と然程変わらなかった。あとトイレにトイレットペーパーがあったので驚いた。というのも中国のほとんどのトイレには紙が置いてないのだ。これはデパートがひしめく王府井でもそうだったので、トイレットペーパーがおいてなくて当然だと思っていた。なかなかやりおるな肯徳基。

c0002171_032239.jpg天安門広場では中国国旗がはためき凧があげられていた。

c0002171_0401990.jpg故宮である。天安門の奥にそびえるこの博物館は、元々は明の第三代皇帝永楽帝の命で皇族の住まい、紫禁城として建設されたものだ。天安門をくぐると広場になっていて、観光客が貴族の格好をして写真を撮ってもらっていた。入場料が学生は半額だというので学生証を出したが結局40元払わされた。強欲な奴らめ。
中に入ると石造りの豪奢な古代建築が一気に目に飛び込む。ところどころ工事中だったが、その空間の莫大さに圧倒された。

c0002171_0463337.jpg階段を上り、皇帝が朝礼をするときこんな光景を見ていたのかもしれないなと思いながら広場を眺めた。

c0002171_054221.jpg故宮には大きく分けて3つのエリアがある。中心のエリアが皇帝が一日を過ごすエリア。天安門から見て左のエリアが歴代皇帝の身の回りのものが飾られているエリア。右が中華帝国が蓄えた金銀財宝が飾られているエリアだ。最初に中央のエリアを歩いたのだが、大和門をくぐると皇帝が朝礼をする建物。次が休憩する建物。次が着替えをする建物。次が皇帝の家族が暮らす建物。次が皇帝の寝室となる建物。そして皇后の寝室となる建物があるのだが、どれもこれも絢爛豪華でスケールがでかい!正直これが一人の人間のために建てられたものだとは思えない雄大さだった。石畳の上には火事に備えた鉄の大きな水瓶や、亀や鶴の銅像が配置されていた。
一旦神武門まで行った後、みやげ物の物色と休憩を挟んで歴代の皇帝にゆかりのある宝物が飾られている西宮へ進んだ。

c0002171_192194.jpg故宮で使われている全ての瓦には龍が彫り込まれている。また門は綺麗な釉薬が使われた陶器で飾られていたり、屋根には人や牛や龍の彫刻が付けられていたり、部屋の仕切りがとんでもない細工が施された木だったり、絵が描いてあったり、とにかく行けども行けども新たな発見に満ちていた。そこに飾られている宝物も量もさることながら、質も凄い。宝石で作られた植物だったり、金の船だったり、何十もの龍が書き込まれた壷だったり。途方も無い宮殿を歩いていると、マクロとミクロが交差する理論宇宙を漂っている感覚になる。おそらく皇帝は地上に天を造ろうとしたのだろう。

c0002171_1185048.jpg西宮を抜けて珍宝館に向かう途中にスターバックスがあった。店内に入ると珈琲の良い香りがしたが、いかんせんメニューが漢字で書かれていて読めなかったので何も飲まずに店を出た。

c0002171_1365396.jpg珍宝館に飾られていたのはまさしく珍宝だった。水晶や貴金属で作られた食器。古代の漢字が彫り込まれた岩とその墨拓。古代漢字は現在日本で使われている漢字にそっくりだった。中国では簡易体が用いられているから、おそらく日本語を見たら中国人は古語みたいな印象を受けるだろう。また天井や扉にも金細工が施されていた。金印や宝剣、身の回りのもの、例えば急須なども金銀宝石で飾られていた。中国では花崗岩を花のように愛でるらしく(だから「花」崗岩というのかもしれない)、庭に飾られていた。ラマ教の仏像やマンモス?の牙や翡翠の一枚岩の削りだし彫刻や、地球儀のような中原の地図や、とにかくとてつもない数の財宝が展示されていた。まだまだ見たかったが、閉館のアナウンスが流れたので出口へ向かった。
ちなみに故宮では写真撮影は全然OKだった。周りではばんばんフラッシュがたかれていた。

c0002171_1515727.jpg故宮博物館の門をくぐって景山公園を撮ったところでバッテリーが切れた。景山公園は小高い丘を中心とした故宮の裏手にある公園だ。石段を登り、頂上に辿り着くと北京が東西南北一望できた。歩いていると、なにやら音楽がするのでそちらへ足を進めると、道端で合唱が行われていた。それも、普通の人たちがなにやら唱歌を口ずさんでいる。テノールの声の方に目をむけると、また別の場所で合唱が行われていた。このほかにもそこかしこで歌が歌われていて、みんな口を動かしていた。
景山公園を西門から出て北海公園へ向かった。ここは北海という人工の海と、それを掘った時に積んでできた山があって、また山を登った。北海も凍っていて、多くの人が園内を歩いていた。(さすがにここでは氷の上を歩く猛者はいなかった。)歩き疲れたのでタクシーを拾った。春節休みから明けてきた街を眺めている側で、ラジオからキロロの『大切な人』の中国語カヴァーが流れていた。

夜は寮内のレストラン『ギンザ』から北京丼と手羽先とおろしカツをデリバリーして食べた。一緒に燕京ビールというものを注文して、ひさびさに喉を潤した。だけど味が薄くてすぐ飽きてしまった。
花火の音が遠くから聞こえる中、みんなのゴルフで対戦したり、ストレッチをしたりして過ごした後就寝。

北京消息VI 
by wavesll | 2005-02-14 01:04 | | Trackback | Comments(0)
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