2017年 08月 15日 ( 1 )

ゆきゆきて、神軍

ゆきゆきて、神軍 予告編

『ゆきゆきて、神軍』をみました。受け止めきれない。ドキュメンタリー。元軍人が終戦の23日後に「戦死」したという兵士の死の真相を死に関わった元軍人に詰問する。終戦から40年目、それぞれの生活があって、公私の為に口をつぐんできた彼らを、粘り強く時に逸脱しながら追い詰める。逃げ出したくなる。

最初「敵前逃亡で銃殺」という話だったのが、「白人黒人の人肉を食べたことを口封じするために銃殺」という話になり、遂に「人肉として食べるために仲間の日本人兵士を殺して食べた」という真相を話させる。本当の瞬間の連続に、地獄を味わう。戦争は、人殺し人間性を失うのは、地獄。

問い詰める奥崎は、「和をもって尊しとする」からすれば狂人にみえます。空気が悪く成るどころじゃない、元軍人の家族の敵視の目、元軍人自身だって己の人生をもって口をつぐんできた傷口を抉る。それは「真実を後世に残して戦争の地獄を伝えるため」。彼は首謀者を殺そうとし映画の最後で発砲する。

「あいつ和を乱すから不愉快だ」、「大人しくなるのが利口」、「大人になって」。それを乗り越え問い詰めるのは狂気にも見え、そして暴力もふるい、実際狂っているかもしれない。それでも、そんな狂気の剣を奮ってでも戦争を止めることは、戦争の真実をむき出しにすることは…しかし戦争は、剥き出しの暴露が正当化される事象ではないか。

奥崎は犯罪者で、狂人かもしれない。だけど一部の理があって、それは命であって。賢く国際情勢とかを話す"ものわかりのいい知識人"は怜悧で麗しいかもしれないけれど、奥崎のような”異物”は社会にとって必要悪に感じました。人殺しの”普通の日本人”兵士の話す姿は、貴重な記録。

文章だと衝撃が薄いかもしれませんが、問い詰める修羅場の映像でみると本当に緊張が、本当の人生のストレスがあって。快い言葉、ストレスフリーなWebシステム、ヴァーチャルの世界でない。人間の体臭、脱臭されてない、昭和の、人間の体臭のあった日本人がフィルムに焼き付いていました。

奥崎を監督が観察する形で『ゆきゆきて、神軍』は進むのが、最低限の客観性がある点でした。これが奥崎自身が製作者だったら、完全に独りよがりのイッちゃってる映画になったと想います。あくまで冷静なカメラが事のなりゆきを捉えていました。

されど視るものも安全圏ではいられない映画。笑いでまぜっかえす芸人など勿論いない。仲間の人間を殺して食べたことを自白させられる元兵士の姿に胸が苦しくなったのは、自分自身が問い詰められて罪を認めさせられるような、自白を強要させられる対峙に感じたから。

私は戯言にあふれた、ゆるふわした日本が好きだから、ブルーハーツの言う「本当の瞬間」などなるだけ無い世界の方が快いと思うから、だからこそ多くの日本人が『ゆきゆきて、神軍』をみるといいと、ボンクラだからこそ想いました。

そしてボンクラ的に言うと、『ダイの剣を抜くとき』というか。人間、嫌われても、空気を乱しても、それでもやらなきゃいけないことがあって、スマートでない、狂った、病気といわれる人間かもしれないけれど、戦争っていうのはそれだけのものなのだという怨念ともいえる熱量が『ゆきゆきて、神軍』にはありました。

「今商売中だから、仕事してるんだから」と詰問から元兵士を家族が守ろうとしたのが印象的で。金儲けや”空気”を乗り越えるのは、今の日本だと狂気にも想える信念だけなのかもしれません。みんな嫌われたくないし。社会を潤滑に回し続けるのが是。

しかし「システムだから・ルールだから」そんな事を言わせない、本当の対決。これは日本の、現代の日本と言える時代のドキュメンタリー。戦争は何よりも”普通の人だった兵士”を不幸にする。「仕方ない、時代の流れだし、戦争になることもある」という坊ちゃんたちに『ゆきゆきて神軍』お薦めです。TSUTAYAで借りれます。

cf.
この世界の片隅にatユーロスペース

ちなみに『ゆきゆきて、神軍』もユーロスペースで公開され、3ヶ月は連日立見、単館で5400万円ほどの興行収入をあげる大ヒットとなったそうです。
by wavesll | 2017-08-15 21:45 | 映画 | Trackback | Comments(0)