2017年 10月 18日 ( 2 )

The Beatles - Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band 50周年記念盤 X 煎茶 第112回酒と小皿と音楽婚礼

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本日、33歳の誕生日を迎えることになりました。
それで、誕生日プレゼントに貰った『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』50周年記念リマスターを聴いています。

ビートルズは中高の頃、赤盤・青盤から入って、近所にあったアコムがやってたレンタルCD屋かTSUTAYAで借りて。当時は洋楽のキラキラした伝説を味わうというか、ロック名盤でありながら人懐っこいポップさに魅了されました。

それから真心ブラザーズじゃなけれども、ビートルズを離れてもっとハードな音や心に刺さる邦楽ROCKの世界へ行って。「ビートルズなんてポップだよな」なんて言って。

大学を過ぎた頃、社会に出て、”ロックさ”では立ち行かない壁に当たった頃、ビートルズのモノラル盤リリースがあって、その時赤盤青盤ダブル盤のリリースがあって、そしてその発売日が10月18日で。なんかロックの神様が誕生日プレゼントしてくれたような気になったものでした。

そして今、大切な人から贈られた『Sgt. Pepper's』を聴いています。

時代はどんどんと戦争と貧困の悲劇へ侵食され、どんどん息苦しさと享楽の二極化したリアリズムに突き動かされています。そんな中で、ロック音楽は”ダッド・ロック”なんて言われて、不良の音楽と言うよりもいい子の音楽になったと言われ、尖った魅力を捉えられない存在、死んだというよりも老衰したと言われるような昨今。

しかしそんな中で純音楽としてBeatlesの音がとてつもない力を持っていると、今年4月に東京ドームで観たPaulのライヴで想って。圧倒的な魅力が音楽から放たれていると。

そしてその時知った『サージェント・ペパーズ50周年リマスター』。タワレコで試聴した時、”おいおいこれテイムインパラ級のサイケロックの新星のアルバムといってもいいようなイマの音になってるぞ”と衝撃を受けて。

家のオーディオで聴いてみると、寧ろDISC2の『SGT. PEPPER SESSIONS』に最初惹かれました。

Led Zeppelin Physical Graffiti Outtakesでも想ったのですが、ラフに中断され、レコーディング時の会話も差し込まれる感じがHIPHOP的なカットアップ感とストリーミング時代のラフな感覚にフィットしていて。

こういう音源がボーナストラックとしてオリジナル音源の後に入れられると体験を損ねると感じるのですが、ボーナス・ディスクとしてそれ自体で流れをもって円盤をつくられると非常に好ましく感じました。

そうしてSESSION音源を聴き込んだ後で『Sgt. Pepper's』本編を聴くと凝縮された音楽の楽しさ、センチメンタルさ、真情と愉快さが鳴り続けるROCK MUSICの至宝を真新しく感ぜられて。インド音楽の取り込み方も”俺は此れが好きなんだ!”って感じのあっけらかんさが好きでしたw

この一年は個人的に60's 70'sのロックを聴き過ごすことが多くて。それはリアリズムの中でもげた翼を芸術によって解き放つと共に、粗悪な暴言から一歩進み人の間において本音2.0とでもいうべき、コミュニケーションの中で真情を達成すべくための主張と傾聴、矛と盾の心の在り様を自分自身のルーツを辿ることで血肉化しようとしたのかもしれません。

ロックはもうわざわざ"ロック"と言わずとも、生活のすべてに遍在しているように想います。

煎茶のようにライフの中に当たり前となり、結果として”空気”になったROCK.

それを凝縮させると”ムチャクチャやってもどうにかなる陽気さと生硬さ”がそのコアにあるように想います。そして『Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band』はそれを50年鳴らし続けてきたのだなぁと。

HR、HM、グランジとどんどんシリアスに突き詰めていったロック、しかしこのROCKの至宝には、未分化な自由さがあふれて、その肥沃さにこそ未来の種子があり、今また音楽の豊饒さが開化していくのだなぁと。

無限の未知の中でこの円盤を羅針盤代わりに携え、この先の大海を渡っていきたい。そんな冒険心がくすぐられる聴験をすることが出来ました。
by wavesll | 2017-10-18 21:18 | La Musique Mariage | Trackback | Comments(0)

京博 国宝展にて龍光院の曜変天目を始めとする至宝をみる

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京都国立博物館へ開館120周年記念 特別展覧会 国宝をみに行ってきました。

7:30羽田発の飛行機で伊丹へ行き、そこから七条へ。11時頃京博に着きました。
チケット売り場は並んではいませんでしたが、事前にコンビニでチケットを購入しておいて。もぎりの処でオリジナルのチケットと取り換えてもらえるのでお薦めです。

中で20分程並んで入場。兎に角も凄い人!列は3Fへ行くエレベーターの列とのことでしたが、1Fからみることも可能とのこと。そして京都へ来た最大の目的のArtは1Fだったので、列から離れ1F奥へ。

それは龍光院の≪曜変天目≫。
銀河の様な青い輝きを放つ曜変天目は日本に現在3碗あると認められ私はその内藤田美術館の曜変天目と、静嘉文庫美術館の曜変天目はみていたのですが、龍光院の曜変天目は非公開で、今回の一般公開は実に17年ぶりという秘碗だったのです。

愈々宝物が眼前に。写真で見ていた分にはかなり地味な印象を受けていたのですが、生で観ると最初黒に真珠のような銀が入ってると思って。

そして上から覗き込むと曜変の靑虹の宇宙が。さらに4方からの覗き込む角度によっては中央に赤い煌めきがみえました。正に恒星を中心にした銀河の美しさ。想像していたよりも遥かに綺麗でした。

そこから階段で3階へ上がり順路通りに観ました。

まず初めは『書跡』。
≪伝教大師請来目録 最澄筆≫、≪弘法大師請来目録 最澄筆≫、≪聾瞽指帰 上巻 空海筆≫≪灌頂歴名 空海筆≫、≪金剛般若経開題残巻 空海筆≫。

最澄の最上に美麗で優美な文字に対して空海の筆致は気風のいい人格が伝わるような豪と崩しがある文字で。弘法大師の書跡を”三筆”と価値を見出したところに日本と言う国の感性を感じました。

そして次が『考古』。
≪深鉢形土器(火焔型土器)No.1≫。火焔型土器のデザインと機能展@國學院大學博物館以来の火焔型土器。本当にこんな独創的な器、太古の工芸の極み。改めて縄文土器は”縄”で出来ているのだと感じ入りました。

土偶達は東博・国宝展ぶりの再会でしたが、≪縄文のビーナス≫はどっかりした尻の迫力に、≪縄文の女神≫はローブの表現に、≪仮面の女神≫は腹と脚の存在感に目を奪われました。

中国・戦国時代の≪金銀錯狩猟文鏡≫の軍人や虎が描かれた金の美しさ、中国・漢時代の≪金彩鳥獣雲文銅盤≫の魔法陣のような美。この二つは細川護熙氏の所蔵とのこと。

≪荒神谷遺跡出土品≫は弥生時代の銅剣や銅鐸。同じく弥生時代の≪加茂岩倉遺跡出土品のうち銅鐸≫の流水の美。弥生時代≪桜ケ丘遺跡出土品のうち袈裟襷文銅鐸 4 号≫はよくみるとカマキリやトカゲが描写されていて面白い。

古墳時代の≪金銅透彫鞍金具≫の金と緑青の彩り。宗像大社の神宝館でも馬具が美しかったけれど本当に美事。≪宮地嶽古墳出土品≫も金と緑青、赤錆の美がありました。

飛鳥時代、≪崇福寺塔心礎納置品≫の銅の輝き。同じく飛鳥の≪金銅小野毛人墓誌≫は小野妹子の子どもにまつわる品。飛鳥≪金銅威奈大村骨蔵器≫は球形の骨壺。

そして平安時代≪山科西野山古墓出土品≫は坂上田村麻呂の太刀とされるものであったり、≪伝菅公遺品≫は菅原道真ゆかりの品だったり、平安時代≪金峯山経塚出土品≫は藤原道長の子孫の品と。教科書で観る名前がずらりと並んでいました。

そして2Fへ。まずは『仏画』。

≪釈迦金棺出現図≫は仏陀が涅槃の際に心配させないようにひょっと起きて説く様を描いた面白い場面の一品。白い後光が印象的でした。≪釈迦如来像(赤釈迦)≫は衣の文様が截金のようで印象的で。

≪普賢菩薩像≫は白象に乗った普賢菩薩のホワイト、青、緑が本当に調和した美しさがありました。≪千手観音像≫は髑髏なども手に持ちながら、怪しいものも含めて全部掬ってやるという魅力・迫力を感じる名画。≪山越阿弥陀図≫はブロッケン現象のように山の向こうに巨大な仏が顕れる画。

そして京都・知恩院≪阿弥陀二十五菩薩来迎図(早来迎)≫が流雲に乗ってやってくる仏を始めとした天界の使者たちの構図が強度のある美で。かぐや姫の物語のあのシーンを想わず想いました。

『六道と地獄』では2つの≪餓鬼草子≫が非常に印象的で。色欲、金銭欲、食欲、飽きなき貪欲さ、飢餓感に身を任せて欲するままに振る舞い、世を荒廃させる餓鬼。

餓鬼は英語ではHungry Ghostと表記されていましたが、飢えに支配されている彼らは貧じく、哀れで、最後には仏に救いを求めます。

荒れ狂う人は本当は哀しい存在で、本当に必要なのは地獄の業火でも忌避でもなく掬いなのではないか、そんな想いが去来しました。

そして『中世』
ここに本展覧会のもう一つの目玉、雪舟の国宝6点の展示がありました。
≪秋冬山水図 雪舟筆≫の次元を裂くようなアブストラクトな山水画の境地。これをみたかった!

≪破墨山水図 雪舟筆 雪舟自序・月翁周鏡等六僧賛≫の悠久に融けていくような山水、≪四季山水図巻(山水長巻) 雪舟筆≫の長編に及ぶ筆致、雪舟って幽玄なイメージがあったけれども、実際に生で観ると結構筆致がかくっと棒の連なりで創られているのですね。

≪天橋立図 雪舟筆≫の雄大な風景。絶筆となった≪山水図 雪舟筆 以参周省・了庵桂悟賛≫の水が滴るような巖。≪慧可断臂図 雪舟筆≫は笑うセールスマンのような緊張感のある時間が描かれていました。

『近世』では
≪楓図壁貼付 長谷川等伯筆≫の緑に朱が交じる秋草の一瞬が迫力をもって描かれておりました。また≪風神雷神図屏風 俵屋宗達筆≫はいつみても何度見てもいい。

そして≪風俗図屏風(彦根屏風)≫がとても良くて。江戸時代の人々のぽっとした惚れ心や、ちょっと悪い顔であったり憂いを秘めた顔であったり、人の機微、感情が良くとらえられた逸品でした。

そして『中国』。
≪夏景山水図 伝胡直夫筆≫が本当に素晴らしくて!正直、この国宝展の混雑が凄くて”美術みるってレベルじゃねーな”と人海の中で想っていたのですが此の絵はストレスを吹き飛ばしてくれました。

風が吹き抜け、高士が天然自然に高らかに向き合う山水画。風景の掛軸、絵画は広大な自然空間への窓となるイコンなのだなと感じ入りました。人間には、空間が必要です、それも突き抜ける広さの。

同じく南宋時代の≪秋景・冬景山水図 伝徽宗筆≫は緑がみえるような木々の擡げが≪松林図屏風≫にも通じる幽玄さをみせて。≪風雨山水図 伝馬遠筆≫も宙へ消えていく山水の緑美が。

≪禅機図断簡(丹霞焼仏図) 因陀羅筆 楚石梵琦賛≫≪禅機図断簡(智常禅師図) 因陀羅筆 楚石梵琦賛≫≪禅機図断簡(寒山拾得図) 因陀羅筆 楚石梵琦賛≫の禅問答の姿も面白く、≪帰牧図 附 牽牛 李迪筆≫の朴訥とした心温まる帰り路の光景も良かった。

そして元時代の≪飛青磁花入≫は鉄斑がどこからみても同じ具合に入るという、天然自然を技巧で練り上げた逸品でした。

そして1Fへ。
『彫刻』では、彫刻の国宝の8割が関西にあるとのことで仏像の豊かな美を心行くまで楽しめました。

法隆寺≪四天王立像のうち広目天立像≫は香川のような顔で、思弁に富んだ顔が素晴らしいものがありました。醍醐寺≪虚空蔵菩薩立像≫もどっかりとして耳を澄ます度量を持った顔で、≪薬師如来坐像≫のぷっくりと澄明な尊顔も素晴らしかった。

長谷寺≪銅板法華説相図≫は持統天皇ゆかりの品。アニメ的デザインと言うかかくっとした建築が面白い。薬師寺の≪八幡三神坐像のうち僧形八幡神坐像・神功皇后坐像≫も凄味がありました。

清涼寺の≪釈迦如来立像≫は木目が未来的。金剛寺≪大日如来坐像≫≪不動明王坐像 行快作≫はそのダイナミズムが物凄くて!光背の金の炎、定朝様に鎌倉が入る恰幅の良さと逞しさが両立した存在感に”こりゃ大仏建立で世が救われるは”と思わされましたw

『染織』
中宮寺≪天寿国繡帳≫に飛鳥とアラビアの繋がりをみて。法隆寺≪四騎獅子狩文様錦≫にも中東の風合いを感じました。シルクロード世界のグローバルな流通が想起されます。

延暦寺≪七条刺納袈裟≫には靑の滲みが滋味深く、教王護国寺≪七条綴織袈裟(犍陀穀糸袈裟)≫糞掃衣の聖と汚が交叉する美を観ました。

『金工』
金剛寺≪剣 無銘 附 黒漆宝剣拵≫の両刃の真剛な剣。そして≪太刀 銘 備前国友成造≫が細身でいかにも刃の攻撃的な美を感ぜさせる閃きに惚れました。

厳島神社≪紺糸威鎧≫は平重盛のもの。胴の部分の布地が趣が良かった。

善通寺≪金銅錫杖頭≫の火炎宝珠の美しさ。禅林寺≪金銅蓮華文磬≫は楽器とのこと。どんな音がするのだろう?≪中尊寺金色堂堂内具のうち金銅華鬘≫の迦陵頻伽が平安な美がありました。

厳島神社≪金銅密教法具≫のカッコよさ。神照寺≪金銀鍍宝相華唐草文透彫華籠≫は花弁を盛るための器、なんと優美な。仏教国の三国の美意識が感ぜられました。

そして『漆工』。
仁和寺≪宝相華迦陵頻伽蒔絵䆵冊子箱≫のシック且つ絢爛なバランス感覚。それに付随した≪宝相華蒔絵宝珠箱 附 四天王像板絵≫も楽しい。

永青文庫≪時雨螺鈿鞍≫は曲面に螺鈿細工を行う超絶技巧。虹の光が本当に美麗。

そして≪婚礼調度類(徳川光友夫人千代姫所用)≫は家光の長女の嫁入り道具。素晴らしい蒔絵の技が凝らされていて。特に宇治香箱、古今香箱に雅な世界を感じました。

最後が≪琉球国王尚家関係資料のうち美御前御揃≫≪琉球国王尚家関係資料のうち装束、鳳凰蝙蝠宝尽青海立波文様袷衣裳と流水鍵菱繋文様衣裳≫。日本と言う国は多文化の国なのだなと。アイヌには国宝はないのかな?とも思いました。鮮やかな朱と黄が印象的でした。

京博国宝展。
今回みたのはII期で、全IV期。2014年の東博の国宝展ともそこまで被っていた印象もなく、国宝の層の重厚さを感じました。

思えば東博の国宝展で仏画に目覚めたのでした。京博の国宝展でも仏画、地獄絵、仏像の至宝が沁み入った。それに加え縄文の美、ヤマトの美、人格が顕れる書、雪舟、龍光院の曜変天目、飛鳥のアラビアの美etc。この国の美術の饗宴に時めいて。

“国宝たる質とは何か?”。それに対する一つの解は“歴史上の人物由来の美術”でした。今も昔もインフルエンサーの周りには選りすぐりの財が転がり込むものであり、さらに言えばその人の名が凄ければ付随する品も凄くなる。

そして、美が恒星のように煌々とさんざめくART達が国宝になっていて。時空を超えていく未来への遺産を、大切に繋げていきたい。その平和な営みに貴さを感じました。

また面白かったのが関西の人は美術をみながら良くしゃべるということ。それもあっけらかんと嫌みがないところがいい。ライヴなんかでも東京より関西の方が盛り上がると聴きます。がやがやしつつもツンツンしてない熱がこの地の人々にはあるのだなぁと感じ、西国の社会の快さを味わいました。

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by wavesll | 2017-10-18 06:55 | 展覧会 | Trackback | Comments(0)