Tank And The Bangas X Goose IPA 心好い音と酒の甘苦い燻り 第114回酒と小皿と音楽婚礼


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好Actが多いNPR Music Tiny Desk Concertシリーズ。このTank And The BangasはNPRの企画に応募して通ったバンドらしくて。女の子2MCヴォーカルと、キーボード、フルート、サックス、ベース、ドラムが音楽の歓びの溌溂とした波動を放って。特に最後の曲のゴスペルっぽい風合いがまたたまらなく快くて。

で、丁度飲んでたGoose IPAのワイン樽で燻らせたホップの甘苦さが丁度フィットし。

最近は週末は金土と俄然遊んで日曜はゆるりと過ごすと身体が休まっていい山の造り方だなと想っていたのですが、そんな週末の長い休息に心地よく時を醸してくれる音と麦酒のベル・マリアージュ、最高じゃないか。良い夜半になりました。

# by wavesll | 2017-11-19 19:16 | La Musique Mariage | Trackback | Comments(0)

佐井好子 - 変わり者 X BREWDOG ELVIS JUICE 第113回酒と小皿と音楽婚礼

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ここ2,3年70sDigり返しの波が来ていて。
個人的には音楽の感触って20年周期に想えて、90年代末に思春期/青春を浴びていた人間からすると、10年代中盤/後半は親和性を感じて。同時に70sの音楽にもとても刺さる想いがあります。

そんな中で佐井好子 - 萬花鏡という盤に出逢って。75年の盤。えもいわれぬ心へ届く謡を感じたのでした。
そして出逢ったのが2008年の『タクラマカン』という盤。バックが山本精一、渋さ知らズの早川岳晴、芳垣安洋、吉森信、ゲスト参加に渚にての柴山伸二、片山広明という布陣で紡がれたこの巫力を帯びたアルバムが素晴らしくて。

特に『変わり者』のエキゾな感覚が溜まらなくて。レジェンドが30超年振りにリリースするにふさわしい、気迫みなぎる快い歌でした。

それに酒を合わせるならやはりエキゾ。そしてフレッシュさが欲しいと想ってBrewDog BreweryのElvis Juiceを。ホップとシトラスのグレープフルーツビール。その鮮烈に葵その味が佐井さんのリヴィングレジェンド振りと呼応して瑞々しい境地へ連れて行ってくれる気がしました。

Amazonの『タクラマカン』のレヴューをみると70年代の盤と比べて妖気が落ちるサウンドだという批判評価が。自分は”この風変わりな明るさがいいのに”と想いました。

けれど考えてみると中高の頃椎名林檎の昏さにどっぷりだった自分が『真夜中は純潔』に”セルアウトだ”と想ったり、東京事変に”薄まってしまった”と想ったのに対して大学の友達が「ソロ時代は好きじゃないけど『群青日和』はいいね」と言っていて。

闇が晴れることに靄もやを感じるコア・ファンの気持ちもわかりながらもAmazonで五つ星をつけていた人が70年代にライヴを観ていた人で、その人が佐井さんと同じ年月を経過しての今の音に五つ星をつけているのがなんかいいなぁと想いました。

佐井さん、なんと2015年にライヴしていたようで。観たかったー!Fujirockあたりの伝説枠で演ってくれないかななんて思います。時空を超えた心躍るうずきが在る聴験でした。

# by wavesll | 2017-11-18 17:25 | La Musique Mariage | Trackback | Comments(0)

センター北ノースポートモールのゲーセンがARで未来感スゴい

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土木展での砂遊び

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HADO WORLD CUP 2017


HADOマレーシア予選大会 - HADO Tournament in Malaysia

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cf.


# by wavesll | 2017-11-17 06:05 | 小ネタ | Trackback | Comments(0)

今井孝『起業1年目の教科書』:動き出しは軽やかに。間口はライトに。そして関係構築には最大限に力を注ぐ起業指南書

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今井孝『起業1年目の教科書』を読みました。
起業というテーマですが、生活全般の”生産性”をあげるような指南書だなという印象を持ちました。

以下、”おっ!”っと想った所を取り上げてみます。

・ありきたりのアイディアで勝負する
・なんでもいいから「最初の一歩」を踏み出す

「画期的なビジネスしか成功しない」ことはない。ありきたりのアイディアでビジネスは十分成功する。最初はパクリでもなんでも小さいところから始めてみよう。

最初から成功するやりかたを知っていて何かを成し遂げた人はいない。「必ず成功する一歩」を探し始めたら踏み出せなくなるので結果を求めず色々やってみる

・夢はなくてもいい
・リスクを取らずにスタートする
・最初は目移りしてもいい
・考えが堂々巡りしてもいい
・健全な下心を持つ

最初から大上段に夢を語ったり、「大きな損害」を引き受けたりしないで「失敗してもギリギリ受け入れられる範囲での最大の挑戦」をする。

『起業家になる』ことを今の状態から徐々に徐々にシームレスに移行していけばいいし、行うビジネスも目移りしながらちょっと手を出して試行錯誤すればいい。

頭がもやもやしているのは脳が情報処理しようとしている証。そういう時は一旦考えなければならないことを書き出してみると客観的に自分を見れる。

社会への奉仕は素敵だが起業家は「リターンを得よう」位が丁度いい。

・世の中に求められているかは気にしない
・ビジネスモデルは後から考える
・身近な人は応援してくれないものと考える

売れるかどうかは売ってみないと分からない。周りのネガ意見に惑わされない。自分の熱意が一番の成功要因。やることを決めたら最初はお金になるかを気にせず価値を磨くことに集中する。

・まず時間を確保する
・今の仕事を8割の時間で終わらせる
・今の会社でテストする
・いつでも復活できる条件をつくる
・退職するまでに伝説を作る

「朝30分だけ起業時間に当てる」とか短時間に集中して時間を取ってみる。その為に「早く終わらせよう」と「仕事を終える時間」を意識するだけで業務はかなり時短できる。効率化のコツは相手の立場で考えて求められるアウトプットを明確化すること。

また「会社で働くこと」を全否定しないで今の会社で色々練習したり事業に失敗しても人生は続けられると想うと色々楽。大失敗でも大成功でも会社にいるうちに大きな挑戦をするのは素晴らしいこと

・お金の不安を最小化する
・テスト用の予算を用意する
・失敗の回数を決めてスタートする

家賃の低いところに引っ越したり生活の固定費をまず計算し、なるだけ圧縮する。逆にビジネス投資は損をある程度見込んで行ってみる。

すぐに結果が出なくても失敗せずに初回で成功させようとするより2,3回テストして失敗する方が成功への近道。失敗に対するメンタルを強くするには「失敗の数」を数えること。100回失敗して改善すれば成功しないことはない。

・5分で目標を仮決めする
・わがままな目標を立てる
・愛のある売り上げ目標を立てる

どうせ目標は変わる。実際に目標に向けて行動しないとわからないので仮に決めてやっていて違っていたら変える。

その際に「起業の成功=家庭がボロボロ」とか無意識に浮かぶデメリットに対して「デメリットが起こならない、両獲りな目標」を立てる。

『年商300億円へ大きくしなければ』とか『~しなければならない』となった時点で経営者は負け。事業にとって納得感のある売り上げ目標を立てる。

そのために「それだけの見込み客がいるのか?」「それだけ営業する時間がるのか?」等の制約を洗い出し適正な単価と数量を測る。

・おおらかにお金の流れをみる
・数字に弱くていい
・お金以外で安心を手に入れる

起業すると金の流れが速くなり焦るが、収支をみる期間を1年や3年など長くとるとかなり落ち着ける。そして経営に必要なのは「正確な数字」でなく「判断できる数字」。大局観が大切。

ゆったりとした時間を過ごしたり家族のだんらんにはそんなにお金はかからない。必要なものを見極めればお金はそれほど必要でない。

・お金をかけずに試作してみる
・オリジナル商品にこだわらない
・絞り込めなくてもよい
・商品開発に他人を巻き込む
・スキル不足を回数で補う
・売れている人をバカにしない

1ヶ月で1回テストするより1ヶ月で3回テストした方がいい。その為に最初はしっかりとした商品を創ることよりキモの部分だけ詰めて何度もフィードバックを受けるといい。

成功している人ほど人の力を借りるのが上手い。周りからのアドバイスを完全に理解できなくても取り入れてみるといい。

最初は他人の商品を扱ったり下請けをしてビジネス基盤をつくったりスキルを磨くのもあり。

絞り込むものを探すことに絞り込むようにし、やりたいことは色々試して納得して絞り込む。

ベテランが1回で上手くいくなら、ビギナーは10回やればいい。

多くの場合、本物志向の人が作る商品は初心者には難しい。裾野を広げるためのマーケティングはとても大切。

・最初は「将来の自分」を売る
・ウリがなくても始める
・安い値段でも最高の仕事をする
・まず仲間を増やす
・最初の1件を大事にする
・応援をしっかり受け取る
・有力者にかわいがってもらう

お客様はそこまで完璧を求めていないことも多い。ビジネスの当初はお客様が育ててくれる。スキル不足が怖いと思う人はお客様との関係を短く観すぎているのかも。

起業当初はウリに拘らず目の前の仕事を一歩ずつ進める。最初のお試しの時に期待を越えてビックリさせればその人は広めてくれるかもしれない。

営業力とはグイグイ説得する力というより「応援される力」。セミナーや交流会でゆるい人間関係をつくると仕事につながるかも。

リピートと口コミのためにも起業してはじめて仕事が取れたらその1件に集中しお客様が満足できるまでやりきるとニーズをつかめたり仕事の流れを一通り経験できる。

仕事や人脈はチャンスにも繋がるがそこから先は自分の実力。成長する機会を頂いていると考える。

・自分の都合で価格を決める
・商品を提供するのではなく、価値を感じてもらう
・価格を上げる理由をコツコツ作る
・値引きはいつでもできると知っている

ビジネスが上手くいかないのは価格が安すぎる場合が多い。安いお客様ほど文句を言う。価格をしっかり設定して商品を磨き価値を伝える工夫をすれば最後にはビジネスは上手くいく。

その為には伝え方や演出に力を注ぐのは大事。洗練ではなく野暮でも”こんな価値・工夫・労力があるという情報”を伝えるといい。そうした価格を上げる理由を一つ一つつくり自信をつけて提供する。小さな改善たちが品質を高めていく。

値下げは最後の手段。理由のない値下げはしない。

・接近戦に持っていく
・商品がなくても情報発信する
・最初は効率を度外視して集客する

起業初心者はスキル、知名度、実績などが足りないからそれらで比較されるような場所(WEBや雑誌広告)でマーケティングや営業を行うのは効率が良くない。

直接会っての営業、お礼の手紙や電話、ちょっとしたプレゼントを持っていったり、距離感を測りながら熱意や人柄で人間関係を築く。

その一方でSNS等を使って世界観に共感してくれるお客様と繋がるといい。とにかく本気で成功させたいのであれば、効率なんて関係なく手当たり次第にできることを試してみる。

・反応を正しく把握する
・100点が無理なら部分点を稼ぐ

しっかり売れている人は「対面営業だったら10人に1人は買ってくれる」「紹介なら3人に1人が話を聴いてくれる」「メルマガやダイレクトメールの反応率は1000人に1人」と反応率を把握しそれに応じた計画を立てて行動を消化している。

契約が取れない時でも紹介だけでもお願いしたり詳しく話を聴いて改善点を見つけようとしたり何とか40点、50点へ持ってこうとする。なんとかすることを楽しんでいるうちに大成功に出逢える。

・最初はあえて厳戒まで忙しくしてみる
・1日を記録する
・地味な作業から価値を生み出す
・エネルギッシュに働ける時間を増やす

起業した最初の3年は何でも試して限界に挑戦。「このスピードは無理だ」と決めているのは自分の常識でやってみると出来ることが多い。そして限界を超えてただ効率化するだけでは無理だという時期には働き方を考えるタイミングかも。

起業するとあっという間に時間がたつのでやったことを「マーケティング」「商品づくり」「業務改善」など目的別に書き出すといい。そして1人で考えている時は最も価値を生み出している時。

また自分の身体の弱点を認識して日頃からケアする。疲れる前に休み、最もパフォーマンスの良い状態で仕事に臨む。

・やる気のない前提で1日の計画を立てる
・今日一日の仕事に集中する
・準備の時間を減らす

人の気力・体力は有限。詰め込みすぎてもスケジュールは破綻するので「自分の精神力に頼らないスケジュール」を立てると計画の進み具合が劇的に捗る。

「本を1ページ読む」とか一番近くの手の届きそうなゴールだけ見るように大きなゴールに到達する為に逆算して「日々やること」を見つけることが大切。

そして作業量が多すぎる時は相手の視点になって自己保身のための準備万端ではなく、「お客様がいかに満足してくださるか」を大事に必要な準備を明確化する。

・チャンスにはまず乗ってみる
・お金を使う基準を持つ
・1割の成功を活かす
・「必ず元を取る」と決める

他の人が躊躇して上手く行くか分からない時こそチャンス。早いタイミングならば何度もやり直しできる。

お金を使う基準は根本的には「見込まれるリターン」で判断。機会損失まで含め、「10の投資に対し10以上のリターン」と10の内9駄目でも残り一つで取り返せるならOKと、歯科が出ない事より何もしなかったことを無駄と想う。

そして投資が回収できるかを他人に委ねず自分で積極的に回収する。特に人間関係の価値は計り知れない。

・「助けてくれる人リスト」を作る
・ITに弱くてもいい
・情報をスピード処理する「箱」を持つ
・売れてない時から人に任せる
・こだわらずにチームを作る
・人に頭を下げる

起業家とは1人ですべてを行う人ではなく、足りないリソースを周りから集めて社会に役立つビジネスをやり遂げる人。例えば日々の仕事に難しいITスキルは必要なく、恐怖心さえなければいい。

インプットする際、例えば「ビジネスモデル」ならば「集客方法」「提供価値」「課金方法」の3つをみるなど「箱」を持ち処理高速化。

経営者の仕事の本質は「売る仕事」。それに注力し思い切って人に仕事を委託するとビジネスのスピードが上がる。

自分と同じレベルを探すと一章見つからない。委託費用を計算する際は仕事単体でなくトータルでの売り上げがどう増えるかを観る。「できること・できないこと」をきちんと連絡したり1人で抱え込まず早め早めに相談する。

チームで作業するには自分自身の価値観を洗い出すことから始めるといい。

そして本気でやりたいビジネスなのであれば頭を下げることくらい平気なはず。誰かに認められるより自分が自分を認める方が先。


本書に通底するテーマが”とてつもなく素晴らしかったり、どこにも恥ずかしくない品質でなくてもビジネスは成功することが十分ある”というもの。最初から完璧を求めすぎず。動き出すハードルを下げることが肝要と説く。

動き出しを軽くして、間口はライトに。しかし関係構築にはマキシマムに精力を注ぎこむ。ここら辺は見城徹 藤田晋『憂鬱でなければ、仕事じゃない』に通じますね。自分が価値を感じたものをフィードバックを受けながら、頭を下げながら、社会に具現化する。

私なんか自分が心血注ぐモノほど他人に任せづらいとか関係構築の重要性への注力とか理解は出来ても血肉とならない部分はまだまだありますが、「適正な価格で売る」みたいなところは腑に落ちました。起業本だけどブロガー本としても読めるかも。

自分の硬直した思考をほぐす、いいマインドセッティングになりました。

# by wavesll | 2017-11-16 19:37 | 書評 | Trackback | Comments(0)

Shpongle - Codex VI X ≪大洪水図屏風≫ 第40回音の貝合わせ


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この秋は京博にて国宝展、東博にて運慶展、奈良博にて正倉院展、そしてあべのハルカスで北斎展と各地でチカラの入った展覧会が開かれていて、訪れることが叶って多幸感があったのですが、まだまだ素晴らしい展覧会に素晴らしい画があって。

九博で開かれた新・桃山展にメキシコ・ソウマヤ美術館から来日した≪大洪水図屏風≫もそんな一枚。
主題は旧約聖書に出てくる「ノアの箱船」。唐獅子のモチーフや金雲が桃山美術を想起させ、周囲の装飾帯や蝶番に日本の影響が強く顕れていて。こうした海外で創られた「ビオンボ(屏風)」は大航海時代の東西の混じわりとしてとてもエキゾチックな趣がありました。

そんな画に合わせるとしたらやはり霊性感覚のある東西融合な音を。
シュポングルはラジャ・ラム、サイモン・ポスフォードの2人からなるサイケデリックトランスやアンビエントサイケを宗教・魔術的に織り為して民族的な味のする宇宙的な音をつくっているグループ。

この最新作『Codex IV』でもそんな妖のある世界を魅せてくれ、神々しくもぞわめく様はこの大洪水を描いたビオンボにSoundとしての物語を与えて呉れてくれる感覚があって。Globalな神秘を放って呉れました。

# by wavesll | 2017-11-16 01:06 | La Musique Mariage | Trackback | Comments(0)

伊能忠敬は地球の大きさを算出するために日本地図をつくった:Time Trip 日本の海岸線

フジテレビはバラエティーのイメージが強いですが、結構シリアスな番組もいいのがあって。

NONFIXはその代表格ですが、深夜のFNSドキュメンタリー大賞等も良くて。
今回紹介する番組はそんなフジテレビ深夜真面目枠の一本。『Time Trip 日本の海岸線~伊能忠敬の軌跡~』
このエントリでは番組で画かれた忠敬の生涯をかけた日本測量プロジェクトを記そうと想います。

千葉県香取市佐原に伊能忠敬が17歳から30年間住んだ家があります。
伊能家は造り酒屋の家で、忠敬は17歳の時に婿入りをします。そこで商才を発揮し事業家として大成功し莫大な財産を創ります。

ところが49歳で息子に家業を譲り、江戸へ。深川、黒江町に隠居宅を構えた忠敬。
その傍には江戸幕府が管轄する天体や暦の研究機関、天文方がありました。
忠敬は少年時代から興味のあった天文学を学ぶために上京したのでした。

天文学は当時の最先端科学、忠敬は天文方きっての新進気鋭の天文学者、髙橋至時(31歳)を訪ねます。この時忠敬50歳。
忠敬は自分より19歳年下の至時に熱心に学び、さらに蓄えた資金を惜しみなく使って天体観測の機材を次々に購入。自宅の物干し台にプロ仕様の天体観測所をつくり、観測に没頭しました。

そんな時忠敬は師匠の至時から『緯度1度の長さが分かれば”地球の大きさ”が分かる(緯度1°の距離X360をすれば地球一周の長さがわかる)』と教授されます。「緯度1°とは大体蝦夷地くらいまで」と知り、蝦夷地行きを熱望。

無論「地球の大きさを測りたい」というプレゼンテーションでは幕府からの許可は出ないため、「蝦夷地の地図を作る」という名目で資金は持ち出しで幕府に申し出、当時蝦夷地に来る外国船に悩まされていた幕府はこれを許可。忠敬この時55歳。親戚の若者たった5人を連れて未開の地へ初めての測量の旅へ。

寛政12年(1800年)閏4月、忠敬たち6人は出発、この時の測量が第一次~第十次に及ぶ全国測量プロジェクトの幕開けとなりました。

江戸から津軽半島の三厩まで21日間で歩いて測量。本州から船で渡り蝦夷地入り。すべて歩測で、海岸線を歩き続けました。そして夜は晴れていれば毎日恒星を観測して緯度を求めました。しかしこの時は寒くなる前に帰ることを優先したため正確な緯度1度の距離は計測できませんでした。

江戸に戻って、測量結果をもとに地図を制作、幕府に報告。伊能図は野帖の記録を基に下図をつくり、それを写しながら針で穴をあけ朱線で結んでゆき、別に写生しておいた沿道風景を書き加えていったもの。そのクオリティに幕府は衝撃を受け、今度は本州の海岸線を測量するよう勧めてきました。

しかし幕府から出された資金は僅か。今度もボランティア同然で挑むことになり、忠敬は測量器具を買い揃えました
佐原、伊能忠敬記念館では忠敬が使った器具が展示してあります。そのほとんどが特注品で、江戸の時計職人が忠敬のオーダーに従ってつくったもの。

享和元年(1801年)4月、本州の東海岸線を測量。忠敬は身内5人と先ず伊豆半島へ向かいました。入り組んだ伊豆半島の測量、崖で歩けないところは船を出して縄を張って測量しました。

そして次に地元房総半島、九十九里、そして屏風ヶ浦。犬吠埼からは富士山も測り、これまでのデータが正しかったか確認。そこから東北の海岸線に入ります。忠敬たちは三陸の海岸線を北上、日本最大級のリアス式海岸を測ります。青森県・下北半島仏ヶ浦をまわり、太平洋側の海岸線を測量し、江戸へ戻りました。

江戸へ戻った忠敬はデータを分析し緯度一度を28.2里(約110.7km)と算出。師匠の至時もこの数値が正しいと判断、地図の完成度も評価しました。

忠敬が全十回の測量ののちに作った伊能図大図は1/36000縮尺で畳1枚分X214枚、縦横50mにもなるもの。伊能図には他にも縮尺の異なる様々な種類があり各地に残されています。

地図に記されている朱線とは測量ルートや共通の目標物に向かって伸びる赤い線で、忠敬は富士山が見えれば必ず測量を行い朱線を引き、その数は300回にも及びました。

享和2年(1802年)6月、忠敬一行は第三次測量の為日本海沿岸へ。雄大な日本海を望みながら南へと下りました。

八郎潟は今は農地にされましたが、伊能図では湖で画かれていました。秋田県・象潟も象潟地震が起き地盤が隆起する前の湖の景勝地だった頃を記しています。地震の2年前に尋ねた忠敬の記録では活発な火山活動をみせる鳥海山が描かれ、地震直前を想わせます。象潟を後にし江戸へ戻ります。

東京・世田谷に伊能忠敬から7代目となる子孫が住んでいます。洋画家である伊能洋さんが佐原の実家に帰った時は「中象限儀」や「量程車」等の忠敬の遺品が守られていたそう。今ではほとんどが国宝や重要文化財に指定されています。洋さんは伊能忠敬の銅像政策の監修にも関わり、銅像は忠敬がすぐ近くに住んでいて、旅に出かける前はお参りをしていた東京・富岡八幡宮に設置されています。

享和3年(1803年)2月、第四次測量へ出発。東海道から北陸へ。この時になると各地で伊能測量隊が有名になっていて、役人があいさつにやって来ることもありました。しかし常に歓迎されるわけでなく、加賀藩では忠敬たちを隠密であると判断、測量隊に何を尋ねられても応えず協力しませんでした。糸魚川測量の舟も出されず。幕府の命を受けているとはいえ測量隊の微妙な立場。それでも忠敬ら6人は測量を続け、東日本測量の旅は終わりを迎えました。

江戸に戻った忠敬につらい出来事が。師匠の高橋義時が文化元年(1804年)に40歳の若さで死んでしまうのです。研究のための過労でした。忠敬が測った緯度一度の長さを証明するため、難解なオランダ語の文書、ラランデ暦書を心血注いで翻訳していたのです。忠敬は親愛なる師匠の死の失意の中で東日本の地図を完成させ、遂に第11代将軍、徳川家斉の上覧を得ることになりました。

家斉はこれを絶賛、忠敬は幕臣に取り立てられ、全国測量プロジェクトは正式に幕府の直轄事業となりました。忠敬この時59歳、西日本の測量の旅が幕開けと成りました。

第5次以降は正式の隊員だけでも20名にもなり、更に藩から提供された作業員とか藩の役人とか全体で多い時には200人から300人の、大名行列に匹敵する規模。幕府が公式のスポンサーになった測量隊は大規模な測量体制となりました。

しかし長期に及ぶ西日本の測量に、遂に忠敬は病に倒れます。
瀬戸内海の島々の測量には膨大な労力が要り、山口県秋穂浦に来た時忠敬は難病の”おこり(マラリアの一種)”に罹ります。それでも忠敬は旅を止めることはありませんでした。それでも旅を止めなかった忠敬も松江で療養を余儀なくされます。

忠敬は一か月以上松江に留まると幸運にも回復。山陰の海岸を東へ進みます。京都から福井に広がる若狭湾を測量すると琵琶湖へ。測量を終え江戸へ戻ると第六次測量、四国へ。

明石海峡を船で淡路島に渡り四国へ入った忠敬たち。鳴門海峡から徳島の海岸線に回り桂浜、そして高知城下へ。四国を半周したところに佐田岬が。ここを折り返し四国測量を終え、江戸へ帰還。次は第七次、九州測量へ。

下関から九州へ入った忠敬たち。大分の海岸線に難儀するも宮崎ではまっすぐな海岸線。伊能図の桜島は文字通り島です。大正3年の大正大噴火で桜島は陸地と繋がったのでした。

伊能測量最大の難関、屋久島と種子島。自身の衰えを強く感じていた忠敬はこの旅立ちの時家族に遺言状を遺しています。屋久島・種子島の測量は何艘もの大型帆船と膨大な作業員で行われ、それを統率する忠敬の苦労は並大抵ではなく、無事終え全国測量のゴールが見えてきた一方で、忠敬の身体は悲鳴を上げていました。

忠敬が長崎から娘に送った手紙には「歯は一つ切りになり、時々痛み、奈良漬けも食べ兼ね候…」と大好物の奈良漬けも食べれなくなった忠敬。それでも使命感と好奇心は失わず、九州最後の測量として端島(軍艦島)の測量を行います。

伊能図には不思議なことに端島とその隣の中之島が実際とは逆に描かれていました。忠敬にもミスはあったよう。九州測量を終えた忠敬、もう70歳を迎えていました。

第九次。伊豆七島測量は、家族に説得された忠敬は江戸に残りました。測量隊は伊豆七島を、沿岸を測るために人が泳いで岩から岩へ縄を通し命がけでの測量となりました。伊豆七島全ての測量には1年を要しました。

そして最後の江戸測量、忠敬は71歳になっていました。咳に苦しみながらも忠敬も現場へ出ていたそうです。初めての測量から17年、遂に日本全土が測量されました。

その後忠敬たちは地図作りの仕上げにかかりますが、忠敬の病状は悪化、遂に地図の完成を観ることなく文化15年4月13日、伊能忠敬は74歳の生涯を終えました。

そして弟子たちは3年後の文政4年(1821年)7月10日、完成された地図が江戸城の大広間で披露されました。縦横50mあまりの巨大な地図は江戸城大広間でも並べきれませんでした。

台東区・源空寺、至時先生の墓石の傍に忠敬の墓はあります。
墓石には「測量の命下る毎にすなわち喜び顔色にあわらし、不日にして発す…(測量の命令が下れば喜んですぐに出発した)」と刻まれています。

晩年、伊能忠敬から娘に送られた手紙には「古今これ無き 日本国中 測量御用仰付けられ…これぞ天命といわんか…(これまで誰もなしえない日本を測量するという使命、これこそ天命である)」とありました。

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いかがでしたでしょうか?番組では空撮で忠敬が測った海岸線が映されていました。伊能忠敬の日本測量のそもそもの動機が「緯度一度を測り地球の大きさを算出したい」というものだったとは…!日本全国どころか天文という宇宙規模のスケールのヴィジョンを持っていたのかと驚きました。

# by wavesll | 2017-11-15 19:51 | 小ネタ | Trackback | Comments(0)

BS-TBS「ぶつブラ」: 物理街歩きという町ブラ番組の先っちょ

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BS-TBSの実験番組枠「バイタルTV」 にて「ぶつブラ」という番組が放送されていました。

”また町ぶら番組か、『ぶつ』というのは『仏』かな?メインパーソナリティーはみうらじゅん辺りか?”と想ったらなんと『物理』の『ぶつ』でw

『空想科学読本』の柳田理科雄先生やTBSアナ、物理を専攻する女の子が街をぶらぶらしながら、風景の中にある物理的なメカニズムを解説するという趣向。

第一回は
雲が白く見えるのはなぜ? / 噴水の水が吹き上がるのはなぜ? / 旗が風でなびくのはなぜ? / 肉まんを蒸す理由とは? / ゴルフでホールインワンを決めるには?
が解説されてるそう。

私がみた第四回はコマの原理や凧の原理、サイフォンの原理なんかが解説されてました。

町ブラ番組はもう溢れかえっていて、「ウルトラ怪獣散歩」まで行ったらもう出し殻かなと思っていたのですが、まだ展開ありましたね!

前々から、身近な製品のメカニズムを解説する番組ってないかなぁと想っていて。

例えば電子レンジはメーサーだけど、”TVってどんな技術で成り立っているの?”とか”自動販売機で温かいのと冷たいの両方できるのはどんな仕組み?”とか、そういうのをプレゼンテーションする番組ないかなぁと。

この逍遥スタイルは好い実装だなと感じ、まだ色々展開できそう。ただこの番組の淡々とした感じ悪くないんだけどケレン味もうちょい入れないと面白濃度が足りないかも。でもこれに芸人入れたら味が壊れるんだよなー。難しいところ。

もうバイタルTVでの全四回は放送されているのですが27(月)~30(木)に一挙再放送される予定。自分も1~3回はみていないのでHD録画予約入れとこうと思います◎

# by wavesll | 2017-11-14 22:02 | 小ネタ | Trackback | Comments(0)

Hiking in 高尾山

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紅葉が色づき始めた頃、高尾山に赴きました。

高尾山は2回目。今回は一番メジャーなコースでない道で往路・復路と歩いたので、山頂での紅葉や蛸杉の他、吊り橋や滝なんかも楽しめて。名物のとろろ蕎麦もいただきました。

上の広場ではアコギで『涙そうそう』を歌う人たちとか。何だか70sなユース感覚というか、礼文の桃岩荘もそうですがハイキングとフォークは親和性が高いのかもしれません。

個人的には苔むした狛犬が美しく感ぜられました。鎌倉・源氏山といい街に臨した山のハイキングはサクっと踏破出来いいですね。

# by wavesll | 2017-11-14 00:30 | 街角 | Trackback | Comments(0)

Wolfgang Amadeus Mozart / 歌劇『Don Giovanni』



此の女声の超高音で語り謡うのがヴァイオンリンと化学反応して美しく、近年の関心事項である<歌/語り(ラップ)>の文脈からも面白がって聴けました。

ここ数年、クラシックへの受容体が芽生えてきて、飛行機で移動するときも往路か復路どちらかはクラシックを聴いたり、あるいは東京オペラシティにSteve Reich 『Tehillim』を観に行ったりしていて。

題名のない音楽会を毎週みるようになったりNHKBSPで朝5時からやってるクラシック倶楽部なんかもちょくちょくチェックするようになり、「聴く音楽って広がるもんだな」と。そんな中、BSプレミアムで先日やっていた歌劇『ドン・ジョバンニ』がSonarに感応して。

声楽的な歌い方に馴染んできた影響も大きいと想いながらもまだ『歌劇』と『オペラ』の違いも分からなくてw単純に音として聴いていて綺麗で刺激的で。で、作曲者がモーツァルトだと知り、なんか”自分、モーツァルトまで到達したか”と妙に誇らしくなりましたw

上の動画はサウンドのみで訳詩付き、下の動画は演劇の映像付きです。音だけ聞くなら上の動画がお薦め。

これを足掛けにオペラなんかの樹林にも足を踏み入れていけたらななんて想いつつも、おっかなびっくりな足取りでクラシックへは身体が向きそうな感じです。

# by wavesll | 2017-11-13 07:15 | Sound Gem | Trackback | Comments(0)

Tianzhuo Chenの舞台がパステル・ホドロフスキーでハオ!

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intoxicateにてフェスティバル/トーキョーのアジアシリーズ vol.4 中国特集 『忉利天(とうりてん)』の記事を読んで。チェン・ティエンジュオが構成・演出・美術を行ったこの<古代神 X クラブミュージック>のパフォーマンス・アート。先ずこのヴィジュアルに惹かれました。

実際に池袋あうるすぽっとに行くには能わなかったのですが、Tianzhuo Chenの公演動画を漁っていました。


”上海のArt感覚の現在はこれか”と。Tianzhuo Chen氏はインタビューで「きゃりーぱみゅぱみゅなんかも興味があった」と言っていましたが、これらの作品のAsian Millennial世代の感覚はパステルなホドロフスキーあるいはマシュー・バーニーな、ヴァーチャルリアリティーが現実レイヤーと織り重なり魔術的リアリズムな日常/非日常から生まれいずる感性だなと。

Vimeoにはフルレングスの舞台動画も上がっていて。上のポスターの笠神も出てきていて。大変に楽しめました。台湾や韓国のカフェなんかもそうですが、アジア人の表現する西欧の方が本物以上にオサレでポップな感覚ってあるなぁと。Asiaの今のセンスに今後も着目していきたいです。



cf.
# by wavesll | 2017-11-12 11:56 | 小ネタ | Trackback | Comments(0)