カテゴリ:小ネタ( 328 )

センター北ノースポートモールのゲーセンがARで未来感スゴい

c0002171_05501834.jpg
c0002171_05502927.jpg
土木展での砂遊び

c0002171_05505999.jpg
c0002171_05511296.jpg
HADO WORLD CUP 2017


HADOマレーシア予選大会 - HADO Tournament in Malaysia

c0002171_05512965.jpg

cf.


by wavesll | 2017-11-17 06:05 | 小ネタ | Trackback | Comments(0)

伊能忠敬は地球の大きさを算出するために日本地図をつくった:Time Trip 日本の海岸線

フジテレビはバラエティーのイメージが強いですが、結構シリアスな番組もいいのがあって。

NONFIXはその代表格ですが、深夜のFNSドキュメンタリー大賞等も良くて。
今回紹介する番組はそんなフジテレビ深夜真面目枠の一本。『Time Trip 日本の海岸線~伊能忠敬の軌跡~』
このエントリでは番組で画かれた忠敬の生涯をかけた日本測量プロジェクトを記そうと想います。

千葉県香取市佐原に伊能忠敬が17歳から30年間住んだ家があります。
伊能家は造り酒屋の家で、忠敬は17歳の時に婿入りをします。そこで商才を発揮し事業家として大成功し莫大な財産を創ります。

ところが49歳で息子に家業を譲り、江戸へ。深川、黒江町に隠居宅を構えた忠敬。
その傍には江戸幕府が管轄する天体や暦の研究機関、天文方がありました。
忠敬は少年時代から興味のあった天文学を学ぶために上京したのでした。

天文学は当時の最先端科学、忠敬は天文方きっての新進気鋭の天文学者、髙橋至時(31歳)を訪ねます。この時忠敬50歳。
忠敬は自分より19歳年下の至時に熱心に学び、さらに蓄えた資金を惜しみなく使って天体観測の機材を次々に購入。自宅の物干し台にプロ仕様の天体観測所をつくり、観測に没頭しました。

そんな時忠敬は師匠の至時から『緯度1度の長さが分かれば”地球の大きさ”が分かる(緯度1°の距離X360をすれば地球一周の長さがわかる)』と教授されます。「緯度1°とは大体蝦夷地くらいまで」と知り、蝦夷地行きを熱望。

無論「地球の大きさを測りたい」というプレゼンテーションでは幕府からの許可は出ないため、「蝦夷地の地図を作る」という名目で資金は持ち出しで幕府に申し出、当時蝦夷地に来る外国船に悩まされていた幕府はこれを許可。忠敬この時55歳。親戚の若者たった5人を連れて未開の地へ初めての測量の旅へ。

寛政12年(1800年)閏4月、忠敬たち6人は出発、この時の測量が第一次~第十次に及ぶ全国測量プロジェクトの幕開けとなりました。

江戸から津軽半島の三厩まで21日間で歩いて測量。本州から船で渡り蝦夷地入り。すべて歩測で、海岸線を歩き続けました。そして夜は晴れていれば毎日恒星を観測して緯度を求めました。しかしこの時は寒くなる前に帰ることを優先したため正確な緯度1度の距離は計測できませんでした。

江戸に戻って、測量結果をもとに地図を制作、幕府に報告。伊能図は野帖の記録を基に下図をつくり、それを写しながら針で穴をあけ朱線で結んでゆき、別に写生しておいた沿道風景を書き加えていったもの。そのクオリティに幕府は衝撃を受け、今度は本州の海岸線を測量するよう勧めてきました。

しかし幕府から出された資金は僅か。今度もボランティア同然で挑むことになり、忠敬は測量器具を買い揃えました
佐原、伊能忠敬記念館では忠敬が使った器具が展示してあります。そのほとんどが特注品で、江戸の時計職人が忠敬のオーダーに従ってつくったもの。

享和元年(1801年)4月、本州の東海岸線を測量。忠敬は身内5人と先ず伊豆半島へ向かいました。入り組んだ伊豆半島の測量、崖で歩けないところは船を出して縄を張って測量しました。

そして次に地元房総半島、九十九里、そして屏風ヶ浦。犬吠埼からは富士山も測り、これまでのデータが正しかったか確認。そこから東北の海岸線に入ります。忠敬たちは三陸の海岸線を北上、日本最大級のリアス式海岸を測ります。青森県・下北半島仏ヶ浦をまわり、太平洋側の海岸線を測量し、江戸へ戻りました。

江戸へ戻った忠敬はデータを分析し緯度一度を28.2里(約110.7km)と算出。師匠の至時もこの数値が正しいと判断、地図の完成度も評価しました。

忠敬が全十回の測量ののちに作った伊能図大図は1/36000縮尺で畳1枚分X214枚、縦横50mにもなるもの。伊能図には他にも縮尺の異なる様々な種類があり各地に残されています。

地図に記されている朱線とは測量ルートや共通の目標物に向かって伸びる赤い線で、忠敬は富士山が見えれば必ず測量を行い朱線を引き、その数は300回にも及びました。

享和2年(1802年)6月、忠敬一行は第三次測量の為日本海沿岸へ。雄大な日本海を望みながら南へと下りました。

八郎潟は今は農地にされましたが、伊能図では湖で画かれていました。秋田県・象潟も象潟地震が起き地盤が隆起する前の湖の景勝地だった頃を記しています。地震の2年前に尋ねた忠敬の記録では活発な火山活動をみせる鳥海山が描かれ、地震直前を想わせます。象潟を後にし江戸へ戻ります。

東京・世田谷に伊能忠敬から7代目となる子孫が住んでいます。洋画家である伊能洋さんが佐原の実家に帰った時は「中象限儀」や「量程車」等の忠敬の遺品が守られていたそう。今ではほとんどが国宝や重要文化財に指定されています。洋さんは伊能忠敬の銅像政策の監修にも関わり、銅像は忠敬がすぐ近くに住んでいて、旅に出かける前はお参りをしていた東京・富岡八幡宮に設置されています。

享和3年(1803年)2月、第四次測量へ出発。東海道から北陸へ。この時になると各地で伊能測量隊が有名になっていて、役人があいさつにやって来ることもありました。しかし常に歓迎されるわけでなく、加賀藩では忠敬たちを隠密であると判断、測量隊に何を尋ねられても応えず協力しませんでした。糸魚川測量の舟も出されず。幕府の命を受けているとはいえ測量隊の微妙な立場。それでも忠敬ら6人は測量を続け、東日本測量の旅は終わりを迎えました。

江戸に戻った忠敬につらい出来事が。師匠の高橋義時が文化元年(1804年)に40歳の若さで死んでしまうのです。研究のための過労でした。忠敬が測った緯度一度の長さを証明するため、難解なオランダ語の文書、ラランデ暦書を心血注いで翻訳していたのです。忠敬は親愛なる師匠の死の失意の中で東日本の地図を完成させ、遂に第11代将軍、徳川家斉の上覧を得ることになりました。

家斉はこれを絶賛、忠敬は幕臣に取り立てられ、全国測量プロジェクトは正式に幕府の直轄事業となりました。忠敬この時59歳、西日本の測量の旅が幕開けと成りました。

第5次以降は正式の隊員だけでも20名にもなり、更に藩から提供された作業員とか藩の役人とか全体で多い時には200人から300人の、大名行列に匹敵する規模。幕府が公式のスポンサーになった測量隊は大規模な測量体制となりました。

しかし長期に及ぶ西日本の測量に、遂に忠敬は病に倒れます。
瀬戸内海の島々の測量には膨大な労力が要り、山口県秋穂浦に来た時忠敬は難病の”おこり(マラリアの一種)”に罹ります。それでも忠敬は旅を止めることはありませんでした。それでも旅を止めなかった忠敬も松江で療養を余儀なくされます。

忠敬は一か月以上松江に留まると幸運にも回復。山陰の海岸を東へ進みます。京都から福井に広がる若狭湾を測量すると琵琶湖へ。測量を終え江戸へ戻ると第六次測量、四国へ。

明石海峡を船で淡路島に渡り四国へ入った忠敬たち。鳴門海峡から徳島の海岸線に回り桂浜、そして高知城下へ。四国を半周したところに佐田岬が。ここを折り返し四国測量を終え、江戸へ帰還。次は第七次、九州測量へ。

下関から九州へ入った忠敬たち。大分の海岸線に難儀するも宮崎ではまっすぐな海岸線。伊能図の桜島は文字通り島です。大正3年の大正大噴火で桜島は陸地と繋がったのでした。

伊能測量最大の難関、屋久島と種子島。自身の衰えを強く感じていた忠敬はこの旅立ちの時家族に遺言状を遺しています。屋久島・種子島の測量は何艘もの大型帆船と膨大な作業員で行われ、それを統率する忠敬の苦労は並大抵ではなく、無事終え全国測量のゴールが見えてきた一方で、忠敬の身体は悲鳴を上げていました。

忠敬が長崎から娘に送った手紙には「歯は一つ切りになり、時々痛み、奈良漬けも食べ兼ね候…」と大好物の奈良漬けも食べれなくなった忠敬。それでも使命感と好奇心は失わず、九州最後の測量として端島(軍艦島)の測量を行います。

伊能図には不思議なことに端島とその隣の中之島が実際とは逆に描かれていました。忠敬にもミスはあったよう。九州測量を終えた忠敬、もう70歳を迎えていました。

第九次。伊豆七島測量は、家族に説得された忠敬は江戸に残りました。測量隊は伊豆七島を、沿岸を測るために人が泳いで岩から岩へ縄を通し命がけでの測量となりました。伊豆七島全ての測量には1年を要しました。

そして最後の江戸測量、忠敬は71歳になっていました。咳に苦しみながらも忠敬も現場へ出ていたそうです。初めての測量から17年、遂に日本全土が測量されました。

その後忠敬たちは地図作りの仕上げにかかりますが、忠敬の病状は悪化、遂に地図の完成を観ることなく文化15年4月13日、伊能忠敬は74歳の生涯を終えました。

そして弟子たちは3年後の文政4年(1821年)7月10日、完成された地図が江戸城の大広間で披露されました。縦横50mあまりの巨大な地図は江戸城大広間でも並べきれませんでした。

台東区・源空寺、至時先生の墓石の傍に忠敬の墓はあります。
墓石には「測量の命下る毎にすなわち喜び顔色にあわらし、不日にして発す…(測量の命令が下れば喜んですぐに出発した)」と刻まれています。

晩年、伊能忠敬から娘に送られた手紙には「古今これ無き 日本国中 測量御用仰付けられ…これぞ天命といわんか…(これまで誰もなしえない日本を測量するという使命、これこそ天命である)」とありました。

c0002171_18331858.jpg
いかがでしたでしょうか?番組では空撮で忠敬が測った海岸線が映されていました。伊能忠敬の日本測量のそもそもの動機が「緯度一度を測り地球の大きさを算出したい」というものだったとは…!日本全国どころか天文という宇宙規模のスケールのヴィジョンを持っていたのかと驚きました。

by wavesll | 2017-11-15 19:51 | 小ネタ | Trackback | Comments(0)

BS-TBS「ぶつブラ」: 物理街歩きという町ブラ番組の先っちょ

c0002171_21450029.jpg
BS-TBSの実験番組枠「バイタルTV」 にて「ぶつブラ」という番組が放送されていました。

”また町ぶら番組か、『ぶつ』というのは『仏』かな?メインパーソナリティーはみうらじゅん辺りか?”と想ったらなんと『物理』の『ぶつ』でw

『空想科学読本』の柳田理科雄先生やTBSアナ、物理を専攻する女の子が街をぶらぶらしながら、風景の中にある物理的なメカニズムを解説するという趣向。

第一回は
雲が白く見えるのはなぜ? / 噴水の水が吹き上がるのはなぜ? / 旗が風でなびくのはなぜ? / 肉まんを蒸す理由とは? / ゴルフでホールインワンを決めるには?
が解説されてるそう。

私がみた第四回はコマの原理や凧の原理、サイフォンの原理なんかが解説されてました。

町ブラ番組はもう溢れかえっていて、「ウルトラ怪獣散歩」まで行ったらもう出し殻かなと思っていたのですが、まだ展開ありましたね!

前々から、身近な製品のメカニズムを解説する番組ってないかなぁと想っていて。

例えば電子レンジはメーサーだけど、”TVってどんな技術で成り立っているの?”とか”自動販売機で温かいのと冷たいの両方できるのはどんな仕組み?”とか、そういうのをプレゼンテーションする番組ないかなぁと。

この逍遥スタイルは好い実装だなと感じ、まだ色々展開できそう。ただこの番組の淡々とした感じ悪くないんだけどケレン味もうちょい入れないと面白濃度が足りないかも。でもこれに芸人入れたら味が壊れるんだよなー。難しいところ。

もうバイタルTVでの全四回は放送されているのですが27(月)~30(木)に一挙再放送される予定。自分も1~3回はみていないのでHD録画予約入れとこうと思います◎

by wavesll | 2017-11-14 22:02 | 小ネタ | Trackback | Comments(0)

Tianzhuo Chenの舞台がパステル・ホドロフスキーでハオ!

c0002171_11171559.jpg
intoxicateにてフェスティバル/トーキョーのアジアシリーズ vol.4 中国特集 『忉利天(とうりてん)』の記事を読んで。チェン・ティエンジュオが構成・演出・美術を行ったこの<古代神 X クラブミュージック>のパフォーマンス・アート。先ずこのヴィジュアルに惹かれました。

実際に池袋あうるすぽっとに行くには能わなかったのですが、Tianzhuo Chenの公演動画を漁っていました。


”上海のArt感覚の現在はこれか”と。Tianzhuo Chen氏はインタビューで「きゃりーぱみゅぱみゅなんかも興味があった」と言っていましたが、これらの作品のAsian Millennial世代の感覚はパステルなホドロフスキーあるいはマシュー・バーニーな、ヴァーチャルリアリティーが現実レイヤーと織り重なり魔術的リアリズムな日常/非日常から生まれいずる感性だなと。

Vimeoにはフルレングスの舞台動画も上がっていて。上のポスターの笠神も出てきていて。大変に楽しめました。台湾や韓国のカフェなんかもそうですが、アジア人の表現する西欧の方が本物以上にオサレでポップな感覚ってあるなぁと。Asiaの今のセンスに今後も着目していきたいです。



cf.
by wavesll | 2017-11-12 11:56 | 小ネタ | Trackback | Comments(0)

Galaxy Studio Tokyo@キャットストリートでVRアトラクションを遊ぶ

c0002171_5362011.jpg
c0002171_5365417.jpg

渋谷から表参道へ抜けるキャットストリートの原宿 BANK GALLERYでGalaxyのフリーイベントが催されていました。

Galaxy VR gearを使ったアトラクションが幾つかあり、私が体験したのはフィフス・エレメントみたいな超絶高僧ビルの狭間をエア・バイクで翔けるアトラクション。シートベルトし、バイクも動く4D仕様。(上は私の後にやった方のPLAY写真です)

没入感半端無かった!他にもレインボーロードスケルトンするみたいなゲームとか色々あったけど、VR酔いしてしまって泣く泣く離脱しました。アトラクションをするごとにスタンプが溜まって、5つ溜まると外のガラス張りの処でVR版スター・ツアーズみたいなのやれるらしいです。

”メガネでも楽しめるVR GEAR、やるなー”と想ってたらトランプ公式夕食会に元慰安婦を招待、独島エビの料理もなんてニュースが。このタイミングでやるか。金を落させる気を失せさせられ。料理だったらカンジャンケジャン、美術だったら≪百済金銅大香炉≫、音楽ならIUOOHYOイ・ランZion.TそしてHyukohとか好い文化はあるけれども、どうにも。残念。
by wavesll | 2017-11-08 05:45 | 小ネタ | Trackback | Comments(0)

肉の桃源郷、平間の北京に行ってきた!

c0002171_6404355.jpg
平間の北京に行ってきました!

大学時代に焼肉好きの友達から誘われていった北京。その美味さと値段以上のクオリティにぶっ飛ばされ、煙が黙々と上がる店構えがまるで肉の桃源郷だと想ったものでした。

武蔵小杉で南武線に乗り換えて2駅だけですが、ここ数年は足が遠のいていて。そんな時に寺門ジモンの取材拒否の店で「11月に閉店」だと聞きこれは食いに行かねばと行ってきたのです。

この店は一人での来店が断られたり、注文は一度きりしか出来なかったり色々と決まりがあるのですが、それもまた楽し。今回は3人で行きました。

やっぱりここの上ロースと上ハラミは極上!名物のキャベツを皿で押しつぶしてタレをかけるのが脂をさっぱりさせてくれてこれもまたあう!最高、最高◎

もう最後だと想って十二分に注文して。上タン塩X2、上ハラミ塩X2、上ロース塩X2、上カルビタレX2、瓶ビール2本、キムチ、もやし、キャベツX3、ライスX3。これ3人で食べたから腹パンパン以上。タンは凍ってるのもあり1人前で好かったかな。カルビも1人前でいいかも。逆に上ロースと上ハラミはもっともっと喰いたい感じでした。

大満足で店を後に。十一月で閉店に加えTVでも取り上げられましたが、少なくとも11/5(日)は常識的な時間に行けば一巡目で入店することが出来ました。

今でも昨晩の肉の旨みを想いだして涎がじゅるりとなってしまう。あー!美味かったなー!本当に美味い肉を食べたい貴方に平間の北京での焼肉体験、お薦めです★★★★★★★
by wavesll | 2017-11-06 06:38 | 小ネタ | Trackback | Comments(0)

辺境探検家 高野秀行氏講演会 'N' 早稲田大学探検部カムチャツカ遠征報告会

c0002171_2331999.jpg
c0002171_2334884.jpg
c0002171_2341970.jpg
c0002171_2344747.jpg
c0002171_2365764.jpg
c0002171_238120.jpg

大隈講堂で行われた辺境探検家 高野秀行氏講演会 'N' 早稲田大学探検部カムチャツカ遠征報告会に行ってきました!

今夏(2017年)実施されたカムチャツカ未踏峰登頂遠征隊の報告会とクレイジージャーニー等でも活躍が伝えられる高野秀行さんによる講演会。

先ずは高野さんの講演会で、早大探検部時代に行ったコンゴでのモケーレ・ムベンベというネッシーのようなUMAを探索した探検の記録VTRが流れました。

高野さんはこのムベンベ探索で3度コンゴを訪ね、1回目は政府と探検の許可やムベンベが見つかった時の所有権や写真の権利の交渉を行い、VTRで流れたのは2度目の40日の探検の様子。

村に辿り着き、村人の間の話し合いの末探検が許され、村人と道なき道をムベンベがいるテレ湖まで60km歩み、ボートでのソナー探査と夜は暗視スコープでの24時間での探査を行った様子が流れました。

探検チームの一人がマラリアにやられたり、食料がなくなり飢えからコンゴ人が誤射したゴリラを食べたり、当地で普通に食べられているというチンパンジー、大蛇、鰐その他を食べたりと言う映像が。

高野さんはもう十年前とかからこうした映像で講演をしているそうですが、昔はゴリラとかの時に笑い声が起きていたのが最近は倒れる生徒が多くJKキラーと言われると笑っていいのか悪いのかみたいな話も。

コンゴ人民共和国は東西冷戦で東側で入国が難しい国だったのですがペレストロイカで緩んだところを上手く交渉したということでした。

ムベンベ探検の頃はUMA探索は邪道と言う捉えられ方をされたそうですが、そこから書籍がヒットし有名になると後輩たちがUMA探検を真似するようになって。ある後輩が松戸にいる”マツドドン”を探すというので「そりゃないだろ」と言ったら「高野さんには言われたくない」と言われ、「悪しき前例をつくった」とw

現在も、現役時代に書籍を出した高野さんの影響力は絶大だそうです。
高野さんが作家として生きていくのを意識したのはムベンベ本のすぐ後、「おいしい」とw

作家としてのキャリアにおける探検部時代の意義を聴かれると「未だに探検部の延長線上」で「OBでなく未だに現役のつもり」とのこと。

さて、探検部の人々は「探検とは?」ということを強く深く考えようとしていました。高野さんにも「探検とは何か」ということを聞いていて。

すると現役生がこの夏に行った「リニア新幹線のルートそのままで南アルプスを踏破」を取り上げて、「これが探検部ですよ」とw 「探検部は凄い上の先輩たちから現役までやってることや感性が変わらない」「(探検の意義として)タテマエをいうのも昔から。でも辻褄が合わずに破綻する」とw

自分が面白いと想える、他人がやってないことをやってしまう。適当な名目を付けて最後は破綻しても、それが探検だ、と。

「辻褄が合いすぎるとだんだん狭くなる」そうです。例えば反体制に関しても「反体制な人も自分たちが権威になってしまい、ハラスメントをしてしまったりする」「権威になったり皆から尊敬されることは良くない。尊敬されないでいるのは大事。最後は破綻」とw

そんな高野さんは現在アフリカ納豆を探査しているらしく、もしかしたら西アフリカが世界最大の納豆エリアかもしれないらしいです。

探検に際して探検部のコネとかは余り今は直接の効果はないけれど、いつも同行して映像を撮ってくれるのは探検部で2コ上だったNHKの映像ディレクターだそう。

今の時代は映像を残すことは必須で、文章とは他に映像でしか伝わらないものもあるし、5年後10年後に幻になってしまうかもしれないものの記録としても昔より重要だとの事と言うアンサーで講演は〆られました。

5分の休憩を挟んでいよいよ、今夏行われたカムチャツカ探検隊の報告。こちらは30分程の映像でその様子が映されました。

探検隊は6人。そもそもカムチャツカを選んだ理由は今まで政治的な理由からあまり探検隊が踏み入れていない土地で、今回の目的は外国人未踏のレジャーナヤ山に登ること。費用は自分での負担の他クラウドファンディングでも集めたそうです。

来訪した場所はチュクチ人という人々がトナカイと共に暮らす場所。事前にロシアの国家機関から探検の許可を得て、インストラクターも雇っていたのですが、村の長が許さないと探検はできず、予定が狂い、更に水害で当初使う予定だったキャタピラトラックが使えず、計画に狂いが。

隊はボートと徒歩で進みます。ボートに載せられる重量から食料を削り、釣りをしたりベリーやキノコを食べながら進みます。道中で一人の隊員が足を捻ったり、1cmもある蚊にメンバーたちが苛まれたり。テントの裏にクマの足跡があったことも。

7日遅れでベースキャンプとなる小屋(あったはずの村は既になくなっていた)に辿り着くも、残された日数は僅か。ここでレジャーナヤ山に登ることを諦め、小屋から近い山で、人類未踏峰であろう山に登ろうと計画を変更します。

ここでつらい決断が。足を痛めている隊員を連れていけないと隊長は判断。彼女も多くのコストをかけてここまで来たのだから納得できないと当初言いましたが、最後はその決定に心を決め、5人で”ワセダ山”と名付けた山にアタック。

無論誰も道を切り拓いていない山、完全に己たちで判断し山を登り、見事登頂!
隊長は「この山は当初最終目的地点ではなかった。悔いることもあったし、中途半端な結果。ただ、大学時代は人生における途上、ゴールではない。将来行き詰ったときにこの経験を想いだすことで力になると想う」と感慨を述べていました。

そして帰国。テロップだけで、帰りの時に撮影担当の隊員が食中毒になりヘリで搬送されたとも流れました。

映像の後で探検隊6人がそれぞれ探検を振り返る一言を述べていました。

装備と訓練担当だった隊員は「実力が足りなかった。この後悔を活かしていきたい」
医療係だった隊員は「事前の準備が大事。自分が持っていけるものだけが確実」
広報を担当した隊員は「ただ知ってもらいだけでなく興味を持ってもらえるように苦心した」
撮影係の隊員は「探検とは現地に行くことでしか手に入らない情報を獲ってくること」
記録係の隊員は「探検は報告書をつくり何をしたか伝えることが重要で只楽しむ旅とはそこが違う」

そして隊長から発表されたのはロシアに問い合わせた結果、探検隊が登頂した山は一度も登頂された記録がない未踏峰だという返答が来たということ。ワセダ山という名前を申請しているそうです。

部員たちが常に「探検とは何か」を考えるというのは、今の地球上には人類が未踏で且つ”面白そう”な場所が少なくなってきているからでしょう。マルコ・ポーロやバスコ・ダ・ガマ、或いはハイラム・ビンガムの時代とは大きく状況が変わりつつあります。

「探検」、未知のハントをすることが難しい時代だからこそフロンティアの新雪を探して狩り暮らしの彼らは「探検とは」を自問するのでしょう。

今回の探検を最後に探検部をやめる部員もいるそうです。それだけ壮絶な体験だったということでしょう。

報告を聴いて思ったのは”失敗したということ、悔いが残ることは限界に挑んだ証であり未来に可能性があるということ。誰も行ったことのない場所へ行く、道を切り開く、それこそが最上の行為”だということ。1次情報、或いは0次情報ともいえる獲物を狩る彼らの姿に大変な感銘を受けた夜でした。
by wavesll | 2017-10-31 00:26 | 小ネタ | Trackback | Comments(0)

二子玉ライズにてSLACKLINE NIPPON OPEN トーナメントを観てきた!

c0002171_23173053.jpg

二子玉川にて第8回ギボン日本オープンスラックライン選手権大会を観てきました!

Campeão Mundial de Slackline 2015


Giovanna Petrucci - Copa Nacional Gibbon Slacklines


男子決勝Teruto vs Haruki 2016東京[GIBBON CUP二子玉川]


Slackline WorldCup Battle - Carlos Neto vs Gappai - real-time feature!


スラックラインは幅約5cmの伸縮性のあるナイロンベルトの上をバランスを取りながら立ったり歩いたりアクロバティックなトリックを決めたりする綱渡りとトランポリンを融合したようなスポーツ。

名前は聞いたことがあったのですが、生で観たのは初めてでした。

何しろ凄い!空中技が物凄くて!特にブラジルからの招聘選手Pedro Pafael Marquesなんか度肝を抜かれるPLAYをばんばん決めて!スーパーマンポーズもw!熱くなりました!

男子部門の他女子部門、ジュニア部門、Over40歳のマスター部門なんかも。ブラジルから来たGiovannna Petrucciも凄いパフォーマンス決めて!

そして日本人選手も凄腕揃い。ジュニア部門は9歳からいたし、みな10代や20そこそこで技を決める決める!レッドブルの選手の木下晴稀なんか高度が本当に高い伸身の技を決めるし、世界チャンピオンにもなったことがあるという大杉”Gappai”徹なんか仙人のような技を繰り出してました。

このスラックライン、実はドイツ・シュッツトガルトのGIBBON社の創設者ロバート・ケイディングがスポーツとして普及させたという点が、新しいスポーツのスタートアップのユニコーンだという点でも刺激を受けました。

体操天皇杯を生で観た時も”こいつら人間技じゃねえ”と想いましたがSlacklineの選手たちもイマジネーションをBeyondしてました。スラックライン体験コーナーもあったのですが、10秒立つのも大変でw

かなり刺激的な体操 X XsportsなSlacklineの大会は明日の日曜も二子玉RISE・ガレリアで開かれます。二子玉川の改札を出てすぐの場所で、屋根もあるので雨が降っても楽しめます。さらに今日のトーナメントの勝者たちによる決勝なので、もし良ければ★!
by wavesll | 2017-10-22 00:04 | 小ネタ | Trackback | Comments(0)

水墨動畫 -中国の水墨アニメの世界

水墨動畫片 鹿鈴


中國水墨動畫:鄉間童趣


小蝌蚪找妈妈


經典古琴水墨動畫片《山水情》 Feeling from Mountain and Water


拾黄金_水墨动画.mp4


水墨动画 题都城南庄


桃花源记


陶渊明 桃花源记


水墨动画 枫桥夜泊


LYRA_絕弦.flv


桃花仙中国风水墨动画


水墨动画京剧《贵妃醉酒》 梅葆玖 上海美术电影制片厂 2011


崂山道士


中国オタク「水墨アニメ?あれは社会主義的な環境でないと作れん。つまり現在の我が国では……」(「日中文化交流」と書いてオタ活動と読む)で知った水墨アニメ。

高畑勲『かぐや姫の物語』山村浩二『頭山』渡辺信一郎『Kid's Story』などにも通じる表現技法は、中国国内でもオーパーツとなっているそう。

Art Animationの一潮流として水墨アニメが現代技巧でRebornしたらいいなぁと想います。失われた技術の再興ってロマンがありますね。
by wavesll | 2017-10-10 20:41 | 小ネタ | Trackback | Comments(0)

渡辺信一郎監督『BLADE RUNNER BLACK OUT 2022』&『ANIMATRIX』そして来るべき平成終期のSF

渡辺信一郎監督による前奏アニメ解禁!】「ブレードランナー ブラックアウト 2022」


animatrix - Animazione Film Completo in Italiano


友から教えてもらった『ブレードランナー ブラックアウト 2022』の衝撃が相当に大きくて。
実写かと思うような炎の描写で始まったかと思えばデッサンのような筆致の戦場のシーン、そして戦闘アクションの小気味好さ!全体的な作画が緻密でそのハイクオリティ振りに”ヤーバイなハリウッド資本は”と。なんと音楽がFly-loだし!

近年『BLAME!』がNETFLIXでつくられたりしてアニメ産業への金の流れがまた変わりつつありますが、自分の中でハリウッド資本で創られた日本アニメというと『アニマトリックス』が思い浮かんで。で、調べると『アニマトリックス』内の短編2本が渡辺監督によるものだと。早速TSUTAYAで借りてみてみました。

9つの短編からなる『アニマトリックス』、その内の『Kid's Story』と『A Detective Story』が渡辺監督作だったのですが、それぞれラフ画の勢いを活かした、『かぐや姫の物語』『ピンポン』を先取りしたようなアートスタイルの『Kid's Story』と、銀幕の白黒映画のような輝きを放つ『A Detective Story』と、アニメ表現自体の素晴らしさ、工夫に心躍らされました。

『アニマトリックス』はこの他、『獣兵衛忍風帖』の川尻善昭監督や『REDLINE』をこの後に撮る小池健監督作であったり、日常とファンタジーが浮遊し融合した世界観が素晴らしかった森本晃司監督の作品であったり、日本のアニメーションの綺羅星が集う短編集でした。

こういうのをみるとついつい”やっぱりビッグバジェットがあったりカッコよさを追究する日本の90s的な海外の感性でつくられるアニメはいいな”とか思ってしまいます。

しかしそもそも私は国産アニメに知見が広くないし、寧ろ海外から日本のアニメファンの好みがまるで日本人が全米のHIPHOPの流行りをみるような目でみられてるとすれば、『けものフレンズ』『おそ松さん』の覇権がそうであったように、日常系や萌え、ヘタウマなど新領域を切り開き続ける”本場”はやっぱり敬意を持ちたいなと。

実際、『この世界の片隅に』『君の名は』はエポックメイキングでしたし、山村浩二 『右目と左目でみる夢』も素晴らしかったと感じました。

さて、日本人監督たちによる自由なMATRIXの世界観での遊びもある中で、3DCG映画版『Final Fantasy: The Spirits Within』の監督であるアンディー・ジョーンズによる『Final Flight of the Osiris』はかなり映画本編のサイドストーリーの感が強くて。

観ながら”あぁ『マトリックス』ってカンフー映画でもあったよな、Revolutionsなんかドラゴンボール化してたし”とか”この頃はRealとWebが完全に分かれた世界だったし第一作の頃は固定電話からしか向こうの世界に繋がれなかったくらいの時代だったけれど、今はWebに実社会や実企業、公権力が侵食したな”とか想ったりしました。

そして今の時代に『ブレードランナー』、取り分け”レプリカント”に関する物語をするに当たっては、勿論AIとロボットによる労働者の切り捨てやシンギュラリティという問題意識もあるのでしょうが、欧州における中東難民、米国における中南米移民といった、言葉は悪いですが”二級市民”と、”本国人”との間の軋轢への何らかの示唆が行われているのではないかと期待してしまいます。

その国で元々暮らしている人々からすれば、多文化共生社会の理想を実現するのはいいけれど、雇用のバッティングは兎も角、犯罪率があがったり、文化的に同化しない”バルバロイ”に対して、表には出せないはずの黒い意識が極右政党への支持としてあの英仏独ですら巻き起こっている。

日本においてもこの先発生しうるかもしれない北朝鮮難民への問題意識や外国人研修生問題、そして在日朝鮮・韓国人へのヘイト問題として、大枠での”移民問題”は他人ごとではありません。

構造的には、後進国が生産能力をキャッチアップしてきたために先進国が搾取できず、相対的に停滞に陥っていること、そしてグローバル化・トランスナショナル化によるヒト・モノ・カネの自由な移動によって、中間層以下が痩せ細ってきていることが、Webというメディアの因子から憎悪へ向かわせている、ということでしょう。

311、フクシマを経た後で、新たなる『宇宙戦艦ヤマト』的作品が待たれるように、移民・難民への憎悪と、逆に文化が破壊される恐怖に関して、何か叡智の営みとしてのフィクションからの解答が待たれると想ったりもします。個人的には日本人がディアスポラ化した世界を描く『日本沈没 第二部』のエッセンスのある作品なんかいいかなと想ったり。日本人が"イレヴン"という地位で神聖ブリタニア帝国において蔑まれるという世界を描いた『コードギアス 反逆のルルーシュ』などは中々面白かった。視点を変える"if"をフィクションでは起こせますからね。

何もフィクションの物語が必ずや黙示録的であらねばならないなんてことはありませんが、その時代時代の問題意識に応える、社会性を帯びたエンターテイメントの流れが日本のサブカルチャーにはある気がし、特にSFではそれは価値になると。そしてヴィジュアルのイマジネーションがアニマを持たせる。

平成が終わりを告げる現代に、先見的で脳に訴えかける作品が生まれたらいいなぁとメガロシティの片隅で想う神無月の夜長です。
by wavesll | 2017-10-05 00:58 | 小ネタ | Trackback | Comments(0)