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☆論

Judas Priest - Reckless

ドラッカーは『組織にはカリスマはいらない』と書いている。

何にでも精通していて、最高の判断を一人でこなせるカリスマというのは存在せず、必ずそれらのニセカリスマは失敗して悲惨な人生を送る。本当に成果を生み出せるリーダーは、部下の力を引き出せる、きちんと下の者を働かせられる者だと。

確かに、ナポレオンにしてもヒトラーにしても、晩年は悲惨なことになっている。むしろ、自分とは違う意見を吐く者を常に身近に置いていたチャーチルは結果としては成果を残した。ドラッカーはアレクサンドロス大王がカリスマだというのは早死にしたからだとしている。確かにアレクサンドロス大王よりも父親のピリッポス2世の方が業績は素晴らしいかもしれない。

といえども、歴史に名を残したのはアレキサンドロス大王だと想うし、チャーチルよりもヒトラーやナポレオンの方が世界史に対するインパクトはあったと俺は想う。生涯に渡る輝きは維持できなかったけれども、ヒトラーだって輝きに満ちていた時はとてつもないスターだった。

社会の中で有用な人間かどうかという側面で考えれば、確かにカリスマというのはむしろいらないのかもしれない。社会と言うのは組織だから、ドラッカーのいうことは正しいと想う。

でも、一人の個人としてどちらを目指すかと言えば、俺はカリスマ的な人間を目指したいと想うんだよなぁ。命を燃やすって言うか、激烈な生涯を送りたい欲望はやっぱり俺は捨てられないかもしれない。生涯のほとんどが暗くても、一瞬の爆発的な輝きがあればそれでいい。と想ってしまう。まぁ俺の場合、人生26年で過去に2度爆発的な輝き期間が起きてて、大体爆発的な輝きを産み出す方法も解ってきたから、あとはそれを応用すればいいだけの話だ。

で、俺の間違いは、別にカリスマになりたくない普通の人に対して<お前も逸脱しろ!命を燃やせ!!!!!!>と強要した点だった。普通の人生を送りたい人に異常な人生を送れといったのはいけないことだった。

だってそうだよな。クラプトンだってビートルズだって薬中だし、ロックスターは大抵早死にだw早死にしてる奴はカッコ良くて、良く老いるだとか、長生きしたいだとかを目指さない人間が社会の主流になっちゃったらその社会は滅んじゃうからなwこいつはいけない。大人に生まれた時のような獣に生れというようなものだ。

また、これはつい昨日に言われたんだけれども、昨日公ちゃんと富士まで行った時に俺が<旅人モード>に入りそうになった時に公ちゃんに「めんどくさい、疲れるからそれは阻止する」ってやられたんだよね。まぁ、ロックスターが身近にいたら、そりゃ迷惑だよな。俺に理解を示してくれる公ちゃんですらそうなんだから、みなが俺が調子に乗ってたときに俺に感じてためんどくささといったら計り知れなかっただろう。

みる分にはいいけれども、プライベートで関わるのは嫌だ。というのが一般人がそーいう<異常に燃え輝いてる人>に想う気持ちなんだろう。だって自分はそうはなれないから。その点を俺は考えなかったのは頭が足りなかった。細く長く生きる人に命を燃えつくす位瞬間輝きたいと想う人間の気持ちは共有できないし、理解してもそれをじぶんでやろうとは想わないもんだ。

俺は俺自身を普通にしたかったけど、そいつはおそらく無理だ。
かといって俺が普通になるのも無理だ。だって俺は俺なりに普通に考えた結果として今があるんだから。

だから、俺は他人には寛容に、そして自分にも寛容に生きていこうと想う。そりゃ社会的な意味でも付き合うし、当面の目標は『自分の稼ぎでパラサイト脱出を目指す』だけれども、自分の特殊性に対して、自分の生き方に関しては、己の道を突き詰めて生きていこうと想う。そこに妥協はやっぱりいらない。最近の俺は他人ウケを気にし過ぎてたりだとか、女子にモテようだとか、余計な雑念に駆られていたようだ。他人はどうであれ、俺は俺の道を歩んで宇宙の獣と化さなければ、と思い直した卯月の十八番。


Iron Maiden - Alexander the Great
by wavesll | 2011-04-18 01:54 | 私信 | Comments(0)

最近見たTVの話

俺、TVみるのほんと好きなんだけど、ほんまでっかTVは特に好きだ。最近のTVの中では。

色々な説が語られるんだけれども、心理学やら、脳科学やら、生理学やら、色々な面から人間の本能が語られてるんだよね。動物としての人間の行動が論理として説明されていて面白い。

もちろん、たとえ動物であっても、理論で完全に行動が説明できる動物はいないように、大脳が発達した人間では、いわゆる<合理的な行動>というのはなかなか取られないけれども、少なくとも多数の人間をまとまりとして眺めた時に、ある傾向が見受けられるというのは、人間も動物なんだという感じがして俺は好きだ。

普段は偉そうに人間は他の動植物とは違うんだとやっていても、所詮は本能に操られている部分があるというのが、俺は好きなんだ。人間の中に自然を見いだせるような気がして。

自然と言えば、BSプレミアムで放送された『アメイジングヴォイス』も良かった。
今回はフィリピンで民族音楽をやってたグレース・ノノさんが登場していた。彼女はアメリカンロックシンガーをやっていたのだけれども、自分の本当の歌をもとめてフィリピンの島々に棲むシャーマン(たいていはおばあちゃん)から民族音楽を習い、精霊の歌を歌い継いでいた。

フィリピンには7000もの島々があって、7000もの言語があるらしい。それだけの世界があれば、民族に伝わる歌を収集するのもやりがいがある仕事だなぁと想った。

それと、これは前々から感じていたんだけれど、東南アジアの民族楽器って、電子音楽的な音が出るんだよね。文明が発達した先に辿りついた音が太古から伝わる音だというのは、やっぱり人間の本能はそんな昔から変わっていなくて、本能的に素晴らしいと想うものは古代や中世から現代までそんなに変わらないということを意味するし、やっぱり人間の中に自然が見いだせて、俺は嬉しい。

そして深夜に再放送してた『コズミック・フロント』では地球外生命の可能性が語られていた。
土星の衛星の一つであるエンケラドスという星の南極には100kmも水蒸気と氷が吹き出るクレバス群があるらしい。
本来太陽からあまりに距離があるエンケラドスでは水は氷であるだけのはずだが、星星の引力の具合によってエンケラドスに地殻変動をもたらし、その摩擦熱によって水がつくられるらしい。
そしてその中では生命がいる可能性が高いらしい!

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生命がいるというのも大変な話だが、正直100kmも水蒸気と氷が吹き出るクレバス群の写真があまりに美しくて、それに見惚れてしまった。

未来に太陽系旅行が可能になったら、火星の標高27kmのオリンポス山と並んでエンケラドスは人気観光スポットになりそうだなと想った。現在の技術だと行くのに片道7年かかるけど。

俺は正直、人間が産み出した政治的・社会的ルールの中には、人間の自然から離れすぎたものがあると思って、正直あまり気にしたくはないのだけれども、人間の本能に訴えかけるって言うかな。宇宙を感じるものは凄い好きだなぁ。

一匹の宇宙の獣として、自然の理と共に生きられたら最高だと想う。
そしてできれば、電子音楽が東南アジアの伝統音楽に似たものを見出したように、自分が捻りだした藝が、この宇宙の理の幹に届いて欲しいなと想う。自然の神秘を解き明かすことにこそ、価値があると想ってる。あ、だから人間に対してなんか動物を相手にするみたいに接しちゃって相手になんか偉そうに接してると思われるのかもしれねーナw俺個人としては俺自身が一番既存の理論にあわない行動をする変な動物なんだがwwww


RASMUS FABER feat. FRIDA / HIDDEN THOUGHTS
by wavesll | 2011-04-17 23:14 | 私信 | Comments(0)

demonstration

GO!GO!7188/ええじゃないか


若者パワーがついに炸裂!~高円寺・反原発デモに15000人

【現地レポ】高円寺『反原発デモ』の様子

高円寺・反原発デモ/ 4.10 NO NUKES

4月10日に高円寺で1万5000人が参加する反原発デモがあった。
俺はなんにせよこうして声を上げる人たちが出てきたこと自体は素晴らしいと思う。

こういうものに対して<現実的な代替案も用意せずに>だとか、<お祭り気分で不謹慎だ>とか言う人もいるけど、それは的外れだと思う。

大体、デモなんてのは<良く分からないけど、現状は絶対に間違ってる>という強い気持ちで起こすもんで、そこにお利口な論理は必要ないと思う。

むしろ、そういう<お利口な論理>を求めた結果、革マル派のような反社会的な原理主義が生まれてしまったのではないだろうか?今回だったら<やっぱり原発ダメ絶対>という連呼をまず市民の立場からして、為政者がそれに対する答えを出せばいいと思う。デモというのはまずボールを投げつける作業だと俺は思うんだ。市民の意思表示が行われればいいと思う。

そして意思表示の手段としてお祭り騒ぎがあったっていいと思う。海外のゲイパレードなんかもお祭りだしね。

しかし、今回のデモには運営面で不備があったそうだ。地元商店街に話を徹していなかったり、回避路を用意していなかったらしい。 

これはいけない。デモをする上でも、ルールはある。きちんとすべきところはきちんとしないと、伝わる主張も伝わらなくなる。今回の主催者が今後もデモを執り行うなら、今後はその辺のマネージをしっかりしないといけないだろう。

あと気になるのは何故統一地方選と同日にデモにしたのかという点だ。これではマスメディアの取材リソースが回ってこなくなるだろうと想った。 また選挙に行かずにデモをやるというイメージもできてしまうのではないか?戦略が足りないという感がある。

しかし、主要TVや新聞といったメディアが全く取り上げないのには、それ以外の意図もあるのかもしれないな、というのは勘ぐりだろうか?官に慮ってデモを黙殺したりだとか、スポンサーの意向で取り上げなかったりとかしていたとしたら、この国にはジャーナリズムはないなぁ、という気はする。特にNHKが海外の反原発デモを取り上げる割には、国内のデモをあまり取り上げないのは、市民にまとまられると困る人たちがいるのではないかと邪推したくなるなぁ、まぁこれは考え過ぎだと思うけど。


赤犬 ええじゃないか
by wavesll | 2011-04-12 01:18 | 小ネタ | Comments(0)

石原がパチンコを攻撃した時

石原の姿をみていると思いだす一文がある。
『彼らが最初共産主義者を攻撃したとき』だ。

これはドイツのルター派牧師であり反ナチス行動で知られるマルティン・ニーメラーが描いた詩だ。
ちょっと引用しよう。


彼らが最初共産主義者を攻撃したとき、私は声をあげなかった、
(ナチの連中が共産主義者を攻撃したとき、私は声をあげなかった、)
私は共産主義者ではなかったから。

社会民主主義者が牢獄に入れられたとき、私は声をあげなかった、
私は社会民主主義ではなかったから。

彼らが労働組合員たちを攻撃したとき、私は声をあげなかった、
私は労働組合員ではなかったから。

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彼らがユダヤ人たちを連れて行ったとき、私は声をあげなかった、
私はユダヤ人などではなかったから。
////////////////////////////////////////////////////

そして、彼らが私を攻撃したとき、
私のために声をあげる者は、誰一人残っていなかった。


石原は、今まで中国人、韓国人や、性的マイノリティや、オタクや、パチンコなど、彼が<社会道徳的に認められない>と想うものを攻撃してきた。そして、多くの人達は石原と同じように彼らマイノリティに対する負の感情があったから、つまり見苦しいだとか、嫌だとか、調子に乗るなとか思っているから、石原へ肯定の票を与えてきている。つまり石原は彼に投票した人々の負の気持ちを代弁してくれたんだ。

それはナチに関しても同じかもしれない。大多数のドイツ人にとっては過ごしやすい世界をナチは創り上げてくれたんだ。だからドイツでは敗戦直後ですら結構ナチは人気があった。

しかし、大多数からいざ自分が外れた時に、あぁなんて自分は残酷な事をやられてるんだろうと思うはずだ。社会から抹殺されてしまう。その時に、自分が今までやってきた罪に目が行くかはわからないけど。

俺は煙草を吸う人の事を昔は嫌っていた。なんであんな嫌な煙を出すんだ。と。
しかし、俺自身も酒を飲んで発散することを覚えた時に、<あぁ、煙草で救われる人もきっといるんだろな>と想ったんだよね。

救われるんならば、やってもいいと思う。
それによって人に迷惑がかかるだろうと人はいうかもしれない。
でも、人に全く迷惑をかけてない人はいないだろう。誰もが誰かに頼って生きている。というか自分の敵の行動に自粛を求める行為こそが、自分の敵に対して迷惑をかけているという意識があっていいと思う。

結局、多種多様な価値観を持った人が同時に住める社会が佳い社会だと思う。
様々な価値観を持った人がそれぞれ活き活きと生きられるのが佳い社会である。と俺はしたい。
清くて正しいけど厳しい社会より、少し濁ってるけどお互いに寛容な社会の方が生きやすいと思う。

その時、必要なのは、自分の意見と違う人を尊重する姿勢だ。<汝の敵を愛せ>という言葉が最も大事なんだろう。相手が何故そういう行動をとるのか想像して、想像できない分は相手の意見を聞いて、自分と違う場合は、自分の意見は言いながらも、相手の言い分もきちんと相手の論理で考えてあげて、正す場合は相手の理論の上に載ってあげた方がいいと思う。

そして、下にいる人間の自由を認めてあげられる人間こそが、上に立つ人間の資質だと思う。
その時一番大事なのは<正義>でなく<温かみ>なんだろう。

だから、やっぱり去年俺がmixiでイイネを求めた態度はいけなかったんだな、と今となっては想う。俺としてはやる気を失ってしまった奴らの言い分を代弁したつもりだったけど、途中から俺自身のための発言と化してしまった。

というか、イイネの1クリックでも自己表現になると思って、みんなに1クリックの自己表現をしてもらいたくて求めていた点もあったんだけど、そこは伝わらなかったみたいだ><

まぁあの時俺は読んでるみんなより人生楽しんでたんだから、それ以上を求めたのは求めすぎなんだなと想った。イイネというのは自発的にするからいいものであって、強制的にさせられるもんでもないんだなと想ったよ。

やはり調子に乗ってる人は、調子が出ない人のことを慮らなければならない。なぜなら調子が悪い人が自分のことを調子が悪いとは絶対に認めたくないから。そりゃそうだよな。そこら辺の気が回らなかったのは本当に悪かった。

俺は人の下で動くことばっかりだったから、人の上で下の自由を赦すやり方がわからなかったんだな。下働きしすぎた。敵に対して厳しい態度を取りすぎた。いわゆる<普通の人>に対しても厳しい態度をとりすぎたと反省してる。

昔は、<どうせ俺の事を理解できる奴はいない>となめていて、こないだまでは自分の意見を撒き散らしていたけど、これからは、言うべきことは言うけど、許すところは寛容に行こうと思う。
寛容に生きていくよ、俺は。やっぱり俺は敵を憎むよりかは愛する方が善いと思うから。
by wavesll | 2011-04-11 10:29 | 私信 | Comments(0)