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"為末大氏、日本人のHIPHOPに違和感があるとツイート"とスレッドから想起する"何が日本人らしさか"問題

為末大氏、日本人のHIPHOPに違和感があるとツイート(livedoorニュース)

これ、2chでスレが現在4まで伸びてて、タメさん煽りの上手さに磨きがかかってるなぁと思うと同時に数個思う所が出てきたので、時事ネタとして一つつらつら書いてみます。

さて、件のtweetはこちらです
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単純に音楽好きとして、Buddha BrandやDJ KRUSH,BLUE HERB、jazzy hiphopや最近のヒップホップ女子など、いいなぁと思えるhiphopやってる人達が日本にはいますし、為末さんは邦ヒップホップを良く知らないでtweetしてしまったのだろうと思います。

と、同時に自分はヒップホップをそんなに聴いているリスナーでもないけれども、未だに日本産ヒップホップのパブリックイメージは『マジ親に感謝』だとか『YO YO チェキラー』だとかで、ドラゴンアッシュの功罪をスレを見ているとつくづく感じました。2chはオッサン率高いから90年代辺りのミュージシャンで止まってる人多いんだなぁと眺めてました。勿論私よりよっぽど聴いてるとみられる人もいましたが。

さて、それはそれとして、この問題の核は"日本人にとってのアイデンティティとは何か、正当で真っ当な日本文化とは何か、自分の根っことして堂々と究められる道とは何か"という問題、とりわけ"西欧文化をどう受容するか"という問題だと思います。

よく右翼の人が"日本人は日本の心を忘れている"なんていう時に、大抵その"日本の心"って昭和の戦前辺りなんですよね。国家神道あたりを思考基軸とし天皇を中心とする八百万の神の国、みたいな話。音楽でも"日本の心は演歌だよ"なんて言う人もいますね。どこかで見た記事に「"伝統的"と感じる文化はだいたい50年前辺りのモノ」なんて話もありました。

前者で言うならば、天皇や公家というのは平安時代には藤原氏に利用し組み込まれた血筋ですし、南北朝時代は2つに分かれて血みどろの戦いをした一王族や豪族だったといった歴史がありますし、後者で言えば"演歌は韓国メロディから生じたもので、演歌とトロットは酷似している"という話もあり、伝統的に感じられるものの"伝統"とはいつの時代のモノなのか、考えを俯瞰的に捉えるといいと思います。

本来は右翼を名乗るならせめて本居宣長までは遡る、あるいは"日本"を確立した藤原不比等の思想を知るくらいのことはして欲しいなぁと思うわけです。そしてさらに遡れば縄文というとてもプリミティヴな文化時代があり、大陸、半島、南洋の島々との血筋を初めとした関係性がもたらす相互作用、反作用のダイナミズムから古代日本文化すら形成されたという事は自明になると思われます。

さて、その上で西欧文明というロゴスを積み上げ、ルール・原理の追求から文明を積み上げてきた文明が全球的に敷衍し、世界の大多数がシャツを着てズボンを履き、四角いビルディングが都市に林立し、ABCで意思疎通する、各地の伝統文化が塗り潰される、あるいは"西欧人の評価軸、価値観自体が輸出され、逆に自国文化をエキゾチックに評価してしまう"世界は、現在進行形で文明間の炎上を生み出していると言えます。

ISISに志願する西欧の若者も、この"ユダヤだかなんだか一部の階級のみに都合のいいように地球で砂遊びをしている"という雰囲気への若さからも来る反感からの行動でしょうし、"西欧"に反発する動きは、アラビア、中国、ロシア、南米世界の様々な世界であることで、何も特殊なことではありません。ドラッガーも著書で「21世紀は世界の全ての人々は否応なく"西欧"と向き合い、反発するにせよ受容するにせよ西欧文明と関係を持たなければならないことになるだろう」みたいなことを書いていましたね。

日本の文明は、歴史的に見ても外からの新思想・技術の受け入れと日本式への昇華メカニズムが特に優れていましたが、敗戦からこっち、さらに言えば平成になってからは世界観の視座自体が西暦に取り込まれてしまったようにも感じます。GDPで観測するまでもなく、時代はバーストするかのように早くなっていて、以前はもう少し緩やかに文化を受け入れられていたはずなのに、今は突貫工事でやってしまっているために、為末さんの様な意見も出てくるのだろうなと思います。

例えば84年生まれの私にとっては"日本語ロック論争"などなく、中学生の頃にはブルーハーツは既に解散して伝説だけありましたし、日本語ロックは当たり前に生活にありました。それこそドラゴンアッシュが壁を壊し宇多田ヒカルが壁を壊した後に生まれた世代は、当たり前に日本のヒップホップやR&Bを受容する世代なのだと思います。

以前『日本教の社会学』の読書ノートのエントリで、日本人にとっての"自然"という言葉は自己の内心の秩序と社会秩序と自然秩序をひっくるめた言葉で、この3つは一致すべきもの、一致したものであるというのが基本的な意味。と纏めました。

日本では自然がそのまま規範化される。つまり自然のままであるのが何より良い、とされる故に、今まで自分の環境に無かった新しい文化は"不自然"と感じられ、それには違和感を持ち悪いものだと思ってしまう、一方でその文化にネイティヴに育った人間から見ればそれは"自然"なものだから、単純に良いものだと無批判になってしまう。ここら辺の世代ギャップも為末さんの発言騒動からは感じられました。

さて、その上で、日本に於いてヒップホップはまた独自に変容しており、さらに言えば日本人が前から持っていた文化との融合や影響から更に日本人にとって"自然"になっていくのだろうなぁと思います。最近の念仏みたいなラップやポエトリーリーディングにトラックがついているモノなんか、結構しっくりきてて本場とは違うけれどもこれはこれでいいな、と思います。

そしてIKZO YOSIの素晴らしさを再発見したゼロ年代の後で、ミュージシャンがこの国のヒップホップをまた愉快なものにしてくれたら嬉しいなと思います。

最後に、スレに書いてあって驚愕した素晴らしい動画を張りましょう。これ、親世代(50代)以上なら皆知ってるであろう、三波春夫さんのとんでもない名曲です。というか、これカッコ良すぎでしょう。黒人とは違うけれども黒人ともタメ張れる熱さをガンギンに感じました。



by wavesll | 2014-09-20 17:17 | 私信 | Trackback | Comments(0)

音楽だけを追い求めていると刺激だけを求め、人として大事なものを失ってしまうのではないか

先日人と話していて、"音楽は快楽を与えるもので、音楽だけを追い求めていると刺激だけを求める人として大事なものを失った人間になってしまうのではないか"という話をしました。

これは自分からすると非常に納得・体感できる話でもありました。
邦ロックから離れて洋楽やインストに傾倒して以降は音楽から言語的意味性は消え、その音の感情と情景のノンバーバルな刺激のみを追い求めていたし、音として良ければ汚い言葉も思想もOK.むしろその汚濁から美しい音が生まれるなら汚濁こそ貴いという価値の逆転も起きていました。

が、その上でよくよく考えると邦ロックに傾倒していた頃、歌詞にのめり込んでいた時も同等に危ういのだなと。
音楽の歌詞は、特にバンドのモノはフロントマンの独創であり、作詞家の思想が、つまり他者を介さない濃い言葉が音楽の快楽を持って脳に浸み込む。これは確かに社会性を失いそうだし(というか社会性のあるロケンローって失笑でしかないし)、破滅、あるいは感情の増幅などの脳内化学物質操作という側面が音楽にはあるのは否めません。思想発信ツールであるし演者の力はロゴスでなくパトスへ直接かけられるから、本当に強靭な振動を精神に与えるものだなと思います。

閑話休題、この間光が丘IMAで『カムイレラ』という舞台を観ました。
国後アイヌの反乱の史実?から着想を膨らました武士とアイヌの娘の悲恋のミュージカルなのですが、これがとても良かった。歌に力があったし、役者の目力が凄かった。何度もぐっと来て最後は鳥肌がぶわっと立ちました。

ただ、惜しむらくは楽曲がアイヌっぽくないかなとは思いました。イヨマンテはとても良かったのですが、楽曲はほんとミュージカルの楽曲って感じでアイヌ音楽をどうミュージカルに落とし込むのか期待してしまっていた自分としてはそこが残念でもあり、でもきっと私が求めるようなアイヌっぽさを音楽に出してしまうと対象が非常に狭い、マニアックなものになってしまうだろうなとも思いました。

アイヌのムックリやトンコリとあの茫漠とした北海道の自然の生活の音を楽曲で顕せたら、それだけで魔法が働いてあの時代のあの場所へ精神が飛ばされるのではないかな、と思っていました。あ、幕が開いたときに冷気が出たのは北海道へのいざないとしてとても良かったです。

そんなこともあって、前半は何度も集中を切らしてしまっていたのですが、最後に鳥肌まで出たのは、音楽の魔法に頼らない、真っ直ぐな物語と演技の王道の力強さに(自称不感症人間の)自分も心動かされてしまったのかなと。

劇を見て、「あぁ自分は余りに音楽という魔法に魅了され過ぎてそれにリソースを割きすぎたせいでひとの心というものに関するまなざしが浅くなってしまっていたのではないか」「いきなり呪術レベルにいくのは無理だし、一つ一つ丁寧に積み重ねることが大事だ。自分でやるなら全力で革命をやるために全力で基礎をやらねばいかん」と思いました。正直最近は小説映画どころか漫画すら読まない物語の乏しさでしたから。自分の語彙や感受性が人として鈍っていたのだろうと、色々と最近気づかされています。

さて、その上で、音楽の魔術と人としての物語の力を両立する。人としての血が通っていつつ音楽的にも面白く違った世界へいざなってくれる音はあるかなと思い、中目黒TSUTAYAでZAZの『Recto Verson』を借りてきました。

ZAZはBSプレミアムの番組『Amazing Voice』で知った現代シャンソンの歌姫。この2ndはYoutubeで聴いて、1stよりよりポップになって広く希求するものになったなぁと、一度きちんと聞いてみたかった一枚でした。

音楽の魔法で自由にされながら、自分の精神との"他者"としての関係を築けるような年齢になった今だからこそ、心に鳴らせる曲だなと思います。自我の確立の上での音楽体験はアーティストへの尊敬も含めてこれからやっていきたいところ。そしてそれを超える音楽体験をさせてくれる演者こそDopeで天上な星でしょう。

一曲紹介しましょう。一曲目の、この星に生きるすべての旅仲間へ捧ぐ曲です。これを聴いて、また人生の起伏を楽しめる気になりました。



こちらのサイトさんで日本語訳詩が読めます。英訳しているサイトのあるので、お好きな方でどうぞ。フランス語が出来る方はオリジナルで。

はははw最後はやっぱり音楽に行きついてしまったwまぁ映画や小説漫画も読んで物語を摂取していきたいです。あ!今季はドラマ観てました。『ペテロの葬列』が非常に面白かった。以前のシリーズもみてみたいなぁ。『昼顔』も面白いらしいですね。
by wavesll | 2014-09-16 22:22 | 私信 | Trackback | Comments(0)

あの頃も、そして26年の季節の変わり目も聴こえてくる。フィッシュマンズが流れている。



TLだったか、2chのスレだったかで、フィッシュマンズのリユニオンツアーが9年前だという書き込みを見て、感慨深い思いになりました。

9年前、私は大学2年で、在学中に挫折して休学して復帰した辺りの頃だったように思います。
そんな、日影の心境のある大学生活に、ふっと良い音を差し込んでくれたのがフィッシュマンズの音でした。

その頃、ちょうど『宇宙』『空中』というベストアルバムが発売され、ゲストヴォーカルを入れたリユニオンツアーが行われ、フィッシュマンズとしてRSRに出演等、フィッシュマンズに再び風が吹いた時期でした。

私がフィッシュマンズを知ったのは、高校時代にMXをやっていた時、濃い音楽フリークのライブラリには必ず『空中キャンプ』や『ロングシーズン』などが入っていて、なにやら日本にはフィッシュマンズという音楽フリークが好むバンドがいるのだなと思ったあたりでしょうか。その頃の自分はブランキーや椎名林檎が好きで、激しさを音楽に求めていたのと、MXではブートレグのみを漁っていたのでDLはせず、聴くことはありませんでした。

そして前述の時期に、自分自身の心境の変化とフィッシュマンズの活動がリンクする形で私は彼らに出会い、そしてずぶずぶに嵌りました。中学時代の音楽がブルーハーツ、高校時代が椎名林檎とブランキーならば、大学時代の自分が最も嵌ったのはフィッシュマンズでした。

聞く音楽が広がり、ROVO等のインストモノや、ガムランやブルガリアンヴォイスのようなワールドミュージック、クラブジャズ、そして音楽フェスで出会った邦楽バンド達を経過して耳が出来上がるにつれて、サウンドの面でもフィッシュマンズにはやられましたし、何よりさびしがりやで口は悪いがいい奴で、どこまでもナイーヴなのに強さもある佐藤さんの詩にやられました。

あの詩があの音に乗ると、こんなにも沁み込んで、癒されるというか、どこか辛さが緩和される、端的に言って音楽に救われました。

結局生でフィッシュマンズを観ることは無かった(これは後でも述べますが)けれど、リユニオンツアーの映画の上映は東京verと大阪verで2回観ましたし、あるつてでRSRでの清志郎の『メロディ』を手に入れたりして、当時は本当に熱量をもってフィッシュマンズと共に生きていたような気がします。

さて、それから時がたち、2012年あたり、そうpiece of the futureが配信される辺りの頃は、どこかフィッシュマンズに、「好きなんだけれども、好きだからこそかっこよくいて欲しい」という期待が外れてしまっているような思いを感じていました。

05年に嵌ってからすぐにオリジナルの音源を聴き、音源や映像の中で佐藤さんに心酔していったことで、ゲストヴォーカルにどこかカラオケの様な微妙な気持ちを持ったり最初のリユニオンツアーの頃にあったような緊張感がなくなってピースフルでジャムも凄いんだけれども、どこか気の抜けた感じを再活動フィッシュマンズに想い、それもあって結局未だにフィッシュマンズは生ではみていません。

piece of the futureは買ったし、逆に凄腕ジャムバンドとして音を高めて、佐藤さんの歌から別の次元へ行ったらそれは凄くライヴを体験したいと思うのですが。もしくは生で観たら結局今のもやっとした気持ちも霧散するかもしれませんが。(その意味で山本精一の『Crown Of Fazzy Groove』はあり得る方向性の一つの解かなとも思います)

それでも、今でもフィッシュマンズのCDは良く聴きます。特に『ロングシーズン』は、この夏にも部屋で何度も流しました。

そして、このエントリを書く気になったのは日本の(自分からしたら)若手バンド2組にポジティヴな意味でフィッシュマンズらしさを感じられたからでした。

一時期、数年前まではフィッシュマンズっぽいバンドに"それならフィッシュマンズを聴くよ"と思ってしまっていたのですが、時の流れや自分自身の変化もまたあったのか、そしてそのバンド達の音楽が素晴らしかったことから、新しい領域に自分とフィッシュマンズの音楽が来たのだなぁと思い、一本この記事を書こうという気になったのです。

そのバンドはceroとあらかじめ決められた恋人たちへです。

知ったのはあら恋の方が早くて、twitterのフォロワーさんが呟かれていたので去年『DOCUMENT』発表時の渋谷タワレコでのライヴを観に行き、その抒情性と音の迫力に衝撃を受けたのでした。

そしてceroは、名前は良く見聞きしていたのだけれどもYoutubeではぱっとしないなぁとあまり聴いていなかったのですが、この夏のワーハピでみて、音の躍動感に圧倒されて一気に好きになったのでした。

で、この二組にはどこかフィッシュマンズを感じる共通点があるなぁと思い、渋谷TSUTAYAで一気に全アルバムを借りて、聴いてみたのでした。

そうすると、ceroは『My Lost City』で『100ミリちょっとの』を引用しているし、あら恋は『ナイトクルージング』や『すばらしくてNice Choice』を彷彿とさせる楽曲が『Document』にあったり何よりダブなところにフィッシュマンズとの共通点を感じたのかと、自分の中で腑に落ちた瞬間がすべての円盤を聴き終わった際にありました。

おそらく、フィッシュマンズ自体が今の20代30代の抒情音楽好きの中での共有アーカイヴとして存在し続けて後に残っているのだな、そしてその影響や奏でつがれる音楽精神は、今の欣ちゃんの活動によっても(俺はもうちょっと研ぎ澄まして欲しいけれど)もたらされているのだなと改めて思い、2014年の"もうすぐ秋だね"の時期に再びフィッシュマンズの音楽に思いを馳せ、この拙文を認めました。

追伸、大学時代はフィッシュマンズと書きましたが、その後はブラジルものに大いに嵌り(今も継続)、そしてここ2、3年でようやく洋楽に突入して聞きかじる毎日を送っております。日本のミュージシャンでは上の2組や、フェスで観るバンド、そして最近はshota hiramaの様なクラブ、ノイズにも手を出しつつある今日この頃、もう"伝説の"ではなくなってしまったけれど、"とてもいい"バンドとしてフィッシュマンズと向き合い距離を取れるようになったのは自分も年を重ねたのだなと、しみじみ思います。

そして、彼らの音楽の種が、また全く違う個性を持ったバンドに内包されるまで至ったこと。特にceroではCDでは歌詞と歌に、ライヴではそのアンサンブルに、あら恋はピアニカの独創性・抒情性とライヴでの音の鋭さに感服しました。と、いうか日本の若手音楽、しばらく見ぬ間にかなり層も厚く質も高くなっているのだなと、ちょっと最近わくわくさせられています。


by wavesll | 2014-09-07 01:46 | 私信 | Trackback | Comments(0)