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音楽業界野球論

・今更フォーキー・ロックを焼酎ロックで聴く
野毛の図書館から帰ってきて、家で赤霧島のみながら「あ、音楽婚礼ネタで赤霧島とJake Buggの1stあわせたら結構イケるんじゃね?」と流してたらMumford And SonsのBABELの方があうかもしれん。等と夕刻を過ごしていたのですが、この『BABEL』というか10年代頭に起きたフォーキーだったりカントリーなロック、当時全然嵌らなかったなぁと今更ながら想ったのでした。

今こうして聴くと、「こういうオーセンティックなロック、焼酎に合うから霧島酒造がポップアップ焼酎バー出すならこれ系をBGMにしたらいい感じやもしれぬ」と想うし、実際聴いていて、清涼感のあるポップネスを持っていて、これをイケメンが唄って女の子がキャーキャー言うのだから、大したものだ(何がだよw と想いましたが、やっぱり出た当時は「リバイバルというか焼き直しだろ?」という気持ちは拭えず。ジェイクバグもサマソニで適当に眺めたのですがあまり心には響かなかったのでした。(これは私の英語力の拙さが要因かもしれませんが)

・音楽に"新しさ"を求めることは"二周目"の思考?
ただ、「音楽に新しさを求めること」というテーゼ、これ自体が"二周目"の思考な気もするのです。
"二周目"というからには"一周目"はいつかというと、0代、10代の、触れる音楽すべてが新しかった時代。義務教育時代と言うか、高校までくらいを考えてます。

今アラサーの私の時代には、WinMXとかはあったものの、Youtubeはまだなくて、CDTVも昔のベスト10なんかやらないしMステや歌番組でも懐メロは余り流れず、カヴァーブームもなく、90年代はTV番組で流れる音楽はほぼ新曲群だったような印象があります。昔の曲が流れるのはものまね番組とか、紅白くらいでした。

触れる音楽の多くが新曲、という状況だったのですが、自分は別にその時「この楽曲は新しいから好きだ」とは想っていなかったと思います。寧ろブルーハーツとか、ブランキーとか、オーセンティックなロックを好んでいましたし、ダンスビートはチャラい気がして小室や浜崎などのAVEX系はそんな好きではなかったし、モー娘。の『恋のダンスサイト』なんかが売り出された日にゃ「何だこの変な曲は。こんなんが売れるなんてもう終わりだな」とクラスメイトのアイドル好きを揶揄してたものでした。

その一周目の終わり、というか一周したなと思う瞬間はいつかというと何を聴いても「あぁこれはあれの焼き直しだな」とか言いだしちゃう時だと想うんですよね。例えば自分は毛皮のマリーズを聴いたときに「おいおいこれはイエモンの焼き直しじゃないか」とか言っちゃったものです。それ言ったらイエモンだってグラムロックと歌謡曲を掛け合わせた、先人の影響を受けたバンドだというのに。

刷り込みというか、最初に触れた衝撃が起きるセンス・オブ・ワンダーな時間、それが"一周目"だと想うのです。その時触れる音楽はすべて新しく感じる。Youtubeなんかが整備された今でも、リンキンの影響を受けたワンオクとかが日本で人気になるし、洋楽の翻案という日本の案件だけでなくて、ジェイクバグやマムサンが人気になるのは、一周目の力の為せる技な気がします。

ティーンの時に惚れる音楽的な旨味は、時代が変わっても案外変わらないのかもしれません。それプラス、ポップミュージックは歌物だと、宗教的なカリスマ性か異性としてのアイドル性が求められますからいつだって"その時代のスター"が求められるのかもしれません。"ユーロビートの焼き直しだろ?"と揶揄されてもEDMにティーンが心酔するのは、そういうことでしょう。

ただ、洋楽好きの方が"音楽性の新しさ"に敏感な気がします。邦楽を落とすわけではないですが、良くも悪くも邦楽は邦楽っぽいなぁと想いますし、日本人の味付けをしたちょっと前に海外で流行った音楽、な気がします。ベビメタとか、日本のアニメから生まれた音楽ジャンル「J-CORE」とか、海外から逆に評価されて注目を集めるものもありますけれどね。そういった意味では渋谷系は違うかもしれませんが、日本独自の音楽は、日本の音楽好きが好むフィールドからは離れたところで生まれるのかもしれませんね。それも、"新しい音楽を産んでやろう"みたいな頭でっかちではなくて、気持ちいい、快い音楽をやってやんべ!みたいなところから枯れた技術の平行思考的に生まれてるのが面白い。こう考えてみると日本の音楽は"折衷性"ということが大きな特徴かもしれませんね。

ちょっと話がズレましたが、音楽文化を育むという点で、先鋭的な音楽を追求する人を持てはやすことも楽しいけれど、もっと一般に訴求する売れる音楽は、或いはアート性よりアルチザンから生まれるのかも。等と最近思っていたのでした。ただ、そうして一周目に音楽好きになった人たちが、社会人になり、家庭を持ちなどしていくうちに音楽から離れてしまうのは残念だなぁと想うし、その時に"二周目の音楽"が必要になるのかもしれません。或いはフェス文化のような、一部のクラブ文化のような、そしてカラオケ文化のような"社交としてのツール"として生き残る。私のような"ゴルフの中継はジャズだな…"とか言っている人間よりも、普通の音楽が好きで、普通に金を落とす人たちの方が、産業的な力は持ってるよなぁ、マネーパワーあるし、人々を養えそう。と想ったのでした。


・ロック≒巨人軍説
一周目に自分が嵌った音楽はロックでした。生命を削った音に全身をやられ、モッシュ・ダイヴで自らも生命を燃やす。10代の頃出来ていたことが、今は後ろの方でスペース広く踊ったり、或いはライヴレストランで座ってみるのが好きに成ったり。ロックには有り余るエネルギーが必要だなと思います。月曜職場にいかなきゃならん…などと想ってると、中々に難しい音楽で、全能感に浸りきる詩の世界も社会人だとだんだん辛くなってくるかもしれません。今の自分は半ば隠遁しているので、別の意味で辛いかも。

ロックンロール・リバイバル以降、"ロック"が古典化していくこの10年間は、個人的にもロックから離れていった20代だったのですが、巨人が野球の盟主ではなくなったように、ロックが音楽の盟主ではなくなった世の中をゆかなくてはならないのは、アナクロな人間としてはちょっと淋しい所もあります。

昔から音楽は世の中の未来が鳴っていると想ったのですが、業界的には停滞、海外進出が普通になる、技術の進歩に、創造性と産業性から大きく影響を受けているというのは、野球業界とも同じイシューを抱えているかもしれませんね。メジャーリーグの視聴率落ちてきてるそうだし。

そもそも、このエントリを書くきっかけになったのは、ある女性に「新しいものを取り入れないとダメだ、という考えそのものをカッコ悪く感じてしまった」と言われたことでした。その子は名画座が好きな子で。
DVDや動画配信に押されている映画館業界も、ライヴビューイングや4Dだけでなく、応援上映なるものも行われているそうです。これはインストア・イベントに活路を見出すタワレコや一部書店の動きとも連動していて、それはオーセンティックな映画好きが求める映画らしさではないかもしれません。そして映画自体も、古き良き時代の方が名画が多いとするのも、わかるなぁ。というか、こうしてみると、コンテンツ業界全体が苦境に陥っているという感すらあります。

・音楽業界は野球業界から多くを学べるのでは
その上で音楽業界がこれからスポーツ業界に学ぶ点は大きいのでは、とも思います。一つはライヴメインであるということ。そして放映権ビジネスがあること。何より、東京ドーム5万人の興業を一年で100回近く行うというのは、ポール・マッカートニーでも不可能ではないでしょうか?

全国大会に向け地元の高校を応援するなどの草の根運動に加え、キャンプやオープン戦もニュースで報道するというTV占拠率、そしてGetSportsのような解説番組で技術の解説やインタビューも怠らない。1年に及ぶペナント戦で、順位が入れ替わり立ち代わりしていくのは、音楽フェスのステージ昇格・降格ゲームにも似ている気がします。さっと考えただけでもこれだけでるし、そして日本代表戦という枠組みでサッカーに地位を追われている野球。次の課題としてFIFAを研究するのもありだと思いますが、国内産業的には、音楽業界が野球業界に学べるところは結構ありそうな気がします。とりわけ、"同じルールをずっと続けて改良してきた”という点に於いて。
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by wavesll | 2016-02-29 22:04 | 小ネタ | Comments(0)

レパード・セドリック・風車・太陽光、横浜クルマ港未来散歩

日産グローバル本社にて展示してあるレパードとセドリックをみてきました。
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レパードは本日まで。ギリあぶ刑事世代なので、楽しかったです。

セドリック、めっちゃ格好良い!東京なんかいくとポルシェやBMW、アウディに、表参道ではフェラーリ良く走ってるし、外苑前にはテスラ、広尾にはカウンタックのディーラーがありますが、逆にこうした四角いクルマ、今珍しいし、本当に際立って感じます。

日産だとIDxというコンセプトモデルなんかも、温故知新なモデルが今、角っとしたクルマをやるならこれだ!って感じでいいのですが、其れから全然発表無し。四角いセダン、求む!最近はMAZDAに押されてるっぽい国産シーンでヌーヴェルヴァーグを起こすならこの路線、いいと思います。

Nissan IDx Freeflow at Cars & Coffee (with engine start & driving)


新高島を歩くと、小型風車&太陽発電パネルつきの街灯が。ひさしぶりにみなとみらいって新興開発地区なのだなと想いました。
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みなとみらいの陽
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by wavesll | 2016-02-29 18:04 | 小ネタ | Comments(0)

サウンドオブスポルト ゴルフ爵士・野球ブラス

朝TVを流しているとBSでゴルフ中継がやっていました。
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私はゴルフはあまりいいイメージが無いというか、どちらかと言うと嫌いで、オッサンが休日も仕事の為にやる社交のためのスポーツと言う印象だったのでしたが、浅い眠りから覚めてうとうとしながら布団の中でゴルフ中継を聴いていると、この間書いたSports Fieldrecording的な視点で見ると非常に面白いというか。

抑制された語り口の解説と実況に、爆発するような歓声、このせめぎ合いってなんかジャズみたいじゃないかと想ったのでした。環境音楽的なジャズ。人工の自然に風がうなれば、フィールドレコーディングな色合いも見せる、そう考えると音の面からゴルフが好きになれるかも、なんて想いながら二度寝につきました。

起きて、東京マラソンでもみるかと想ったら、もう競技パートは終わり、24hTVなお涙ちょうだいバラエティパートになっていたので、早々に水道橋へ向かいました。実はプロ野球オープン戦、巨人対ヤクルトのチケットを友人からもらっていたのです。
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東京ドームに入るのは、高校の頃にみたイエモンの活動休止ライヴ以来。そのライヴが人生初ライヴだったのですが、東京ドームで野球を見るのは今日が初めてでした。

野球は風が吹き抜ける球場が一番と、今まで横浜スタジアムや神宮球場でしかみたことがなかったのですが、いいですね東京ドームも。あまり圧迫感もないし、フィールドが見やすい。何よりこの時期にあったかい中でプレーを愉しめるのはドームならでは。ベースボール・サーカスのテントですな。

以外だったのは案外ダイヤモンドって小さいんだなという事と、あれだけ鳴り物の応援があっても、キャッチャーのミットに球が投げ込まれる音とか、バットの打音はしっかり聴こえるんだなという事。スポーツによって生み出されるビートサウンド、また一つ見つけました。

その他、結構観客の人たちってしゃべりながらみたりしてるんだなとか、応援団のチャントとミニバットのサウンドシステムは完全に試合の展開次第でヴォリュームが変わり、一番すごい時は波濤のような迫力があるという事。あとはビール売りのお姉さんたちをガールズバー、或いはアイドルの握手会みたいに何度も買っちゃう太い客もいるという事w

チャントとブラスは、昔ながらの和ブラスだなと想いました。それはそれで伝統的な良さがあるのですが、政治のシュプレヒコールがSEALDsや私の見立てでは地点X空間現代Xマヤコフスキーによってビートにイノヴェーションが起こされたように、野球応援も変化しても面白いかも。でもJTNC的な複雑なビートだと、熱気が冷静になってしまいそうだし簡単に乗りづらいからバルカン・ブラスな感じにしたらどうかな?と想いました。

例えばエミール・クストリッツァ / アンダーグラウンドの冒頭のような感じをもっと爆音で。

パチンコ屋でクラシックに続く音楽夢想ですが、バルカンブラスの爆走野球応援団、野性味ありながら洒落ててかっちょよくないっすかw?

試合はエラーとかホームラン食らうとかもありながら巨人が決めるとこ決めて5-1で勝ちました。音楽で言うと、巨人選手の登場BGMが結構洋楽が多くて、R&Bとか売れてる感じのPOPだとか、中にはレゲエの選手もいたり、阿部選手はEW&FのSeptemberだったり面白かったです。ボールパーク、面白かった。次球場に行くのはサマソニのマリンかもしれないけれど、今年はユニフォーム貰える試合とか行ってみよっかな★
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by wavesll | 2016-02-28 21:16 | 小ネタ | Comments(0)

第42回酒と小皿と音楽婚礼 Arca / Xen * 大倉山梅酒 梅の薫 完熟の深遠

Arca - Xen Full Album


ここ最近、Arcaの『Xen』を聴き返していました。
発売当時はハイプっぽいなぁと、メディアの盛り上がりを斜に構えていたのですが、今聴くと音がこなれて聴こえ、あぁこういうのこの2年で一般化したんだなぁと。新世代ジャズっぽい感じにも聴こえます。十年代のクラシックの一つだなぁと。逆に言えばArcaのヤバさが埋もれてきてるのかもしれません。違和感が死んだというか。それでも、重要な作品だと想います。この盤は。ネオ・スタンダードになりそう。

c0002171_15281017.jpgヴァイオリンや箏を電子化したようにも聴こえるこのサウンドに合う酒は何かな、と想った時に梅酒はどうだろうと想ったのでした。

実は本日、大倉山の観梅会に行ってきまして。地元の女子高生が野点した抹茶と茶菓子や、地元の小学校の和楽器クラブの四年生~六年生による、筝と三味線を満開の、梅吹雪く中愉しんできました。想った以上にお祭りの空気で、晴れやかにピクニックを愉しむ人々に、こちらの心も快くなりました。

そこで売っていたのがこの大倉山梅酒「梅の薫」。大倉山の梅で造られたお酒を飲みながら花見する。とってもいい気持ちになりました。

また、この梅酒の深い甘さ、甘酸っぱさが、Xenのサウンドに合い、よりまどろみの深度と廣さを増してくれる気がします。東横線沿線は、綱島の桃麦酒もそうだし、甘いお酒に縁がありますね。大倉山の梅まつりは明日もあるそうです。もし良ければ、是非いらっしゃってください。

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by wavesll | 2016-02-27 15:39 | La Musique Mariage | Comments(0)

東北芸術工科大学卒業・修了展にて"書き時計"と"糠床の油絵"をみてきた

芸工大生の卒業制作「書き時計」、ネットで話題に(山形新聞社)

上野・東京都美術館に東北芸術工科大学卒業・修了展をみにきました。

お目当てはこの"plock"と名付けられた木造の"書き時計"、写真撮影はこの時計だけNGだったのですが、一時間に一回15分のデモンストレーションがあり、制作者の鈴木完吾さん自らが解説をしてくれました。

407ものパーツは糸鋸で切り出して作られたこのplock、時計部分と描写部分でできており、下についている重りで動いているそうです。一分ごとに描写部分のロックが外れ、木製の部品をすべるように描画部品が動き出すという仕組み。想った以上に小さく、これが木製で作れる最小のサイズで、大きくはいくらでもできるらしいです。書くパーツも生で見ると薄く小さく感じました。時計を動かすとカシャッカシャッと音が鳴り、ああメカなんだなぁとわくわくさせられました。ランゲ・アンド・ゾーネのツァイトヴェルクにも近い魅惑なアナロジカルデジタル表示、いいですね!

この展覧会、ほかの作品も面白かったですよ。絵画から彫刻から多様なものがあって、撮影も基本OK!

中でも気に入ったのがこの堤夏輝さんによる『代々』糠漬けをテーマにした油絵ははじめてみました。そのモティーフ選びもさることながら、砂も使ってカンバスが盛り上がってる立体的な魅力があり、すごくいいなと思いました。
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なんとこの展示、無料なのです。今週末まで。なかなか面白かったですよ◎
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by wavesll | 2016-02-26 16:52 | 小ネタ | Comments(0)

第41回酒と小皿と音楽婚礼 Celso Machadoの伯剌西爾音楽と栗ほうじ茶でほころぶ

Celso Machado - Violão (Álbum completo, FULL )

セルソ・マシャドを知ったのは、エグベルト・ジスモンチを検索していたときに、マシャドと言う凄腕のギターの巨人が来日していたというtweetをみたからでした。

この陽性のギタープレイ。素晴らしい。気落ちしていた調子がこんなに健やかになっていくのは、Egberto Gismonti - Palhaçoのライヴ動画を観て以来かもしれません。

そしてマシャドの真価は、ギターだけに留まらず、母国ブラジルの熱帯雨林を音楽であらわす時にも発揮されます。

Celso Machado, Deep Roots 2008 Bird Calls and Acoustic Rain


もうなんというか、魔法が起こされてますよね。素晴らしすぎる。もしまた機会があれば、是非見てみたいなぁ。

c0002171_12232812.jpgこのマジカルな陽射しのような音楽には、ハイピースのくりほうじ茶をあわせたくなります。

栗のほうじ茶?と最初手に取った時は想ったのですが、いざ飲んでみると"おぉ!栗の味だ!"とほっこりさせられる自然の甘みがあるお茶なのです。

気持ちが落ち込んでいる人に、お薦めです。音楽とお茶で、少し心を暖められると思います◎
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by wavesll | 2016-02-25 12:26 | La Musique Mariage | Comments(0)

レディメイドな採音、日常音のサンプリング iPhone着信音RAPとPACHINKO MACHINE MUSIC

先日書いた採音に於けるコンセプトとサウンド―Terje IsungsetとMatmosの日本版と言うか、アイデアが横溢した邦楽X2を今回はご紹介。

一つは【インタビュー】ウイグル自治区の女の子にコンビニバイトのシフトを奪われかけている俺のリアルな諸々についてで紹介された、

オオヤヨシツグ/着信音ラップ
c0002171_1922331.jpg彼はiPhoneで音楽を創っているらしく、この記事もいい感じでクズくて笑えたのですが、iPhoneの着信音でラップするというアイディア一発勝負な楽曲、とっても好みでした。

機材が無くてもアイディア一発勝負で音楽は創れる!なんてことでしょう。自分も、"フィールドレコーディング用の機材を買って自分も採音したいなぁ"なんて言ってる暇あったら行動行動、ですね。いやほんとに喝入れられましたよ。

ただ、こないだの記事と比べると、日本のこういうのって生活臭が凄いというか。Yosi Horikawaなんかは感じないのですが、この生活臭の正体は考える価値があるかもしれません。マトモスだって洗濯機なのになぁ。


そしてもう一つ。Wasabi TapesのBandcampで聴けるPACHINKO MACHINE MUSIC
by PACHINKO MACHINE MUSIC
c0002171_19261044.jpgWasabi Tapesは元々路地裏音楽戦争とか、Hi Hi Whoopeeの主宰をしていた人がやっているレーベルで、パチスロ店をフィールドレコーディングしただけに聴こえる音源なのですが、これがなかなかどうして、ノイズとして素晴らしい。Bandcampでかけると曲間に少し無音の空白が入るのですが、その感覚はLou Reed - Metal Machine Musicの聴取体験に似た感覚を味あわせられます。

銀杏BOYZの『光のなかに立っていてね』のリリース時に峯田が「生活の中のノイズ、パチンコ屋のようなノイズアルバムを作りたかった」と言っていましたが、多重にパチスロ台から発せられる音の洪水は、まさしくノイズですね。一時期Youtubeを多重に開いて「これが一番ヤバい多重ビートだw」とか嘯いていた自分の恥ずかしさを想いだすと共に、上に書いたiPhone着信音ラップと同じく、現代日本の音の日常が刻み込まれたレディメイド作品だなと想いました。

パチンコ屋の前を通ると、このパチスロ台全部からそれぞれ別のクラシックを発したらどんな音楽環境になるのだろうと妄想したりします。偶に銭湯でライヴイベントが行われますが、閑古鳥が鳴いてるパチスロ屋とかでそういう球殿DJイベントなんて開かないかななんて妄想、いかがでしょうかw?
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by wavesll | 2016-02-24 19:49 | 小ネタ | Comments(0)

David Bowieの航路

先日の新・映像の世紀第五集、若者たちの反乱をみました。

今でもビートルズやチェ・ゲバラは若いムーヴメントの象徴にみえました。しかし彼らが親世代、老人世代になって、若者に自由を与えたか、とも思います。“今の若者に力がない”のか、それとも単にあの頃のベビーブーマー人口の多さがパワーになったのか。

或いは、分かりやすいフロンティアが開発しつくされ、彼らが支配層に立ったときにいた若者が若者として理想を戦うのが“ダサく”なったのか。その意味でネットは一時期フロンティアでしたが、余りにフローでウェブサイトは“作品”としてでなく“プラットホーム”としてしか残らなそう。それはつまり巨大なスターが、いなくなりつつある、ということでもあるかもしれません。

驚いたのは、プラハの春の際、劇作家の声明がチェコ・スロヴァキアの国民に力を与えたということ。本当か、と想いました。今のネット社会では坂本教授や村上春樹が声明を出しても、“現実を知らないお花畑が”と叩かれる声が顕在化される。まぁ、レノンも“君は僕を夢想家というかもしれない”と歌っていましたし、いつだって中年以上は「最近の若者は…」と言うのは不変の現象ですね。ただ凄いのは劇作家ヴァーツラフ・ハヴェルは1989年から92年までチェコスロバキア大統領、そして93年から03年までチェコ大統領を務めたという点。彼はルー・リードが好きだったそう。オバマはケンドリック・ラマーが好きだそうですが、音楽に関心のある指導者と言うのはいいですね。

私は日本の若者が革命を求めISISに行かないというのは、いいことでもあると思います。破壊と暴力、これがダサくなった現代日本は、洗練されたとも言えます。ここ1,2年は若者の政治運動なんかもでてきて、非暴力・非服従の精神でデモをするのは、格好いいと思います。文化の面で、最近は過去の焼き直しだ、みたいなことを言われるのは若者のせいではなく、返す返すも少子化を進めた今の中年、そして中年に子育てをさせる余裕をなくさせた老人たちが楽しくやっちゃって焼畑農業で美味しい所を持って行ったから、とは思いますが。

WebのCGMプラットフォームで、小さな盛り上がりやコミュニケーションに回収される九十九島のようなムーヴメントの現代、その反動か、大きな物語や強靭且つ極端な政治家を求める機運が起きつつある十年代。どこか時代が逆行していくような揺り戻しを感じます。

飛び抜けた人物が、その飛び抜けた才能を使って、理想の世界を作り上げる。その結果、独裁になる。初期は美しい理想体だったのに、段々、息苦しく、人々を苦しめていく。暗黒の帝国。米国も糞のような国だが、それでも赤よりましだ。これが宮崎駿が漫画版『風の谷のナウシカ』に描いたことでした。

本来は個々人が自由を、独立を勝ち得ていく、もしかしたらその結果、巨大な人間はいなくなるかもしれないけれど、恐竜の時代の後は小型哺乳類の時代が来るかな、とも思っていましたが、やはりそれでは奮い立たないのか、世界は飛び抜けた人物の啓示を受けたがっている、そう思いました。

その時、新・映像の世紀で流された、デヴィッド・ボウイの西ドイツ、ベルリンでのライヴには、格別の印象が残りました。

スピーカーの1/4を壁の反対側に向け、東独の若者を熱狂させたボウイ。私は最新作『★』の新世代ジャズ人材抜擢でようやく興味を持った俄かなのですが、この時歌われた楽曲が入っているベルリン3部作、特に『Heroes』は、大変気に入ったというか、音が格好よくて、今聴いてもハイクオリティというか現在進行形に聴けるサウンドが最高だなと想っていたのでした。

ロックンロールから、R&B、そして勿論グラム・ロック、更には新世代ジャズのロックと、変幻自在なボウイの生涯、音楽だけでなく、ファッションセンスや演劇でも本領を発揮したボウイの軽やかな巨大さを、伊勢佐木町のシネマリンでみた『David Bowie Is』で認識できました。演出家・プロデューサーとしての力。チームメンバーの力を活かして最新系の表現を真っ当にやり続けたその姿勢には、あぁ、あのベルリンの壁を崩す一因になるような、歴史に残るスターもこうした努力の塊だったのだな、自身の衝動を藝術に昇華する、そのアルチザンな姿勢に魅せられました。まぁ、それ以上に天賦のルックスの良さが、その努力と相乗したのだなとは思いましたが。

最新感性の人材を巻き込む自己プロデュース力と、自身の卓越した魅力を両立したという意味、ヴィジュアルが人気の大きな要因だった点で、ボウイには、ガガやマドンナより、ビヨークに近いものを感じました。

ボウイ、そして実はビヨークも私は聴かず嫌いと言う点があったのですが、それは私自身の選好がもっとはしゃいだり、荒々しかったりする音楽にあったというのとは別に、音楽だけで勝負してない感じが好みでなかったというのもあります。ヴィジュアルで聴かせるのでしょ?という部分と言うか。

これはこの間書いた採音に於けるコンセプトとサウンド―Terje IsungsetとMatmosでも書いたのですが、音楽を音のみで楽しむのが本格派だ、というフェーズに今自分がいるから/いたからだと想います。

ただ、例えばこんな文句

剥がれた看板空を衝く
景色と意識が溶け合ってゆく
世界に一つの色が
編み込まれていく気色


があった時、言葉は、i.意味 ii.音 iii.文字としての見た目 という三態を持って存在しています。

それと同じように、音楽もサウンドだけでなく、歌詞やコンセプトといった概念、そして演奏の視覚的要素があって実際は存在している、と思います。これは超ひも理論の大衆向け解説書、『エレガントな宇宙』に書いてあった文句ですが、"1mの棒は、長さだけでなく、現実には重さもある。太さもある"と同じようなものかもしれません。

その中から音波だけを抽出して楽しむのも、勿論素晴らしいことですが、ボウイのフィルムをみて、歌詞や衣装、映像や演出にも拘っている人を聴かず嫌いするのはよしたいな、と想いました。ボウイの歌唱の魅力、凄いし。何より私が中学でガン嵌りした椎名林檎、彼女があんなにエロくなく、そしてあんな歌詞でなかったら、好きになっていたかな…とは時々思いますしね。

歌詞は、歌われた時に、その言葉のイデアとして表出する、とも思うのです。ならば、音のイデアとして視覚的な顕れがあっても、おかしくないと思います。前述の記事でも書きましたが、主眼は響きにあっても、そのメタデータと想われるものにも、本質的な魂が宿っているかもしれない。ボウイを想うとそう感じます。これからの音楽表現を考えた時ですと、フロンティアは嗅覚や触覚、味覚、なんかにも広がるかもしれない、なんて想いました。このブログでやっているLa Musique Mariageのような共感覚表現が、新たなフロンティアになったら、面白いかもしれません。

そして、デヴィッド・ボウイはマルチに才能を開花させるように、最新技術への興味関心を示し活動に活かした点も非常に興味深いです。イーノと組んで電子楽器を取り入れる、等から始まり、自作のプログラミングで言葉の乱数を出して、詩に活かしたり、『★』で採用したジャズ・ミュージシャンたちは、機械のビートに学び、それを乗り越える人たちでもありました。

ボウイという飛び抜けた人物は、或いはシンギュラリティへ時代への身の振り方を、最期にあらわしてくれたのかもしれません。やっぱり美味しい所、この世代は持っていったなぁとは思いながらも、我々はボウイ無き世界を生きていきます。その時に彼が啓示した航路が、新フロンティアへの足がかりになるかもしれない、そう思いました。

David Bowie - Hunky Dory (Full Album)

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by wavesll | 2016-02-23 19:41 | 私信 | Comments(0)

JAGATARA - 都市生活者の夜

JAGATARA - 都市生活者の夜

引きこまれるようにじゃがたらのこの歌を聴いています。
まるで劇の歌唱のよな雰囲気を持つこの歌を。

一般社会から外れて、人から遠のき、ニュースで報じられる凄惨な現場を眺めて、狼の遠吠えの様な音楽を聴く人にとっては、真昼が夜に成る。白い、独りの夜。浸るのは、不健康な行為なのでしょう。そんな、白い夜更けを、この曲を聴きながら、だるく、しんしんと耽りました。

後ろめたい気持ちが鬱へ向かっていくのだろうか、俺はと、久々に人生に向き合い始めた2016年2月22日に想います。働くというのは、何よりもの精神安定剤な気がします。働いていれば取り敢えずは蔑みの眼からは離れられるし、忙しくしていれば余計な事を考えずに適度に疲れられる。

大抵、旅をしている時って、発想が噴き上がってくるのですが、それは新鮮な異化作用と誰からも自由な空気でのリラックスだけでなく、日々の急流、それは仕事であったり、人付き合いであったり、或いはメディア・ストリームから離れて、忙殺されて息を止めていた、或いは溜め込まれていたものが萌え出るのには、日常の流れから離れる時間が3、4日。できれば7日以上必要だなと、経験的には想います。

もっと仕事に熱中しろ、疲れ倒せ。その余力で小金で趣味なり楽しむか、家庭に幸せを求める、それが幸福ってものだろう?うん、私もそう思います。その"普通の幸せ"を達成するのは大変なことだし、眩しくみえます。社会の港に碇を下していないときは、特に港の光が遠くに輝いて見えます。一方で、夜の暗さが、愛おしくもあるというか、ほぼ全員が動き続けていると根本的な設計変更は、実行するのが難しいのだろうな、と想います。それを考えずとも日々を進められるから。

今、自分は都市生活者の夜にいます。周りの人には後ろめたかったり、迷惑をかけながら。
社会の中で、自分のストレス耐性の弱さと、体力の実質的な衰えを、認めざるを得ません。労働と言う精神安定剤の服用をしないと、こんなにもすぐに翳がやってくるのか。そして、やっぱり、不安定にほっぽられた時の方が、筆が走ります(笑)

そんな時にTLでこの歌を知り、エンドレスに流していました。
そして"どんなことが唄われているのだろう"と歌詞をみると

昨日は事実、今日は存在、明日は希望
後ろからしがらみが追いかけてくるけれど、そんなことは少しも問題じゃない

人生は軽いフットワークさ
人生は軽いフットワークさ


こんな詩だったのか…哀しみや孤独が通底するからこそ、笑い転げられるのかな。
俺も都市で生活していけるのだろうか。なんて感傷をさらりと笑ってくれた気がして、音楽にまた少し救われた気がしました。結局のところ、人生におけるゴールは自分の中にしかない、ニヤリと口元を歪めて、次に行ける所へ歩んでいくしかないかもしれませんね。自分自身の弱さを、内包しながら、進むスピードで、脚を使って向かっていく、そういうことなのかもしれない。と言い聞かせるように、この曲を聴いています。気が付けば、人の温かみにまだ俺は囲まれているのだから。都市は冷凍されていても、温度は、そこかしこにまだ灯っているのだから。つくづくヤワな自分には、この夜明け色のサウンドが、沁み入りました。

もしかしたら、希望こそが死への早道かもしれません。低位安定で、死ぬように生きた方が、長生きできるかも。でも私は、このホーンのように、青白い火を、心に灯したい。太陽をこの身に浴びれるように、とりあえずはじたばたしてみます。自分は一生、未熟で何も成し遂げない甘ちゃんで終わるかもしれない。それでも、振動を、どっかに刻めたらなと想います。ただひたすらに。昨日は事実、今日は存在、明日は希望。終わりのないダンスは続く。はずだ。
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by wavesll | 2016-02-22 16:59 | 私信 | Comments(0)

HAMADARAKA@104Gallery 東南幾何仏画なハイブリッドな猿、我魅了す

浅野忠信さんのtweetで興味を持ち、中目黒、104GalleryにHAMADARAKAさんの個展へ行ってきました。

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仏画のようでもあり東南アジアの風も感じたり、すっきりした印象だけれどもかと想えば工学的な各種モティーフが組み込まれていたり、植物に骨格?があったり、面白かったです。

特に魅力的なのはアクリルで描かれた2匹の猿。"RAAI"と"SORN"、格好いい!12万か―、まずは俺はこういうのが飾れるシックな部屋に住むところからだな、と言う感じでしたが、魅了されました。

いつもギャラリーに行くと、何も払わず見せてもらって申し訳ないなーと想うのですが、ここでは美味しい珈琲も提供されていて、お姉さんに400円払って飲んでました。これ、いいなぁ、他のギャラリーでもやってほしい。珈琲を飲んだテーブルに置いてあったHAMADARAKAの画集に浅野さんの帯が、HAMADARAKAは女性2人のユニットだそうで、浅野さんとは昔からの付き合いだそう。ギャラリー内はエクスペリメンタルなロックがかかっていて、画にもあってました。お薦めの展示です。

104Gallery、GoogleMapで行くと、建物の裏口に案内されるのですが、入り口は川沿いではなく、山手通り沿いなのでお間違えなされぬよう。珈琲の他ホットジンジャーもあるので、寛いで楽しむのもいいと想います。
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by wavesll | 2016-02-21 15:05 | 私信 | Comments(0)