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書だ!石川九楊展@上野の森美術館

書だ!石川九楊展@上野の森美術館に行ってきました。
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≪歎異抄(全文)No.18≫
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藝大へ行った帰りにみかけたこの展覧会。がっつり書の展覧会へ来たのは初めてだったのですが、こーれは大変に格好良い展覧会でした。

初っ端≪エロイ・エロイ・ラマサバクタニ≫から薄墨に太く書かれた文字群!あふるる心情がみてとれます。≪言葉は雨のように降り注いだー私訳イエス伝≫の強烈な文字の詰め方、書き込みに、自分自身が中高時代に執拗なまでに英単語を連打でぎちぎちに描き込んだノートを想いだして。

≪生きぬくんや≫もマンガの吹き出しのような勢いが炸裂、≪エロイエロイラマサバクタニ又は死篇≫は82mに及ぶ超大作で、作品の途中で轟風が吹くかのように巨大な文字が出てくるのが印象的。この時期は≪世界の月経はとまった≫のように灰色の地に書かれた作品が多いですが、そこから白の世界へ戻って≪はぐれ鳥とべ≫が書かれて。白に言葉が配置されると、文字がビートになる感覚がありました。

それは李賀詩シリーズにも顕著で。黒で塗りつぶされて奥にうっすら文字が書いてある≪李賀詩 將進酒 No.2≫をみると、昔"自分がMステに出るなら各国語が入り混じったわけわかめなライムをして、その言葉とは無関係に歌詞として日本国憲法がスクロールさせたい"と考えたのを想いだしたというかw

言葉のフォルムと意味が展開、転化しそれ自体がオリジナルな輝きになるというか。個人的には水カンをみたときに”やられたー”とか思ったものでした。あっちの方が実装能力が高すぎておみそれなんだけどw

さらに≪李賀詩 感諷五首(五連作)≫は何というか将来のHIPHOPを感じたというか、言葉をビートにした先に、ラップをPCで加工して引き延ばして拡大延長したテクノミュージックのような、巨魁な作品でした。

そして次の部屋に入ると更に石川氏の書は飛躍して。≪徒然草 No.22≫はもう電子的な草叢のような書画だし、≪徒然草 No.16≫はもはやポストロックな山海。

そして≪歎異抄(全文)No.18≫は図形楽譜化のような、音楽の理性と身体としての文字フォルムが止揚していました。

一方で≪無間地獄・一生造悪≫のような極太のフォントや≪逆説・十字架・陰影≫のような神代文字化した様な漢字フォントの作品もあって。そして本当に方形の、地図のようにもみえる≪方丈記 No.5≫も素晴らしかった。

2Fへ上がるとそこには何と源氏物語の各帖をモチーフにした書が。もう、どれも良くて。桐壺、帚木、夕顔、若紫、葵、花散里、明石、蓬生、松風、少女、玉鬘、常夏、篝火、野分、真木柱、梅枝、若菜 上、若菜 下、柏木、匂宮、竹河、橋姫、椎本、総角、早蕨、宿木、東屋、浮舟、蜻蛉、手習、夢浮橋…好いの上げようとしたら上げすぎてしまったw

これを視ながら感じていたのは、ともすればこういう"現代的なセンス"は”西洋的”と捉えられがちだけれども、こういった感性は日本人、日本文化の中の内在していたのだなと。梅棹忠夫『文明の生態史観』を読んだのもそうだし、数年前京都旅行でみた角屋のモダン・デザイン性にもその想いの萌芽がありました。

そこから中2階へ降りると、≪カラマーゾフの兄弟 III≫などの作品が。文学を題材にするときに、言語での味わいと訳文の解釈の問題をどうするかとかの意見が出ました。興味深い。

≪生涯は夢の中径≫も良かったし吉本隆明に捧げた≪もしもおれが死んだら世界は和解してくれと書いた詩人が逝ったー追悼吉本隆明≫も素晴らしかった。

そこから、社会的な問題意識を持った作品群が続いて。≪二OOO一年九月十一日晴ー垂直線と水平線の物語I (上)≫や≪9/11事件以後II≫、≪戦争という古代遺制≫、≪領土問題≫、≪敗戦古希 其一≫、≪敗戦古希 其二≫。敗戦期に誕生した石川氏ならではの筆致でした。

そして、器に四文字熟語をかいて沢山つくった≪盃千字文≫も愉しいし、最後に展示してあった≪五十年を語るー妻へ I≫、≪五十年を語るー妻へ II≫も理知的な中に温かい愛情を感じる素敵な作品でした。

この日は石川氏による≪歎異抄≫解説がありました。
石川氏は計20作の歎異抄を書いたのですが、No.18でようやく全文ヴァージョンまで完成して。
隷書を横に延ばしていく中で、縦の画を横の画が突っ切るスタイルが生まれたことがブレイクスルーだったとのこと。

質疑応答コーナーでは、"無心で書いているのか?"との質問に”徹底的に有心”と答えていて。評論家もやっていたから、相当に綿密な計算のもとでかかれていると想ったのですが、やはり。

手癖で書かないようにどんどんスタイルを変えて行ったり、時に左手で書いてみたり。歎異抄では文字の滲みすら起きないようにインクと紙を選んだとのこと。

また”読めない文字も書なのか”との質問には”書を視る上でいけないのは『上手い・下手』とか『読めるかどうか』を考えること。書は『書くこと』であり、書く姿があればそれは書。絵画との違いは一点一画を書いていくリズム、自分はあくまでも文章を書いている”とのことでした。

梅棹さんもそうだし、吉田博展@東郷青児記念 損保ジャパン日本興亜美術館 日本人にしか描けない洋画、その探究でも"凄腕の旅人だ"と想ったものですが、文学の海へダイヴし自らとケミストリーを興して作品として発火する石川さんも、本当に素晴らしい旅人だと想いました。

本当の未知は、有心の先の、完璧なコントロールの先にある偶然天地に。刺激的な展覧会でした。なんと今日まで。是非是非お薦めです。

cf.
石川九楊の「書」だ。(ほぼ日刊イトイ新聞)

by wavesll | 2017-07-30 09:47 | 展覧会 | Trackback | Comments(0)

吉田博展@東郷青児記念 損保ジャパン日本興亜美術館 日本人にしか描けない洋画、その探究

東郷青児記念 損保ジャパン日本興亜美術館にて生誕140年 吉田博展をみてきました。

《日本アルプス十二題 劔山の朝》
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《穂高山》
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《瀬戸内海集 帆船 朝》
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いかがでしょうか?1枚目と3枚目、実は版画なのです。こんなに透明感のある光の描写が版画で出来るとは…!

吉田博は水彩画、油彩画、そして新版画と、「日本人にしか描けない洋画」を探究した人。その人気は海外の方が高く、かのダイアナ妃やフロイトも吉田博の絵を持っていたそうです。

私自身、こんな版画ははじめて視て。海外の猿真似でない、しかし洋画の手法を内に取り込んだハイ・クオリティに、すっかり魅了されました。

展覧会の始まりは福岡・久留米生まれの吉田が不同会という絵の塾に入るところから始まります。
その頃の≪無題(習画帖)≫の上手いこと。水彩の≪驢馬≫も、単純に上手くてデッサン力を感じます。≪京極≫、≪上野、東照宮≫の鉛筆風景画も素晴らしいし、鉛筆画では≪小丹波≫という風景画も線の細さが魅力的。

その他≪石橋≫、≪花のある風景≫、≪浅間山≫といった陽光の光景に加え、≪冬木立≫の冬、≪中禅寺 日光≫の秋の風景も見事。この人の水彩画、ほんと好きだなぁ。構図が好いし、透明感が群を抜いている。この時期の油彩も≪雲叡深秋≫など心に残りました。この展覧会、ほぼほぼすべての絵が好い!またこの時期の写生帖もあって、飛騨や富士山が見事に描かれていました。

1900年頃の画壇は、フランス帰りの黒田清輝達白馬会によって牛耳られていました。そこで吉田博、僅かな金と書き溜めた絵画を背負って海外へ渡航。それもフランスでなくアメリカ。デトロイトやボストンで絵画展は大成功。そこから欧州など世界中を回ります。なんたる行動力!

≪街道風景≫は海外でも好まれた、なんてことない道路の風景画なのだけれどスナップショットのような美しさのある作品。≪村の橋≫はアピチャッポン監督のような空気感。≪菖蒲園≫の靄描写、≪宮島≫、≪湖の眺め≫の光の描写、≪晩秋風景≫の翳りの描写、≪朝≫の曇の描写、≪霧の夕陽≫、≪霧の農家≫のトワイライトの朱と緑。この人は朝焼け・夕暮れの赤光が最上。

≪田舎の夕暮れ≫の丸っこい家や≪冬の閑景≫の静かな風景、≪帆船≫の灰青い水色、西洋美人を描いた≪昼寝ーハンモック≫なんて作品も。ボストンを描いた≪グロスター≫、マサチューセッツを描いた≪チューリンガムの黄昏≫、フロリダを描いた≪ポンシデレオン旅館の中庭≫、イギリスの≪ウィンザー橋≫、『三四郎』でも言及された≪ヴェニスの運河≫、マドリードでの≪ヴェラスケス作≪メニッポス≫模写≫や≪レンブラント≪自画像≫模写≫なんてのも。

白馬会に太平洋画会で対抗していた吉田博、ついに文展の審査員になり、画壇の頂へ登ります。

この時期は優美な≪松≫、しとやかで可愛らしい≪月見草と浴衣の女≫、色彩が綺麗な≪つつじの咲く高原≫、肌寒さが伝わる≪越後の春≫、≪芥屋大門≫や≪琉球≫といった建築風景等水彩画も描かれましたが、主に油彩画が展示してありました。

≪池の鯉≫、≪堀切寺≫海外の人が日本の風景を描いたかのような筆致の≪瀧≫、≪高原の池≫の秋、山の尖りのフォルムが美しい≪穂高の春≫や≪穂高山≫の巨魁な山姿は高山を愛した吉田博ならでは。

≪富岳≫のMassiveさも素晴らしいし、≪槍ヶ岳と東鎌尾根≫はまるでヨーロッパの山の様。三枚の縦長の絵による≪野営≫はデジタルサイネージっぽかった。

日本的な≪烏帽子岳の旭≫にSF的な風景画の≪鷲羽岳の池≫と変幻自在。

≪バラ≫シリーズでは鉢植えや支え棒のあるありのままなバラの絵が描かれて。≪青銅器とバラ≫なんて面白いモチーフも。

≪ステンドグラスの窓≫はルオーみたいな筆致。

≪荷馬川岬≫は江戸の味わい、≪登山図≫、≪雪景≫の山景も素晴らしかった。

ここまででも見逃せない絵画ばかりだったのですが、ここから更に吉田博の藝術は跳躍します。渡邊庄三郎と組んで新版画を始めるのです。

≪牧場の午後 渡邊版≫や≪穂高山 渡邊版≫のようにまるで水彩画のような細やかなグラデーションとフォルム。≪帆船 朝日 渡邊版≫、≪帆船 日中 渡邊版≫、≪帆船 夕日 渡邊版≫の水の揺らぎ、グラフィカルな色彩、瀬戸内海に浮かぶ舟の輝き、素晴らしい。≪馬返し 渡邊版≫のような江戸を思わせる作品も。

この時期は油彩もあって。≪庄吉≫という武骨な人物画や色っぽい≪裸婦≫も良かった。

そして海外の風景画が素晴らしくて!≪グランドキャニオン≫、≪ヨセミテ公園≫、≪モレーン湖≫という北米の大自然の光景、≪モンブラン≫、≪アルプスの山小屋≫という欧州の山岳風景、ヴェネツィア≪サンマルコ広場≫はなんともお洒落な一枚でした。

そして、ついに吉田博は自らの手で新版画制作に乗り出します。

ユーモラスな≪ホノルル美術館 米国シリーズ≫、カッコ良くスルっと伸びた≪エル キャピタン 米国シリーズ≫、赤紫に輝く≪グランドキャニオン 米国シリーズ≫、こちらも勇壮な≪モレーン湖 米国シリーズ≫、質感が心地よい≪ブライトホルン山 欧州シリーズ≫、もう”うーわー!すげぇ…!”となってしまう≪マタホルン山 欧州シリーズ≫≪スフィンクス 欧州シリーズ≫も色彩豊かで◎

日本を題材にした新版画も。≪烏帽子岳の旭 日本アルプス十二題≫の赤光の射す青闇。≪劔山の朝 日本アルプス十二題≫のグラデーションの輝きと言ったら!≪白馬山頂より 日本アルプス十二題≫の桃色の山。≪穂高岳 日本アルプス十二題≫は木の描写が浮世絵っぽく感じました。物凄い好い絵。≪黒部川 日本アルプス十二題≫の活き活きした河川の描写。≪鷲羽岳の野営 日本アルプス十二題≫の薪の爆ぜり、≪針木雪渓 日本アルプス十二題≫も良かった。

瀬戸内海の光景を描いた作品群も素晴らしい。ダイアナ妃も執務室に飾ったという≪光る海 瀬戸内海集≫はやっぱり素晴らしいし≪雨後の夕 瀬戸内海集≫も綺麗。≪鞘の浦 瀬戸内海集≫も良かった。

≪帆船 朝 瀬戸内海集≫≪帆船 午前 瀬戸内海集≫≪帆船 午後 瀬戸内海集≫、≪帆船 霧 瀬戸内海集≫、≪帆船 夕 瀬戸内海集≫、≪帆船 夜 瀬戸内海集≫は、同じ版木で色を変えて様々な光景を顕わしたもの。これが本当にどれも素晴らしい!この空気感、その場の映像を見ているような、本当にきれいな画でした。

≪朝日 富士拾景≫は富士山のくっきりした山肌が美しい。≪植物園の睡蓮 東京拾二題≫は現代的、≪亀戸 東京拾二題≫の藤の花と太鼓橋。≪金魚すくい 東京拾二題≫は女性がかわいらしい表情。≪不忍池 東京拾二題≫、≪旧本丸 東京拾二題≫は観光スナップのよう。

空刷りの線がプレスされているオウムが面白い≪於ほぼたん あうむ 動物園≫も良かったし、廣い宵の光景が展開される≪雲井櫻≫は弩級の作品だし、色っぽいリアルなヌードの≪鏡之前≫、聡明な域を感じる≪こども≫も良かった。≪上高地の春≫、≪白馬槍≫、≪糸魚川にて≫の油彩三枚も良かったし、≪駒ヶ岳山頂より 日本アルプス集≫の雲と光の描写は新海誠みたい。≪駒ヶ岳岩小屋 日本アルプス集≫はタイムレスな魅力のある木版。

≪雲海 鳳凰山≫の大きな眺望。そして≪渓流≫のグラフィカルな素晴らしい流水の描写はこの展覧会でも白眉でした。

吉田博は新たな画風を求めて、地球を回ります。インドの≪フワテプールの舞踊場≫の華厳さ、≪プワテプールシクリ(王宮)≫、≪ラクノーのモスク≫のイスラムの美には、”イスファハーンやサマルカンドにも行ってほしかったなー!”と。≪イト、マト、ウッドウラーの墓≫、≪ウダイプール≫もエキゾでした。

≪シンガポール 印度と東南アジア≫には在りし日のシンガポールをみて。≪ラングーンの金塔 印度と東南アジア≫の赤光。≪カンチェンジャガ 朝 印度と東南アジア≫と≪カンチェンジャガ 印度と東南アジア≫にはヒマラヤが。

≪ベナレスのガット 印度と東南アジア≫は"これぞ!"という構図。≪タジマハルの庭 印度と東南アジア≫の明るい白が美しくて。吉田博は光景版画で夜のヴァージョンも刷ることが多いのですが、≪タジマハルの庭 夜 印度と東南アジア≫素敵な雰囲気でした。

≪フワテプールシクリ 印度と東南アジア≫≪ウダイプールの城≫も素晴らしい。なんというか、超上級のわたせせいぞうみたいな味。≪エロラ カイラサテンプル 印度と東南アジア≫も素敵だったし、≪ウダイプールの島御殿 印度と東南アジア≫は意識と景色が融けていくような美がありました。

海外を意識してか、桜の名画も吉田博には多くて。≪弘前城 櫻八題≫はこれぞ日本の美といったショット、≪三渓園 櫻八題≫、≪春雨 櫻八題≫もいいし、知恩院を描いた≪樓門 櫻八題≫≪嵐山 櫻八題≫という京の桜も良かった。

吉田博の新版画の精緻さ、綿密さは本当に頭抜けていて。80度摺りを入れた≪東照宮≫、96度摺りを入れた≪陽明門≫の美事なこと。素晴らしかった。

≪上海市政府≫のエキゾな建物や、≪大同門 北朝鮮・韓国・旧満州シリーズ≫、≪北陵 北朝鮮・韓国・旧満州シリーズ≫の落ち着いた雰囲気も好きでした。

戦中、吉田博は従軍したり、軍事産業をスケッチしています。≪港之夜≫のハーバーの落ち着き、従軍先の中国で画いた≪星子≫。

面白いのは半ば想像だと想いますが戦闘機の光景を描いた作品。≪急降下爆撃≫は会田誠の≪紐育空爆之図≫を想起。≪空中戦闘≫は大地のうねりが面白かった。≪軍需工場≫では労務が、≪精錬≫、≪溶鉱炉≫では融けた鉄の輝きが描かれていました。

吉田博の旅。世界をめぐるそのバイタリティと自らの作品に化学反応させる手腕は、本当に理想の旅人だと感じました。ちょっと梅棹忠夫の探検にも通ずるものを感じたり。

しかしそんな彼が最後に残した木版画は≪農家≫という、何でもない日本の農家の土間というか台所というか、屋内風景でした。旅の先に、彼は遂にルーエンハイムへたどり着いたのかもしれません。

そして本展覧会の最後の、最晩年の作品は田園風景を描いた≪初秋≫。ここにもファウスト博士の感慨のような、優しい心を感じました。

常設のゴッホ≪ひまわり≫もみました。この展覧会、本当にオリジナルな、日本人しか描けない洋画とは何かが表れていたし、今でもエキサイティングで先進的に感じました。前期は30日までで、後期は66点入れ替えだそうです。前期チケットがあれば800円でみれるそうだし、これはまた行かねば!素晴らしい展覧会でした。

生誕140年 吉田博展@東郷青児記念 損保ジャパン日本興亜美術館 前期に続き後期も行ってきた!
by wavesll | 2017-07-29 07:30 | 展覧会 | Trackback | Comments(0)

梅棹忠夫『文明の生態史観』 國はその土地に住む人の欲するように成り立つ哉

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梅棹忠夫『文明の生態史観』を読みました。

梅棹さんは元々理系畑の人で。『ホモサピエンス全史』や『銃・病原菌・鉄』のように、科学的視座からスパッと一刀両断する論理が心地よかったです。

この本は非西欧の立場から世界の文明史を捉えた論文で、物な論点の一つは「日本は西洋とは平行して高度資本主義社会へ進化した」「ユーラシア大陸の両端は封建制からブルジョア革命を経て自立発展した高度文明社会である第一地域で、ユーラシア大陸の中央は帝国による専制が起こる第二地域」と"遷移"というモデルを使って解くというもの。

ユーラシアの真ん中には砂漠地帯があり、その傍らにあるオアシス・ステップ地帯で四大文明は生まれるが、ユーラシアの真ん中では暴力の嵐が吹き荒れ、文明の進歩がその時々破壊される。

それに対しユーラシアの両端は森林地帯で、開墾の必要性から最初期は文明はなかったが、第二地域の帝国をモデルとしたイミテーション国家が生まれ、その後地政学的に温室のように文明を発展させることが出来た。

というのが論旨。この本では東アジアで日本のみが第一地域であると語っていました。

しかしそこから60年の月日がたった今ではシンガポールや韓国を始めとしてAsiaが発展し、ちょっと梅棹さんの論は色褪せた部分はあるなと読みながら想いました。

しかし読み進めると東南アジアに関する論も語られ、ユーラシア世界を日本、西欧、アラブ・地中海、ロシア、インド、中国、そして東南アジアと東欧にわけてモデル化していて。

南北アメリカ、オーストラリア、アフリカが捨象されているのは残念ですが、西洋の視点に対抗する東洋からの視座だというのは意義深かった。

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今「東洋」と書きましたが、この本のもう一つの論点は「Asia・東洋とひとくくりにできない多様性がこれらの地域にはある」というもの。

そもそもこの本は梅棹さんのインド・パキスタン・アフガニスタン"探検"から生まれたものですが、インド地域までくると人種も違うし文化・文明も東アジアからは大きく変わるという気づきが根底にあったようです。それは西欧ともまた違った文明で。

そこでインド、アラブ・地中海地域を「中洋」と梅棹さんは名付けます。この視点は確かに大きなことで。無論西欧人から言わせれば、ヨーロッパもひとくくりにできないでしょうが、Asiaの多様性はその比ではない。

その上で「Asia」という共通意識を利用することは良くても、フラットな視点では事実を著わすべきだと梅棹さんは書いています。

彼の地政学的な論旨は、ともすると優生学にもつながる危険性があると僅かに感じたのですが、その土地の自然条件や文化地理的な位置から、そこに暮らす人たちが成していく社会には一定の法則がある、という観点は面白い。

その土地の人達が欲するように国は成していく、というのは、中国の共産党や、アラブの部族社会の中では専制的な政治体制でないと回らない、といったことは21世紀に於いても実行力のある論だと想いました。

本書では傍論ではありますが、文化的インテリについて語った章も面白かった。

なんでも日本の文化インテリは、政治家でもないのに政治家的な意識を持っている、政治家になれなかった人種が多い。

これは江戸時代の武士という文化的且つ政治的な実務家の流れが、近代に高等教育が普及し、文化インテリが増えて政治からあぶれたことに由来する。

今は政治と関わるのは文化インテリというより、実業インテリや技術インテリの比率が大きくて、寧ろ文化インテリは後進的、保守的な位置づけになっているが、科学技術や社会の暴走を抑えるブレーキとして機能はしている。

そもそもこういった政治志向を持った文化インテリは第一地域に広く存在し、例えばフランスなんかにもよく散見する。

といった具合が『文明の生態史観』の反応に対する講演で語られていて。さらっと云っちゃう辺りが理系学者っぽくて好きでした。

また"この時代は海外を旅するだけでも大きな価値があった頃なんだなぁ"という憧憬もありました。今はインターネット社会で、海外旅行も限られた人のみが出来るわけではないから、昔の方が"旅人"に価値があったのだな、と。

大航海時代というか、世界が既知で埋め尽くされ小さくなる前の、Asia旅記としても非常に面白く読めた本書。日本が如何に「平行進化」したかが語られる「近代日本文明の形成と発展」も収録。同じく梅棹さんの『知的生産の技術』と合わせてお薦めです。
by wavesll | 2017-07-27 20:34 | 書評 | Trackback | Comments(0)

João Donato - Quem é Quem 都会的な夏の涼盤

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João Donato - Quem é Quem - 1973 (Full Album Completo)


DiskUnionのtweetで知ったジョアン・ドナートの初ヴォーカル作とのこと。音楽の園 music of my mindさんの記事に詳しいインフォメーションが載っていました。Muito à Vontade (1962)はMilton Banana参加作としても著名ですよね。

この盤、とっても気に入って。アーバン・リゾートな、夏の涼を感じて。Arto LindsayをWWW Xでみたときも想ったのですがブラジルの風が恒常的に、そして今また瑞々しく感じます。

今年はここ数年のVaporwave & Future Funkの流と、そしてJTNC的なThundercat - DrunkのBombからAORが一気に潮流として出現した感がありますが、大人の音楽、大人への過渡期の音楽としてブラジリアンはあり続けているのだなぁと。

ceroがMODERN STEPS TOUR at Tokyo Studio Coastでラテン的な蠢動を滲ませたことも含め、今年・来年あたりは南米音楽の動きが"AORの次"なる感性の萌芽があると感じています。

エヴァーグリーンで流麗な伯剌西爾の風、心地よさと実験性が素晴らしいハーモニーを奏でていて、心行くまで快い。素敵な夜になりました。

cf.
◆第八回 酒と小皿と音楽婚礼 - Marco Bosco / METALMADEIRA & アーモンドミルク

◆第35回酒と小皿と音楽婚礼 Milton Banana X Kona Coffee 馨りに揺蕩う秋、冬、その先に刻まれるビート
◆Marco Bosco - Frangmentos da Casa 端正な野性
◆Eddie Palmieri Salsa Orchestra LIVE at Blue Note Tokyo
by wavesll | 2017-07-26 22:18 | Sound Gem | Trackback | Comments(0)

正論を吐いてるつもりがフォースの暗黒面(憎しみ・批難・不満)に堕さないようにする心的スタンス

「しかし、お前の、女道楽もこのへんでよすんだね。これ以上は、世間が、ゆるさないからな」

 世間とは、いったい、何の事でしょう。人間の複数でしょうか。どこに、その世間というものの実体があるのでしょう。けれども、何しろ、強く、きびしく、こわいもの、とばかり思ってこれまで生きて来たのですが、しかし、堀木にそう言われて、ふと、
「世間というのは、君じゃないか」
 という言葉が、舌の先まで出かかって、堀木を怒らせるのがイヤで、ひっこめました。

(それは世間が、ゆるさない)
(世間じゃない。あなたが、ゆるさないのでしょう?)
(そんな事をすると、世間からひどいめに逢うぞ)
(世間じゃない。あなたでしょう?)
(いまに世間から葬られる)
(世間じゃない。葬むるのは、あなたでしょう?)

 汝《なんじ》は、汝個人のおそろしさ、怪奇、悪辣《あくらつ》、古狸《ふるだぬき》性、妖婆《ようば》性を知れ! などと、さまざまの言葉が胸中に去来したのですが、自分は、ただ顔の汗をハンケチで拭いて、
「冷汗《ひやあせ》、冷汗」
 と言って笑っただけでした。

 けれども、その時以来、自分は、(世間とは個人じゃないか)という、思想めいたものを持つようになったのです。

 そうして、世間というものは、個人ではなかろうかと思いはじめてから、自分は、いままでよりは多少、自分の意志で動く事が出来るようになりました。

ー太宰治『人間失格』

土用の丑の日は、もうダサイことにしようぜ…
人でなしになりきれないニンゲンの意見

と鰻への想いを連呼しているのですが、こんなに土用の丑の日DISをしている人間がいても身近な人間にも鰻を食べた者達が散見されて、嫌な気持ちに苛まれます。

とは言え、俯瞰すればグリーンピースなんかには自分も醒めた視線を向けているし、こうした時に相手を動かしたい側が声高に叫ぶのは合理的な策ではないと想います。

いっくら口酸っぱく言った所で肉親すら動かせないんじゃ…と想いますが、宮崎駿ですら作品の想いが伝わらないと悩み、対象年齢をポニョまで下げていったという逸話を引き合いに、「ロリならぬ次世代にしか未来はないのかもしれぬ」と嗤った方がいいかもなんて想ったり。

まぁ、この状況下で鰻を食べることを煽るメディアや食べちゃう人間は愚鈍というか、無知蒙昧というか、世間や「普通」ならば問題ないという自らの頭で考える知能のない人間だなとは思いますが、と同時に「僕の思い通りにならないなんて嫌だい嫌だい」なんて愚図るのも無様で、「他人は他人、己は己」と峻別するアドラー心理学的な割りきりが必要なのだと想います。他人は所詮他人なんだから。

「社会正義」を成そうとして、寧ろ毒にまみれて嫌われる人を散見します。

「毒を吐く」ヒトは、外部から嫌な気持ちにさせられて体内で生成された「毒」を吐いていて、当人としては致し方のない防御反応なのかもしれません。

しかし毒塗れの人は嫌われてしまう。この非共感メカニズムはアダムスミスも『道徳感情論』に描いています。

黒いヘドロ、フォースの暗黒面に囚われないためには、あくまで"自分は自分が欲することをしている"という観点に立脚するといいと想います。

不愉快なことを「俺はそれは不愉快だ」というのはよくても、そこに「正義」の御旗を掲げると途端に心は不安定になります。「当たり前・普通」が為されないと、黒いヘドロが生成されてしまう。

あくまで「己の欲望」と捉えた方が発散的で、心的バランスを崩さないように想います。それは優しい幻想のない酷な話だけれど、酷(Cool)で実際的なスタンスだと、私は思います。(と書くことで発散する方策w 鰻の資源消費をサステイナブルにしようとする者たちにフォースのご加護のあらんことを。

John Williams Conducts The Main Theme From Star Wars

by wavesll | 2017-07-26 08:05 | 小噺 | Trackback | Comments(0)

人でなしになりきれないニンゲンの意見

Linkin Park - The Messenger


土用の丑の日DISがまるで社会正義を嘯くいい子ちゃんみたいになっていますが、逆で。

鰻大好きだから持続可能に食いたく、ワシントン条約に引っかかるようになって食えなくなって欲しくないから価格メカニズムや法規制でウナギを守りたい。根底に欲望のない主張は信頼ならないと私は想います。

例えば私は旅行が好きで。特に海外旅行には胸が躍ります。しかし地球温暖化という意味では大陸間を航空機で飛ぶことは排出ガスから大変に悪い行為で。

だからエコロジストを自認する人間が世界を飛び回ってる、なんてのはとんでもない自己矛盾だと想うのですが、私自身も自分の欲望を優先し旅してしまいます。

また、鰻を買わないという行動が消費者として最も大きな意思表示だ、なんて思ったりするのですが、ブラック企業、例えばユニクロではなるだけ買わないようにしていても、大手コンビニなんかは気にせずに利用してしまったり。Amazonもマケプレなんかは利用してしまっています。レインズ系飲食店やアリさんマークの引越社は絶対使わないけど。

陰鬱な哲学者は"全世界で悲惨な暮らしをしている人がいるのに幸福を享受するのは罪だ"というけれど、それは"自然"から求められるところではない、なんてアダム・スミスの論がありますが、他人の気持ちを踏みにじった時、悪く思う気もしながら、どこか権力の快楽を感じたりもするゴミ具合。自身の行為を全部振り返って、自分のことを善人だ、とか、真っ当な人間だなんてとてもじゃないけれど言えません。

キリスト教には原罪なんて言葉がありますが、罪を犯していない人間はいません。

「自分は真っ当な人間だ」なんて言いながら土用の丑の日に嬉々として鰻を食っていたり、意識高い系を自認するのに飛行機を使いまくってる人間には「お前クソ野郎じゃねえか、勘違いするな」と言いたくなります。

かといって自分は悪くないって思ってるヒトの方が悪なのか、自分は悪いよと開き直ってるヒトの方が悪なのか。まぁ両方悪です。

個人的には自分は悪くないと思ってるやつの方が気分悪いけれど、「自分は悪だから、悪の道を突き詰めたっていいんだ、俺は糞野郎なんだから」とやられたらたまらない。

そう考えると、日本人よりも海外の方が犯罪が多いのは、海外は「自分はクズだ(から犯罪して当然だ)」という人間が多くて、日本人の方が(それも勘違いなのだけれど)「自分は真っ当な人間だ」とプライドを持っている人間が多いからかも、なんて思ったりします。

さて、色々とこじらせているアスペ気味の自分は、自分のことを無批判に"真っ当だ"なんて思えません。それどころか、突き詰めて言えば、この世の人間は全員あるく糞袋みたいなものだとすら思ったりします。

それでも。自分は汚点があると認識したうえで、出来る範囲は善き人間であろうとしたい。100%の善人になれなければ100%の悪人になる、なんて0-100の思考ではなくて、勇気ある灰色の姿勢をゆければ、なんて思います。

さて、鰻。

欲望を抑えるのではなく、サステイナブルに消費できる資源を拡大していくことこそがベストな道で。20世紀を乗り越えていくというのは、そういうことなんじゃないかなと想います。

このままではワシントン条約で規制され一気に鰻が食べれなくなるハードランディングになる未来がみえていますし、水産庁が動かないのも大きな要因ですが、お上に任せる豚になるだけでなく、消費者としても自律的に不買行動で示すのが必要だと私は思います。

今はWebを探索すれば代替食品はかなり見つかるのですが、正直代替では状況を変えるのは難しい気がします。"鰻系"で"鰻を越える"のが生まれるのがゲームが決定的に変わる時だと。

さらなる快楽による解決策を模索したくて。たとえば酒は私も大好きで最近金麦が案外行けるじゃないかと思う安舌人間なのですが、ビールを止めるには禁欲ではなくて別の快楽を用意するのが手っ取り早いと想います。

例えば数日飲まないで本を読んだりオーディオで音楽を聴いたときの脳内麻薬を味わったとき「飲まないのも悪くねえな」と想ったことがあります。

蛇の道は蛇。欲望を絶つことで寧ろ快楽が増えるような有機体の神秘を、どっか活かせないかなぁなんて、悟っても善人でもないけれど人でなしにもなり切れない、でも『何も考えずいい塩梅』になれないくらいは色々こじらせてるニンゲンとしては想うのです。まずは土用の丑の日の旬でない鰻は完全スルーから。
by wavesll | 2017-07-25 22:20 | 小噺 | Trackback | Comments(0)

川崎大師 風鈴市 Photographs & Sounds

川崎大師 風鈴市 ほぼ全出展 Wind-chime market at Kawasaki-Daishi


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川崎大師風鈴市へ行ってきました。
境内の一角でやっていた風鈴市、思ったより小規模だったけれど47都道府県風鈴の洪水のようなサウンドに魅せられました。

風鈴の御加護を祈って気分はミャンマー・カックー遺跡。楽しいドミンゴとなりました。

cf.
ミャンマー・幻のカックー遺跡を訪ねて


by wavesll | 2017-07-23 19:33 | Sound Gem | Trackback | Comments(0)

藝「大」コレクション展と東京藝術大学ゲーム学科(仮)展

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Monaural mini-Plug live at 不忍池を観てタイの音楽快楽に浸った後、タイ展へは行かず東京藝大へいきました。

いざ藝「大」コレクション展へ!

お目当ては高橋由一 / 鮭でした。そこでちょっと意外だったのが結構描写が荒く感じて。黒田清輝展@東博 もう一つの坂の上の雲の時も感じましたが絵画技巧ってやっぱ進化を続けてるんだなと逆に感銘を受けました。

展示された品々はさすが銘品揃い。会場に入るとすぐ出てくる「月光菩薩坐像」の、胴体が崩壊して空になったその姿は一際印象的だったし、「弥勒来迎図」の青緑の配置の美しさ。

狩野永徳「唐子遊図」の子どもたちの戦争ごっこには微笑ましさも感じ、若杉五十八「鷹匠図」の江戸時代の油彩という面白さ。

柴田是真「千種之間天井綴織下図」のレトロボタニカル、狩野芳崖「悲母観音」の金緑青の美。

橋本関雪「玄猿」の瑞々しい墨絵も、前田青邨「白頭」の消えゆく肖像画、高野松山「静動文庫」のエジプトの壁画のような蒔絵も素晴らしかった。

この展覧会のサウブタイトルは「パンドラの箱が開いた!」なのですが、その匣と同じ種類だと言われる彩文幾何学文ピュクシスもあり、同じコーナーにあったマルセル・デュシャン「トランクの中の箱(シュバルツ版)」はこの展覧会でみれてよかったものの一つ。小型インスタレーションといった趣で素晴らしかった。

「平櫛田中コレクション」のコーナーでは田中太郎「ないしょう話」が内向きトライアングルで内緒話するフォルムが新味があって面白かった。平櫛田中「活人箭」のきびきびした風貌、「灰袋子」と「禾山笑」の泰然とした大笑いにも明るい気持ちにさせられました。また大内青圃「像柱」は仏師の洋像で興味深かった。

「卒業制作ー作家の原点」では特に立体作品が素晴らしくて。

松田権六「草花鳥獣小手箱」は近未来の奈良とでもいうような金黒の美は物凄く良かった。山脇洋二「置物(犬)」のデフォルメされた超古代感、松田禾堂「香炉」は地球だし、坂井直樹「考・炉」はメカニカル。窯の地層がみえるような前沢幸恵「憧憬」、柴田鑑三「山寄りの谷 谷寄りの山ー富士山ー」の逆転空洞富士に吉野貴将「~森~ (cosmos)」の仏具のシシ神のようなフォルムも良かった。そして地村洋平「Herald」のソフトコーラルのようなガラス立体も素晴らしかったです。

勿論絵画も逸品ぞろいで。和田英作「渡頭の夕暮」の夕虹の水面、レトロフューチャーな砂浜のセーラー服の高山辰雄「砂丘」、三味線娘が可愛い白滝幾之助「稽古」、白青灰が炸裂する吉田侑加「景しき遠く」も良かったです。

また変わったところでは町田美菜穂「首都っ娘~首都高速擬人化プロジェクト~」というミクストメディアもありました。

「現代作家の若き日の自画像」コーナーでは文庫本4冊は貼り付けた会田誠のが面白かったwその他キレイめな村上隆や頼朝風にかいた山口晃の他、ヴィジュアル的にかっこいい齋藤芽生や松井冬子、モノクロの綿密な書き込みで動植物に包まれた冨谷悦子、自撮りが表示されたガラケーの山のインスタレーションの渡辺篤も面白かったです。

「石膏原型一挙開陳」コーナーでは日蓮が彫られた高村光太郎「獅子吼」、力強い北村西望「男」、聖性すら感じる生命感の石川光明「猪」、能楽師のフォルムが迫力があった後藤良「能野口兼資師黄石公」も素晴らしかった。

「藝大コレクションの修復ー近年の取り組み」コーナーではラグビー服で安まる小磯良平「彼の休息」、原撫松「裸婦」も魅力的だったし、葛揆一郎「外科手術」は不思議な空気の絵画でした。そしてトランプの絵柄のような仏画の長谷川路可「二菩薩半身像」も面白かった。

この他藤田嗣治の資料とか、結構みるもの多くて面白かったです。一期は8/6までで、二期には尾形光琳や曾我蕭白、伊藤若冲などが出てくるのでこちらも気になるなぁ。あ、ちなみに高橋由一「鮭」は二期も展示されるそうです。800円。二回分見れるお得なチケットもあり。

そしてその後寄ったのが同時開催の東京藝術大学ゲーム学科(仮)展、VR等の色々なゲームが置いてあって、私は「鞍馬の火祭り」というのをやったのですが、VRの没入感が凄くて!前にやったVRゲームでは酔ってしまったのですが、映像がこちらの動きと同期し勝手に動かないタイプだと酔わないことが分かって良かった◎

その他「Z」という、実際のブロックを積み上げると、投射されるキャラがブロックに合わせてアクションする作品もやりました。面白かった!

この他幾つもゲームが展示してあって。並べばそんなに待たずにやれそうなかんじでした。2Fではファイナルファンタジーの企画も。無料だし、お薦めです◎30日まで。
by wavesll | 2017-07-22 17:21 | 展覧会 | Trackback | Comments(0)

Monaural mini-Plug live at 不忍池でタイのギターのような弦楽器、ピンを生で視る

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Monaural mini-Plug - Official Video #1


Monaural mini-Plug - Official Video #2


Monaural mini-Plug X ダノンビオはちみつジンジャー/タイの暑い音楽を冬に聴く 第85回酒と小皿と音楽婚礼を書いてから8ヶ月、元を辿れば△Animal△Vol.8 ~アニマル民謡 at Bar Bonoboに俚謡山脈民謡DJ Setを聴きに行ってきた!からのオンガク数珠つなぎで知った彼ら、あれから今では『バンコクナイツ』は公開されるはSoi48はFujirockに出るは、東博ではタイ展が開かれるは、どんどか盛り上がるタイ・ムーヴメント。

そんな中Monaural mini-Plugが不忍池でバスカーライヴをするということで一路上野へ馳せ参じました。

タイ的な陽気の中で流れるタイ・ムジカ!気持ちのいい時間が流れてました。あのギターのようなエレクトリックな楽器はピンというのか◎

Tweet動画1 Tweet動画2 Tweet動画3

本日は寝坊だそうだけどケーン奏者も加わったとのこと!これはまたみたい。今後のMonaural mini-Plug、ますます楽しみです◎

cf,
◆ラオスフェスティバルで聴いたケーンでAcoustic Big Room Houseを妄想 & 爆風スランプ『RUNNER』ラオスver

◆トルン(ヴェトナム竹琴)奏者・小栗久美子Live @Vietnam Festival
◆元村八分の加藤義明さんと、元ゆらゆら帝国の坂本慎太郎さんによる「くたびれて」のセッションat大和町盆踊り
by wavesll | 2017-07-22 16:07 | Sound Gem | Trackback | Comments(0)

Toshiyuki Tsuchitori, Ryuichi Sakamoto / Disappointmemt-Hateruma 2014年の波照間 第33回音の貝合わせ

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Toshiyuki Tsuchitori and Ryuichi Sakamoto ‎- Musique Differencielle 1


土取利行&坂本龍一/ディスアポイントメントハテルマ(綾)


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数年前、波照間島へいった。石垣から船で行くのだが、この海域は波が荒く、欠航することもしばしば。実際帰りは海が荒れ、GWで人が多かったため無理して出港したがぐわんぐわんに揺れた。

石垣島はマックスバリュが3軒あるくらい発展していて波照間を歩くと「あぁ、島に来た」と強く想ったのを覚えている。自転車でめぐれる大きさで、サトウキビ畑をどこまでも走った。

実際の波照間島は神聖なる田舎だけれど、この盤は極めて現代的な音。このジャケにはニシ浜を想起した。ディスアポイントメントとはオーストラリアの湖で、解説では沖縄音楽とガムランのペロッグ旋律との関連も触れられていて、フリーミュージックを志向したとか。

この若かりし日の坂本教授の関わった音盤、制作の主導は音楽評論家が行ったそうだ。フィクショナルな想像の波照間に鳴る、神聖なる古代都市の音として楽しめた。

◆Myahk's O Vol.1 池間島、砂山ビーチ、宮古レコードセンター、蛸丼・宮古島飯
◆Myahk's O Vol.2 前浜ビーチ、海亀シュノーケリング、パンプキンホール鍾乳洞、山羊刺し・宮古島飯
◆Myahk's O Vol.3 伊良部島、下地島、ヤシガニ、宮古島の浜辺、シークァーサーヴァイツェン・宮古島飯
by wavesll | 2017-07-21 01:04 | La Musique Mariage | Trackback | Comments(0)