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屋久島で過ごした一週間 後書き

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写真 初日 2日目 3日目 4日目 5日目 6日目 最終日

七日間の旅を終え、こっちに帰ってきてから、雑事に追われていました。

もうお土産は食べつくしてしまったし、ダイビングしたとき岩ガキで切った手の傷も治って、すっかり都会の生活になじんでしまいました。

そんな中、写真を編集したり、この日記を書いている時間は屋久島にいた時間をありありと思い出すことができました。

いやー、楽しかったなぁ。

青の島でした。海の青さ、空の青さ、森の青さ。
生命がみなぎり、人も自然もやさしくなれる。いーい島でした。

出会ったものすべてが素晴らしかった。

研究プロジェクトのみんな、ynacを紹介してくださった高校の先生、観光案内所のおばさん、困ってたポーランドの女性、それを助ける女の旅人、いつも笑顔だったシーフォレストのおっちゃん、おばちゃん、PCを使わさせていただいた文書堂のおじさん、飛び魚の姿揚げ、沢登のときのynacの小原さん、白谷雲水峡も一緒に行ったさなえさん、使いやすいお尻を形成することに誇りを持っているアンタッチャブルの山崎似のドクター、木霊を見たという会計士さん、その明るい奥さん、結局3回もあってしまった女の子2人連れ、おたまじゃくし、蝶、サツキ、栗生川、尾谷が滝、赤いかに、鞠状の花、尾の間温泉、気さくに話しかけてくれた地元のおっちゃん、結局何度もあった男女2人組み、太鼓でも会った晴耕雨読に止まってる女のひと、よくカメラを取ってた2人組み、クワズイモ、いたちのしっぽ、ヒメシャラ、モミ、ツガ、屋久杉、沢の水、くぐり杉、七本杉、光が差したもののけ姫の森、ヤクジカ、ヤクザル、楠川歩道、原生林歩道、鹿刺し、シーフォレストの麦茶、満天の星空、天の川、電話に出てくれた人たち、吉田でダイビングした高橋さん、何度もあった熊大の2人、ウニ、ちっちゃなサカナ、ナマコ、熱帯魚みたいな黄色い三角形のサカナ、青いでかい魚、イソギンチャク、サンゴ、クマノミ、キビナゴ、ダツ、王子様ダイビング、飛び魚のすり身揚げ、屋久島名水うどん、温度調整しづらい大浦の湯、実はチャリダーだったユースのミッキー、オタキングっぽい見た目の人、インドの話をしてくれたあんちゃん、神経質そうだけどいい人のおじさん、一緒に太鼓に行った女の人、熊みたいな感じの会社辞めて西日本回ってるあんちゃん、東北大学の根性あるパイロット、本当によくしてくれた有給で島めぐりしてるおじさん、三岳、文化村センターのお姉さん、太鼓の演者さんたち、英会話の教師の外人さん、モスのガイドの陽気なお2人、旅をいっぱいしてる女の人、カメラいっぱい取ってた女性3人組、千葉から来た3人組、爺杉、縄文杉、杉太郎、苔についた露のきらめき、湧き水、首折れさば、としの大将と女将さん、夜遅くまで話をしてくれた女の人2人組み、ドラゴンフルーツ、完熟マンゴー、キビナゴのてんぷら、ロケット、アンケートに協力してくれた老若男女のみなさん、発着所のみなさん、むじゃきの店員さん、お土産屋の店員さん、縄文杉では携帯の電波が入るとか色んな、いっろんな知識

ありがとう。

なんだろう。思うのは、いのちを大事にするってこと。
虫も、水も、樹も、鳥も、鹿もそしてヒトも。生きている。いのちがある。
いのちってきれいだし、いとおしい。だから大事にするんだ。
もちろん、自然はきれいなことばかりじゃない。台風や洪水など、荒々しい自然がある。
もちろん、人間はきれいなことばかりじゃない。どろどろした暗い感情が人間にはある。
でも汚かったりつらかったりしても、きれいなものがあるなら、大事にしよう。
そんな気持ちが、この島にいると沸いてくる。―白谷雲水峡を歩いたときから


今、数ヶ月旅を続けているらしいが、やっぱり一番楽しいのは人との出会いだそうだ。景色も凄いけど、やっぱり一番記憶に残るのはそこでであった人のこと。ほんとそうだと思う。特に一人旅だと、コミュニケーション欲が凄い刺激されるし、旅人同士の一晩の出会いはその人の人生のハイライトのきらめきが語られるから、凄く楽しさの密度が高い。―ユースでの会話から

人と、自然が好きになる島。屋久島はそんな島。
人と自然が何千年も一緒に暮らしてこれた島。屋久島はそんな島。
人がみんな人に親切になれる島。屋久島はそんな島。

この島にこれて良かった。
そしていつも旅してるときみたいな気持ちで人や物事に接したいなと思った。

でもまだラッキョウほどの雨粒だというスコールも体験していなければ雨の白谷雲水峡も見てないし太鼓岩も行ってないし永田のいなか浜も見てなけりゃ海がめもみてないし西部林道も、大川の滝も、平内の海中温泉も、宮之浦岳を始めとする奥岳の山頂も、山桜も、雪景色も、紅葉も、晴れた海も、永田の豆腐も、愛子も、かぼちゃ屋のカレーも、もっと凄いという星空も、まだまだまだまだまだまだまだ体験したいことがいっぱいある!!!!!絶対また行くぜ!!屋久島!この旅で会った人にはまたいつか会う気がするよ。また会う日まで!
by wavesll | 2006-10-01 23:31 | 私信 | Comments(0)

屋久島で過ごした一週間 最終日

8:00過ぎに起床。なーんでこんな時間に起きたかというと、酒を買うため(笑
屋久島では芋焼酎が生産されていて、中でも三岳は庶民の酒として広く親しまれていたのだけれども、近年の焼酎ブームのせいで島の人も入手しづらくなっている。もちろん、観光センターでも売ってるんだけど、それは割高。

で、どうするかというとスーパーの限定販売に並ぶのだ。

宮之浦には2つのスーパーがあって、ヤクデンでは1日2回売っているのだが、曜日が限定されている。
一方でわいわいランドでは毎日開店時に10本くらいだけ売っているのだ。で、遠いけど8:30くらいから並ぼうとこんな時間からおきたわけ。

ところが、色々雑事をしてたら半になってしまった。そしたら、今までいろんな楽しい旅の話を聞かせてくれたおじさんが「クルマ出そうか」
あざーす!

俺の2つ後ろに並ぼうとした人はアウトだった。ぎりで一升瓶買えた。あらためてどもでーす!
白谷行くときに買った五合瓶とあわせて送るために、今度はユースから五合持って歩いた。
c0002171_22122220.jpg宮之浦の空は晴れている。

俺が着いたときよりちょっと空気が秋になってきた感じがする。台風が抜けてからめっきり秋になったらしい。

屋久島には2種類のコンビニがある。Mマートとiショップだ。Mマートでは立ち読みをさせてもらった。

歩いてたら「○○君!」あー、昨日お世話になったモスの人だ!「また必ずどっかであいましょーねー!」

ユース着いたら10時過ぎてた><
でも宿の主人のミッキーさんも笑顔で送り出してくれた。

しっかしでも予想外に時間がかかったせいで、高速船の便をふたつ逃してしまった。アンケートのサンプル数がー><

結局アンケートは全部で29取れた。中学生からご年配の方までみなさん、ご協力ありがとうございました。

おみやげとバッグといっぱい持ってロケットに乗船。

去り行く屋久島を眺めながらもののけ姫を口ずさんでたら、ちょっと涙ぐみそうになった。



張り詰めた弓の震える弦よ
月の光にざわめくおまえの心
研ぎ澄まされた刃の美しい
その切っ先によく似たそなたの横顔

悲しみと怒りに潜む誠の心を知るは森の精
もののけたちだけ
もののけたちだけ




船で白谷に一緒に言ったあんちゃんと一緒になった。この人とは行きの船やシーフォレスト初日でも一緒だったらしいし、太鼓コンサートでも一緒になったし何かと縁がある。

なんと愛子を買えたらしい!!!!愛子は屋久島の人でも慶事にしか飲まないような幻の酒で、酒屋さんがおじいちゃんの古希に買ったけどあまってたので売ってくれたらしい!いいなー!

途中で種子島を経過。海上自衛隊の船が泊まってた。

そこから佐多岬に着くまで、窓の外をぼーっとみてたら水面付近をヴィーーーーンと飛んでいるモノを発見。飛び魚だ!ほんとにとんでる!すげーーーー!

佐多岬を越えると漂流物が増え、その上らへんを白い蝶が飛んでいた。

鹿児島上陸!!!

天文館行きのバスが出てたから乗り込んだら、あんちゃんも乗ってきた。話を聞くと同じ便で羽田に帰るらしい。

「一緒に白熊くいませんか?」というと「旅は道連れだしね!」

と、いうわけで男2人して天文館のむじゃきで白熊食ってきた。
白熊というのはでかいカキ氷のこと。店内はすいてたけど、普通に量多くてうまかった。色々入ってるのもうれしい。あと、黒豚も旨かった。

ウェイトレスさんに天文台があるんですか?と聞いたら、天文館はその跡地に立てられたショッピング街だという。天体望遠鏡とか残ってたらいい観光の目玉になると思うんだけどなー。

そこから路面電車で鹿児島中央駅前へ。俺路面電車乗ったの初めてだ。

案内所で空港へのバスの発着所を聞いて、そこへ向かう。しっかし鹿児島の女の子ってのはなまりもそうだけどかわいいなーとか二人で話す。

バスに乗ること40分、鹿児島空港に着いた。

チケットの手続きをした後、外へ出たら眩い夕陽が。この旅に出て初めての夕陽だ。2人で夕陽の一番近くまで駆け出して、写真を撮ったり眺めたりした。

まだ飛行機の時間までは時間があったから、空港内のお土産売り場でさつま揚げを試食したり、近所の小学生が描いた絵を見たりした。

ロビーで屋久島に行っていたというおばあちゃんと話をしていると、見知った顔が。
南大東島の話をしてくれたおじさんやそのほかユースで一緒だった人が全員で5人。みんな一緒の便だったのかw

そして搭乗。隣に座った横浜観光に行くという女性と話をしたり、機内の雑誌を読んだりしてたら羽田に着き、荷物ロビーでユースで一緒だったかたがたにお別れを言った後、京急に乗って帰路に着いた。

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by wavesll | 2006-10-01 22:21 | 私信 | Comments(0)

屋久島で過ごした一週間 6日目

真夜中に電話が鳴り響いた。「もう3時半か(アラームをかけたから)」

しかしまだ1時ちょい前。電話をかけてきた相手は、明日劇の差し入れにいけるかどうかという無理なことを言ってきたw

で、目が覚めてしまったので、水を飲みに談話室に言ったら、同室の外人さんがいた。

"Hello"と声をかけてみて、世間話をしてみた。彼は東京で英会話の教師をしているひとで、屋久島には昨日ついて、5日滞在するらしい。で、今日は縄文杉にいくそうだ。
こんな時間に談話室にいたのは、ベッドの寝心地が悪くて首が痛くなってしまったかららしい。

どこがいいか聞かれたので、ynacの沢登りツアーを紹介したら、大変興味を示された。

他にも将来の夢とか、今何やってるのかとか色々語った後、(アラームが3:30になるからと断った後で)部屋に戻り、寝ようとした。

が、結局寝れず。。。。。3時間睡眠で縄文杉に挑むことになった。

c0002171_11522218.jpg4時20分からユースの前の道路で迎えを待ち、27分ぐらいに迎えがやってきた。
今日申し込んだガイドはモス・ガイドクラブ。なんでynacにしないかというと、あそこは高いのもあるが、縄文杉ツアーはやっていないためだ。

途中で弁当屋さんによって弁当を受け取った後、クルマで山を登る。縄文杉は屋久島の奥深くにある。今目指しているのは一番ポピュラーな登山口である荒川口だ。

着いた。「屋久島で一番人が集まるところですよ」の言葉にたがわず、まだ暗いのに道にはクルマがびっしり。

入念に、10分くらいストレッチをして、山にお祈りしてからいよいよ歩き出す。最初に歩くのはトロッコ道だ。

屋久島では今は立ち木は切ることができない。しかし、土埋木と呼ばれる倒れてしまった木を回収することは世界遺産エリアのほかでは許されている。

屋久島の世界遺産エリアは島の20%。そしてそこには実はほとんど屋久杉の生育林は入っていない。林業との兼ね合いで、林野庁と環境省が折衝した結果だ。

そして今日歩くトロッコ道は、実は途中までは今も使われているのだw

トンネルを通って、昔使われていたトロッコで小さな杉を見て、岩に張り付く薄い土壌の説明を受けた後振り返ると、朝日が昇っていた。

トロッコ道ではところどころに段差や橋がある。特に橋は手すりがないものも多いので、そのときは前から後ろへ「橋注意でーす」とリレーするのだ。

で、さっき言ったトロッコの分岐点(これまでは山師の線路。ここからは行政が管理する線路)のところまで歩いてきたとき今まで歩いてきたほうからなにやら音が。

トロッコだ!!!うぇーー、あれ橋渡ってるときとかにきたらリアルスタンドバイミーだなとか思った。トロッコに乗ってるおっちゃんが、ガイドさんの一人に合図してきた。

「実は僕は数年前まであそこで働いていたんですよ。」
「山師は山を知らないといけないから、自然とガイドの知識も身につくんです。」

それで色々山師のことを教えてもらった。中でも今屋久島には一人しか残っていない超一流の山師、"抜刀師"の話は特に面白かった。

今日は晴れていて、しかも昨日雨が降ったから、苔に水滴が球体についていて、光にきらめいてめちゃくちゃきれいだった。

途中、昔使っていた集落で朝飯を取った後、行きの道は写真も撮らずにスタコラサッサと急いだ。と、いうのも縄文杉のテラスは昼過ぎにはめちゃくちゃこんでしまうからだ。

途中で今朝話した外人さんに会ったりした後、トロッコ道は終了。大体集落までが90分、そこからが90分だった。休憩所のトイレの匂いが激烈だった。

そこからの山道のほとんどは、山を守るために木道がしいてあって、非常に歩きやすかった。急な坂が続くところが3箇所あるのだが、そこを超えればもう楽チン。何より酸素が多いから、あまり疲れずにすんだ。
途中でひんやりした木々に額をひっつけてパワーをもらったしねw

そして登ること2時間、縄文杉近くまで来たら、全員(今日は客8人、ガイド2人の大所帯だった)で一気に見るためにみんなで顔を伏して、縄文杉が生えている岩盤に足をかけ、テラスへ上り、「ハイ、いいですよ」

おおおーーーーーー!凄い。白い肌はうねっていて海のようだ。

縄文杉は昔はそばまで寄れたのだが、苔が落ちてしまったりしたり、根っこが痛んでしまったため、今は6,7m離れたテラスから見ることになる。

江戸時代には見つかっていたらしく、その伝承をずっと信じて探していた人が、昭和41年に発見したという。

普通のカメラじゃとてもじゃないけど1枚では収められないため、今回は3枚使った。

テラスで外人さんと再会。アメリカ人の生"Unbelievable!!"を聞いてしまったw

今日のテラスは300人ぐらいらしい。これがピーク時には1000人を超え、押し合いへしあいの怒号飛び交う現場になるそうだ。観光客は9月を過ぎるといなくなり、11月でほとんど終了。
12月に雪化粧(そう、屋久島の奥岳には雪が降る)したこの森を眺めて、酒を飲むのは格別だそうだ。

縄文杉が木肌をさらしているのは、森を開けたために光がさして乾燥して苔が落ちたから。だから裏面には今でも苔が残っている。今、植林をしているそうだが、シカに食べられてしまってなかなかうまくいかないらしい。

と、いうのも屋久島は土壌が薄く、木々の成長が鈍いからだ。なんと年輪は一年で指紋ほどにしか増えないらしい!それを考えるとあらためて縄文杉の驚異に恐れ入る。

結局20分程テラスにいた後、下り始めた。

帰り道では、来るとき見てきたこの道で一番すらりと生えているヒメシャラや、木に巻きついたり門を作っていたり象の形になっていたりするヤマグルマ、夫婦のように枝を繋いでいる木木や仮面夫婦を見た。

白谷雲水峡でも多く見かけたヒメシャラは赤いツルツルの木肌が特徴的な木だ。成長するにつれ、ぺろっと皮が剥がれ落ちるので、苔がついてないのだ。

ヒメとつくのは小さいものが多いが、ヒメシャラは沙羅双樹のサラの大きいverらしい。

また湧き水がでているところがすぐ数箇所あった。縄文杉が飲んでいる水と、あと2箇所。それぞれ全然違う味らしい。いや、そんなにわからなかったwでも、岩から染み出た水だけあってとってもうまかった。

これで今夜三岳を割るために、もってきたペットボトルにつめておいた。

雪の重みでぶわぁっと枝が広がっている木や、縄文杉が見つかるまで最大だといわれていた大王杉も見た。

杉の大きさというのは高さとはまた違って、太さとか威圧感とか言うものだ。実際に切って年輪を数えないと正確な樹齢はわからないが、大体の大きさから推測をつけているらしい。

ちなみに一番高い杉というのは、谷の部分(土壌が深い)に生えている名も無き杉らしい。なぜ高い杉には名前がついてないかといえば、まぁ凡庸な形というのもあるだろうが、あまりに高いと折れやすくて長生きしないからだそうだ。

そうしているうちにウィルソン株まで戻ってきた。豊臣秀吉の命で切られたという屋久島最大の切り株であるウィルソン株の中に入って、身を休めると、静かな水のせせらぎが聞こえてくる。

ここには神様がすんでいるらしい。そういわれて、信じてしまうような、とても神秘的な場所だった。

実際過去に霊感の強い人を連れてきたら、「ここの神様は十分に祭られてなくて怒っている」と飛び出たそうだ。それ以来、モスの人はほぼ毎日祈りを捧げているそうだ。

切り株の中の祠に祈りを捧げてまた歩き出した。

モスではほぼ毎日縄文杉に来ているそうだが、毎月16日は神様の日だから、山には入らないそうだ。前日は、村の代表者が山に入るらしい。

次に出てきたのは、実は大王杉よりでかいという爺杉。幹の真ん中に穴が開いていて、そこから光がさしていてとてもきれいだ。

それにしてもこの根。太い!すっげえなぁ屋久杉。
自然でこんなのありえるの!?っていうオドロキにこの島は満ちてる。

今日は本当に苔に付いた水滴がきれい。白谷雲水峡でも「雨のときもきれいなんだろうなぁ」と思っていたから、ほんとにこういうのはうれしい。

今日はガイドさんは2人なのだが、そのうちの昔山師だった人はこの島の出身だそうだ。
「地元出身のガイドさんは多いんですか」と聞くと、「いえ、登録しているガイド160人のうち地元出身のものは15人だけです。だから絶対にやめるなといわれているんですよ(笑)」という答えが返ってきた。

屋久島のガイドはほとんどは外から来て屋久島の自然にほれ込んだ人たち。どのように島に利益を帰せばいいのだろうか?考えなくてはならないことのひとつだ。

そして山道終了!トイレのある地点まで戻ってきた!やっぱ激烈だw

この沢の写真は山道が終わったところの橋から撮ったもの。
c0002171_1257447.jpgあぁ、トロッコ道に戻ってきた。またここからが長いんだよなぁ。

だからなるだけ周りの人と話すようにした。

今日のお客さんは俺含め4組。俺、一人の女性、女性3人組。男女混合の3人組。俺が最年少だった。まぁ、縄文杉までは一本道だし、結構みんなガイド雇わず登るらしいからなー。今回はynacとモスでガイド代だけで5万弱かけてるからなー。学生旅行としてはかなりリッチな部類に入るよな。

女性三人組はとにかく写真をとりまくってた。行きの時はあまりに遅いんでカメラ取り上げられちゃうくらいに撮ってたw

男女混合組は船橋からきていて今は宮之浦の満天に泊まっているそうだ。

一番年が近い女の人はモスガイドクラブがやってる宿に泊まっているそうだ。毎日結構な騒ぎらしいw
この人は今までも小笠原とか、インドとか、ヨーロッパとか、学生時代にとにかく旅をしまくったらしい。ユースでも思ったけど旅の話をいっぱい持ってる人って好きだ。だって旅の話って全部楽しい話だから。

でも、その人は学生時代にもっと苦労を積んでおけばよかったといっていた。旅は基本的には消費の行為だし、人間的に鍛えられないと。確かにそれも一理あるよな。でもやっぱり俺は旅好きな人が好きだなーと思った。

あとはガイドさんからこんな話を聞いた。
屋久島小学校、屋久島航行はあるけれども、屋久島中学はないらしい。
だって略したらヤク中だもんなw
そんなこんなで「ヤク中~!エイ!オウ!エイ!オウ!」声張り上げながら歩いたw

モスさんはザトウムシを蜘蛛の仲間といっちゃうような大雑把なところがあるけれど、非常にトークの楽しい2人だった。

名前の付いている杉のうちでは最も背が高い三代杉を見た後、朝食休憩を取ったあの集落跡広場に戻ってきた。

昔はここに小学校まであったという。今は鹿に食われて背の低い丸くなった木木があるばかりだ。

橋を渡らず川原に下りて、でかい岩の上で寝転んだ。対岸は春になると山桜が咲き誇るらしい。

そしていよいよトロッコの分岐点まで帰ってきた!ここからは木道はなくなる。

朝もお祈りした鳥居にお礼を言って歩き始めた。トロッコがこないように願いながらw

で、お祈りが通じたのかトロッコは来なかったけど、こっからが結構長かった。

子一時間ほど歩いて、朝見た使われていないトロッコのところまで来た。
トロッコに生えてる4歳の杉太郎も何千年後には縄文杉のようになっているのだろうか。
そう考えると俺という人間が関われる屋久島って悠久の時間のうちのほんの一瞬なんだなと思った。

そうしてついに帰ってきた=====!!!往復22k!!11時間かかった計算だ。

でもさらに先までトロッコ道は続いていて、あと11時間歩けば安房の町まで着くそうだwえ、何この振り。いかないいかないw

実際この道は通行は不許可だそうだ。

また入念なストレッチで体をほぐしたら、参加者全員に縄文杉まで行ったと言う賞状が手渡された。そしたら俺だけ名前間違ってたw(でも後でちゃんとしたのくれたよ)

帰りのクルマの中、THE BANDのLAST WALTZが響く中、昔は各地のユースをめぐっていたというガイドさんとずっと話していた。今もオフのシーズンは離島を回っているらしい。

一人じゃ暇で電話しまくってた話をしたら、「そうそう!なかなかあっちはわかってくれないんだよねー」と言ってたw

途中でクルマから振り返ると、山々の奥に今日昇った縄文杉の山が見えた。

満天によった後ユース到着。ありがとうございました。

風呂入って部屋に戻ったら外人さんがいたので、明日かえるからと地図とか色々渡したら、握手を求められ、お互い自己紹介した。なーんかうれしい。というか、人に親切にされると人にも親切にしたくなるよね。

今日はガイドさんに聞いたたぬきという居酒屋を探したが、見つからなかったのでがんこ屋と言う居酒屋に入ったんだけど、たいしたメニューも無く、トークも盛り上がらなかったのでビールと餃子だけ食べてまた潮騒にいってきた。

で、一昨日見たキビナゴのてんぷら食った。うーん、んまい!海で見てたときからてんぷらにしたらんまいだろーなーって思ってたんだー☆

で、帰ってまた談話室に入り浸った。

ドラゴンフルーツをみんなに振舞ったり(中はゴマみたいな色してた。味は可もなく不可もなく)、とんでもない天をみてたりした(遠くでビカビカ稲光が光ってるのに真上の空は星が光ってた)。

あと、沢登りで一緒になったご夫妻がいってたこだまの写真のサイトを見た。
見た感じオーブっぽいけど、ちゃんと目も写ってるしほんと不思議。しかもこれ、肉眼でも見えてたらしい。

もしかしたらもののけ姫の取材クルーが撮った写真にも写っていて、そこからこだまというキャラクターが産まれたのかもしれない。

もう最後だからいいだろうと思って実は論文を書いていてアンケートをとってるんですといったら、みんなアンケートに協力してくれた。ほんとこのしまで会う人はいい人ばかりだ。

夜更けまで浴びるように三岳を飲ませてもらって(また森の水で割るとうまい!)、何時か忘れたけど就寝。明日はこの島を離れなきゃならないと思うと、時間がすぎるのを止めたかった。

最終日へ
by wavesll | 2006-10-01 21:23 | 私信 | Comments(0)

屋久島で過ごした一週間 5日目

c0002171_10145595.jpg昨日は飲みすぎたw

でもなんと起床は六時!なんでかっていうと鹿児島で6:36分にロケットの発射があって、テラスからその様子が見れるかもしれなかったからだ。30分くらいにぞろぞろみんな出てきた。
でも結局曇りでその様子は見れなかった。から、ネットでの動画を見て満足することにした。

その後二度寝してたら10:00過ぎててユースのお姉さんに起こされたw結局半ぐらいに宿を出た。

ぶらぶら近所のスーパー、ヤクデンへ歩いて、お茶とモンキーバナナを買って、もぐもぐ食いながら港へ歩くと、ちょうどトッピーが出発したところだった。

まーなんで来たかというと、アンケート取りに来たんだよね。論文用の。船の待ち時間だったら時間あるかなーと思って。ちょっとロケットの待合室で時間をつぶしてたら、11:00くらいから人がやってきた。で、いろんな方にとらせていただいた。

20代、30代と50代が多かった。あと、今日が帰りの熊大の2人組みや、白谷雲水峡で一緒になった女の人(フレンドに泊まってた人)に会ってちょっと世間話したりしたw
「学部に似合わないことしてるねー」っていわれちゃったよwいやーホント興味の方向が外れてたからなーw

そんなわけで、2つの便でだいたい16くらいサンプルを集められたところで、次の便まで2時間間があったから飯を食いに出かけた。

出かけた先は、初日に宮之浦歩いたときに気になった+電話してたらmixiのコミュニティ情報+昨日ユースでおじさんから勧められたという屋久島らーめん&カレー屋さんの「かぼちゃ屋」だ。

この店は11時から15時までしか開いていなくて、俺が行ったときもちょっと待ち時間があるほど混んでいた。

待ってる時間に店内のみやげ物コーナーを眺めてみたら、写真や山尾三省氏の詩集、焼き物があったりした。

相席をさせていただいたおばさん二人組みとぺちゃくちゃしゃべりながら屋久島らーめんを頂いた。さば節でとった出汁に味噌があわされたスープにさばの燻製と飛び魚のさつまあげが入っていてかなりのボリューム。なかなか食べれなそうな味だった。
でもほかの客が食ってたカツカレーがめちゃくちゃ旨そうだったんだよなー、うーん、月曜が休みじゃなかったら食べれたのになー><

ちょっとまだ時間があったので屋久島環境文化村センターに行った。
もう一回港の観光案内所で割引券もらって、280円で入ることができた。

展示は結構充実していて、屋久島の模型と降水量とか、海の生物、山の植物・動物、屋久島の言い伝え、屋久島の歴史、そして屋久島の自然の映画が上映されていた。

屋久島は1400万年前に花崗岩が隆起してできた島。

ゴマサバを一本釣りして、その場で首を折って〆る。
飛び魚はトロール漁、100mから200m飛ぶ。
アカウミガメは5月から7月に産卵、8月に赤ちゃんが海に帰る。

十五夜引き。

アオバトはウォーン。

屋久島は薬の原料の宝庫。ガジュツとか。

泊如竹は、江戸時代に、それまで神様のものとして切られなかった屋久杉を切ってもいいと島民を説得して、伐採が始まり、そのおかげで屋久島の経済は潤った。

山姫・えびす様と金剛石・二十三夜様・先島丸・みやこだらの精・天鼓・鬼子・日増上人・七子岳といった伝承。

縄文人と丸木舟、弥生土器、隋書に夷邪玖人、鑑真漂着と遣唐使船、平安貴族が好んだ屋久貝、泊如竹と伐採、秀吉と屋久杉、その時切られたのがウィルソン株、イタリアの侍・シドッチの漂着、伊能忠敬、1914年ウィルソン博士、1921年屋久島憲法により国有林に、『浮雲』「月に35日雨が降る」、椋鳩十と屋久島、1966年縄文杉発見、1993年世界遺産登録。

特に、鳥の鳴き声が聞けるコーナーと伝承のコーナーが面白かった。

あと、映画も面白かった。でっかいスクリーンで大迫力の映像体験だった。あと詩のナレーションが阿部寛だったw

15:00ぐらいにトッピーの待合所でアンケートをとった。こっちのほうが年齢層が高めな気がした。

もう一度センターで映画を見た後、ふるさと市場でドラゴンフルーツなる面白い形の果物を買った。

で、ユースに戻って、荷物を片付けて、風呂に入ると、白人さんがいた。でもあまり話さないうちに出て行ってしまった。で、その人はなんと俺と同室だった。

そのあと談話室でしゃべりこんだ。
なんでも今夜公民館でふれあい和太鼓コンサートが行われるらしい。
一緒に行くことを約束して、それまでのうちに首折れさばを食おうとさなえさんに紹介された「とし」に出かけた。

隣で焼き魚食ってる女性と話しながら、大将が目の前でさばをさばいてくれるのを見て、刺身で頂いた!うまい!こんなにさばってうまかったの!?ってくらいうまかった!こっちの甘い醤油とよくあっていた。

おいてあるTVで、鹿児島の甲子園代表だった今吉君が運動会で応援団長で盛り上げていたというほのぼのニュースが流れていた。

で、ユースに戻って、2人で公民館まで歩いた。ほかにもクルマで島巡りのおじさんと、同室のあんちゃんと、ちょっととんがった感じのおじさんが向かってる。

一緒に歩いた女の人もynacでヤクスギランドツアーに参加したらしい。ynacは屋久島のエコツアーの老舗で、「ドル箱である縄文杉ツアーは十分な説明ができないし、観光客の集中を招くので行いません」という気合の入った会社だ。学術的にも非常にレベルの高いことをやっているらしく、おれ自身高校の生物の先生に紹介してもらったところだ。その女性も、研究所に勤めているらしいが、同僚に勧められて参加したらしい。

屋久島の和太鼓の歴史は思いのほか浅い。30年前に屋久島に伝統芸能を作ろうとして作ったものらしい。毎年、年の瀬に、益救神社に屋久神太鼓を納めているらしく、なんと今日はその日だけにしか見れないはずの屋久神太鼓も見れるらしい。

そしてもうひとつの目玉は屋久杉で作った大太鼓。いびつな形が特徴的だった。

3曲披露された後、観客がステージに上がってなんと太鼓をたたかせてもらうチャンスが!そりゃステージに上ったよw

で、でかい!やっぱでかいなーと思ってたら「○○君!」あー!白谷雲水峡に一緒に行った晴耕雨読に泊まってる女の人だった。「他にもあの人もいるよ」といわれてみてみると、一緒に行ったフレンドに泊まってる男の人もいたwみんな集まるなー。旅先で何度も会うってなんか楽しいw

で、俺も写真に写ってる屋久杉大太鼓叩かせてもらった。力入れても全然大丈夫だった。

最後に披露されたのが屋久神太鼓。善の神と悪の神が太鼓合戦をするというこの屋久神太鼓もなかなかに見ごたえがあった。

帰りはおじさんのクルマで帰って、すぐに寝た。と、いうのも明日は縄文杉ツアーに参加するので、迎えが4:20だからだ。

というわけで22:30就寝。

6日目へ
by wavesll | 2006-10-01 20:25 | 私信 | Comments(0)

屋久島で過ごした一週間 4日目

c0002171_18415991.jpg7:30起床。朝食を食べて、水着をはいて、用意をした後荷物をまとめて、布団をたたんで、シーフォレストを後にした。おっちゃん、おばちゃん、お世話になりました!ありがとうございました!

いつものように宿の前でワゴンに拾ってもらう。今日のダイビングのガイドさんは高橋さんだ。ちょど後の客が宮之浦ユースに泊まってるということなので、ユースにて荷物を預かってもらった。

で、その時あった今日一緒に潜る仲間が、なんと鹿児島北埠頭でアンケートをとった二人だったのだw!凄い偶然。二人は熊大の学生らしくて、昨日はリバーカヤック、一昨日は白谷雲水峡ツアーに参加してたらしい。

事務所でブリーフィングを受ける。今日は台風の影響もあって、うねりがけているかもしれないから、一奏の先の吉田で潜ろうということだった。

で、クルマで向かう時、外を眺めていたら、バス乗り場で待つ二人組みと目が合った。あー!そう、彼女たちは一緒に沢登して、昨日も森で会ったあの二人だったのだ。こりゃまた凄い偶然!というかこの島が狭いのかw

高橋さんは元々は東京の人らしいのだが、屋久島の海にほれこんで移り住んでしまったらしい。高橋さんがいますんでいる志戸子の集落を通る。道の脇にはりっぱなガジュマルが生えていた。

屋久島で海に潜る人は少ないらしい。観光客はやっぱり縄文杉とか白谷雲水峡に行くし、地元の人にとって海は漁場であるという意識が強い。

でも、この9月が一番ダイビングにいいそうだ。夏に産まれた卵が孵って、ちょうど人間に見えるくらいの大きさまで赤ちゃんが育つのがこの季節なのだ。

話は飯のことに。なんと熊大の二人はずっとカップラーメンですごしていたそうだ。うまいものがたくさんある屋久島だけに、それは辛いなぁ。

首折れさばが食べたいんですと言ったら、宮之浦にある魚屋さんを紹介してくれた。3人で分ければ結構安いとのこと。こりゃ夕飯が楽しみだ。

首折れさばは一奏、飛び魚は安房で水揚げされるらしい。一奏というのは一番良い港という意味だそうだ。

港で氷を自販機で購入した後、いよいよ吉田に入り、海に入ることになった。

今回の装備はynacの倉庫から取り出したもので、ウエットスーツとゴーグル(度つきではない)、靴に手袋にフィンといういでたちだ。これで午前中はシュノーケリングをする。

なーんにも知らない人向けの体験ダイビングのコースだから、基礎の基礎、装備の着方や持ち方から教えてもらった。片手で持つのが経験者らしい。

まずはウエットスーツだけ着て水に飛び込む。うわ!浮く!!!ぷかぷかぷかぷか浮いていたwやっぱ塩辛いな、海水w

そこから上がるのに3人とも苦労して、やっとのことで登ってみたら3人とも岩ガキで手を切っていたw

次にフィンのつけ方とゴーグルの装着の仕方を教わる。ゴーグルは曇り止めのために唾を吹きかけておく。

で、水に入るとさっそく生き物が。ウニだ!水の中ではウニは白い触手を出していた。

その後水の出し方や浮かび方、泳ぎ方を教わった後港の中を一回り泳いでみる。

いかにも熱帯って感じの黄色や黒の三角っぽい魚やなまこに会った。

しっかし、水が良く入ってくるなー。でもすぐ浮かんで出せば良いから、特に問題はなかった。

その後いよいよ浜辺から海に入る。

うーーーーーーーわーーーーーーーーーーーー!!!!!すっげーーーいる!すっげーーーいた!サカナが!!!!

とりあえずサンゴの穴には全部ウニが入ってるし、青いでかい魚がいるし、ちっちゃいのなんかわんさかいるし、全然浜から離れていないのにこんなにいるなんて!すっげーー!

特に凄かったのがキビナゴの大群。銀色の小さな魚がもう群れて群れて、水の中でぐうわーーーーー泳いでた。みんなで同じ方向に動くからきらめきが凄かった。

で、そのキビナゴを狙ってるのがダツ。細長い体が海面ぎりぎりに見えた。

そしてイソギンチャクのところにはクマノミの家族が暮らしていた。

ニモで有名になったクマノミは面白い種で、産まれてきたときは全員オスなのだ。ひとつイソギンチャクの中で暮らすうち一番大きいものがメスとなり、次に大きいのがお父さんとなる。そしてこの夫婦は残りの子供にえさを与えず大きくしないようにするのだ。メスが死ぬとお父さんがメスとなり、子供のうち一番大きいものがお父さんになるらしい。

そんな感じで1時間強泳いだ後、浜へ上がって昼食となった。

またこの昼飯がうまいんだ。なんと高橋さんがなべとガスコンロを用意してくれて、前菜は飛び魚の練り身を油できつね色まで揚げたもの。飛び魚は身が引き締まっているから油との相性がバツグンらしい。こいつを塩でいただく。うーん、んまい!

で、本日のメインディッシュは屋久島名水うどん!
長崎県の五島のうどんといえば讃岐に並ぶにっぽんのうどん。そこの職人が白谷雲水峡を訪ねたときに「ぜひこの水でうどんを作ってみたい」とynacにポリタンクが届けられたそうだ。
で、今ynacと提携して作ってるのがこのうどん。細長くて、こしがいかにもありそう。
こいつを九州の甘い醤油と、屋久島名産さば節のつゆ、鹿児島地鶏のたまご、高橋さんの近所のばあちゃん(ばい)がつくったねぎでいただいた!つーかこれまじうまい。まーじんまいわこれ。今日来たかいがこの飯だけでも十分あったなー。

食休みの後、いよいよダイビング。

とはいっても今回は「王子様スタイル」。自分は何にもしないで、耳抜きだけで、あとは高橋さんに身を任せて水中遊泳を30分するということ。3人いるから残りの1時間はシュノーケリングしていた。

またこのダイビングが面白いんだ。最初は耳抜きがうまくいかなかくて耳が痛くなったけど、鼻から息を出すようにすると大丈夫だった。

さっきのシュノーケリングとはまた違った、サカナの目線になる感じが面白かった。特に面白かったのはイソギンチャクに近づいたときお母さんクマノミが口ぱくぱくさせて威嚇してきたのと、あとはやっぱりキビナゴの大群!こんなにキビナゴがいるのなんか稀なんだそうだ。

酸素ボンベと重りをつけて浜に上がるとずっしり重い。装備をはずして、レインコートに着替えて、高橋さんからヨーグルッペという飲み物をもらって飲んだ。甘くておいしかった。

帰りに大浦の湯によった。湯船でつかりながら3人でいろんな話をしてたら長湯になってしまったwてゆーかこの風呂シャワーの温度調節が難しすぎwww熱湯か冷水しかできないんだもんなぁ。

たたみに寝っ転がって、おじいさんがいれてくれた麦茶を飲みながらまた海の生き物の話を聞いた。

海には危険な生物も多い。ぱっくりはさんだら絶対離さない貝とか、殺人毒針吹き矢のアンボイナという貝とか。あと、ダツは光に向かって突進するそうで、ナイトダイブでライトを水平にしてると、ダツによって失明になることもあるらしい。

そんなこんなで宮之浦に戻って、下ろしてもらって、料金の支払い。学割で3日間コースで40000ちょっとだった。まじいろんな話が聞けたし、ynacさんのおかげで何倍も屋久島を楽しめたと思う。ありがとうございました!

部屋に入ると、まだほかには誰もいなかった。物干しに海水パンツやタオルを干していると、ひとりのいかついけど人懐っこそうな人が入ってきた。
その人はもう3日くらい屋久島にいて、平内のユースとかにとまっているらしい。一通り話した後、夕飯の誘いがきたので、熊大の二人と外に出た。

どーやら最後はまともな飯が食べたかったようで、ユースの日記に書いてあったという「潮騒」に入った。俺と一人はエビフライ定食、もう一人はトンカツ定食を食べた。まー味はそこそこだった。

ユースの談話室で20:00からの「三岳タイム」を鳥人間コンテストみながら待つ。東北大学の坊主が根性あってかっこよかった。足が攣ってるにも関わらずペダルをこぎ続けて、船の奴から「みんなの夢を落とすな!」と無線で言われて「ご無体な!」といってるのが受けたw

それを不敵にみてた日本大学の奴はヘタレだった。結局東北大学が優勝した。

みんなで三岳を持ち寄って飲み交わしながら色々な話を聞いた。
みなさん旅なれた方ばかりで、例えば南大東島など、日本の離島やユースホステルをめぐられてる人とか、日本各地をめぐってる人。同室のあんちゃんはなんと会社を辞めて今は西日本をバイクで回ってる途中だという!!!

あとはインド・ネパールをバックパックした人とか。ブッダガヤで停電になったときの夜空はもう映ってはいけないものまで光っていたらしい。

四万十川のカヌーの話や波照間島の大飯のユース、礼文の桃岩荘などの話を聞けた。

そんな話の中では俺の北海道自転車旅行なんてちっちゃな武勇伝だなーとか思ったり、世界は広い。この世はでっかい宝島だなw

その後同室の人とベランダに出て話し込んでしまった。

その人いわく、島時間というものがあって、なんにもない時間、酒飲んで酔っ払ったり、ぼーっとする時間が一番島らしい気がするそうだ。俺も島時間に浸れるようになりたいなーと思った。で、そのときはそろそろだなーとか思ったり。

今、数ヶ月旅を続けているらしいが、やっぱり一番楽しいのは人との出会いだそうだ。景色も凄いけど、やっぱり一番記憶に残るのはそこでであった人のこと。ほんとそうだと思う。特に一人旅だと、コミュニケーション欲が凄い刺激されるし、旅人同士の一晩の出会いはその人の人生のハイライトのきらめきが語られるから、凄く楽しさの密度が高い。
いつまでも話は尽きず、1時過ぎぐらいにそろそろ切り上げようということになってベッドに寝た。

あ、ちなみにこの日記の画像に関してはほかからの借り物です。デジカメが防水でなかったんで。魚名でぐぐってhitした画像を載せています。
上から、キビナゴ、ダツ、クマノミです。


5日目へ
by wavesll | 2006-10-01 19:19 | 私信 | Comments(0)

屋久島で過ごした一週間 3日目

c0002171_6451693.jpg朝。5時くらいに起きてしまったので2度寝。7:30に食堂に下りて飯を食べる。
おっちゃんと今日行く白谷雲水峡について話す。なんでも太鼓岩というところが非常にきれいらしい。
8:40にシーフォレストの前で迎えのワゴンに乗る。今日のガイドは昨日も一緒だったさなえさんだ。

途中、晴耕雨読でひとり拾った後、ynacの事務所に着いて、2人と合流し、俺含め客が6人、そしてさなえさんでブリーフィングをする。

まずは屋久島の成り立ちから。種子島の西に浮かぶ一周130kmのこの島を思い浮かべるときは、ひっじょーにつばの狭い麦わら帽子をイメージしてほしい。
と、いうのも海岸から少しだけ平地があったと思ったら、すぐに山がぐわっと1000メートルぐらいまで上がって、そこからゆっくりとしたカーブで2000m付近まで中心に向けて上がっていくという地形だからだ。

なんでこんな地形になったかというと、屋久島はマグマの活動によって作られた島だから。もともと海底の堆積岩の地質のところをマグマが押し上げたのだ。マグマは地表には出なかったため桜島や口永良部島のように火山はないけれども、現在の屋久島はほとんどが花崗岩でできた島だという。堆積岩は平地にわずかに残されたのみらしい。

今日は白谷雲水峡を、大体5・6時間かけて歩く予定だ。

事務所から山道を走ること小一時間、白谷雲水峡の入り口にやってきた。
その途中で道路に降りて、山をみると、この山には2種類の木々があることがわかる。
ひとつは「いかにも木」といったとんがったフォルムの木。もうひとつはこんもりとしたブロッコリーのような感じの木。

まだ大体海抜600mくらいなので、本来は後者の照葉樹林の森だったのだが、ヒトが杉を植えたため、針葉樹林である杉と混ざった森ができているらしい。
どんどん山を登っていくと、大体1000mから上は次第に針葉樹林だけの森になるそうだ。

トイレを済ませ、準備運動をした後、本来の道とは違うところから登山開始。
この道は楠川歩道と呼ばれ、昨日通った楠川の町のヒトが古くから「岳参り」のために使っていた道で、上りやすいように石が置かれている。

岳参りというのは屋久島に古くから伝わる慣習で、集落の代表者がその年の村の平和を願って奥岳に住むといわれる山の神様に会いに登るという行為だ。屋久島の山々には集落の名前がしばしばついているが、それはやはり岳参りの風習と関係しているのだろう。
楠川歩道は江戸時代からは杉の伐採の際にも運ぶ道として使われていたそうだ。

まず森を歩くと、目に入るのは緑、緑、緑!石も、木も、全部が苔に覆われていて、美しい緑が眼前に広がっている。

花崗岩の方状節理や、苔の説明を受ける。特に「いたちのしっぽ」と呼ばれる苔は、ふさふさしていていつまでもさわりたくなるような感触だ。

さなえさんが道に落ちている丸い実を拾った。みんなに回してみて、「これは何の実でしょう?」
正解はリンゴツツジ。ほんとにリンゴみたいに赤くなっているのが木になっていた。

あと、道をクモみたいなやつが歩いていたので、そいつもさなえさんが拾ってみんなにみせた。
これはザトウムシという虫で、長い触覚で探っている姿が、めくらのヒトが白いステッキで探る様子に似ているため、座頭市から名づけられたらしい。見た目はクモなのだが、体に節がなくまるっこいので、節足動物ではなく、分類上はダニの仲間らしい。

ゴォーーーーっという声がしたので何かのケモノかと思ってさなえさんにたずねてみると、ここらへんの鳩の鳴き声だそうだ。黒い鳩がこの森には住んでいるらしい。

地面にちっちゃい黄色い羽が落ちていて、さなえさんは図鑑を出してこの鳥ですよといってくれたが、名前は忘れてしまったw

そうしてるうちに大きな杉のトンネルが見えてきた。ちょうど根元の下に人一人通れそうな空間が開いている。

これはなぜできたのか?これを解くキーワードが「倒木上更新」と「二代杉」だ。
木が育ち、倒れ、その上に苔が生え、種が落ち、また新たな木が生えることを倒木上更新という。その場合、木自体を養分にしているわけではなく、養分は根で地面から取り、倒木はあくまで種が固定されるスペースだということ。また木が倒れると太陽が当たるスペース(=ギャップ)ができるのでそのためでもあるということらしい。

そして杉の上にもう一本できた杉を二代杉というのだ。
このくぐり杉の場合、二代杉として育った後で、一代目となった倒木が腐ってなくなったため、こんなトンネルができたのだという。へーーーって感じ。

沢が流れているところで休憩を取った。ほんとに苔がきれい!!
苔の生育には湿度が絶対に必要で、1ヶ月に35日雨が降るといわれる屋久島は苔には最適といえるが、特に沢が流れるそばはベストオブベストな環境。森の精が生きているような美がそこにあった。

最初は石が結構気になっていたが、慣れてみるとこの山道でも結構顔を上げてられる。
そんな感じで道の脇をひょいとみてみたら。。。。鹿!!!!!!!
「うわ!鹿だ!」と思わず言ってしまったが、相手は驚かず、ゆったりと歩いている。
さなえさんも「さっきからケモノの匂いがしてたからいるかなーと思ってたのよね」
うわーーーー。みんなで写真撮ったwけど暗くてうまく写らなかった。
屋久島の鹿はかなりひとに慣れているから、ぜんぜん逃げないらしい。

森を登って山の説明を聞いていたら「あ、こんにちは!」
あーー!昨日一緒に沢を登った女の子二人組みだった。今日はガイドは雇わず自分たちで昇ったらしい。「すっごくきれいでしたよー」だって。こりゃー楽しみだなー。

そして、ついに本日の最終目的地点「もののけ姫の森」にたどり着いた。宮崎監督がスケッチした場所らしくて、もののけ姫の森っていう看板まで立っているwじゃあその前はなんだったんだよw
まぁその前から有名な写真スポットだったらしい。

大きな切り株があって、それは地面から1m以上のところできられているのだが、それにも意味はあった。というのも屋久杉は、きったその場で手ごろな大きさの平木にして、かついでもって帰るのだが、きれいな木目をとるために、根っこの部分ではなく、まっすぐ立ったところを切るのだ。そのためにわざわざ立場を組んで、のこぎりで切ったらしい。

また、切る前に丸い穴を開けて、木目がきれいかどうかを確かめてから切ったらしい。実際、切られずに、丸い穴だけが残されている杉があった。

と、いうか、きれいな杉は全部江戸時代に伐採されてしまったのだ。
屋久杉というのは樹齢1000年を超える杉だけで、それより下は小杉というのだが、現実的には、江戸時代の伐採を潜り抜けた大きな杉のことを屋久杉と呼んでいるらしい。

そんな説明を受けていると、陽が差してきた。もう夢中で写真を撮ったが、このきれいさは写真には写せない。楽園のようだった。

折り返しながらちょっと気になったので「屋久杉の寿命って、何年なんですか?」と聞いてみた。
そしたら「実は植物って、条件さえ整えば永遠に生きられるかもしれないの」という答えが返ってきた。実際は外部因子によって枯れたり折れたりして死んでしまうのらしいのだが、少なくとも屋久島はこの地上で永遠に一番近い島であるのは間違いないだろう。
c0002171_6504536.jpg歩いていると、結構、最近倒れたんじゃないかっていう木が多い。やはり台風13号の影響は大きかった。
「でもそれは悪いことではないの。そうやって木が倒れて、そして倒木上更新が行われて森が新陳代謝されていくのだから」
屋久島というと太古の森のイメージがあるし、実際それも正しいのだが、常に変化し続けている自然でもあるのだ。

あと、倒れている木にはたいていキノコがついている。弱った木にキノコは取り付いて、さらに弱らせるから、キノコがついている木は健康状態が悪い木といえるそうだ。

実際、標高が上がるにつれて、森が照葉樹林から針葉樹林に切り替わり、どんどん大きな木が増えていった。

針葉樹林エリアで大きな木は、スギ以外にはモミとツガがある。モミとツガは両方マツ科の木でよく似ているのだが、枝を見ると見分けることができる。モミは必ず枝が三又に分かれているのだが、ツガは不規則なのだ。

今歩いている原生林歩道は戦後作られたものだが、楠川歩道は古来からあるものだということ。屋久島のヒトと自然とのかかわりの長さ、これだけの自然が現在も存在することへのヒトと自然双方の力と智恵に改めて驚嘆する。

いちいち沢から石を運んだり、道を作ったり。とんでもない労力だ。そして女性のヒトは平木を80kg担いで走るように駆け下りたらしい。人間ってすごい。そして次から次へ生えてきたり、何千年も成長を続けたりできる植物はもっと凄い。何千年も持続的に成長できるシステムって、今人類が最も求めているものじゃないか。

やはり屋久杉は屋久島のシンボルだなーと強く思う。一本一本が凄く違っていて、みていてぜんぜんまったく飽きない。そりゃそうか、1000年以上生きればいやでも個性的になるよなw

と、ちょっと鼻につく匂いが。「ケモノの匂いがするからもしかしたらいるかも。」
今、鹿は繁殖期で、オスは自分の尿と泥を混ぜたものを首の辺りにこすり付けてフェロモンのように使っているらしい。

いた!今度は声を出さず。そーっと観察した。結構ちっちゃい。
「ヤクジカは本土の鹿と比べると小さいの。あれで成獣なんです。」

バンビみたいに白い斑点があるのがとてもかわいかった。

鹿はゆったりと草を食んだ後、山の中に消えていった。

ちなみにこの後もう一匹のオス鹿に遭遇したのだが、それもやっぱり暗くて(フラッシュ使えないから)良く撮れなかった。その鹿はなんかひたすら角を枝にからませてジャコジャコやっていたw
あれは角を磨いていたんだろうか?本当のところは鹿に聞いてみないとわからない。

白谷雲水峡にはくぐり杉のほかにも七本杉とか奉行杉とか、びびんこ杉(びびんこっていうのはおんぶのこと)とか3本足杉とか名前のついている杉があって、そんな杉を写真に撮りながら、時に根っこを触ったり、中に入りながら山を下っていった。

すると、目の前に黄色い鳥が!「あれが前見た羽の持ち主だったかも」

登山するとき、道に迷わないように、良く見るとちゃんと順路の木にはピンクのリボンが巻いてある。逆にこれがないところには絶対行っちゃいけないということだ。

ほんとにガイドさんの説明はためになって楽しい。目線を上に上げてくれる気がする。

あと、こっち来て思うのはぜんぜん虫が気にならないこと。普段だったらちょっと気持ち悪いなとか、嫌だなとか思うような虫も、むしろ興味深く、面白く感じる。それもガイドさんから影響を受けたのかもしれない。

屋久島の自然って五感で楽しめるんだ。目できれーーーーな緑を楽しんで、手でふさふさのいたちのしっぽを触って、木や葉っぱの匂いを感じて耳で動物の鳴き声や水の流れを感じて、そして水を汲んで飲む。

またこの沢の水が美味いんだ。なんでも雨がそのまんまながれるような軟水らしいんだけど、あぁ、水だなって感じで美味い!これで三岳を割るのが一番贅沢な飲み方らしい。

なんだろう。思うのは、いのちを大事にするってこと。
虫も、水も、樹も、鳥も、鹿もそしてヒトも。生きている。いのちがある。
いのちってきれいだし、いとおしい。だから大事にするんだ。
もちろん、自然はきれいなことばかりじゃない。台風や洪水など、荒々しい自然がある。
もちろん、人間はきれいなことばかりじゃない。どろどろした暗い感情が人間にはある。
でも汚かったりつらかったりしても、きれいなものがあるなら、大事にしよう。
そんな気持ちが、この島にいると沸いてくる。

最後の沢を超え、ちょっと歩くと、山道は終了!舗装された道路に出た。
で、最後に滝をみながら全員で記念写真を撮った。

今日のメンバーもみんな感じのいいヒトたちで、楽しく歩くことができた。

で、ついに最初の地点に到着!おつかれさまでした!

看板の前でさなえさんと一緒に写真をとってもらった。本当に二日間にわたりお世話になりました。ありがとうございました。

森の保全費用の募金箱があったから300円入れておいた。

なんでも前日に縄文杉に行ったヒトの話によると、縄文杉はこれよりきついらしい。と、いうかほとんど歩き通しなので、写真撮る暇もないらしい。(その反動なのかその人は今日は写真とりまくってたw)

ほかのヒトは昨日七子岳に登っていたり、あとは晴耕雨読のヒトはドクターから俺のことを聞いていたらしいw

帰りの車窓から、クワズイモのトロピカルな葉っぱとか、複線工事の様子とかを見てたら、んなんと猿がいた!うわー、ヤクザルもみれるなんてラッキー!!!

車内ではこのあとみなさんは何をするのかとか、そういう話題で盛り上がった。そして一人ずつ宿の前でお別れして行った。

ただいまー!と帰ってから、おっちゃんに海に行く道を聞いて、海辺に行って夕日みてた。で、電話したらそいつに屋久島いってまで電話してくんな!せっかくだから自分を見つめなおせよとかお決まりのこといわれた。まーやった人間がいうんだから間違いないけど、暇なんだよ。一人は。自分見つめるとかそーいうのはやろうと思ってやるもんじゃなく、気づいてたらやっているもんだというのが俺の持論だ。

暗くなったので宿に戻り、シーフォレスト最後の夕食。
今日のメインは鹿刺しだー!!!これで鹿の匂い、みため、音、そして味までも楽しんでしまったwあっさりしてて、こっちの甘い醤油ともあっていてうまかった。

わいわいランドに行くと「首折れさば入荷しました」のポスターが。まじ美味そう。絶対食おう。あと下のはキヨミズというサカナです。

シーフォレスト特製の飲み放題の麦茶を飲みながら、また電話してたら、相手はカラオケやってるらしくて、初日にかけた奴に「旅モードぜんぜん入ってないじゃん」といわれてしまった。
うーん、まぁ明日からはユースだし、電話しなくなるだろうなー。電話代もやばそうだしなw
で、九州出身の友達に鹿児島の面白いとことを聞いたら、特攻隊の知覧と、むじゃきの白熊がいいと教えてもらえた。天文館には帰るとき寄れたら寄ろう。

とかやってるうちに寝た。

4日目へ
by wavesll | 2006-10-01 06:47 | 私信 | Comments(0)

屋久島で過ごした一週間 2日目

c0002171_626640.jpg7:30に起き、朝食を食べた。おっちゃんと少し話す。屋久島の港で磯の香りがしないのは、急流が海に流れ込むからだそうだ。また去年沢登りで死んだ人がいたそうだが、その業者は鹿児島の業者で、天候の具合を判断しきれなかったせいらしい。

その後部屋で支度をして、8:30あたりから宿の前で迎えのワゴンを待っていた。今日から3日間、ynacにエコツアーを申し込んでいたのだ。初日の今日は沢登り。一体どんな日になるのだろうと青空の下待っていると、ワゴンがやってきた。今回のガイドは小原さんというおじさんとさなえさんという女性のひとだった。俺の他には3人乗っていて、みんな宮之浦に宿を取っているらしかった。

俺の隣の男の人は晴耕雨読という宿に泊まっているらしく、そこでは凄い自由な雰囲気で毎日騒いでるらしかった。民宿でもシーフォレストみたいに静かなところと、晴耕雨読みたいに騒げることろがあるのか。今度はそういうところにしようかなと思った。

今回は栗生川を登るらしい。行く道先で、小原さんからいろんな話を聞けた。曰く、楠川のほとりでは昔から砂金が取れて、製鉄所の計画まで立ち上がったらしい。そして古くはこの辺りにはたたら場があったらしい。たたら場!屋久島はもののけ姫のモデルになったとは知っていたが、たたら場まであるとは!

あと、すぐ横にある種子島の領主にとって屋久島は重要な拠点で船を作っていたらしい。そのための釘を作るためのたたら場だった。屋久島は古代日本の中で、ヤマトの偏狭という枠組みにとどまることなく、琉球や中国、アジアへの出入り口としての位置づけが今研究の中で明らかになってきているらしかった。

江戸時代は種子島と島津の間で領有権の争いがあったらしく、屋久島の古い墓で、黄色いものは、墓石が九州から取り寄せられたものらしい。黄色い石は屋久島にはなく、佐多岬のあたりでよく取れるものらしいからだ。

さらに、安房のあたりでは地名は漢字の意味でははかれないといった話や、モッチョム岳はいい港の目印になっていたのではという話も聞けた。あと小原さんは『もやしもん』のファンらしいw

途中で「三岳」の工場の横を通る。三岳というのは屋久島の芋焼酎で、庶民の酒だったのが近頃の焼酎ブームで、島の人も入手しづらくなっているらしい。ぜひ飲みたいですねーとかいっていたら、通りがけのお土産屋さんにワゴンをつけてくれた。なんとここで三岳が買えるという!普通の棚には並んでいないのだが、レジで「三岳ありますか?」と聞くと「ありますよ(^^)」。観光センターとかだと2000円以上するらしいが、なんと5合が980円で買えた!いいお土産ができたなー。

いわさきホテルにて一組のご夫妻を拾った。いわさきホテルはとにかく敷地が広いし、ロビーには屋久杉のレプリカはあるしで凄いホテルだった。

ご夫妻の、奥さんがとても陽気な人で、ワゴン内での会話が弾んだ。いわく、ホテルでは屋久島の名産の飛び魚や首折れさばがでてこない。民宿のほうが良かった。自分は函館の出身で神戸・横浜にも住んだが、神戸がやっぱりハイカラでいい。みんなで自己紹介をして、俺の隣に座ってた人はドクターで、ご夫妻の主人は会計士らしかった。もう2人は女の人で、会社員をしてる人と、今仕事を休んでいる人らしかった。

とか行ってる間に栗生の石楠花公園に着いた。

屋久島の石楠花は大体2年に一回咲くらしい。それも咲くのは、①前年に花を咲かさずに養分を蓄えていて、②その年の日照りが良い時のみらしい。屋久島の石楠花の研究はガーデニングの国、英国の研究者によって進められたらしい。

そのほか、葉っぱの裏がフリースみたいな面白い植物や、うるしの仲間など、いろんな植物の説明を聞きながら公園を歩き、川の入り口にたどり着いた。

今日の装備はレインコートの上にウェットスーツのベストとライフジャケットにヘルメット。足元は特性の足袋を履いている。じゃぶじゃぶと水に入ると、さすがに台風が行った後、つめたい!!!
沢登りというからには水にもはいるんだろうなとは思っていたが、こんな本格的とは思ってなかった。浮かびながら泳いだり、岩伝いに歩いたりしながら川を上る。

途中で流木についての話があった。スギともう一種類の木のにおいを嗅がせてもらうと、ぜんぜん違う。木によって匂いが違うという当たり前の事実に気づかされた。
いわく、スギとヒノキの抗菌作用は世界最強らしく、そのため腐らないからいろんなところに使われてきたらしい。
あと、この辺は水かさが増えると最大で6m水位が上がるらしく、川岸は水の中に入っても花を咲かせるサツキが生えていた。岩からサツキの赤い花がちょこんと顔を覗かせていた。

途中、ひざを岩にはさませてぐいっと体を持ち上げて通るポイントがあったりして、2時間ほど上って昼休憩。今日のお昼はおにぎりとりゅうがんとスナックパイン。うまい!こんなうまい飯久々だ!りゅうがんというのは茶色の皮の、小さい球形の果物で、皮をむくと白い実が見える。イメージとしてはライチを思い浮かべてほしい。甘かった。スナックパインはひとつひとつ実をもぎとれるパイナップル。これも甘かった。

小原さんは屋久島に暮らしてもう10年以上になるそうだけれども、こんなに自然の生命力が強い島で暮らすのはやはり大変だそうだ。畑をつくってもすぐ雑草が生い茂ってくるし、虫はぞろぞろやってくるし。それでも、やっぱりこの島からは離れられない魅力があると語っていた。

あと、この昼飯のポイントの近くには天然のウォータースライダーがあって、なんどもすべってしまった。だって楽しいんだもんw最高だった!

さてさて出発!
水たまりのおたまじゃくしや(屋久島では年中卵が生まれているらしい)太古の山火事の時に土石流で転がり落ちた巨大な岩岩を登っていくと、本日一番の難所、ロッククライミングの場所がやってきた。
ザイルで体を固定して、岩のかすかなくぼみに手足をかけてのぼるんだけど、男性陣はなかなかうまくいかない。一方で、女性人は腕の力に頼らず、バランスよくするする登頂に成功!
俺とドクターが最後まで残って、俺はなんとか3度目のトライで成功!体の力を抜いて、できるだけ体を岩から離す感覚を最後の最後で掴めた。なんにせよ上れたときはまーじ嬉しかった!!!

昼出発して一時間くらい、最終目的地の滝にたどり着いた!!!
滝つぼを泳いで、滝を少し登って、またまたすべりだい!すっげーたのしーーーwww
こんなに滝に近づいたって言うか、滝の中に入ったのは初めてだ。

そして帰り道、またロッククライミングしたり、川に流されながら泳いだりして下った。がちで女の子がロッククライミングがうまくてびっくりした。
あと、かなり深い竪穴に飛び込んだり、岩から飛び降りたりしたのも楽しかった。飛び降りるには高さの半分の深さが必要らしい。更に、なんとガイドのさなえさんは20mを超える橋の上から飛び込んだことがあるらしい!すっげー!!

途中で森も通ったのだが、倒木に紐がかけてあるのは所有権の主張らしい。もぐらの塚とかがいっぱいあった。

そして最後はやっぱり泳いで帰ったwつめてーーーwwwwwwwwwwでも気持ち良かった!
公園に戻って凄く赤い蟹や、毬のような花をみさせてもらった。あと平内の海中温泉の話やみなさんの仕事の話をきかせてもらった。会計士の人はW-ZERO3esを持っていた。ドクターは肛門科らしく、手術でつかいやすいお尻を作るのが誇りらしい。やはりスキルを持っていること、自分ひとりで仕事ができることは大事らしい。あと、女の人のひとりはリース会社に勤めているらしく、一番面白いリース物件は大阪かに道楽のかにらしいw!あれ借りれんのかよwwww

あと、ご夫妻は昨日もののけ姫のモデルとなった白谷雲水峡にいったらしいのだが、なんとそこでこだまを見て、デジカメで撮ったらしい!なんかウェブサイトがあるらしくて、雨の次の日は見やすいとのこと。メアドを渡して写真を送ってくれるよう頼んだ。

帰りに尾之間温泉につかった。結構熱かったけど、肌がつやつやになったし、地元のおじいさんがきさくに話しかけてくれたりしてくれたし、壁になんか歌がかいてあるし、200円だしで最高だった。

そして売店で飲み物をおごってもらって(というかこれもツアー料金に入ってる、もちろん温泉代も。)、飲みながら帰路へ。アルコールが美味かった。

さばの燻製がうまいとか、晴耕雨読のあれはああいう経営戦略だとか、宮之浦で首折れさばを食うなら「とし」がいいとか、最後までいろんな話を聞かせていただいた。

俺は防水のカメラを持っていかなかったので、今回使った写真はドクターからメールしていただいたものだ。ありがとうございました!

シーフォレストで夕食を食った後、特別メニューの鹿刺しを明日出してくれるようおばちゃんに頼み、近所のスーパーわいわいランドに飲み物を買いに行った。DAKARAの1リットルが100円なんだ、ここ。

帰り道、星見ながら帰った。でも道路沿いは電灯の明かりが明るいから、きっともっと奥入ったらもっときれいなんだろうなぁ。

そしてまたベランダで星見ながら電話。天の川がきれーだなー^^。流れ星が真一文字に飛ぶものだから、先輩と電話中にもかかわらず「うわっ!」って言っちゃったよw
0時くらいに就寝。

3日目へ
by wavesll | 2006-10-01 06:30 | 私信 | Comments(8)

屋久島で過ごした一週間 初日

c0002171_6225488.jpgどかんどかんどかんどかんどかん!桜島~♪眼前の洋上に浮かぶは桜島、そうここは鹿児島県の鹿児島北埠頭だ。

今回の旅にはオリオンツアーのフリープランのパックを使ったため、羽田を出て二時間で鹿児島空港、そこからバスで40分で鹿児島市役所前、そこから徒歩で15分でここ、鹿児島北埠頭に着き、ここから高速船で屋久島を目指す。

いーい天気、青空が抜けている。空気はまだ夏だ!鹿児島の町には路面電車が走っていて、教習所で習った路面電車の事項を思い出したw

屋久島へ向かう船はフェリーとトッピーとロケットがあって、今回乗るのは一番安いロケットだ。
今回の旅の目的は大きく分けて2つあって、まずは屋久島の旅を楽しむこと。そしてもうひとつは論文のフィールドワークをすることだ。そのため、アンケートを40部刷ってきた。

ロケットの待合ロビーで恐る恐る乗客に声をかけてみる。「すみません、私、○○大学の○○と申すものなのですが、ただいま屋久島について論文を書いていて、そのためにここでアンケートをとらせていただいているのですが、もしよろしかったらご協力お願いできませんでしょうか?」
おお!なんと返事はOK!初アンケート協力だー☆
調子に乗って、違う二人組にも書いてもらったところで、乗船のアナウンスが鳴った。

高速船内はなんとシートベルト着用だった。2時間の航行中にアンケートをとろうと思っていた俺にはこれは大誤算だった。仕方なく、飛行機の中と同じように寝ていたら、大体1時間で九州の南端、佐多岬を超え、そこから更に1時間で屋久島が見えてきた。

佐多岬から南へ60キロにあるこの島は1993年に屋久島は世界自然遺産に登録され、日本におけるエコツアーのメッカとなっている。
世界遺産登録以後、観光客が増えて屋久島の経済を支える一方、環境に対する負荷も年々高まっていて、特に縄文杉に入込客が集中しているという問題が起きている。そんなわけで今回は、縄文杉だけではない屋久島の魅力を探りたいなと思ってここにやってきたのだ。あと、一年位前から「島で過ごす」ことをなーんかやってみたくて、いい機会だからやってみちゃったのだ。

と、いうわけで上陸!うわ
ーーーーーーーーーー!
屋久島着いたーーーーー!!!

ロケットから降りて、発着ロビーを軽く見た後、観光案内所に向かった。
そこでは受付のおばちゃんが、俺と同じ便にのってた金髪のガイジンさんに苦戦していた。たまたまいた日本人女性が通訳になっていたのだが、なんとそのポーランドの女の人は宿をとってないらしく、おばちゃんがいろんなところに連絡を取っていた。10数分後、なんとか宿が取れたらしく、こちらも一安心。

そしたら「何の御用でしょうか?」。あー、そうだった。俺も用があってきたんだった。「すみません、ここら辺の観光地図をもらいたいのと、町役場の位置を教えていただきたいんです。」一応役場でのヒアリングも考えていたので、色々教えてもらった。あと、近くにあった屋久島環境文化村センターの割引券ももらうことができたので、宿に行く途中に寄ることにして案内所を発った。

ところがなんとその日センターはお休み。定休日は月曜のはずなんだが。。。(あとで気づいたのだが、月曜が敬老の日だったので今日は振り替え休日だったのだ)

ロケットが着いた宮之浦の町は、屋久島で最も大きな町のひとつだ。大体端から端まで3kmくらいで、大きなドラム缶バッグを担いでると思いのほか宿までは遠かった。途中、橋があってそこから川を眺めたんだけど、その透明度といったら!海も、空も、川もきらきらしてて、すげー気持ちよかった。あと今回3日間お世話になるエコツアー業者のynacさんに挨拶に行った。が、相手方のおばちゃんの反応はあまりよくなかった。だいじょぶかな?

今日から3泊泊まる宿はペンションシーフォレストという宿だ。おっちゃんが笑顔で迎えてくれた。荷物を降ろしたあとさっそく町へもう一度行こうとする前におっちゃんにインターネットができる場所はないかと聞いた。実はアンケートは屋久島に行く直前に作ったもので、それを添付したメールを先生に送っていたのだが、まだその返事を見れてなかったのだ。本当はプリントアウトもできる漫画喫茶のようなところがよかったのだが、とりあえずはおっちゃんから紹介してもらった橋のそばの文書堂をメモして宿を出た。

橋を渡って左に曲がって、まずは上屋久町の町役場とそのそばの上屋久町歴史民族資料館を訪ねた。

資料館には屋久島の縄文時代からの遺物(石器や土器)や、人々の暮らしを伝える生活品が並んでいた。屋久島と人のかかわりは思いのほか古く、現在では15000人弱が暮らしている。
江戸時代からは屋久杉の伐採が島の基幹産業だったが、今は島は観光業で成り立っている。
杉を切るのこぎりや、切った杉を加工した平木、あとは船の模型などが面白かった。これで100円は安い。
入り口に屋久杉のオブジェがあったのだが、とにかくでかい。写真の、青いやつはアクエリアスの500mlボトルであることを言えば、それには納得していただけるかと思う。

その後町役場に言ったのだが、どこに取材すればいいのかわからなくて、うろついてたらおじさんに「どうしましたか?」と言われたので、「パソコン使えるところってありませんか」と聞いたら「それなら文書堂がいいですよ」といわれたので、あとはバスのことを聞いて出てしまった。事前に質問とかもっと考えておけばよかったなー。

文書堂を訪ねて、PCの利用の予約をした後、4日目から泊まる宮之浦ポートサイドユースホステルまで歩いていった。その途中で益救神社(やくじんじゃ)という神社があったので、旅の無事をお参りした。

ユースの場所を確認した後、オリオンからもらった地図に書いてあった「ウィルソン株記念碑」を訪ねようとしたところで文書堂から電話が入ったので戻った。屋久島にはいつも使っているウィルコムと、親から借りたAUの携帯を持っていったのだが、両方電波は入った。

文書堂で先生からのメールを確認した後(ちなみにネットの利用は10分100円だった)、店主にウィルソン株記念碑のことを聞いたら「そんなの知らないですね。相当B級な観光スポットなんじゃないですか」といわれた。B級好きとしてはこれは向かわなければならないなと思い、ホテルへの道を右に曲がると、木のトンネルの先にそれはあった。

ウィルソン株というのは屋久島の切り株の中で最大のもので、ウィルソン博士が発見したものなのだけれども、そのレプリカとウィルソン博士の功績がかかれた看板がそこにはあった。
株のなかには祠もあって、そこでも手を合わせておいた。

歩いて思ったのは宮之浦の町は子供が多いということ。小・中・高校があるから、下校時間になると子供たちが「こんにちわ!」と挨拶してくる。島というとなんか少子高齢化のイメージがあったからこれは意外だった。

さて、宿での夕食が18:30らしいので、また4km歩いて戻ると、またおっちゃんが笑顔で迎えてくれた。

部屋にいったん戻った後食堂の席に着くと、今夜の飯は飛び魚だった。屋久島といえば飛び魚と首折れさばらしい。飛び魚の姿揚げはうまかった。特に羽がばりばりいける感じで良かった。
そこに「ただいまー」と別の客が帰ってきた。と思ったらなんとその人は昼に案内所で通訳していた人だった。話を聞くと、あの後ポーランド女性と永田の田舎浜に行っていたらしい。あー田舎浜かーいいなー今日行っても良かったなーと思った。そのひとは明日は白谷雲水峡に行き、明後日は縄文杉に行くらしかった。

飯は20:00までで、その後食堂は消灯となり、各自部屋に戻ることになる。部屋というか、アパートの一室みたいで、バスとトイレは別だし、トイレはウォシュレットつきだし、ベランダに出ると海が見えるしでめちゃくちゃういいところだった。TVをつけると関東とまったく変わらない番組ラインナップで、ちょっと拍子抜けした。

。。。。。。。。。。。と、いうか、暇だw暇すぎる。

と、いうわけで21:00過ぎから部屋の電気を消して、布団の用意をして、外で星をみながら(またこの星が良く見える良く見える)知り合いに電話かけまくったw

気がつけば24:00過ぎ。明日に備えて眠りに着いた。

2日目へ
by wavesll | 2006-10-01 06:29 | 私信 | Comments(0)

屋久島で過ごした一週間

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この一週間屋久島に滞在していました。
目的はエコツアーを体験すること。いま屋久島について論文を書いているんです。とはいってもその論文自体、屋久島に行きてぇなぁってことから書こうと思ったんですけどねw
と、いうわけでそのとき取ったメモを基とした旅日記をこれからupしていきます。

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初日へ
by wavesll | 2006-10-01 04:01 | 私信 | Comments(0)

都会の民は愚かで邪悪か

c0002171_8372034.jpg星川淳著『屋久島の時間』 を読みました。彼は1995年の時点で屋久島で13年暮らしている人物で、半農半文筆活動をしている方です。
確かに、彼はエコロジーな精神でもって彼なりに努力して日々を「まっとうに」生きていました。すばらしいとは思いました。

しかし、僕はネガティブな人間なので、こういうネイティブに生きる人の話を聞いていると、どこからか「お前らみたいな生活は悪だ。馬鹿だお前らは。私たちのような暮らしが正しいし賢いんだ。」といわれているように思えてきてしまいます。

僕みたいな市民は生きることが許されないとでもいうのでしょうか。彼は、近代的な生活は破滅へのプレリュードを奏でていると言っています。まっとうに、自給自足の生活をすれば、人間も自然と共に暮らせると彼は説きます。

僕は彼の話を聞いて、彼のいうような生活をしたら、人口は減るだろうなと思いました。人一人一人、自給自足で生きていくとしたら、都会のように人口密集など出来ません。1750年(産業革命)以降続いてきた人口急増と都市化の流れは逆転し、人口は近代以前に戻らねばならないのではないでしょうか。そして、その世界で暮らせる人間の数は今より確実に小さい。彼は、僕からすれば選民思想の持ち主です。僕のような都会の民には生きる権利すら認められないのでしょうか。

人間だけが、他人のために食料を栽培する生き物でしょうか?女王蜂のために働くハチもあるいは他人のために働いているかもしれません。でも自己の種の絶対数を増やすために作物を育てる生物は人間だけです。彼はその人間の人間らしさすら否定しているように思いました。

共有地(コモンズ)の悲劇という言葉をみなさん聞いたことがあると思います。ハーディンはこの中で、子供を生む自由を規制するべきだと述べています。最適人口に収まり、破滅へ向かわないためには「人口の増加の自由」という共有地を放棄せねばならないと彼は述べます。僕は、たしかに人間は欲望を手放すことで新しい自由を得ることができるとは思いますが、そんなみんながみんな悟った世界が幸せだとは思えません。機会費用のほうが大きくなってしまうと思うからです。

ここまでかなり<自然・近代以前・悟った人々>批判をしてきたのですが、星川氏に関しては、正直頭が下がります。彼は生半可なナチュラリストではないからです。10年以上前からパルプの大体作物としてケナフを栽培し、自然に負荷のかからない小型水力発電で生活するという徹底振りには敬服しました。その上で、その態度すら傲慢なのではないか(基本的に人間全体が傲慢なのですが、ナチュラリストの方々は「自分たちは違う」と考えられそうなので)と思い、このエントリを書きました。

地球が有限である以上、拡大成長という麻薬の量は規制されなければならないのは当然の認識として持たねばならないと思います。その上で、人間の、そして地球の幸福をどう実現していくか。考えていかねばならないなと思いました。
by wavesll | 2006-05-13 08:54 | 私信 | Comments(2)