「ほっ」と。キャンペーン

タグ:映画 ( 99 ) タグの人気記事

霧中行 American Beauty Original Soundtrack by Thomas Newman

American Beauty Complete Soundtrack OST by Thomas Newman


昨晩の『沈黙ーサイレンスーO.S.T.』エントリに続く映画サントラ。
名匠ポール・ニューマンの腕が冴える。M1はTVのミステリアスなシーンで良く使われる奴。この映画の楽曲だったのか。

僅かにエキゾというか、ジャワガムラン的な音像も散見したり、一枚のアルバムとして高品質な作品だと感じました。

『アメリカン・ビューティー』はみて面白かった記憶はあるのだけれど内容を全然覚えてないなと想ったら1999年、前世紀の映画なのか。ほぼほぼ20年経ってまた見返したら色々と心に入ってきそう。

人生を進める上で全てをクリアにしようとすると回転が悪くて、ある程度霧の中を進まねば虎児を得られないのかもしれません。

しかし纏わりつく煙が泥となっていつのまにか澱の檻の中にいることもある。
叢雲を切り裂き青天をみないと拘泥する。代償として痛みも伴うけれど時に冒険や吐露の苦みを味わうことが生きることに深みを与えてくれる。

だから霧中に身を浸そう。秘密を冒す勇気は香辛料になるかもしれない。でもどっち道良いことばかりじゃないぜ、ただ悪いことばかりでもないんだ。

そう語りかけられているようなサウンドトラックでした。

映画の内容覚えてないのにまさに五里霧中の中感想めいたことを書いてしまったw
『内容わからない映画をWikipediaくらいしか読まないでサントラだけで勝手に語るシリーズ』とか立ち上げてみようかなんて想いましたw
[PR]
by wavesll | 2017-02-09 23:55 | Sound Gem | Comments(0)

MAD MAX 怒りのデス・ロード BLACK & CHROME at 川崎チネチッタ LIVE ZOUND

c0002171_042859.jpg


川崎チネチッタにて『マッドマックス 怒りのデス・ロード BLACK&CHROME EDITION』を観てきました。

一昨年にオリジナル版を4DXでみてから、1,2をみて。すっかり『MAD MAX』シリーズ自体のファンになりながらも、『怒りのデス・ロード』の真価を理解しきれないまま見てしまったなという思いがありました。

刺激だけを求めて観たら案外"刺激"という面ではそこまでではなくて…さらにWebで解説を読み込むとこの映画は男と女についての洞察のある映画であるという。"あぁ、それを知った上で観たら深味をしれたのに…!!!"と想いながらも、2回目をせっかく見るなら立川でやってる爆音でみたい、しかし横浜から立川は遠い…。とこれまで2度目を観る機会がなかったのです。

そこに『BLACK&CHROME』。白黒でミラー監督自らが"これがBESTだ"というエディション。さらに川崎のチネチッタがLIVE ZOUNDという轟音上映をやってると聴き、さらにはその評判もいいと!これはみるしかないと馳せ参じたのでした。

LIVE ZOUND版MADMAX、神話、鋼鐵の神話。立川の極爆は体験してないから比較できないけれど4DXより全然良い!砂嵐の音の圧で揺れる!初見時は"ロック推しは今やる意味ではないかもしれない"と想ったのですが"ロック=旧来の男社会の象徴"だったと。最早ノイズの域にも達する轟音は音楽体験としても比類なき感覚刺激でした。

LIVE ZOUND、本編が始まる前のCM枠の時は"あれ??バランス悪いか?"と想ったのですが其の位ガツンと来る爆音がMAD MAXにはうってつけ!LIVE ZOUNDで音楽LIVE映画や爆音系のライヴヴューイングがあるなら絶対選びたい!

鋼鐵の神話と書いたのは車両と銃弾とガソリンと水の映画であり、AIやインターネットな“ヴァーチャルな魔法”がないことで寧ろ神話性を強烈に高めている。"魔術なき神話"というのが現代ならでは。さらに白黒になったことで異次元感が増し、“ありえない名画”となっていました。

男と女、男が造る社会と女が造る社会。男の社会の中の女と、女の社会の中の男。汚い處も綺麗な處も描き切ったプロットは見事。その上でBoy meets Girlが"社会システムのもたらす幻想"への狂信から目覚めさせるのが美しかった。恋愛は日常に対して垂直に立つといったのは中島らもだったか。

アクションシーンが早回しみたいな速さだったり、モノクロで瞳輝が増してたり、ワイヴスが銃弾を詰めるシーンにバトルロワイヤル、ラストシーンの"新たな救世主"にナウシカ漫画版を想ったり。

そしてBLACK&CHROME最大のポイントはEDテーマ。絶対これでなくては。革命を遂げた時は“造り、治めることへの畏れ”が鳴らないと。最高のMAD MAX FURY ROAD体験でした。

c0002171_0393183.jpg

[PR]
by wavesll | 2017-01-24 00:38 | 映画 | Comments(0)

この世界の片隅にatユーロスペース

渋谷ユーロスペースで『この世界の片隅に』を観てきました。
c0002171_2273346.jpg

EDでしみじみと、ぼろぼろと涙が止まらなかった。ユーロスペースには原作漫画の生原稿とかもありました。
感想を書きたいのですが、ネタバレなしで見て欲しいので、もうね、絶賛レポは出回りまくってるんだから何も言わずに映画を見て、それから感想読んで欲しいっすwみてから読んでくださいw

感想は予告編の後に。

映画『この世界の片隅に』予告編


広島の夢見がちな少女だったすずは、見も知らぬ青年に見初められ呉へ嫁ぐ。
戦時下の日常が淡々と、すずのキャラクターも相まって時にほんわかと描かれます。

戦時下、どんどん配給が厳しくなっていく様子、彼女たちは工夫して少しでも楽しみをみせようとしながら暮らすけれど、社会の切迫さは色濃くて。社会主義的な国、例えば北朝鮮やヴェネズエラ、キューバなんかでも今もそうなのかもしれないと想いながらみていました。

私は去年アピチャッポン・ウィーラセタクン 『光りの墓』をみて、軍というものが日常化している国の案外に危機が張りつめていない空気を想いました。一方で年始に見た七尾旅人/兵士Aでは戦争の最前線で死ぬ兵士の感情、総力戦のおぞましさを感じました。

そして『この世界の片隅に』。"戦時下の日常"で、あんなにもほんわか笑っていたすずさんの笑顔と人間性が崩れていく様が、今の平成の日常と地続きだった"呉の日常"の怖ろしさを味わされました。

そして戦争が終わって、孤児を拾うという人間性の回復が起きたのをみて、笑顔が戻ったのをみて。"あぁ、こんなにも愛らしい人でも戦争の中では人間性を失ってしまう…!"と頭が殴られた気がして。のんさんの声演の素晴らしさも相まり、本当の戦争の恐怖を覚えました。

またすずさんが幼馴染と一夜を過ごすとき、「好きだった」と告白しながら、夫を選んだシーンも響いて。

私も今まで生きてきて、淡い気持ちを持った女の子はいたけれども、今の彼女を選ぶだろうと。
DQ5やったときはビアンカしか考えられなかったけれど、今はフローラを選ぶ気持ちが理解できる。人生を重ねる事の、その重みを感じました。

この映画は『火垂るの墓』というより、『風立ちぬ』との位相づけられると自分では想います。

方や市井、方やエリートとして"あの戦争の銃後"にいた彼ら。
それでも、自分の能力を最大限に活用して"自分の美意識で戦争へ能動的に関わった二郎"に対し、"ただただ成すがままに戦争へ付き合って、そして裏切られるすず"。

『この世界の片隅に』には「この戦争は間違っている」というようなキャラは出てきません。みんな"好い人"で"自分なりの闘い方"をしてる。寧ろエリート層の方があの戦争の無謀さを高い知見から知っている。

市井の人にとっては戦争に巻き込まれたことは『仕方ないこと』だし『したいと想った犠牲』だった。
けれど、『自分がやりたくてやっていたはずの犠牲』でも自分への負荷・反動・傷は深く、"裏切られた"と想った瞬間にすずの怒りは爆発しました。

『したくてした犠牲』も火薬の澱は溜まり、すべてが終わった後で焔が燃え盛る。しかしその時にはすべては終わっていて、後の祭り。行ってみれば犬死の様な激昂。

だから、本当に大切なことは『己を大切にして、空気に流されて犠牲を差し出さない、誇りを持つこと』なのかもしれない、そんなことを、想いました。と同時に、日々の生活の丁寧で実直な"仕事"の細やかな描写がまた愛おしく想えた映画でした。

In This Corner of the World Trailer

物語を思い出してもうこの予告編見るだけで泣ける…(この海外版トレイラー、日本上映版にないシーンもあるのでお薦めなのですがネタバレ要素もあるので映画館で観た後でみるのがおすすめ)。何も言わずにこの映画をみてくれ!!!
[PR]
by wavesll | 2017-01-18 22:06 | 映画 | Comments(0)

七尾旅人/兵士A at 渋谷UPLINK 国家総力戦の苛烈とシンプルな私人の想い

渋谷UPLINKにて七尾旅人『兵士A』を観ました。
c0002171_23192557.jpg
3時間にも及ぶALL新曲による、先の大戦から百年後までの物語で、"現代の戦争で戦後初の戦死する自衛官"を描いた渋谷WWWで2015年11月に行われたライヴのフィルム。映像作品としてリリースされたものをUPLINKが上映したのです。

壮絶なライヴでした。開始のノイズとフィールドレコーディングに乗せたギターの語りから掴まれました。物語は先の大戦で駆り出された"親爺"が炭鉱で働き、原発で働き、"僕らの光を輝かせる"時代から、311、そして"戦前・戦中"へ。ただ中盤迄は“ギターのみの弾き語りだとつまらなく、辛気臭かったり説教臭いのは厭だな”と想っていました。それでも『戦争が始まる前にショッピングモールで買い物』というフレーズは刺さって。

しかしサックスは常に良かったし、梅津和時さんが登場してからは感情が振りきれました。戦争、それも総力戦の惨禍を伝達する激情。そしてシンプルな人と人の想いあい。ギターだけでも強く心打たれて。最後の『誰も知らない』

『あの子は馬鹿だから わからないのという
どれほど望んでも 叶わないよという
ここは火事だから 残らないよという
爆弾が降り注ぎ 止まらないのという
かなしい世界は 終わらないのという
もしも願っても 変わらないよという
だけど 誰も知らない ほんとは知らない』


には心鷲掴みにされました。

政治的・社会的テーマにアーティストがエモーショナルに迫ると『現実を知らない』と唾されるけれど、立ち昇る心情こそが核で。『兵士A』は七尾旅人の『JAM』ではないかと。

“あの偉い発明家も凶悪な犯罪者もみんな昔子どもだってね” “君に逢いたくて、君に逢いたくて、また明日を待ってる”

そしてオリンピックを批判的に歌うパートにF/T 岡田利規 『God Bless Baseball』との共時性を感じたのですが、音楽はテロの速度に追いつかないといけない:七尾旅人が『兵士A』で日本に刻みたかったこと(WIRED)にてBlu-Rayの特設サイトに岡田利規のコメントがあることを知り驚くと共に納得して。

ナショナリズムと競争の一元化された栄光への嫌悪が"国際的なスポーツのコンペティション"にあるのかもしれません。

私自身も半年前リオ五輪を観ながら
スポーツの世界は階級別だし、細かくレギュレーションが決まっていてなるだけその分野では公平にしようとしているけれど、“人生”は無差別級だし、法律はあれどかなり自由度が高い。さらに言えば“競技”ですらないかもしれぬ。人生は一つの観点だけでは評価できない。そこに豊穣さを感じる。
のようなことを想いました。“私”を尊重する“公”が編めればまた違うのかもしれません。

個人的には、例えば現在のシリアの状況に対して手をこまねいて虐殺を許していいのか、緩慢な言論での対処で失われた命は戻らない、と想いながらも、それは米国の手先としてではなく、独立国となるウルトラCとして行うのが理想だと想うし、"独立"の為には経済的、或いは社会福祉という意味で痛みを受け容れる覚悟がないと出来ないと想います。

そうした意味で政治的に日本を救うためには経済成長が欠かせず、一人当たりのGDPを上げるための不効率な悪癖の打破と人間らしい生活の保障による出生率増加が欠かせないと想います。

日本政府には軍事であったり"国際的名声"を追い求めようとする前に経済成長を、その為には"私"的人生の安全網を創ることでイノヴェーティヴな起業への支援すると共に内向きでなく外へ打って出る人間作りという面で制度・空気作りに精を出してほしいと想います。

戦闘の雷撃の後に歌われた『赤とんぼ』は311の後に向井秀徳が歌った『ふるさと』を想起しました。
また『サーカスナイト』"今夜だけ生き延びたいピエロ"という詞は明確に311を経た詩だと想います。

今が戦前だとすれば、"平成"という時代が終わるとともに仮初の平和も終わるのかもしれないと感じたり、平成という不協和音が多かった時代にそれでも戦争なく生きたと愛おしさを覚えたりします。しかしそれもセンチメンタル過剰な話で。

例えばアピチャッポン・ウィーラセタクン『光りの墓』での戦争や兵士の日常性を想ったり。タイはカンボジアと領土紛争があるしアジア唯一占領されたことのない独立国。日本は零or百、いや零or兆に、不安を高めすぎている嫌いがある、というか激昂しやすく半端を許せない悪しき完璧主義で何事にも当たってしまうように想いました。

呪いの螺旋に墜ちずに、ふるさとへの自然な想いを。それを達成する一番の功労者は日々傍を楽にしていく市井の人々。その末席にいる私も自慰に陥ることなく、働きを積んでいくしかないし、オルタネイティヴな視点をそれぞれが持つことの重要性を旅人から襷を受け取った想いになりました。何より七尾旅人のエコーをかけた叫び、すげー好きだなと改めて想いました。音楽としても心打つ名演でした。

向井秀徳 - ふるさと

[PR]
by wavesll | 2017-01-05 00:27 | Sound Gem | Comments(0)

台湾年の瀬

25日夕に羽田を発ち27日夕まで台湾へ行っていました。
台湾は数年前に行ったのが初めてで、今回は二度目。前回は台北→花蓮→高尾→台北と回ったのですが、今回は台北に二泊三日で行ってきました。
c0002171_172887.jpg

今年は一月の香港を初め、三月の秩父小旅行、四月の吉野山桜、八月の四川・九塞溝/黄龍、九月の愛知旅、十月の熊野古道奈良・正倉院展と、私の人生でもこんなに旅尽くしだった年は中々ないという位の年で。身の丈を越える運だなと想いながらもこの年の瀬にひょんなことから台湾へ赴いたのでした。



機内でみた『君の名は。』、少年少女過ぎて序盤はノリ切れなかったけれども最後は涙ぐんでしまった。新海さんらしいうじうじも思ってたより入ってた。ただ新海さんの作品の女の人は、ほんとに男からみた女の人。俺は男だからめっちゃ分かるけど。思春期の頃みてた女の人の感覚がフィルムに焼き付いてる。

松山機場からみた光景。遠くに101がみえる。
c0002171_1192059.jpg


MRT(電車)の駅には公共の図書館スペースも。洒落てる。
c0002171_121938.jpg
c0002171_1212994.jpg


大戸屋、はま寿司、MUJIにユニクロ、セブンにファミマにフォルクス吉野家はてまたスクールIEまであるw台北アリーナはでかかった。こちらは夏の様な陽気なのに台北の人達は冬の装いだから、ロシアから東京に来た人みたいな気分だw
c0002171_1223972.jpg
c0002171_1224741.jpg
c0002171_1225539.jpg


ホテルに荷物を置いて夜道を歩く。まだ知らぬ街区を歩くのはいとをかし。
c0002171_1243656.jpg
c0002171_1245777.jpg
c0002171_125546.jpg
c0002171_1251793.jpg
c0002171_1281051.jpg


マンホール探訪@台北
c0002171_127542.jpg


カレーおでんのポスター。何でもマカオなんかでも人気だと聴いた。
c0002171_12985.jpg


ホテルの近くの夜市。前回は大きな夜市しか行かなかったけどこういう夜市は地元サイズって感じで好い◎
c0002171_1312371.jpg
c0002171_1313134.jpg
c0002171_1314774.jpg
c0002171_1315784.jpg
c0002171_132511.jpg


台北では赤モス
c0002171_1325170.jpg


一日目はもうこれくらいでベッドへ。台湾行きを決めるまでは旅に出る意義自体にも靄々もあったのだけれども、海外に来ると本当に気持ちが軽くなる。日本を覆う重苦しさから解き放たれるというか。恐らくは日常の営みの負荷が大きな割合なのだろうけど、高齢化と放射能と経済問題と地震、結構ヘヴィだもんなぁ。日本は。

翌朝。昨日の夜市の通りの屋台で担仔麺。優しい味。
c0002171_1385941.jpg
c0002171_139614.jpg
c0002171_139135.jpg
c0002171_139193.jpg


MRTを乗り継いで北へ。
c0002171_140281.jpg


!?
c0002171_1404381.jpg

MRT車内のヴィジョンにもアイツがw
c0002171_1411959.jpg


一時間程MRTに乗って島の最北部にある町、淡水へ。
景勝地なのだけれども、思った以上に煙っていて。中国から来たPM2.5だろうか???正直ちょっときついものあった。街自体は綺麗な場所だけに><
c0002171_1454612.jpg
c0002171_1455455.jpg
c0002171_146211.jpg
c0002171_1461085.jpg
c0002171_1461742.jpg
c0002171_1462452.jpg
c0002171_1473355.jpg


マンホール探訪@淡水
c0002171_147156.jpg


こういう公共物にペインティングされてるの、いいなー!
c0002171_148978.jpg


街のちょいカオスな感じがAsiaの畝りを感じて好きだ。GIANTの店舗を結構見掛けるなと想ったら台湾の会社だったんだね、GIANT。
c0002171_1502816.jpg
c0002171_1503495.jpg
c0002171_1504217.jpg


エレベーターは電梯、プラットホームは月台。
c0002171_1515615.jpg


MRTですぐの北投温泉へ。水着を買って露天風呂にも入りました。日差しも強くてちょい日焼けしたかも。気持ちえがったwお爺さんが湯船に浸かりながらしてた鼻歌も風流だった◎
c0002171_1534658.jpg
c0002171_154238.jpg
c0002171_1544259.jpg


物凄いお洒落な建造物があって、どんな高級ホテルかと想って覗いたら何と図書館!この台北市立図書館北投分館は世界で一番美しい図書館ともいわれているらしい。
c0002171_1555656.jpg


昼は牛肉麺。ほんとにやさっしい味。

c0002171_1582065.jpg


北投駅のモニュメント。北投温泉の地区では北投石という宝石も採れて、放射線か何かで健康にもいいとか。
c0002171_21276.jpg


台湾でも人気なのだな。そういえばこの日はスマスマの最終回の日だった。
c0002171_21589.jpg


南京復興駅の辺りで見かけためちゃかっこいいポルシェ。
c0002171_232083.jpg


この旅の最大の目的地、九份へ向かおうと忠孝復興駅のそごうの辺りのバス停へ行くと、タクシーの運ちゃんに「200元でどうだ」と言われ、バスで行っても100元だからタクシーで200元はリーズナブルだと乗り込む。他のお客さんと共に九份へ爆走、というか、超爆走w1.4倍速みたいな感じでどんどん高速でクルマをすり抜けるw対向車線も走るwスリルがあったが、海外ではこんな感じもアリかなw

九份着。前回の台湾旅行でも来たけれど、今回の目当ては夜景。夜になるのを待つ。
物凄い人出で。日本人ぎっしりだったw
c0002171_210192.jpg
c0002171_2102859.jpg
c0002171_210383.jpg
c0002171_2104772.jpg


商売の神様のお寺。ここ空いてたけど、中々に見ものな寺だった。台湾の寺ってオーラ迸ってて好きだ。
c0002171_2134135.jpg


これがうまかった。紅豆や緑豆、餅や果物が温かく、かき氷の上に乗っている。かき氷でなく温かいスープのヴァージョンもあった。
c0002171_2142683.jpg

この店。行列できてた。
c0002171_215994.jpg


そして九份の夕べ。
c0002171_2165255.jpg
c0002171_2165955.jpg
c0002171_217694.jpg
c0002171_217207.jpg
c0002171_2174235.jpg
c0002171_2182297.jpg
c0002171_2183027.jpg
c0002171_2183752.jpg
c0002171_2184576.jpg
c0002171_2192260.jpg
c0002171_2193048.jpg
c0002171_2194012.jpg
c0002171_2195037.jpg
c0002171_221232.jpg
c0002171_2214411.jpg
c0002171_2215550.jpg
c0002171_222477.jpg
c0002171_2231025.jpg
c0002171_2231859.jpg


アーケードの中では臭豆腐の店も。何度嗅いでもこの匂いは激烈で。これは正直きついなー、それでもそれを越えてくる魅力が台湾にはあるけれど。メルカドの賑わいはほんと凄かった。試飲した阿里山のお茶が美味かった◎
c0002171_2252781.jpg
c0002171_225361.jpg
c0002171_2264414.jpg
c0002171_2283935.jpg


帰りはバスで。凄い行列だけれどもどんどん捌けていくからそこまで待たなかった。
バスの窓から檳榔のネオンサインや中規模な夜市、OKというコンビニを眺めました。行きの爆走Taxiは1時間もかからなかったけれどバスでは100分くらいはかかったかな。
c0002171_2381341.jpg
c0002171_2382422.jpg
c0002171_2384033.jpg


MRTで士林駅へ。やっぱ行くでしょ、士林夜市は^^
c0002171_242776.jpg
c0002171_2421575.jpg
c0002171_2422421.jpg
c0002171_2423151.jpg
c0002171_2425298.jpg
c0002171_2425991.jpg
c0002171_243780.jpg
c0002171_2431538.jpg
c0002171_2442295.jpg


台湾の人は美味い店に並ぶと聴いて行列が出来てる店に並んだら九份のスイーツ屋で隣で食べてた子が並んでたwみな同じコースを行くのかとウケたwこの肉のソーセージを米のソーセージで巻いた奴、めっさ美味かった◎なんでも映画かなんかに取り上げられた店だとか。
c0002171_250493.jpg
c0002171_251452.jpg


ザリガニ釣りかな?
c0002171_2521254.jpg
c0002171_254335.jpg


地下の屋台街へ。がっつり喰ったw蛤炒めがめさめさ美味かった!
c0002171_254781.jpg
c0002171_255746.jpg
c0002171_2551699.jpg
c0002171_2552945.jpg
c0002171_2554272.jpg
c0002171_2555178.jpg


士林夜市には"日本で人気"という食べ物屋台も多かった。ゲーム屋台には路上2人麻雀も。市場を抜けると士林駅の隣駅に着いた。というかこの剣潭駅の方が士林市場に近い感じ。
c0002171_2573073.jpg
c0002171_2574779.jpg
c0002171_2575591.jpg
c0002171_258568.jpg
c0002171_2581635.jpg


ホテルへ帰路。MRTのロゴって営団ぽい。
c0002171_344048.jpg


伊達の薄着は俺もしたことがあったけど"伊達の厚着"というものがあることを年の瀬の台湾で知った。明らかに暑いのにダウンやファーで着飾る台北の人々。ファッションとはげにをかしきもの。でも流石に昼にもなると暑すぎてみんな薄着になってたのがまたをかし◎

最終日の朝飯はホテル傍の饅頭屋で。肉の饅頭も野菜と春雨の饅頭もめっちゃ美味い!しかも15元くらい。安!この日はとても肌寒くて。あったかい饅頭が嬉しかった。
c0002171_37120.jpg
c0002171_371044.jpg
c0002171_372253.jpg
c0002171_373092.jpg


MRTのチケットはコインで。RFIDでスイカみたいに使える。しかも回収されるからエコ。これはとても良いと思った。
c0002171_384793.jpg


佐々木希がいた
c0002171_3185241.jpg


台北101へ。
c0002171_3192917.jpg
c0002171_319375.jpg
c0002171_3194718.jpg
c0002171_3195598.jpg
c0002171_320361.jpg
c0002171_320127.jpg


開店30分前から並んで鼎泰豐。普通の小籠包は横浜店と同じだけど海老焼売と蟹小籠包が超美味!
c0002171_3214847.jpg
c0002171_3215711.jpg
c0002171_322635.jpg
c0002171_3221388.jpg
c0002171_3222051.jpg
c0002171_3222777.jpg


空港へ向かう直前にフットマッサージ。これがマジで効いて。結構痛かったのだけれどもその分老廃物の詰まりとか筋の凝りがほぐされたのだと想。終わった後の脚の軽さに吃驚◎
c0002171_3245588.jpg


飛行機の窓からみたウユニ塩湖の様な空。
c0002171_3261654.jpg



帰りの機内で観た『スーサイドスクワット』は、“詰めが甘すぎだし悪の快楽も描けてない”という指摘は分かるけど、あのあまっちょろさが不良っぽい気もした。チンピラの弱さというか子供っぽさというか。本当に怖いのは大人ですな。が、あの酒場のシーンはダサかった。ハーレイクインはえろかった。

c0002171_3354685.jpg
c0002171_3355331.jpg

台北→羽田と来て新宿タワレコのDOTAMAインストアライヴみてきたw
正直今朝101へ行ってた時はその気力はないかなーと想ってたけど足裏マッサージでかなり快復したから出来た芸当w

フリースタイル良かったなー!ヒップホップはアドリブが重要なのがジャズと共通すると菊地成孔も行っていたが、生はいいっすね!ライヴ前に音源流れてたけど、生だと言葉の刺さる強度が増す増す!

WOWOWぷらすとで宇野さんが日本の芸人界はアメリカのヒップホップみたいな西と東のトライブ感があると言っていたけれど、PPAPといい、岡崎体育といい、HIPHOPやPOPミュージシャンと芸人のネタはとてもマージナルなものになってきていて面白いと想。

横浜への帰り。東京の電車は驚くほど静寂で。台北の列車は婆さんがゲームを爆音で鳴らしたり、レズビアンカップルがめっちゃイチャイチャしたり、携帯通話は当然OKだし、相当にカオスで。それは空いてるのもあるのだろうけど、どちらかというと東京の方が車内環境は怖い感じがする。

“別の形でも成り立つ社会がある”ことを端的に知れるのは海外旅行の美点ですね。まぁ、海外に被れて汚点を見ずに礼賛しちゃそりゃアレですが。例えば台湾ってXmas当日が終わってもXmas気分が残ってたり。すぐに正月へ切り替わる日本と違うのは旧正月がメインだからかもしれません。

日本の店が大量にあるから台北と香港は東名阪福札に並ぶ同一文化圏感がありました。チャイ語勉強したくなった。中国語が分かると日本語の理解も相当に深まりそう。Asiaという広いエリアで視座を持てると西洋への向き合い方やアイデンティティの面でもまた腰が据わるかもしれない、"Altarnative"ってそういうことからも編まれるのかも、なんてことを想った年の瀬でした。
[PR]
by wavesll | 2016-12-29 03:46 | 街角 | Comments(0)

アピチャッポン・ウィーラセタクン 『光りの墓』―現実と霊性の間を描くまこと見事な手腕

c0002171_16281527.jpg
『光りの墓』予告編


季節外れのぬるい風を感じながら、渋谷イメージフォーラムで行われているアンコール! アピチャッポン・イン・ザ・ウッズ 2016にて上映された『光りの墓』をみました。
『ブンミおじさんの森』でカンヌ国際映画祭パルムドールに輝いたタイの天才、アピチャッポン・ウィーラセタクン監督新作。

タイ東北部。かつて学校だった仮設病院で原因不明の“眠り病”にかかった男たちが眠っている。
幾層にも重なる土地の記憶と愛の記憶。
素晴らしい映画体験でした。

まず序盤からフィールドレコーディングとして素晴らしくて。
年始に行った香港旅行でバードガーデンを訪ねたとき、「この鳥の声とチャイ語の柔らかな交ざり方が素晴らしい」と想ったのですが、タイの田舎の鳥や虫の声と、タイ語の真に柔らかな音感のマリアージュがまっこと好くて。セルゲイ・パラジャーノフの『アシク・ケリブ』を観たときの様に"BGMとしてこれを流したい"と強く想いました。

そしてこの映画にはタイという国の霊性が深く記されていて。
私は今までタイというとバンコクとかプーケットとかサムイ島のような、エネルギッシュな都市かリゾートの快楽や猥雑性を良くみていたもので。この映画に描かれていたタイの貌は初めてみたものでした。

実際にタイに住んでいた子の話を聴くと実際のタイはこんなにもスピリチュアルが平在する場でもないそう。

それを聴いてますます"この映画の様にタイを霊性的にタイの監督が描いたのが凄いな"と。更に凄いのがその描写がエキゾチックというのはあまりにもさりげない、ほとんど作為を感じないような演出の妙で顕在している点でした。

冒頭に書いた"フィールドレコーディング的"という演出は、音楽をほとんど流さずその場の音で映画を作っている点。さらにカメラワークが固定されていて、普通なら写すであろう人物の顔が映らない場面も数度あったり、途中で"これはドキュメンタリーをみている気分になる"と想いました。

時々挿入されるシーンでは舞台的な動きの演出があったのも面白い。アピチャッポン監督の舞台挨拶をみた子から聴くと、挿入シーンは「これは映画なんだよ」と伝えるために入れたそうです。

そういった静かな演出から、途中私は眠りに入りかけてしまいましたwアピチャッポン監督の映画は眠くなると言われているそうですが、この映画の「眠り病」はそれをメタ的に遊んでいるのかとも思いました。
その静的な映画の中で、しかし巧いなと思ったのは排泄や勃起というようなちょっとタブーに触れるような描写が、しかし品を壊さずにさりげなく入れてくること。これで映画の中で刺激を入れると共に異なる価値観へ這入るのに心を解いてゆく効果があると想いました。

この映画はかなり霊性的、というか見ようによってはかなりスピリチュアルな描写があるのですが、その霊性/スピリチュアルの扱いが本当に上手くてとても感心しました。
ともすれば"なんだこのスピ映画はwww"と言われそうな物語を成り立たせているのは現実と幻想のかなり技術的に高次元な捌き方にあったと想うのです。

この映画で出てくる「アフガン戦争で米兵を癒した器具」も幻想的ながら"本当に意味はあるのかはわからない"し、「FBIにもスカウトされたという霊能力者」と眠り病にかかった人との交信の内容が合っているかどうかも兵士からは語られません。つまり"全部嘘かもしれない"。でも、霊性の世界が心の中に存在していることが、ありありと描かれているのです。それが上手い。

スピリチュアルが"Evidence"を持つことなく、しかし現前している。非常に巧みな、おそらく高度な計算に裏付けられた演出だと想います。こうして顕わされることで、科学的現実と霊性的幻想の間が現れていたと感じました。

映画の中で瞑想のシーンがあるのですが、私はその場面で薄目で字幕を読みながら指示通り瞑想をしてみると、確かに霊性的に精神が感応した気がしました。

ヨガなんかもそうですが、スピリチュアルで括られる事柄って"体感的な効果"があるものが多くて、理性というより身体で感ぜられるところもあると想います。だからこそカルト宗教が悪用すると阿呆なインテリがコロっといったりして恐ろしいのですが。しかし"体感"は"存在する"。そんな部分もこの映画にはありました。

現在は科学万能であったり、年を重ねてくると"想像"の部分より"リアル/実際/物理的なハイクオリティ"を求めるようになってくる気がします。それは舌が肥えたり、"実際はこういうものだ"と知ることもあるかもしれません。ただ同時に、想像力の豊饒さを失っているのかもしれない。それは残念だ。そんなことを昔書きました。

等と言っている私も、フィクションよりノンフィクションが好きになったり、"現実に存在しているものしかみなくなる"ようになっていました。或いは数字を拠り所にしたり、"口だけなら何とでも言える"とかwBloggerがそれ言ったらおしまいだろw

確かに言葉はヴァーチャルかもしれません。だからこそ自由が存在するとも言えます。そこに"物語"のレゾンデートルがある。しかし、現存する最大の物語は『聖書』だと想いますが、現在の科学の見地を知ったうえで聖書の記述を全肯定するのはかなり無理があると想います。聖書を信じるのは"自然でない"。

一方でレヴィ・ストロースの『野生の思考』ではないですが、人間の等身大な身体の感覚と、現在の科学的見地が合っていなくて、心的作用として無理が生じているところが現在進行形で起きている気がします。科学が進んで幸福になるはずだったのに、寧ろ機械に人間が圧迫されてしまっているような。

そんな時に『次代の物語』に、例えば現代理論物理学の宇宙論がなれるかも、などと考えたりもしましたが、この態度は"エセ科学"扱いされかねないし、難しいところだ…と想っていたのです。

そして視る『光りの墓』に、"この現実と霊性の取り扱い方の誠実さは俺が欲していたものかもしれないな"と想ったのでした。

目に見えない、しかし"あると感じられる大切な/大切だった世界"、その宇宙の淵に触れられる、閉じた扉が開けられた映画体験でした。

ラストシーンでおばさんが目を見開いていたのは"目覚めようとしていたから"だと想いますが、<どの夢から目覚めようとしているのか>は私はまだ理解しきれていません。氷解するまで時を重ねられる、長い付き合いになる名画に出会えた気がしました。

今年はThe Paradise Bangkok Molam International BandだったりMonaural mini-Plugであったり、タイ音楽に興味がそそられた年でもあって。そんな年の瀬に、素晴らしいタイの映画であり21世紀の飛びぬけた感性を味わえたのは嬉しいことでした。

映画の中で映画館で起立し何も写されない画面に敬礼したりとか、王家との政治的なゴタゴタから『光りの墓』はタイでは公開されていないそうです。アピチャッポン監督の次回作も海外で撮られるそう。飛びぬけた表現者が政治の力で母国にいられなくなるのは悲しいことです。芸術の豊饒さはその国の精神の自由を現前させるなと思いました。
[PR]
by wavesll | 2016-12-23 16:48 | 映画 | Comments(0)

『東京兄妹』 清らかな蒼い時間

初DVD化!!市川準&緒形直人『東京兄妹』ベルリン国際映画祭受賞の名作


映画『東京兄妹』をみました。
今も都電が走る、東京の小さな街で暮らす一組の兄妹の日常生活の風景をスケッチ風に描いたヒューマンドラマ。古本屋に勤める兄の日暮健一と写真屋で働く妹の日暮洋子は両親を亡くして以降二人で暮らしていた。健一には桂子という名の恋人がいたが、妹の将来を案じた健一は洋子が成人するまで結婚を待ってほしいと桂子に懇願する。呆れかえった桂子は健一との別れを決意。数日経ったある日、健一は友人で写真家の真を自宅に連れて来た。洋子は真が自分の写真屋にしばしば来店する客であると気づいて驚き、兄妹の環境が変わり始める…
という筋。

作中の清らかな品の貴さにまず心惹かれました。
日本映画の本流の美意識というか。現在私が見ていたTVやビッグバジェット映画がコミカルな大味だったり品に欠けるものが多かった印象のある中、本作の何気なくさりげない東京の情景の描写が今とても新鮮に感じて。

私も大塚や都電荒川線の地域を歩いてみたくなりました。永青文庫に春画店に行った際に都電に乗ったのですが、時のエアポケットに埋もれたような光景がそこにまだ存在していて。TOKYO NORTH デートなんかやったらほっこりしてしまいそうな予感がしました。

豆腐や風呂といった日常的で生活感のあるものが物語の象徴となるつくりにハッとさせられたし、うつり行く季節の中で兄妹の心の機微が色味を変えていくのがとても沁みました。

今も昔も清らかなものと下世話なものがあって、90年代というと邦楽のバブルの時期でしたが、劇中に出てくるのはクラシカルなインストゥルメンタルとチャイナ歌謡という音に、選別の眼を感じました。日常光景の音もとても綺麗に録られていて、とても美しかった。

音だけでなく所作も綺麗で。膝をついて襖を閉じる仕草に"ああ、この娘は兄にきちんと育てられてきたのだな"と感じさせられ、だからこそ恋人のフリーキーさやアプローチに惹かれたのだなと想いました。と同時に昔の知古に『ISに殺されそうな奴だ』と3人別々の機会に言われた身としては、生活を成り立たせる強靭さや"まともであること"の硬度に向かい合わないといけないなと、三村真をみて想いました。

芝居の美しさ、貴い気持ちにさせてくれる映画、大変愉しめました。この市川監督、08年にお亡くなりになられていたのは無念だったのですが、『ざわざわ下北沢』『BU・SU』、そしていとうせいこうの『ノーライフキング』なんかも撮っているんですね!これから観ていきたいなぁ。またこの映画を発掘しDVD化したDIG LABELの作品群も『もどり川』『ゴッド・スピード・ユー!BLACK EMPEROR.』など、生気あふれる映画が取り揃えられていて、凄い宝玉が隠されているダンジョンの入り口に立っているような気がしています◎

cf.
Godspeed You! Black Emperor's live at Shibuya DUO MUSIC EXCHANGE

[PR]
by wavesll | 2016-11-15 20:16 | 映画 | Comments(0)

シネマ歌舞伎 『スーパー歌舞伎II ワンピース』をみた

c0002171_1244197.jpgシネマ歌舞伎 『スーパー歌舞伎II ワンピース』をみました。面白かった!

原作は空島篇で脱落したのですが、エースを救うための頂上戦争篇はハンターを読むためかジャンプで読んでいて。そこを題材としていたらかなり面白いだろうと想ったら期待に応えてくれました。

まず驚いたのはヴィジュアルの違和感のなさ。特に男のキャラ達はかなりのドンピシャぶりで。ゾロ、サンジ、ボン・クレーなんかはよくぞここまで仕上げたものだと想いました。

ルフィ、エースはヴィジュアルは原作と印象は違いますがスピリットは良く現れていて、実際に人間が演じる歌舞伎版ならでは良さがありました。そういう意味では白ひげはその最たるもので、原作を超えたのではという位の魅力を放っていました。個人的な最高潮も白ひげの叫びの場面でした。

逆に女性陣は、まぁこれは歌舞伎だから男が演じるのは仕方のないのだけれども、どうにも老けて色気なく見えたのは残念でしたね。弾ける艶があったらもっと良かったのだけれども。

このシネマ歌舞伎、舞台版のダイジェストというか、アマゾンリリーとインペリアルダウン、海軍本部での戦いの一部がナレーションでさっとカットされていて。特にアマゾンリリーでの一幕がないとラストのアマゾンリリーでのシーンが効いてこないなぁと想いました。舞台は休憩挟み5時間もの長さだったようですが、せっかくならFullで流してほしかったなぁと想います。

カット処理がされたという以外でも、そのテンポの速さ、情報量の多さには目を見張りました。ファンタジー漫画の中でもその世界観が凄まじいワンピースだけあって設定の嵐に頭がヒートアップ。

ガツンガツンの展開にちょっとくらくらでしたが終盤になるにつれ骨太なドラマが展開されて。白ひげの叫びとエースの想いにはぐっと来ました。泣いている観客の人もいたなぁ。火拳とマグマのバウトの紅旗の演出も見事で。シャンクスの台詞で映画が終わっても良かったなぁと想う位の満足感がありました。

最もアンビバレンツな気持ちになったのは、この歌舞伎随一の名キャラ、ボン・クレーについて。インペリアル・ダウンではおかまキャラが大量に出てくるのですが、単純にTVのオネエ的な扱いというか。バカ騒ぎ要員としての扱いにLGBTの人の誇りを傷つけはしないかなぁと大きなお世話を想ったというか。Twitterのフォロワーさんでゲイの人がいて、あの人がこれ見たらムッとしそうだなぁとは想いました。

少年漫画を読むとき、少年はみな自分を主人公に重ねると想います。劇中でルフィは「お前は仲間を惹きつける魅力こそが最大の長所だ」と言われ、「俺は仲間に助けてもらえなければ何も出来ねぇ」と言う場面がありました。その『ダイの大冒険』以来の勇者の特長、この"仲間との絆"という点こそがワンピースとドラゴンボールの最大の異なる点に思えます。悟空もルフィも底の見えないシンプルさを抱えた人物ですが、ルフィは悟空よりも仲間の存在を求めている気がし、それが現代のヒーロー像、少年が求めるものなのではないか。そんな気がしました。

そのルフィの最大のダチであるボン・クレー。まさに漫画からそのまま抜き出でてきたような熱演、そして最大の良キャラながら、オネエ系と言う馬鹿にされるノリを背負わせることに暴力性を感じるというか、"主人公以外の人間は主人公の為だけに存在しているわけではないよなぁ"なんぞと世間を通ると大きなお世話を焼いてしまうのです。まぁポリコレばっか唱えたり総花的な演出を言ったりして作品の勢いを失わせてしまったら元も子もないのですけれども。と、いうよりこういう色眼鏡を気にする私自身が一番差別的である、と逆説的に言えるかもしれません。

ルフィ達の"海賊"という、犯罪集団でありながら己の正義と自由を究めようとする生き方、コミュニティは現実の存在では一昔前は『爆音列島』に描かれたような暴走族が破滅を孕みながら担っていたように思えます。Blankey Jet CityのPunky Bad Hipにある
『新しい国が出来た人口わずか15人 それも全員センスのない単車の乗りばかりが揃ってる 古い世代の奴らは金で何でも買い漁った だけど俺たちは自然の掟の中で生きるケダモノの世代さ』
な世界軸。「俺たちの国境は地平線さ」を超えて少数精鋭で世の中を引っ繰り返そうとする若者集団は現在でいえばFacebookのような学生起業のITベンチャーかもしれません。

その上で、どちらかと言えばシステムを維持する側の苦心ぶりが分かってしまう世代となってワンピース歌舞伎をみて心動かされるのは、白ひげやシャンクスといった仲間を愛し慕われそして世界のシステムの中で独立した場を創ろうとする男たちの姿でした。

私自身は集団の中で上手くサーヴィスと任務とプライヴェートの立ち振る舞いを鼎立させるのが苦手な人間でしたが、それぞれ家族が出来たり、友達と常に一緒という環境を離れてムカシミタイニハアソベナイ今だからこそすべらずに済むような気が今しているのかもしれません。それは共に独立しながら生き抜いていく仲間への敬意からで。

カイジの鉄骨渡りでいうように、我々の人生は個々に天空を渡る57億の孤独(あかり)なのだと想います。

だからこそ一緒に生きる人達は特別で。と同時に私自身も宙に地に、海に、道を歩んだり、創っていけたら。その途中で自由運動の途中で旅を共にする仲間との場を創れたら。そんな事を想った劇でした。

ルフィは劇中で大きな挫折を味わいます。それはただシンプルに冒険を邁進するだけだったルフィの人生自体に破壊的な衝撃を与えるくらいの不可逆的な喪失でした。その痛み、その苦みに人生の味を感じると共に、そこから立ち直る彼の未来を見届けたい気持ちになりました。

『スーパー歌舞伎II ワンピース』、なんと来年新橋で再演されるそうです。それもみてみたいけれど、『スーパー歌舞伎II ワンピースII』もぜひみてみたい。楽しい時間を過ごせました。

cf.
超歌舞伎 「今昔饗宴千本桜」@ニコニコ超会議2016を観る

[PR]
by wavesll | 2016-11-11 21:42 | 映画 | Comments(0)

武士の家計簿をみた -算盤の音響と時代の変遷を超えていく力

BS JAPANでやっていた『武士の家計簿』をみました。

『武士の家計簿』 予告


磯田 道史 / 武士の家計簿 ―「加賀藩御算用者」の幕末維新(新潮新書)を下敷きにしたこの物語、地味ながら面白く見れる佳作で。影響されやすい私はXperiaに早速家計簿アプリを入れてしまいましたw

上に書いた元となった新書がかなり面白そうで。

Amazonページに寄せた著者のコメント
東京・神田の古書店で、加賀藩士がつけた「家計簿」が発見された。饅頭ひとつ買っても記録した詳細なものである。天保13年(1842)から明治12年(1879)年まで37年分が残されており、金沢城下の武士の暮らしぶりが手にとるようにわかる。

家計簿をつけたのは加賀藩御算用者(おさんようもの)・猪山直之。藩の経理係であり、将軍家から前田家輿入れした姫様のそろばん役を務めていた。仕事が経理であったため、自分の家でも緻密に家計簿をつけていたらしい。彼は、年収の2倍をこえる借金を抱え、年18%の高利に苦しんでいた。妻の実家に援助してもらい、お小遣いも現在の貨幣価値で5840円におさえられていた。しかし、天保13年に一念発起して家中の家財道具を売り払い、債権者と交渉して借金の整理に成功。「二度と借金地獄に落ちるまい」と、それ以後、家計簿をつけはじめた。

その後、猪山家は家運が急上昇。江戸時代の武士社会では、猪山家のようなソロバン役人は低く見られていたが、維新の動乱期になると、会計技術者は兵站係として重宝された。直之の子、猪山成之は明治政府の軍事指揮官・大村益次郎にヘッド・ハンティングされて兵部省入りし、のちに海軍主計となって東京に単身赴任する。その年収は現代の3600万円にもなった。一方、金沢に残された成之の従兄弟たちは政府に出仕できず、年収は150万円。明治士族の厳しい現実である。

本書では、なるべく、猪山家の人々の「声」を掲載することにした。幕末明治から大正にかけて、激動期を生きた家族の肖像写真をそのまま見て頂きたいと思ったからである。
あなたは猪山家の物語に何を想われるであろうか。
大層面白い感じに聴こえませんか?映画を超えてそう。
「大きな社会変動のある時代には、『今いる組織の外に出ても、必要とされる技術や能力をもっているか』が人の死活をわける(p.218)」
とのこと。古書店で一次資料を発見するエピソードも含め興味深い噺を読めそうで、倹約ついでにまたしても早速図書館に予約を入れてしまいました。

映画についてですが、世間体や体面の為に借金を重ねてしまう武家社会の現実に対して、家財を売り払ってでも借金取りと交渉したり、或いはArtやDIYの力で"貧乏の苦労"を"工夫の楽しさ"に変えていく猪山夫婦に生きる力を魅させてもらいました。

身の丈に合った、持続可能な人生のファイナンシャルプランは大事だなと思いました。そして生きる工夫に勤しむ人に「貧乏ったらしい」なんて蔑む人間の心のさもしさといったら無いなぁとも思ったり。

と、同時に、困窮を解決する策として倹約のみが照射されていましたが、”仕事を創って金を稼ぐ”という策も今を生きる我々としては観たかったなぁとも思いました。結局息子の成之は高給取りになるのですが、現代の物語で置き換えるなら起業家精神的なものを江戸時代に見出した話なんかもみてみたいです。

また映画をみて、フィールドレコーディング的な音響好きとしては加賀藩御算用者達が一斉に鳴らす算盤(ソロバン)の音が"これ良い音だな"と想ってw

そこで算盤の音響作品はないかと検索してみると、ASMRモノに混じってこんな作品がYoutube上にありました。

弾かれる音 ダイジェスト


服部麻耶さん(名古屋学芸大学メディア造形学部映像メディア学科3年)の作品で、
そろばんを使ったパフォーマンス作品です。
プログラミングによりランダムに映し出される数字を計算しそれによって弾き出されたそろばん特有のパチン、パチンという音をリアルタイムで録音、またそれを遅らせて再生させ増幅させています。
音を積み重ねるということでそろばんの音が迫ってくるような感覚が生まれ、感じたことのない空間を体験していただけたら幸いです。
とのこと。Yosi Horikawa - Bubblesを生でパフォーマンスしちゃったような素晴らしい演奏だと想いました。ほんとソロバンの音響作品があるとは流石だ◎

新書を読み終わったらまた追記したいと想います。今年公開された『殿、利息でござる!』も磯田さんの原作だそうで。そちらも機会があればレンタルしてみようかな。

cf.
Sports Fieldrecording スポーツ音響楽曲群

The Vegetable Orchestra・おみそはん・Yosi Horikawa・NANTAのお料理音楽
鉄道音楽III両集
Yosi Horikawa - Artとしてのサウンドスケープ
和田永のエレクトロニコス・ファンタスティコスがスゴい!
[PR]
by wavesll | 2016-10-27 20:50 | 映画 | Comments(0)

『理由なき反抗』:”素朴で危うい子ども”と気持ちが解らない親の姿 & アドラーから想う他者と関わる姿勢

Rebel Without a Cause - Trailer


BSプレミアムで先日やっていた『理由なき反抗』をみました。
親との関係が苦しい人に、お薦めの映画です。地に足がついていて、とてもいい映画でした。親子それぞれ違う場所でこの映画と『ファインディング・ニモ』をみるといいかも。

ジェームス・ディーン主演でジーンズを世に広めた作品、クールでヤンチャな不良が出てくるのだろうと思っていたのですが、実際に見てみると思った以上に”素朴で危うい不良の若者”が描かれていました。

冒頭の警察署の場面は思わず”お!『アキラ』はこのシーンのオマージュなのかな”とも思ったりしたのですが、ここで出てくる"不良"は、親との関係に悩み、無軌道に蛮勇を重ねてしまう”危うい子ども”のようにみえました。これからすると近年のアニメや洋ドラに出てくる若者はかなりスレているというか、悟った中二病が蔓延する前の映画世界がそこにありました。

自分自身の経験からも、特に10代の頃なんかは親の欠点が嫌で嫌で。横暴な態度や逆に知性・感性がどうもピリッとしないところとか、反抗期の頃は本当に蔑むとまではいかないまでもそれに近い感情を両親には感じていました。

社会に出て、働いて金を稼ぐ困難さを知ると逆に”親父はこんな年で家建てたのだなぁ”とか”母親は毎日仕事も家事もして、良く育ててくれたなぁ”とか素直にある種の驚きをもって、親のありがたみがわかると共に、”あぁこの人も人間なのだ、『完璧な大人』なんてものは今の自分をみてもわかるように幻想の中の存在で、両親も社会の中で、そして家庭で、手探りで人生を生きてきたんだな”という思いになるというか、親への過剰な期待が消えていった気がします。”自分自身でこれを行えるか”という視点に立てると幻想が晴れ、適切な敬意と距離感が芽生える気がします。

"親は自分を喜ばすためだけに存在しているのではなく、逆に自分自身も親を喜ばすためだけに存在しているのではない、一人一人の個人なのだ"という感覚って大事だなと。

『嫌われる勇気』は読まずに、関連文書を読む ~自己欺瞞を超えて <アドラー心理学に触れて>
続・アドラー心理学 <幸せになる勇気/黒い十人の女/天> ぬくもりという名の獣道

でアドラー心理学に触れた際に想うのですが、子育てに限らず他者に係わるときに自分はついつい過保護になってしまうというか余計な口出しをしがちなのですが、本当に相手のことを想うならば、相手の軌道上から痛みを事前に取り除こうとするのではなく、寧ろ”リスクはあるよ”とだけ伝えて相手に自由に進ませた方がいいのだろうと想います。

痛みを感じないと気づきもないかもしれないし、ともすれば"アドバイス"というのは相手の未来計画へのダメ出しに終始してしまって気力を削ぐだけになってしまうかもしれない、ならば生死に係わること以外は相手の人生の課題と自分の人生の課題を峻別して、ポジティヴな可能性を摘まないコミュニケーションが大事なのではないか、そう想うのです。

確かに、社会はめまぐるしく動き、苛烈な競争がある人生において”この時期までにこれを行えないともう達成できないこと”もあると想います。とは言え、その”達成できないこと”は私や相手にとって本当に人生でどうしてもやりたいことなのか。人生の資源を注ぎ込むだけの意志があるといえるのか。或はそのモチベーションも、一度何かを失敗したり失ったりしないと湧いてこないかもしれません。ならば必要なのは事実を伝え、選択権を委ねることなのだろうと想います。

相手を想うあまりに相手の翼を捥いでしまわないようにしていたいです。そして、本当に相手の人生に関わろうと想った時は、とことん相手の可能性を羽ばたかせたい、余計なエゴを捨て、自由な天地の中で共に生きていける仲間になりたい、そんな人との関わり方をしたいなと想いました。
[PR]
by wavesll | 2016-10-18 08:36 | 映画 | Comments(0)