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FUERZA BRUTA WA! @品川・ステラボール

FUERZA BRUTA WA!、クッソ面白かった!!!!!!獰猛で、あまりに肉体的なイリュージョン!!基本的にはクラブとサーカスのフュージョンなのだけれども、視聴触覚に訴える夢幻が現前したときの物理的驚異!

私は2014年に赤坂で演ったフエルサブルータもみているのですが、あれみた人間も最上に昂れる新演目あり!あの時も呟いてましたが江戸川乱歩の『影男』に出てくる極上の体験のような、血沸き肉踊るIllusionがこいつぁやっぱりヤバい!和の要素も最初不安だったのですが、最後は上手く昇華させてたように感じました。

さて、撮影OKだったから写真素材が夥しくあるのだけれど、とてもお薦めだから事前知識は余り無しで出来れば生でステージを味わっていただきたいところ。(勿論現場という意味がこれほどある舞台もなかなかないのですが)

と、言うことで、PVを貼った後に写真を掲載し、その後にネタバレアリの感想を書きます。どうぞ、この先はLIVEを愉しんでからが推奨です◎



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さて、上にも書いたのですが、今回の新作の最大の特徴である”WA”という点が、実は視る前の最大の懸念要素でもありました。なんというか、「ナポリタンをイタリア人として食わされる」みたいなコレジャナイ感じになりやしないかと。

実際、初っ端の法被や鎧武者の下り辺りはちょっとその気を感じて。海外、或いは現代を意識した"和のパフォーマンス"という点ならば、それこそリオ五輪閉会式のステージや、或いはこの初夏にスカイツリーで行われた能×VJ LIVEに軍配が上がるな、と想っていました。

個人的には前回のFUERZA BRUTAの魅力の一つにアルゼンチンの今の音楽の感性という点があって。今回のWA!においても、例えば能や狂言の非対称的で妖気のある聲を使ったら更に幽玄なWONDERが拡がったように思います。

と、いった心持だったのですが、一気に気持ちが変わったのは着物風の踊り子3人が踊っている時にレールがぐわっと円周を描いて天井へ滑り込んだ時。"うぉお!これは前回みてない!"と引き込まれました。よくみれば、スモークのラインが波打って流れているし、どうやってんだこれという工夫が凝らされていて。

そして天幕から落下してきた人間がエア・ポールの中で空中で止揚する様も凄くて!そこから客も空中へ引き上げるわ!そして今回も空中水面の色っぽい破壊的な演目が能面verで展開されて!

さらに、FUERZA BRUTAといえばこれ、ランニングマンが最後に輝く鳥居の連環の中から飛び立って。ここまでやられたらもう御見それするしかない。すっかり魅了されました。

間に入るドラムの祭囃子なんかもヨサコイソーランなノリというか、アーティスティックなパリピわちゃわちゃな感じで。ここら辺、BJORKや俚謡山脈の民謡DJ Setを取り入れたらさらにDopeになりそう。またねぷた的な山車は立佞武多並みにやってほしかったw

とはいえ最後はビーシャビーシャになりながら、最高の笑顔で帰りました。ホント、至高のEntertainmentっした★
by wavesll | 2017-08-11 21:34 | 舞台 | Trackback | Comments(0)

野村萬齋x真鍋大度(ライゾマティクス) FORM -伝統×最先端が挑む日本最古の舞・「三番叟」

野村萬齋x真鍋大度 FORM


NHKBSPで流れていた舞台「FORM」、スカイツリーでみた能VJ LIVEもそうですが、伝統も最新型へメタモルフォーゼしていくのだなと。TOKYO2020開会式への期待も高まります。

音楽的にはアシンメトリーな妖声に日本の藝能を感じました。
by wavesll | 2017-07-12 21:56 | 舞台 | Trackback | Comments(0)

能×VJ LIVE at 天空樹にて妖気に触れる

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Tokyo Skytree’s new lighting pattern and ‘Noh x VJ Live’ performance


能×VJ LIVE~演出(1/2)~(東京スカイツリータウン5周年)(2017)(1/4)


能×VJ LIVE~演出(2/2)~(東京スカイツリータウン5周年)(2017)(2/4)


スカイツリーへ能×VJ LIVEを堪能してきました。

いやー、えがったー!能×VJ!

LED屏風の前で演舞するというステージ。小狐丸という伝説の劔が造られる物語でした。

18:30からの最終回の為ライティングにも映えた刀鍛冶の端正な、しかし狂気に迫るような演技の迫力、そして相槌の狐神の異様な圧倒さ。

そして楽器隊のサイケデリックな音!音波が映像化されるといったVJとの同期も相まって相当な感無量。“日本の妖気”に魅了されました。

90分前から前方真ん中三列目に座って待っていただけあって演者の目の演技まで楽しめて。

最初は舞台撮る気満々だったのですが、上に載せたようにYouTubeに動画(別の回)を全編上げてる人がいて、これはみるのに集中できるなと。

で、写真撮る気の写の字も起きないほど圧倒的な時間。能にSEが重なることで取っ掛かりが出来ると共に能の舞台そのものの凄味が逆に浮かび上がるという。

これが気に入った方に"伝統音楽Xエレクトロニクス"という点でお薦めなのがモロッコの呪術音楽ジャジューカをローリング・ストーンズのブライアン・ジョーンズがディストーションかけたアルバム。因みに本場のジャジューカ・マスター達による来日ライヴも今秋あります。

あやかしが息づく年月の九十九。その幽光・妖音の幻に一時の夢を視た宵となりました。
by wavesll | 2017-05-22 07:47 | 舞台 | Trackback | Comments(0)

菅原小春の舞踏 at TOKYO M.A.P.S

Quickstyle x Sinostage Opening Ceremony - Koharu Sugawara (Live performance)


GWの六本木ヒルズといえば毎年J-WAVEが開いているFREE LIVEイヴェント、TOKYO M.A.P.S。

今年の個人的な目玉はStevie Wonderとの共演CMからこちら八面六臂に魅了される菅原小春さん。彼女のダンスパフォーマンスがみたくて欅坂広場へ向かいました。

かなり良かった!3部構成で、第1部は表情も豊かにダンスの表現でベッドルームで目覚める様が。冒頭に映像を載せたコレオグラフィーの赤い衣装でヴァイオリンで女性3人で踊る第2部がとてつもなくカッコ良くて、男女2人ドラムで踊る第3部に“シンクロ、コンビネーション”の素晴らしさを。

漫画『昴』以来、ダンスの持つ意識の魔術的拡大を求め、シルヴィ・ギエムのボレロ 於 東京バレエ団創立50周年 祝祭ガラCompagnie Marie Chouinard 『春の祭典』そしてヤン・リーピンのシャングリラなど観てきたのですが、菅原小春さんのダンスはそれこそアートに持つ幼い頃の原初体験からぐんぐん大人へ進化していく様をみるような、プリミティヴで真っ直ぐな舞踏表現に昂りました。

ヒューマンビートボックスに振付を付けるのもカッコよかったし、あのドラムのコレオグラフィーをみるとMark GuilianaのDrum Soloを身体表現で魅せて欲しい、どっかの企業がCM企画出してくれんかなーとか妄想が拡がりましたw Nonverbalな體と音の炸裂は宇宙人にともコミュニケートできるような伝達表現。やー、いいものみれたなぁ。
by wavesll | 2017-05-07 04:14 | 舞台 | Trackback | Comments(0)

現代に蘇る『曽根崎心中』の"舞台裏" ー『杉本文楽』&『ちかえもん』

c0002171_2032898.jpg如月晦日、熱海へ紅白梅図屏風をみにいったのですが、展覧会が開かれたMOA美術館のリニューアルをディレクションし、自らの『海景』『月下紅白梅図』の作者でもある杉本博司さんが『曽根崎心中』を近松門左衛門のオリジナル版で上演したと聴いて。

是非みてみたいなぁと想っていたところ、DVDが出ているということで手に入れ鑑賞しました。
この『この世の名残 夜も名残 ~杉本博司が挑む「曾根崎心中」オリジナル~』、予想外にもメインはNHKの杉本の舞台製作を追ったドキュメント番組でした。ただ本編でも舞台本番映像があり、特典映像に30分強の舞台の様子が収録されておりました。

そもそも私が『曽根崎心中』に興味を持ったのは昨年にNHK木曜時代劇で放送された『ちかえもん』というドラマが契機で。

スランプに陥っていた近松門左衛門が大阪の街で起きた騒動に関わることで『曽根崎心中』を書き上げるまでをコメディタッチで描いたこの作品がとても面白かったのです。

実際に近松門左衛門が『曽根崎心中』のインスピレーションを得たという大坂堂島新地天満屋の女郎「はつ(本名妙、21歳)」と内本町醤油商平野屋の手代である「徳兵衛(25歳)」が西成郡曾根崎村の露天神の森で情死した事件を縦軸に様々な仕掛けがあるドラマで。

松尾スズキ演じる近松門左衛門が歌う昭和歌謡の替え歌がBGMで流れたり、アニメが挿入されるなど時代劇に馴染みがない人間でもとっつき易い演出と、松尾スズキや小池徹平等役者陣の好演、そして脚本の妙ががっちり嵌っていたのです。

"ちかえもん"のキャラクター造詣が、燻るアーティストで情けないオッサンというのが人間味にあふれていて。マンガ世代にも響くキャラクター性がありました。

私はスポーツを試合だけがっつり見続けるファンではないのですが、スポーツ漫画は大好きで。試合に至る人間模様には心打たれるタチでして。

『ちかえもん』は"創作の舞台裏"という点では『G戦場ヘヴンズドア』もかなり近いものがあるのですが、何よりもこの作品には『あしたのジョー』のような、"輝く表舞台の裏側のドラマ"が本当に見事に描かれていました。

さて、そんなこんなで『ちかえもん』を機に『曽根崎心中』に興味を持ったのですが、現在文楽で上演されているのは1950年代に復活したヴァージョンで、近松のオリジナル脚本ではないと。

そこにこの杉本曽根崎心中の話を聴いて。勇んでDVDをみたのですが、舞台製作のドキュメンタリーには大変興味深い"舞台の裏側のドラマ"が写されていました。

杉本さんにはちょっと複雑な気持ちも個人的にありまして。男の嫉妬は見苦しいですが、現代美術家全般に感じる"巧いことやりやがって感"とでもいうか、昨年の東京都写真美術館でのロスト・ヒューマン展でもコンセプトとそれを成し遂げる資本力は凄いけれども、実装はまだぬるいところがあるなぁと想ったり。

けれども流石写真の『仏の海』は本職仕事だったし、MOA美術館のディレクションも素晴らしくて。NYに拠点を置くことで"国際人としての日本文化理解"は転がる岩に苔は生えずとも、一種外側からの視点ともいうか、今回の『曽根崎心中』の原点に返る試みは古民家の黒ずんだ木材を彫刻刀で削ったような真新しい感触を古典に与えるとも感じて。

実際、現行の昭和verの『曽根崎心中』と比べ近松の原文verは字余り字足らずがあって節回しに難がありました。しかしこの"違和感"が"臨場感・リアリティ"に繋がると文楽の人間国宝たちに新鮮な風を吹き込んでいたのです。。

また杉本演出はただオリジナリティをなぞるだけではありませんでした。

通常文楽は人形遣いの腰から下が隠れる板の後ろで演じられ、縦の移動はないのですが、杉本は会場となったKAATの舞台を活かし、縦にも動く演技プランを提案。さらに文楽は通常明るい中での人形劇なのですが杉本は暗闇の中での劇を提示します。

現代の感覚で原点を演出する。ここは杉本さんの確固としたVISIONと、それを成すだけの実績があるからこそ実現できるなと。

そのコンセプトの企画を通すために、様々な舞台装飾の見識や、センスを裏付けするロジカルな部分、これは現代美術アーティストだからこその仕事だなと感嘆しました。

MOA美術館での展示でも映像作品に挑んでいましたが、杉本さんがあえてクオリティには目をつぶったように見えても新分野に挑むのは、いつまでもクロック数を若々しく火のような心を持ち続けるアティチュードなのかなと想いました。

そして『曽根崎心中』のプロジェクトには、杉本さんのアイディアを身体化する浄瑠璃の達人たちがいました。文楽の巨匠たちの手で無理難題の発想が実装され、夢のような舞台が創り上げられ、満員の観客を幽玄の熱界へ連れて行って。

歌舞伎もそうですが、浄瑠璃も"浮世絵の実写化"のように感じて。今の2.5次元舞台もそうですが、日本には二次元と三次元の狭間の感覚があるのかもしれぬと想いました。

最終的にはヨーロッパ公演まで舞台はロールし、まさに"国際的な日本感覚"が立ち上がっていたこの曽根崎心中。理想化された悲恋の物語、もし再演があるならば是非見てみたいです。"表の舞台"と"裏の舞台"、現実は物語とはまた異なるけれども、その"素の味"も含めて大変愉しめました。

cf.
俺たちの国芳 わたしの国貞展@Bunkamura ザ・ミュージアムに行ってきた

シネマ歌舞伎 『スーパー歌舞伎II ワンピース』をみた
by wavesll | 2017-03-01 21:32 | 舞台 | Trackback | Comments(0)

古川日出男/蓮沼執太/青柳いづみ『偽ガルシア=マルケス』@東京都庭園美術館

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東京都庭園美術館に来たのは初めてで。アンリ・ラパンや宮内庁の宮大工によって粋に仕上げられた旧朝香宮邸のレリーフ、壁紙、カーテン、床タイルetcetc…美事でした。旧館玄関のラリックによるガラスの女神も、新館の杉本博司によるうねったガラスのエントランスも双方とっても魅力的でした。

開催していた“こどものファッション展”。こども服はどれも可愛いなーくらいしか解らなかったのですが、児島虎次郎の『登校』・『雁来紅と子供』とラファエル・コラン『エリーズ嬢の肖像』の三枚の絵画は気に入って。あと植田正治の『少女達』がみれたのは嬉しかったです。玄妙な表情がとても良かった。

そして本日来館した目的が演劇『偽ガルシア=マルケス』。
何と脚本が『アラビアの夜の種族』の古川日出男さんで◎古川さんは出演もされて。もう一人の役者は青柳いづみさん。ハロプロ顔というか綺麗な方で、声も可愛らしかった。そこに蓮沼執太さんの演奏が奏でられる構成。
三者が同時多発的に音を鳴らす演出はガルシア=マルケスの濃密な情報洪水を顕していたとしたら成功していました。そこから漏れ聞こえる『百年の孤独は土地の物語でなく家の物語』だという見立てなども見事。

ガブリエラ・ガルシア=マルケスと日本人作家によるガルシア=マルケスの解読劇。都会的な清潔さを想わせる蓮沼さんの音を魔術的リアリズムの題材に合わせるのは何故だろうと考えていたのですが、“ここ”が書物内部、或いは記憶の内部、“本の紙魚”の情報空間だと解釈するとぴったり来ました。

様々な読み解きにより主体的に芸術に関われるのも演劇の魅力。『百年の孤独』や『エレンディラ』等のガルシア=マルケス作品への興味がないとちょっと厳しかっただろう劇でしたが幸いにマルケス好きで『アラビアの夜の種族』も好きだったのでかなり楽しめました。冒頭の“解答をするより良い質問をするほうが難しい”という話、その通りだなと。批評も解答の一形態だとすれば、良い批評とは良い問いを含んでいるものなのではと想いました。

その上でこの舞台から“良い問い”を導くとすれば、“家とは何か?後天的に家を造るとはどういうことか?”というテーマから、“人が集団を造るとき、単なる集団と家の違いは何なのか、血でしか家は造れないとしたら、他者と夫婦になるとは?”というものを、今は挙げておきます
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by wavesll | 2016-08-28 20:13 | 舞台 | Trackback | Comments(0)

CRAZY HORSE パリの前衛的なヌードショー

映画『クレイジーホース・パリ 夜の宝石たち』予告編


AbemaTVにて、『クレイジーホース・パリ 夜の宝石たち』をみました
『パリ・オペラ座のすべて』などで知られるフレデリック・ワイズマン監督が、世界的に­有名なパリの老舗ナイトクラブ「クレイジーホース」の舞台裏を追ったドキュメンタリー­。きらびやかなショーの模様をはじめ、常に100パーセントの出来を追い求める女性ダ­ンサーたちやスタッフ、オーディション風景など、パリの夜を彩る同店の知られざる裏側­に密着。オリンピックの開会式、閉会式の演出を手掛けたことのある振付師フィリップ・­ドゥクフレによる新作ショー「DESIR」を作り上げていく過程も収められ、幻想的な­世界を堪能できる。

というこの映画、細かい荒筋はこちらのサイトをご参照頂きたいのですが、ヌードショーが数々のクリエイターにインスピレーションを与えるレベルと言うのは凄い。演出、衣装、音楽、ダンサー、経営者がぶつかりあって舞台が創り上げられていくのはスリリングでした。

一昨年みたギエムのボレロ、去年みたマリー・シュイナールの春の祭典、そして先月のヤン・リーピン/シャングリラと、音楽への興味を拡張しダンスの舞台をみたりしているのですが、クレージーホースのステージにも好奇心をそそられました。

前衛的なヌードショー。映像で見ただけでも素晴らしいショーでした。
水準は違いますが、人生で一回だけ日ノ出町の浜劇でストリップをみたことがあります。その時も"ただ脱ぐだけでなくて、ショーを創り上げるんだなこの踊り子たちは"と想ったのですが、生で見る熱は、クレイジーホースでなら更なる蠱惑がありそう。性的刺激とアートダンスは極めて隣接、音楽と踊りくらいの近い関わって相互作用するんだなと想いました。

Crazy Horseの映像はこの他にも一杯Youtube上にあるので、取り敢えずはこれで好奇心を満たしたいです。あと、歌舞伎町のロボットレストランも気になっているんですが、一緒に誘える奴がいない。誰か行こうw
by wavesll | 2016-05-09 20:07 | 舞台 | Trackback | Comments(0)

超歌舞伎 「今昔饗宴千本桜」@ニコニコ超会議2016を観る

【ニコニコ超会議2016】超歌舞伎 supported by NTT


GW1,2日目を盛り上げてくれたニコニコ超会議2016、私は会場にはいかなかったのですが、Twitterとかで荒吐と共にチェックしてました。

「超会議2016」VRエリアで女子大生が失禁体験 介護や医療に役立てたい(KAI-YOU)とかその動画のお色気企画も見ちゃいましたが、超ミジンコすくいで謎のわくわく感を体験する(ねとらぼ)とか、ニコニコ超会議:超ドローンを使ったUFOキャッチャーをやってみた!(ハフィントンポスト)とかなかなか面白そう。鉄骨の上で逆境無頼! カイジの鉄骨渡りをリアル体験(ねとらぼ)なんてアトラクションも。ニコニコ超会議で日本刀鍛錬! 飛び散る火花と快音に惚れたッ(KAI-YOU)プロ棋士と10面差しできたりした超囲碁・将棋なんかも興味深かったです。

中でも、今回の目玉の出し物、今昔饗宴千本桜(はなくらべせんぼんざくら) 超歌舞伎。中村獅童X初音ミクで歌舞伎と言うのは面白い。冒頭の動画、14分45秒あたりから始まるのですが、初音ミクの機械合成音がそこまで活かされていたわけではないのでまだ向上の余地はありそうでしたが、獅童演ずる白狐が国芳の浮世絵が実写化し動いているようで見ごたえがあり、敵方の青龍もラーマーヤナの魔王ラーバナのような威容があり面白かったです。雷のライティングはどうやってやってるんだろう?ワンピース歌舞伎もそうですが、こういうので歌舞伎に興味を持つ人が増えたらいいし、こういう試みから新定番演目ができたりしたら最高ですよね!

今回、「超会議」の類似検索で「オフパコ」が出てきたり、ネット入場者が200万人も減ったりとか、ネガティヴな結果も出たりした超会議。ユーザーが創り上げるのではなく企業が造ったものを享受するような金の匂いがするイベントになったというtweetや、2chでは「文化祭に参加できなかった奴らの文化祭なのに、そこにすら格差が生まれたことに気づいて醒めたんだろう」という言葉がありました。

ただ、DIYという点はなかなかどうしようというものでもありますが、今回VRのブースが増えたことが、後者の点はある程度解消できるかも、なんて想ったり。VR装置が一般に普及し、VR配信なんて出来るようになったら現地に行けない人もアトラクションを遠隔で楽しめるようになるのでは?ニコニコ配信者の祭りに企業がブースを出すようになったという点で、米国のSXSWみたいな展開になって行っても面白い。来年はメッセに行ってしまうかもしれませんw
by wavesll | 2016-05-02 07:43 | 舞台 | Trackback | Comments(0)

地点 X 三輪眞弘 X イェリネク X KAAT 『スポーツ劇』 ―興味深い靄々の残る問題提起

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『ミステリヤ・ブッフ』で地点を教えてくれた子に誘われ、KAATでの『スポーツ劇』千秋楽をみてきました。

背伸びして格好つけても仕方ないので本音で話すと、少なくとも中盤までは"これは疲れるな…"と想っていました。台詞の内容自体は難解な表現はないのですが、芝生の反り立つ壁みたいなセットの中で反復横飛びしながら複数の登場人物がそれぞれにかみ合わない演説を叫んでいるのは、小説というより説明文(しかも散文以上に連続性のない)を読んでいるような気分と言うか。

そんな中で自分がこの劇を自分なりに理解する取っ掛りとなったのは『観客というアティチュードへの批判』が読み取れた時でした。

『God Bless Baseball』でもそうですが、スポーツと言うのを現代演劇で取り上げる際にはナショナリズムというか、戦争の代替物だったりとか、"敵と味方"というか、そういったものの表象として取り上げられることがあると思います。この『スポーツ劇』でもそういった形での(一種ありがちな)論の展開はあるのですが、それ以上に印象に残ったのは“観客的姿勢(他人に己の夢を託して委せる姿勢)”への批判を感じた事でした。

自分の人生で、自分の夢を、自分で叶えずに、その姿や心をスターに託す。その生き方への批判。それはしかし、"演劇という興業”をやっている地点自身にとってもアンビバレンツな問題提起の様にも思えました。実際に終盤に"観客は必要だ"とか"拍手をしたいだろうけれどまだみなさんに伝えたいことがある"のような台詞が出てきます。"観客"という立場ではなくて、自分の人生を自分が成し上げるべきだという論を"観客"に言う。中々に複雑な状況だなと想いながら見ていました。

更にこの劇で私が感じた第二のキーワードは『部外者』でした。部外者としてしか社会に関われない。「発電所」なんかの台詞があって、あぁこれは福島第一を初めとする原発の問題にかかわる部分なのかなぁ、原子力発電技術と言うブラックボックス、原発村と学者たちというブラックボックス、余りに世の中にブラックボックスが増えすぎて、部外者としては極めて不透明な世の中に暮らさなければならないことへのモヤモヤを顕しているのかなぁと。

と同時に、先の"観客"もそうなのですが、"部外者"を産みだすことになったのは現在の社会が"分業"によって成り立ち、専門化とイノベーションによる高度化によって発達してきた、その副産物として"観客≒部外者"が生まれたということを考えると、この劇は極論すれば文明のメカニズムへの批判とも観れる気がしました。

しかしそれは取りも直さず、地点と言う劇団やKAATが成り立つのも現代の繁栄の賜物であり、観客を批判しながら観客を必要するのと同じく、矛盾を孕んだ主張、といえるかもしれないな、と想ったのでした。とはいえ、こういうのは0or100の選択でなく濃淡の話でもあるし、進化の方向性への問題として"馬鹿らしい"と切り捨てるには適当でない、意味ある問題提起だったと思います。

その為の考える土台としてアダム・スミス『国富論』やマーシャル マクルーハン『メディア論―人間の拡張の諸相』等の古典を読むことが、コンセンサスを築く上で有効なのではないかと言う予感がします。マクロな話で言えば、現代に生きる上で、人々に要求される"教養"は年々量と質を変えていて、それらを生涯かけて学び磨き続けることが分業社会におけるブラックボックスだらけの世を光を増していく術なのではないかと想いました。

また、最後に音楽の話を。
劇場の客席を挟んだ左右の二階のテラスに男女が別々に列を無し、パイプ(リレーのバトンにもみえる)を使って叩いたり、吹いたりして音を出す生演奏は、ブラジルの創作楽器集団UaktiやBluemanを想起しました。劇中に何度か爆撃音とジェット機の音が響いたのですが、あれは良く分からなかったな。戦時下の地域という事の表現だったのだろうか?まぁ正直、地点の彼らが言いたいことの20%も理解できた気はしませんでしたが、なかなかいい靄々を味わえて、面白かったです。ただ『ミステリヤ・ブッフ』に感じたMagicは無かったかな。

Uakti | Tiquiê River / Japurá River (Philip Glass) | Instrumental SESC Brasil


uakti beatles


Blue Man Group - Medley (Melodi Festival 20-02-2010)


Blue Man Group The Complex Rock Tour Live

by wavesll | 2016-03-22 01:19 | 小ネタ | Trackback | Comments(0)

NODA・MAP 『エッグ』 繰り返し演じられ"真実"へ解釈を更新していく物語

Eテレで放送された野田秀樹の『エッグ』、録画して23時からみていたのですが、1時すぎに観終わって、今もその余韻の中に飲まれています。

NODA・MAP 第19回公演「エッグ」北九州公演

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自分はこの劇に前情報、ほとんど入れてなくて、椎名林檎が音楽やってるくらいしか知らなかったのですが、架空のスポーツ"エッグ"のどんちゃん騒ぎから始まるこの舞台、素晴らしかったです。この舞台をネタバレ無しで楽しんでほしいので、まだ見てない人にはこの先の文章は読まないで、「絶対いいから最後まで観てくれ」と言いたいw

ただ、まぁ極力ネタバレはせずに、書ける感想を書きたいと想います。

途中までTVを観ながら思っていたのは「やっぱ舞台は生じゃないと駄目かなぁ」ということでした。去年、フェスティバルトーキョーで2つの舞台をみた時と比べると、家でTVでみる舞台はステージ上の熱演とソファに寝そべってみているこちらに温度差があるというか、とにかく序盤・中盤はハリ、ハリの藝でしたし、正直厳しいか、、、生で観とけば違うのかも、、等と考えていました。ハリ芸の勢いで劇は進んでいくのですが、結局何が演じられているのかわからない、と言ったところが本音でした。

しかしそれは正しかった。同じ構造がヴェールを暴かれて繰り返される終盤からクライマックスにかけて、その"糊塗されていたカーテンが暴かれ、歴史の真実が上演される"ことで、一気に惹きこまれ、正直震えさせられました。頭では"あぁこのネタか"と想ったのですが、それでも震えさせられたのはこの劇の構造と演出、そして演技の質が非常に高かったからだと想います。

"塗り替えられた歴史のヴェールを剥がし真相を露呈させる"という意味では岡田利規 『God Bless Baseball』に通じるものがありますが、表現としての強度はこちらの方が遥かに強いと感じました。"歴史を忘れ、『広報によってつくられたイメージ』の中で生活する危険性"なんかのメッセージも、強度があると想います。歴史文書を燃やすシーンは、闇に暗部を放り込む日本の官僚機構や回顧録さえ書かない日本の政治家を考えさせられましたね。

いつだって身代わりになるのは、弱い立場の人間で、強者はのうのうとやっていく。愛すらも得られない操作された世界、なんていうとちょっと陰謀論に傾きすぎる嫌いもありますが、そういった不信感を感じさせない推進力のエネルギーにあふれた舞台、ちょっとこれは凄かった。まだ見てられない方は、是非ご覧になられることを、戟奨致します。クライマックスの深津絵里の表情、鋭利なほど美しかったです。

by wavesll | 2016-01-24 02:26 | 舞台 | Trackback | Comments(0)