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藝「大」コレクション展と東京藝術大学ゲーム学科(仮)展

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Monaural mini-Plug live at 不忍池を観てタイの音楽快楽に浸った後、タイ展へは行かず東京藝大へいきました。

いざ藝「大」コレクション展へ!

お目当ては高橋由一 / 鮭でした。そこでちょっと意外だったのが結構描写が荒く感じて。黒田清輝展@東博 もう一つの坂の上の雲の時も感じましたが絵画技巧ってやっぱ進化を続けてるんだなと逆に感銘を受けました。

展示された品々はさすが銘品揃い。会場に入るとすぐ出てくる「月光菩薩坐像」の、胴体が崩壊して空になったその姿は一際印象的だったし、「弥勒来迎図」の青緑の配置の美しさ。

狩野永徳「唐子遊図」の子どもたちの戦争ごっこには微笑ましさも感じ、若杉五十八「鷹匠図」の江戸時代の油彩という面白さ。

柴田是真「千種之間天井綴織下図」のレトロボタニカル、狩野芳崖「悲母観音」の金緑青の美。

橋本関雪「玄猿」の瑞々しい墨絵も、前田青邨「白頭」の消えゆく肖像画、高野松山「静動文庫」のエジプトの壁画のような蒔絵も素晴らしかった。

この展覧会のサウブタイトルは「パンドラの箱が開いた!」なのですが、その匣と同じ種類だと言われる彩文幾何学文ピュクシスもあり、同じコーナーにあったマルセル・デュシャン「トランクの中の箱(シュバルツ版)」はこの展覧会でみれてよかったものの一つ。小型インスタレーションといった趣で素晴らしかった。

「平櫛田中コレクション」のコーナーでは田中太郎「ないしょう話」が内向きトライアングルで内緒話するフォルムが新味があって面白かった。平櫛田中「活人箭」のきびきびした風貌、「灰袋子」と「禾山笑」の泰然とした大笑いにも明るい気持ちにさせられました。また大内青圃「像柱」は仏師の洋像で興味深かった。

「卒業制作ー作家の原点」では特に立体作品が素晴らしくて。

松田権六「草花鳥獣小手箱」は近未来の奈良とでもいうような金黒の美は物凄く良かった。山脇洋二「置物(犬)」のデフォルメされた超古代感、松田禾堂「香炉」は地球だし、坂井直樹「考・炉」はメカニカル。窯の地層がみえるような前沢幸恵「憧憬」、柴田鑑三「山寄りの谷 谷寄りの山ー富士山ー」の逆転空洞富士に吉野貴将「~森~ (cosmos)」の仏具のシシ神のようなフォルムも良かった。そして地村洋平「Herald」のソフトコーラルのようなガラス立体も素晴らしかったです。

勿論絵画も逸品ぞろいで。和田英作「渡頭の夕暮」の夕虹の水面、レトロフューチャーな砂浜のセーラー服の高山辰雄「砂丘」、三味線娘が可愛い白滝幾之助「稽古」、白青灰が炸裂する吉田侑加「景しき遠く」も良かったです。

また変わったところでは町田美菜穂「首都っ娘~首都高速擬人化プロジェクト~」というミクストメディアもありました。

「現代作家の若き日の自画像」コーナーでは文庫本4冊は貼り付けた会田誠のが面白かったwその他キレイめな村上隆や頼朝風にかいた山口晃の他、ヴィジュアル的にかっこいい齋藤芽生や松井冬子、モノクロの綿密な書き込みで動植物に包まれた冨谷悦子、自撮りが表示されたガラケーの山のインスタレーションの渡辺篤も面白かったです。

「石膏原型一挙開陳」コーナーでは日蓮が彫られた高村光太郎「獅子吼」、力強い北村西望「男」、聖性すら感じる生命感の石川光明「猪」、能楽師のフォルムが迫力があった後藤良「能野口兼資師黄石公」も素晴らしかった。

「藝大コレクションの修復ー近年の取り組み」コーナーではラグビー服で安まる小磯良平「彼の休息」、原撫松「裸婦」も魅力的だったし、葛揆一郎「外科手術」は不思議な空気の絵画でした。そしてトランプの絵柄のような仏画の長谷川路可「二菩薩半身像」も面白かった。

この他藤田嗣治の資料とか、結構みるもの多くて面白かったです。一期は8/6までで、二期には尾形光琳や曾我蕭白、伊藤若冲などが出てくるのでこちらも気になるなぁ。あ、ちなみに高橋由一「鮭」は二期も展示されるそうです。800円。二回分見れるお得なチケットもあり。

そしてその後寄ったのが同時開催の東京藝術大学ゲーム学科(仮)展、VR等の色々なゲームが置いてあって、私は「鞍馬の火祭り」というのをやったのですが、VRの没入感が凄くて!前にやったVRゲームでは酔ってしまったのですが、映像がこちらの動きと同期し勝手に動かないタイプだと酔わないことが分かって良かった◎

その他「Z」という、実際のブロックを積み上げると、投射されるキャラがブロックに合わせてアクションする作品もやりました。面白かった!

この他幾つもゲームが展示してあって。並べばそんなに待たずにやれそうなかんじでした。2Fではファイナルファンタジーの企画も。無料だし、お薦めです◎30日まで。
by wavesll | 2017-07-22 17:21 | 展覧会 | Trackback | Comments(0)

ジャコメッティ展 at 新美 ー魂を凝縮し削ぎ落された彫像群

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国立新美術館のジャコメッティ展をみてきました。

スイスに生まれ、パリにて才能を開花させた20世紀最大の彫刻家、ジャコメッティ。

見ているものを見えるようにつくると小さくなってしまった彼の彫像は、せめて1mの長さにしようと細長いフォルムになっています。

骨格と、肉と髪が、極限まで削ぎ落とした細長い人物彫像。卒塔婆のような、その人物の魂や人生が凝縮された静謐なる迫力。

彫刻は入れ換えなしだけど素描や絵画作品は前期後期があり、今日までの前期展示では画家だった父のコレクションらしき北斎の模写なんていう作品もありました。

彫像は人物がほぼ全てで、例外的に恐竜化石の生体展示のような『犬』と骨身になった魚のような『猫』がありました。

ただ、その他、エッチングや油絵なんかも展示してあって。その題材は人々のデッサンもありましたが、『真向かいの家』や『アレジア通り』などパリ街中や家の中、故郷スタンパの風景なんかも。ジャコメッティの流儀で街を造ったら、どうなるのだろう?

そのhintとして、群像シリーズがありました。思い思いに逍遥する『3人の歩く男のグループI』、異界の知的生命体のような『森、広場、7人の人物とひとつの頭部』、ヒトが金属植物のように伸びていく『林間の空地、広場、9人の人物』と。ジャコメッティの彫像は、空間を描くことは関係を描くことなのだなと。

ジャコメッティの初期はキュビズムやシュルレアリズムに傾倒していました。

オーソドックスな彫像ともいえる初期(1917年)の『シモン・ベラールの頭部』、キュビズムを立体でつくった『キュビズム的コンポジションー男』と『コンポジション』、『キューブ』

シンプルなフォルムの『見つめる頭部』『横たわる女』、アフリカに影響を受けたようなピカソ的な『カップル』、西アフリカから影響を受けた『女=スプーン』、ニューギニアに影響を受けた『鼻』は展覧会全体の中でも白眉でした。

そこから『小像(男)』、白い『裸婦小立像』といった小像の部へ。

さらに展覧会は女性立像の部へ進みます。髪が光輪のようで、まるで一本の剣のような『大きな像(女:レオーニ)』、髪や胸のコアが表現された『髪を高く束ねた女』、1952年頃の『女性立像』は青銅器時代のフォルムのよう。

そこから群像群を挟んで、モデルを前にした制作へ。『男の胸像』、弟を創った『ディエゴの胸像』『石碑I』の胸のゴリゴリした部分がまた魅力的で。

マーグ家との交流の部や『ヤナイハラの頭部』などの、阪大文学部の矢内原伊作との交流作のコーナーも素敵で。特に青のボールペンでフランス・オプセルヴァトゥール紙特別号に描いた『幾つかの頭部』、レ・レットル・フランセーズ紙に描いた『頭部、人物像など』、パリ=ジュール氏に描いた『4人の人物』などが非常に洒落ていて好きでした。

そしてとりわけ印象的だったのが9体の『ヴィネツィアの女』

キャプションに記憶に基づく制作とあったのですが、あまりにそれぞれ個性と人生が沸き上がる出色の彫像群で、近くのスタッフに聴いたところ、やはり特定のモデルを記憶に基づいて作ったとのこと。素晴らしかった。

そしてチェース・マンハッタン銀行に飾られるはずだったプロジェクト『女性立像』『頭部』『歩く男』は撮影可能で、それぞれ古代、近未来、現代を顕わしているような気がしました。

ジャコメッティの絵は同時代の詩人たちの挿絵になることも。
ジャック・デュパン『ハイタカ』など、詩のイメージを膨らますジャコメッティの絵の魅力があふれてました。

そして最後は『終わりなきパリ』。OKコンピューターのジャケットのような抽象的なパリの風景。やっぱりこの感覚を立体化する様な都市の彫像、みてみたかった。

吸い込まれるような、哲学性も感じるような展覧会。とても良かったです。
by wavesll | 2017-07-17 19:03 | 展覧会 | Trackback | Comments(0)

Animals of Tammachi

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by wavesll | 2017-07-07 18:04 | 街角 | Trackback | Comments(0)

世界へ懸ける人、日本で懸ける人、この國の仕事観・労働社会環境へ思馳せるTV3番組

 山路を登りながら、こう考えた。

 智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。とかくに人の世は住みにくい。

 住みにくさが高じると、安い所へ引き越したくなる。どこへ越しても住みにくいと悟った時、詩が生れて、画が出来る。

 人の世を作ったものは神でもなければ鬼でもない。やはり向う三軒両隣りにちらちらするただの人である。ただの人が作った人の世が住みにくいからとて、越す国はあるまい。あれば人でなしの国へ行くばかりだ。人でなしの国は人の世よりもなお住みにくかろう。

 越す事のならぬ世が住みにくければ、住みにくい所をどれほどか、寛容て、束の間の命を、束の間でも住みよくせねばならぬ。ここに詩人という天職が出来て、ここに画家という使命が降る。あらゆる芸術の士は人の世を長閑にし、人の心を豊かにするが故に尊い。
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NHKBS1 柔道とJUDO~世界で進化する柔の道~を視ました。

現在、世界に広がるJUDO.

東京五輪無差別級で日本を破ったオランダのヘーシングも、世界選手権で日本を破ったフランス柔道も、戦後GHQに禁止され職にあぶれた柔道家が世界へ活路を見出した結果。

日本の閉鎖空間の中で牛後と燻るならば、海外で鶏口となった方が活きる。これには国内電機企業が不遇にした技術者が韓国へ行ったのを彷彿とさせられました。ヘーシングを鍛え技に力で勝つ柔道を作り上げた道上伯はその先駆けだったのだなと。

ロンドン五輪で金が獲れなかったのは世界各地でサンボやチダオバやモンゴル相撲など現地の格闘術が加味された新たな柔道が生まれていたから。

日本から飛び出した柔道指導者はフランス柔道育ての親である粟津正蔵をはじめとして個性教育を大事にするようです。コロンビアの女子選手を教える柔道家は「勝つことが恩返し」という。ワールドスタンダードになるとはこういう事。

それに対して日本柔道代表の井上康生監督は「異常な」レベルの鍛え方を目指して異種格闘も組み込みながら修業しています。先頭を走る伝統は革新をし続けなければならない、世界が追いかけてくる、追い越さんとするトップランナーの立場の厳しさがありました。

その後みた日曜美術館の萬鉄五郎回。藝大に首席で入学しながら、泥を被ってでも己の求める画業を突き詰めた芸術家。

当時先端だった後期印象派を追いかけてた頃は魅力をそこまで感じなかったのですが、故郷に帰り土に根差した辺りからオリジナリティーがぐんぐん出て。冒頭に載せた『裸婦(宝珠を持つ人)』など凄まじい域に達していました。

藝の道って、死ぬまで研ぎ続けることができる。黒田清輝展@東博を観た際も西洋列強に"坂の上の雲"を日本人は追いかけた感慨がありましたが、本当の個性は先端を越えた先の、心身の底からにじみ出てくる、人生そのものの藝で。

真似ぶことから研鑽は始まりながら、守破離の境地へ達した先に本当の藝術の開拓があるのだと。自分のアイデンティティと、その分野の先端の土地の技を合わせた美がそこにありました。

と、同時に日本ではこういう異端はかなり白眼視されたこともあったそうです。国外へ流出した柔道家たちに日本が脅かされることもそうですが、この國の全体主義的な"空気"が日本を弱めることにもつながるのではないか、そんなことを考えさせられました。

また地球規模でみれば、柔道が広がったこともそして逆に西洋絵画の技法が広まったのも人類の幸福量を上げたと想います。

そう思っていたところに、第26回FNSドキュメンタリー大賞 ノミネート作品 透明な外国人たち 彼らに支えられた街TOKYOは重く響きました。
東京で生活する中でよく見かける外国人労働者。そこにいることが当たり前になりすぎて、なのに、彼らのことを何一つ知らない……。彼らはまるで透明人間のように、“見えない存在”なのかもしれない。

中でも技能実習制度の外国人たちの職場は、日本の若者の働かない場所。彼らはなぜ日本に来て、どういう思いで生活しているのか? クリーニングと総菜製造。二つの現場で働くベトナム人を取材した。やがて一人が突然の失踪。再び巡り合った時、彼が語った失踪の理由は意外なものだった……。
経済格差を利用し、年収の数倍の費用を払って日本にやって来たアジアの人達を貧困に落とし込んで使役する仕組み。

番組の中で"大人になってもらわないと"という言葉がありましたが、現状の苦しさを耐え抜くことが大人なのだという"空気"は日本人自身もどん詰まりに疲弊させているのではないか。それを強く想わされました。

これからAI化によってホワイトカラーが減っていくと、肉体労働者の比率が上がっていくとしたら。そうした時ブルーカラーの待遇を良くするのではなく外国人とロボットと競わせ、奴隷人民層をつくるか。"社会を成り立たせる"って何でしょう。

トリクルダウンが虚妄だったことが暴かれた今、国際競争力を奴隷依存のダンピングでなくイノベーションと自由闊達な"人間原理"から"成り立たせられないか"。意思決定層がみている景色と、下で働く人たちがみている景色は違うかもしれないけれど。

この番組のナレーションはなんと向井秀徳だったのですが、覆面リサーチボス潜入みたいな試みが階層の架け橋な仕組みとしてあったら冷凍都市にもぬくもりが少し発生するのかな。。

少なくとも現状の風土を変えなければ、日本は海外の人から働くに魅力的な土地から外れていくと想います。

グローバル競争の中で個人として出来ることは何か?度量の大きな社会なんてのは実現が難しいこの自己責任な割にきりきりいわれる國内を相手に疲弊するのは得策ではなさそうか?世界規模にニッチを見出しオンリーワンになるまで道を究めるのも一策か?

『草枕』冒頭を心に標しながら、そんなことを考えました。


cf.
◆『欲望の資本主義2017 ルールが変わるとき』をみて

◆欲望の民主主義 世界の景色が変わる時をみて
◆三木清『人生論ノート』@100分de名著
◆『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』を読む
◆『嫌われる勇気』は読まずに、関連文書を読む ~自己欺瞞を超えて <アドラー心理学に触れて>
◆アダム・スミス 著, 山岡 洋一 訳 『国富論 国の豊かさの本質と原因についての研究』 読書メモ
◆マット・リドレー 『繁栄 明日を切り拓くための人類10万年史』 交易と創新による10万年の商業史
◆常に最大の効用生産性を発揮するのが幸福なのか -ザック・リンチ/ニューロ・ウォーズを読んで
◆『日本教の社会学』読書ノート1 日本は民主主義でも自由でもない
◆パリ白熱教室 トマ・ピケティ講義 第1回(dailymotion)
by wavesll | 2017-07-04 20:34 | 私信 | Trackback | Comments(0)

エレクトロニコス・ファンタスティコス体験会にてブラウン管ガムラン、扇風機ギターetcをPLAYした!

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"Ei WADA" performance show in the Ibaraki-ken north area Part1 ブラウン管ガムラン


"Ei WADA" performance show in the Ibaraki-ken north area Part2 ボーダーシャツァイザー


"Ei WADA" performance show in the Ibaraki-ken north area Part3 扇風琴


エレクトロニコス・ファンタスティコス! ~日立通電編~


六本木アーク森タワー、Tech Shopにて開かれたニコス体験会へ行ってきました!

このエレクトロニコス・ファンタスティコスOPEN REEL ENSEMBLEとしても活躍する和田永さんを中心とするメンバーが役割を終えた古い家電を楽器化(妖怪化)させることを目的としたプロジェクト。

KENPOKU芸術祭で知ってTwitterをフォローしていてニコス体験会を知ったのでした。

実際に会場にあったブラウン管ガムランやボーダーシャツァイアイザー、そして扇風琴。その仕組みも説明してもらえて。

ブラウン管ガムランは静電気を身体を通して流す(ホットタッチの原理)ことで音を出す仕組み。ブラウン管の縞模様の本数で音の高さが変わるとのこと。最初は足でピックアップを踏んでいたそうですが、最終的にコイルを巻いたピックアップを身体に触れさせることで音を鳴らす形に。

映像ではコイルが巻かれた撥でブラウン管TVを大太鼓として演奏するパフォーマンスもみれました。

実際に今回集まった数十人で手をつないでガムランの「通電の儀」を行ったのですが、面白いのが皆が片足を上げると音が大きくなること!足から地面へ流れてしまう分の電気が割り増しされるから。電気に身体性をもたらしたみたいでコンピューターの中のエレクトロミュージックで収まりきらないところがすっごく魅力的でした。

この「走査線の縞の本数で音の高低が変わる」ことから作られたのがボーダーシャツをビデオカメラで読み取って音を出すボーダーシャツァイザー。これ、実際にボーダーシャツ着て私も"演奏"したのですが、カメラに近づく離れることで音の高低が変わり、ボーダーを揺らすとヴィブラートが効いて面白かったです!

そして「ジミヘンが扇風機を弾いたらどうなるのだろう?」という発想からクリエイトされた扇風琴。

扇風機の羽に穴をあけて、裏から電球で照らし、外から光学センサーのピックをかざして、羽根で遮られたり穴を通ったりする光量の変化で音を出す仕組み。

何でも最初は4音だったのが、こうしたプレゼン会で知り合ったオジサンが仕事ほっぽり出す位に嵌って参加してくれて8音出せるようになったとか。やーばいw

和田さんがすっごいいいキャラしていて、さらにニコスの活動を通して集まって来る楽器製作者・演奏者の面子も濃ゆくて濃ゆくてw今回もハンドスピナーやコーヒーメイカーの楽器を持ってきている兵の方々がいらっしゃいました。またいい音なるんだこれがw

この扇風琴、実際に弾いてみると本当に「来るゥうううWRYYYYYYYYYYY!!!!!」といった感じにディストーションヴィブラートがバリガン効いて!すっげー弾いてて楽しかった!自分は音楽好きな癖に楽器全然出来ないのですが楽しくて仕方ない!"これ嵌るかも!"と想ってしまいました。

会ではニコスの卵として参加者からアイディアを聴く時間もあって。ブラウン管ガムラン、手で叩くしミャンマーのサインワインみたいに円形に配置しても面白いかも。あと黒電話のダイヤルを楽器化出来たら楽しそうだなぁ!

和田さんの現在の目標は<古電楽器の祭ばやしで踊る!『電磁盆踊り大会』を開催したい!>というもの!Nicos Orhest-Labとして楽器製作者、楽器演奏者、そしてクラウドファンディングも募集しているとのことでした。

<旧くなった家電を楽器にして妖怪化させる>ってコンセプト、トリニダード・トバゴでドラム缶から作られたスティールパンみたいでいいなぁと想って。

そんな”役割を終えた最大の家電”である東京タワーで開かれるという電磁盆踊り、めっさ興味出ました。エレクトロニコス・ファンタスティコス、今後も追いかけていきたいナイス・プロジェクトでした。

cf.
スライムシンセサイザーはゲルVersionのテルミンなポテンシャルを秘めるか

東京音大附属民族音楽研究所 2016年度ガムラン講座 発表会に行ってきた!
芸能山城組ケチャ祭り2015レポ
大浦天主堂と伸びていく日に捧ぐ、常在夏場な楽曲群
by wavesll | 2017-07-03 06:25 | Sound Gem | Trackback | Comments(0)

Renault Alpine A110

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Alpine A110 1800VA East African Safari Rallye 1975 (Full HD)


cf.
秋梅の愛知 名古屋一泊二日旅 第三篇 トヨタ博物館 日本の名車編

秋梅の愛知 名古屋一泊二日旅 第四篇 トヨタ博物館 ルネ・ラリック カーマスコット編
秋梅の愛知 名古屋一泊二日旅 第五篇 トヨタ博物館 海外のクラシックカー編
Tokyo Motor Show 2015 Snap Shots
Nissan IDx Freeflow at Cars & Coffee (with engine start & driving)
ロールスロイスat六本木ヒルズ
by wavesll | 2017-07-02 12:26 | 小ネタ | Trackback | Comments(0)

スライムシンセサイザーはゲルVersionのテルミンなポテンシャルを秘めるか

ササノマリイ 『透明なコメット with Slime Synthesizer』Live


シンセサイザースライム @第18回文化庁メディア芸術祭


私自身もメ芸で触ったスライムシンセサイザー、これを楽曲に使用する人が現れるとは!?

鍵盤以外のシンセサイザーというと肉音でROLLYが披露したギターシンセサイザーなんかも印象的ですが、こちらはヴィジュアルがまた凄い。

正直音色はまだ独自性を感じる域にはないのですが、LIVEパフォーマンスとしては面白いし、この感触から演奏・作曲に独自なノリ/味が生まれたりしたらいいなぁと想います。

個人的にはさらに改良を重ねて、ゲルverのテルミンのような飛び道具な存在になったら面白いと想います。スライムシンセで弾き語りする電子系SSWとか生まれたら愉快だなぁ。
by wavesll | 2017-06-28 22:49 | Sound Gem | Trackback | Comments(0)

ボイマンス美術館所蔵 ブリューゲル「バベルの塔」展 16世紀ネーデルラントの至宝ーボスを超えてー@都美

東京都美術館のバベル展へ行ってきました。
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ネーデルラント絵画のヒエロニムス・ボスからピーテル・ブリューゲル1世への流れが明示されていてストーリーを味わえました。こんなに白黒の版画に興奮しながら見入った展覧会は初めて。この展覧会の裏の主役はボスですな。そして≪バベルの塔≫。“何万画素なんだ?”といいたくなるような、遠目だとブレてみえるような、人の目を越えた細密さ。これは人類の宝。

展覧会に入るとまず「16世紀ネーデルラントの彫刻」群が。
アルント・ファン・ズヴォレ? ≪四大ラテン教父:聖アウグスティヌス、聖アンブロシウス、聖ヒエロニムス、聖グレゴリウス≫等の木彫像。西洋の彫刻で木というのはちょっと不思議な感覚もあって、初めにいいサプライズでした。

そして宗教画のエリア。トリコロールの効果が効いているマナの拾集の画家≪ユダヤ人の供犠≫、構図と建物の曲線の妙が光る作者不詳≪庭園に座る聖母子≫も良かった。

枝葉の刺繍の画家≪聖カタリナ≫と≪聖バルバラ≫に描かれた剣を持った殉教の聖人、アレクサンドリアのカタリナは他にもヤーコブ・コルネリスゾーン・ファン・オーストザーネン≪聖カタリナ≫にもその勇姿が描かれています。ヤーコブは≪聖母子と奏楽天使たち≫でも鈴・ハーディガーディ・リコーダー・ハープ・ヴィオールを奏でる天使とそれに嬉喜とする幼子のキリストを描いていて、この絵、とても好きでした。

マールテン・ファン・ヘームスケルク≪オリュンポスの神々≫の、ローマの古代遺跡に着想を得た水浴の楽園画も素晴らしかったし、顔はリアルで神経質そうな人柄が伝わるのに体は不釣り合いに雑な王家の肖像の画家≪フォンセカ家の若い男の肖像≫ヤン・ファン・スコーレル≪学生の肖像≫の聡明な顔も良かった。

ヘリ・メット・デ・ブレス≪聖クリストフォロスのいる風景≫で描かれたキリストを背負う巨人クリストフォロスという題材は他にも展示されていて、水色が美しい逸名のドイツ人版画家≪聖クリストフォロス≫や、ヒエロニムス・ボス≪聖クリストフォロス≫は木の中の小人や奇想が弾ける本展覧会の目玉の一つでした。これと並ぶ≪放浪者≫も意味深な画でした。

ボスの魔界のようなファンタジックな画風はネーデルラントで大流行し、そのスタイルは敷衍しました。

ヒエロニムス・ボスに基づく≪聖アントニウスの誘惑≫はこの展覧会の白眉にもなるような悪魔や魔物、頭人間が出てくる奇想の風景画。画家J・コック≪聖アントニウスの誘惑≫には空飛ぶ獣が描かれていました。

ヒエロニムス・ボス≪樹木人間≫の卵のような木の殻も面白いしヒエロニムス・ボスの模倣の≪様々な幻想的な者たち≫はボス版北斎漫画な趣。

ヒエロニムス・ボスの模倣で彫版:ピーテル・ファン・デル・ヘイデン≪最後の審判≫は剣のサイドの地獄と百合のサイドの天国双方に怪物が闊歩しているのが面白く、ヒエロニムス・ボスの模倣で彫版:コルネリス・コルト≪最後の審判≫は壮麗な天国と貧困な地獄が描かれていました。

同じくヒエロニムス・ボスの模倣で彫版:ヨアネスおよびルカス・ファン・ドゥーテクム≪象の包囲≫は『イノセンス』のパレードを想起させられ、ヒエロニムス・ボスの模倣で同じく彫版:ヨアネスおよびルカス・ファン・ドゥーテクム≪聖クリストフォロスの誘惑≫は魚のモンスター戦車な山車が。

ヒエロニムス・ボスの模倣で彫版:ピーテル・ファン・デル・ヘイデン≪ムール貝≫は女性器を暗喩する貝に男たちが入る不思議な味の作品。同じくヒエロニムス・ボスの模倣で彫版:ピーテル・ファン・デル・ヘイデン≪陽気な仲間たち≫も愉しい作品でした。

そして愈々ブリューゲルのエリア。やはり版画で、ボスの奇想の影響を模しているのが分かります。

ピーテル・ブリューゲル1世 彫版:ピーテル・ファン・デル・ヘイデン≪聖アントニウスの誘惑≫の人形的な怖み。ピーテル・ブリューゲル1世 彫版:ピーテル・ファン・デル・ヘイデン≪大きな魚は小さな魚を食う≫は弱肉強食を顕わした脚付きのサカナの絵。

ピーテル・ブリューゲル1世 彫版ピーテル・ファン・デル・ヘイデンの連作『七つの大罪』では顔風車が不気味な≪大食≫、魔欲が描かれた≪邪淫≫も素晴らしい。なんだか富樫が描く禍々しい世界をもっとヨーロッパなリアルな画風にしたような感じ。

ピーテル・ブリューゲル1世 彫版:フィリップ・ハレ≪希望≫は海原から陸地へ上がる姿がシリア難民を想わせました。希望、か。

ピーテル・ブリューゲル1世 彫版:ピーテル・ファン・デル・ヘイデン≪忍耐≫には木の卵殻が。同じく二人による≪最後の審判≫は魚が不気味。

ピーテル・ブリューゲル1世 彫版:フランス・ハイス≪アントウェルペンのシント・ヨーリス門前のスケート滑り≫では"農民の画家"としてのブリューゲルの顔が見れます。スケートに興じる農民のおどけた表情が良かった。

ピーテル・ブリューゲル1世本人が彫った≪野ウサギ狩り≫は淡い味わいが素晴らしかったです。

ピーテル・ブリューゲル1世 彫版:ピーテル・ファン・デル・ヘイデン≪冥府に下るキリスト≫の黄泉の風景。同じく2人で制作した≪使徒大ヤコブと魔術師ヘルモゲネス≫の魔物や≪魔術師ヘルモゲネスの転落≫の魔界な雰囲気も良かった。

ピーテル・ブリューゲル1世 彫版師不肖≪野生人≫はサイケロッカーというかヒッピーでしたw他にもピーテル・ブリューゲル1世 彫版:ピーテル・ファン・デル・ヘイデン≪金銭の戦い≫も金貨が入ったパンパンの鎧で闘うユーモラスな作品。またピーテル・ブリューゲル1世 彫版:ピーテル・ファン・ヘイデン≪石の切除≫は石が生えてくる奇病が描かれていました。

そしてついに「バベルの塔」エリアへ。

ブリューゲルの版元だったヒエロニムス・コックの≪コロッセウムの眺め≫。ブリューゲル自身もイタリア旅行し、コロッセオが『BABEL』のモデルとありました。

そして…ピーテル・ブリューゲル1世≪バベルの塔≫。
展覧会を観る前、"EUの崩壊やトランプ大統領の誕生など、世界は統合から亀裂へ向かっている中で≪バベルの塔≫をみる味わいはまた異なるかもしれない"とか"バブルの頃なら東京バベルタワーだけど今だったら軌道エレベータがバベルの塔だな、あれもテロの格好の標的になりそうだ"とバベルの塔の赤黒さに考えていたのですが、実際に本作品をみると、建設途中の塔の中でなんともか細く小さな人々が、暮らしを営みながら見果てぬ理想を打ち立てようと活動し、巨大な建築が伸びていく姿が鮮やかで。塔が届いた叢雲の描写も美事。

欲望の民主主義 世界の景色が変わる時で「民主主義は決して完成しない理想だ」とどこかの教授が言っていましたが、たとえ神の逆鱗に触れたとしても、雷を落されても、それでも積み上げていく歴史の努めを、階層ごと建築様式が変わり建設にかかる年輪を感じさせるブリューゲルのバベルの塔に感じました。

展示会場の外では大友克洋さんが描いた≪INSIDE BABEL≫が。水路が中に入っているのが古代人の工夫がみられて"ほう"と想い、そしてやっぱりその細密振りに驚嘆。
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その足で藝大でやってる立体バベルの塔「Study of BABEL」展へ。ここまで巨大にしても人が豆粒のよう。なんでも人の身長を170cmとするとバベルの塔は510mにもなるとか。ムハの≪スラヴ叙事詩≫を凝縮したようなものかと空恐ろしくなりました。この展示、音楽科の方でやってるのでスルーご注意を。中の映像展示も光の営みの映写が面白かった。都美、藝大共に7/2迄。
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Bonus track2
上野駅で先月撮ったレゴバベル。塔を上から見れたのが面白かったです。
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cf.
ブリューゲルの魅力とブリューゲルの世界観・人間観(dezire_photo & art)

ジッグラト(Wikipedia)
by wavesll | 2017-06-27 19:22 | 展覧会 | Trackback | Comments(2)

龍神バハムート、襲来

プロジェクションマッピング横浜 FF14 ファイナルファンタジー30周年 インターコンチネンタルホテル


cf.
琳派400年記念 プロジェクションマッピング 21世紀の風神・雷神 伝説

京旅行・弐 <京都の人も行列する二条城アートアクアリウム・高台寺ライトアップ、大阪・潜水艦バー 深化>
by wavesll | 2017-06-22 06:03 | 小ネタ | Trackback | Comments(0)

アドルフ・ヴェルフリ展@東京ステーションギャラリーにみる暗部と光辺

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B'z「LOVE PHANTOM」Live Gym PLEASURE95


Lostprophets - Rooftops (A Liberation Broadcast)


アドルフ・ヴェルフリ 二萬五千頁の王国展を東京ステーションギャラリーにみに行きました。

初見ではその禍々しさに心理主義とは想いながらも、”この人は相当鬱屈した状態で描いたのでは?それにしてもこの絵、誰にも似ていない、敢えて言うならば綿密に描き込まれた小学生のノートの落書きだ…タペストリーや聖堂的な文様構造体が絵に落とし込まれている…みているだけで鬱の気持ちに巻き込まれてしまうようだ…”と想っていました。

精神病院に入れられ、治療の一環として絵を描き始めたヴェルフリ。彼の妄想の世界は幾つかの物語を産み、「聖アドルフ巨大創造物」を作り地球の土地を買い上げ近代化させるという話では彼は聖アドルフII世として世に君臨しました。

そして明かされる真実、幼くして母と父を亡くし、貧困の中で育った彼が精神病院へ入れられたのは、何度かの女性との交際と破局の後で、14才、7才、3才半の少女を強姦したことからでした。「作品と作家は別」と言われても、これは…というレベル。

と、同時にどうしても"あぁ、この画家はどうしようもない疎外感の中で、『俺を理解してくれ、俺を理解してくれ』と尽きることのない思考の海沼に生涯沈み続けたのではないか…"とも思ったのでした。

己と他者を区別できない幼稚さ、他人が気分を害することを平気でやってしまう押し付け、相手のことに究極的には敬意を払わない甘え、精神年齢の低さと対照的な煮えたぎるリビドー。

私自身が昔、周りの人間から愛想をつかされた頃、そんな状態に陥っていたなと。その頃は半ば精神が過剰になりすぎて、出雲において超常現象の妄幻を旅したりした、危うい時期がありました。

この頃の記述は私にとっては黒歴史なのですが、先日記事を整理したときに眺めると、自分自身のことながら「こいつ薬でもやってるんじゃないか」という精神の異常な火花が異形を顕わしていて、ちょっとした見ものではありました。

ただ、それ以上にショックだったのは、大学の頃の自分の書いたものが何にも面白くないものが多くて…。当時は"なんで内容があるのに評価されないんだ"と想っていたものですが、引用している歌詞・音楽を抜くとスッカスカで。剽窃を消したら、血肉になっていない等身大の自分の小ささを認識せざるを得ませんでした。

10年経つと自分自身も他人になるのか、他人の視点で私自身の文章を眺めると、"これでは伝わらないな…"と想ったものでした。音楽に酔って、そのカオスのままゲロったような文章、しかも自力で考え出したものでもない…それでは評価のしようもないなと。

と、同時に私自身も周りの人間をどこか見下していたというか、"全然面白くない、もっと刺激のあることを書かないと伝わらない"と想いながら”普通”に"つき合ってやっていた意識"があって、”こちらは理解されない”犠牲感が精神を削っていたところもあったように思います。

今、己の興味の小ささを認識できるのは、あの頃よりも少しは自分の脚で立って、興味が広がり、身体性を得たからかもしれません。同時に今興味のないものは興味がないと付き合わない強かさも学びました。

昔は自分のことを読解力と需要の幅が広い、面白さを拾う能力が高いと想っていて、周りの人間は受容体が狭い上、閾値が高い。なんて思っていたのですが、とんだ井の中の蛙。分からないものはわんさかあると認識し「分からないと罪悪感も感じない」と知ると、周囲に無駄に期待しなくなるし、同時に寛容になれます。

同じ目線を共有することも出来るパートナーや他山の石となる自分と似た失敗してる人、自分が理解できない才気あふれる若者、尊敬できる先達との交わり、そして己の未熟さを認識できたのは僥倖という他ありません。

そしてあの頃世界を飲み込むかの如く欲望していた愛情と共感は、案外少量でも十分満たされることを知って。この6年は、幽界から身体を生成してきた時季だったのではないか、俺はヴェルフリには良い意味でも悪い意味でもならず、世界の片隅に庵を持てたのだなと想ったのでした。

そうして2周目の観覧をしました。すると、初見ではカオスの複雑性に噎せかえりみえずらかったヴェルフリの"新しいカタチを生み出す能力、色彩感覚、そして画面構成の妙"といった才を視ることができました。

『グニッペ(折りたたみナイフ)の主題』のシダのような造形。『ニーツォルン=ヴェスト〔西〕トラクター=トンネル=ハル〔響き〕』の小学生さ。『チンパンジー=ツォルン〔怒り〕=タール〔谷〕』『グランド=ホテル, ソルト=レイク=シティ』『氷湖の=ハル〔響き〕, 巨大=都市』『事故=転落, ドゥフィ, =27,386フィートの深さ, ローゼン〔バラ〕=ツォルン〔怒り〕=南壁にて. 北=西=インド, アジア. "35頁" 』の大聖堂のイコンやタペストリーのような聖性。

『ネゲルハル〔黒人の響き〕』の道路・山・楽譜・円・螺旋のデザイン構成、『南=ロンドン』の都市形成性・新しい紋様、『北=アマゾンの大聖堂=ヘルヴェチア〔スイスの擬人像〕=ハル〔響き〕』のシステムとして動いている世界の機械性、『アリバイ』の尽きることのない思考によって描かれ続ける色彩とシステム。『利子計算=最終, 1912年6月1日, 11頁』などといった現実と数字のある作品も。

『林務官の=家, ヴィラディンク, 大-大=ガイザッハ〔ヤギ農園〕=チャッハ, 聖アドルフ=森:帝=国, 中国:アージア』のカオスに酔い『ぶどう酒. フェニン. オリアンダー〔セイヨウキョウチクトウ〕. カロリナ=ケラー〔貯蔵庫〕:精神疾患患者の=施設 』にもシステムを。『神聖なる医大にして=父なる=神の=天使ヴィドンナ』には小学生を。『巨大な=都市, 聖アドルフの=ハル〔響き〕』にはシンプルを。『クリノリン, ギーガー=リナ. 糸つむぎ=リナ. 安楽椅子=リナ. おとぎ話=安楽椅子=リナ. 大=大=女神』にはノートの落書きの至高を。

『象による取るに足らない私の救済』にこの人の色の感覚は矢張り凄いなと。『パリの=美術=展覧会にて』『ロング・アイランドの実験室』ではコラージュも。美術的技術を補うのにコラージュは使われたのかな?『アーレ川沿いの聖アンナの=家の中にいる神聖なる聖アドルフ:ベルン』の水色黒と『気高き伯爵夫人, タマレナ・フォン・ティーガー〔虎〕=ヴァント〔壁〕』の緑黒の清冽な美しさ。『全能なるガラスの=響き』の凝縮さ。『小鳥=揺りかご. 田舎の=警察官. 聖アドルフII世. , 1866年, 不幸な災=難』のカラフルさ、『テーディ:東スイスの:氷河. 標高1,986,000時間, 聖アドルフ, 運搬人, ベルン』の寓話性。

『オイメスの死. 事故.』にみる想念、『父なる=神=聖アドルフの=ハープ』の流水的、『フリードリッヒ大王の揺りかごの側で』の構成力、『テクラ-真珠』のキレイ、『聖アドルフ=墓=泉=城』をみるとこの人はコラージュも良いけどやっぱりこの人自身の鉛筆・色鉛筆がいい、と。『偉大な東の=海にある聖アドルフの=船』の曼殊沙華、『芸者-お茶と小笛〔小煙管〕』なんて写真に色付けも。

遺作となった『葬送行進曲』1929-30シリーズでは『無題(キャンベル・トマト・スープ)』『無題(エスキモー/潜水夫)』『無題(フーバー〔掃除機のブランド名〕)』『無題(恐竜)』『無題(円形の中のアジア人)』と、大分憑き物が落ちてきた気がしました。

やはり1917年あたりの『聖アドルフ=リング, 全能なる, =巨大な=汽船』あたりが一番脂がのっていた狂い具合な気がしました。

アウトサイダーアートというと、原美術館でみたヘンリー・ダーガーの透明な狂気が印象深いですが、ヴェルフリの文字で埋め尽くされたカオスの複雑系には、ヴェルフリ自身の心理をさぐるというより、私の暗部を抉り出される思いをしました。今みれたのは良い機会でした。

東京ステーションギャラリー自体も昔のままのレンガがみれる場もあり、良かったです。日曜迄。特殊な体験が味わえると想います。
by wavesll | 2017-06-17 04:05 | 展覧会 | Trackback | Comments(0)