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日清焼そばU.F.O.のCMがヤバいw

昔のU F O仮面ヤキソバン~その後のヤキソバン


日清焼そばUFO CM  吉川晃司&水原希子 からの 梅宮辰夫


日清焼そばU.F.O. CM 「エクストリーム!ヤキソボーイ 篇」 120秒 / 中川大志・藤岡弘、


日清焼そばU.F.O. CM 「エクストリーム!ヤキソボーイ2 篇」 100秒 / 中川大志・藤岡弘、


日清焼そばU.F.O.上海オイスター CM 「日清 上海オイスター エクストリーム!上海ちょいスター篇」110秒


面白CM 未確認藤岡物体襲来ww 藤岡弘 日清焼きそばU F O


日清焼そばU.F.O. 「インチキ超能力者のうた 篇」 180秒 / エクストリーム☆マリック


友達から教えてもらったU.F.O.のCM群。これは見入るw最近TVCMのキレが落ちたと感じていたのですが、こーれはキレッキレですね。
by wavesll | 2017-08-13 23:48 | 小ネタ | Trackback | Comments(0)

『Particle Fever』”神の粒子”の意味を伝える、ニュースの裏の真実を映したドキュメンタリー・フィルム

PARTICLE FEVER - Official Trailer (2014) HD


BSプレミアムで放送されたのをHDに録っておいてみなかったままだった映画『パーティクル・フィーバー』を漸く観ました。

ヒッグス粒子を確認したCERN(欧州原子核研究機構)のLHC(大型ハドロン衝突型加速器)での実験を通した数年に渡るドキュメンタリー。

コメンタリーによると、この映画を企画したのはCERNの科学者で、だからこそ完全協力によってその内幕が赤裸々に映されていました。

ともすれば変人、あるいはお堅い白衣の人々と想われがちな科学者。この映画ではCERNの人達が人間臭く、そして遊び心を持ちながら、しかし真摯にこのプロジェクトにチャレンジする姿が描かれていました。

ヒッグス粒子が発見されて、ノーベル賞を獲得したというニュースはみていたけれども、こうしてそれに関わった人々の姿を知ると、ただのニュースが実際的な物語として伝わります。

そして、人間ドラマというだけでなく、ヒッグス粒子発見がいかに人間の歴史の中で位置づけられるかの「意味」が描かれていたのが大きくて。

この世界を成り立たせる素粒子。まだ未発見の素粒子の中で存在が予見されていたヒッグス粒子が実在することを証明できたことは勿論それだけで偉大な業績なのですが、実はヒッグス粒子の「重さ」が重要で。

と、いうのも物理学者の中で、この宇宙の成り立ちについて、2つの大きな視座が近年唱えられていて、どちらが正しいかがヒッグス粒子の質量によって示されるだろう、ということがあったのです。

一つは「この世界は超対称性によって美しくデザインされている」という視座。これは重力、電磁力、弱い力、強い力の統一理論にもつながる物理学者が追い求める、「世界は何故こうなっているかにはワケがある、それを解き明かしたい」という視座。

もう一つは「宇宙自体が無数にあって、こうしたマルチバースの中で、この宇宙はたまたま成り立ったものにすぎない」という視座。これは宇宙定数の不可解さからも予測されるところですが、完全な偶然、完全なカオスを認めなければならないことになる視座です。

ホモ・サピエンスという種が宗教という大きな物語を得たのは太古の昔ですが、ニーチェが「神は死んだ」といってから数百年、今心の底から信じられる大きな物語は"科学"であろうと私は思います。

人間の愚かさは数千年前から大して変わらなくても、科学は進んできた。そして宇宙を解明してきました。それは云わば神の御業を解き明かしてきた軌跡ではないか、私はそう想うのです。

神は自然を美しく創ったはずである、こうした予見は多くの物理学者に通ずるドグマだと思います。しかし、もしマルチバースだとしたら、この宇宙は偶然こうなったにすぎず、幾らでも他の宇宙は成り立ち、物理法則ですら”絶対的なもの”ではなくなる。そしてヒッグス粒子の実験は、この試みを左右する実験だったのです。

ヒッグス粒子が115GeV(GeV=ギガ電子ボルト)だったら超対称性理論で予測されていた数値、逆に140GeVだったらマルチバース理論が予測する数値。

HLCでの実験で得られたデータ分析から、当初「140GeVの結果が出ている」との報が洩れ聴こえてきました。しかし段々データが集まってくるとそれは有意な結論ではないと判明してきて。

そして、いよいよ実験報告の場。そこで明らかにされたヒッグス粒子の質量は約125GeVとのことでした。"自然"は超対称性とマルチバース、どちらの道も明確には示さなかった。科学の徒の径は、いまだ未知の荒野を進んで行く。

LHCでの実験で、一度大規模な破損が出たり、人生をこれにかけたポスドク、また自分の人生を丸ごと捧げた理論が正しいかどうかが審判が下される教授たち、これらのドラマ、さらに上に述べたような宇宙全体の真理、人類存在の意味すらがこの"神の粒子"の実験にかかっていたとは…!全然知らなかった!

報道メディアは賤業というか、無関係者への見世物として心のない"客観的なニュース情報"を日々届けます。それは毎日毎日新しい情報を矢継ぎ早に出さなくてはいけない”News(新聞)”が抱える構造的な問題でもあります。しかしその数分のニュースの内実にはこんなにも重要なドラマがある。

それをこうして半ばインサイダーから届けられるドキュメンタリーが補完するのは素晴らしいなと想いました。アーカイヴとして意識した”作品”であることも大きくて。

これを流したBSプレミアムでは、副音声として東京大学数物連携宇宙研究機構の機構長の村山斉先生と東大物理同期のNHKプロデューサー井手真也の解説があって。"放送"でありながら録画(アーカイヴ化)を前提としたつくりは、ネットでオンデマンド配信もしているNHKならでは。

この映画は、現在はNHKでは配信されていませんが、Netflixで「粒子への熱い想い」というタイトルで配信されるようになったそうです。私はNetflixは契約していないので確認はしていないのですが、もし良ければ。

また英語のリスニングが出来る方はYoutubeにフィルムがまるまる上がっているので、是非是非どうぞ◎

Particle Fever (Documentary Filmz 2013)

by wavesll | 2017-08-10 21:28 | 映画 | Trackback | Comments(0)

福島の生徒の言葉による、惜別の震災鎮魂合唱曲 「群青」

群青

福島第一原子力発電所から半径20km圏内に位置する福島県南相馬市小高(おだか)区は、東日本大震災による原発事故のため全住民が今なお避難生活を余儀なくされており、小高中学校も市内の別の学校に間借りをして授業を行っています。
「群青」は、その小高中学校の生徒たちが、離ればなれになってしまった仲間を思って、つぶやいたり、書き留めた言葉の数々を同校の小田美樹教諭が綴って曲をつけた作品です。
(パナムジカのHPより抜粋)
TBSの超大型音楽番組、「音楽の日」。様々な藝能の雄達が歌舞する中で、一段と素晴らしかったのは合唱団のパートでした。

全国の合唱団が声を合わせた「栄光の架橋」、素晴らしいハーモニーを聴かせた「あの鐘を鳴らすのはあなた」も良かったけれど、一際心を打ったのは福島の生徒が歌ったこの「群青」。

私は今日ようやくこの歌を聴いて。14:00から22:00までみていましたが、この楽曲にめぐりあえただけでも十二分にその価値を感じました。

日本は本当に自然災害の多い土地で、幾度となく悲劇に見舞われて。歌が継がれていくことで、逝ってしまった仲間をずっと覚えているために、そして悲しみを僅かでも浄化させるために、音楽が昇華していく力を感じる、魂が揺さぶられる合唱でした。
by wavesll | 2017-07-15 22:05 | Sound Gem | Trackback | Comments(0)

世界へ懸ける人、日本で懸ける人、この國の仕事観・労働社会環境へ思馳せるTV3番組

 山路を登りながら、こう考えた。

 智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。とかくに人の世は住みにくい。

 住みにくさが高じると、安い所へ引き越したくなる。どこへ越しても住みにくいと悟った時、詩が生れて、画が出来る。

 人の世を作ったものは神でもなければ鬼でもない。やはり向う三軒両隣りにちらちらするただの人である。ただの人が作った人の世が住みにくいからとて、越す国はあるまい。あれば人でなしの国へ行くばかりだ。人でなしの国は人の世よりもなお住みにくかろう。

 越す事のならぬ世が住みにくければ、住みにくい所をどれほどか、寛容て、束の間の命を、束の間でも住みよくせねばならぬ。ここに詩人という天職が出来て、ここに画家という使命が降る。あらゆる芸術の士は人の世を長閑にし、人の心を豊かにするが故に尊い。
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NHKBS1 柔道とJUDO~世界で進化する柔の道~を視ました。

現在、世界に広がるJUDO.

東京五輪無差別級で日本を破ったオランダのヘーシングも、世界選手権で日本を破ったフランス柔道も、戦後GHQに禁止され職にあぶれた柔道家が世界へ活路を見出した結果。

日本の閉鎖空間の中で牛後と燻るならば、海外で鶏口となった方が活きる。これには国内電機企業が不遇にした技術者が韓国へ行ったのを彷彿とさせられました。ヘーシングを鍛え技に力で勝つ柔道を作り上げた道上伯はその先駆けだったのだなと。

ロンドン五輪で金が獲れなかったのは世界各地でサンボやチダオバやモンゴル相撲など現地の格闘術が加味された新たな柔道が生まれていたから。

日本から飛び出した柔道指導者はフランス柔道育ての親である粟津正蔵をはじめとして個性教育を大事にするようです。コロンビアの女子選手を教える柔道家は「勝つことが恩返し」という。ワールドスタンダードになるとはこういう事。

それに対して日本柔道代表の井上康生監督は「異常な」レベルの鍛え方を目指して異種格闘も組み込みながら修業しています。先頭を走る伝統は革新をし続けなければならない、世界が追いかけてくる、追い越さんとするトップランナーの立場の厳しさがありました。

その後みた日曜美術館の萬鉄五郎回。藝大に首席で入学しながら、泥を被ってでも己の求める画業を突き詰めた芸術家。

当時先端だった後期印象派を追いかけてた頃は魅力をそこまで感じなかったのですが、故郷に帰り土に根差した辺りからオリジナリティーがぐんぐん出て。冒頭に載せた『裸婦(宝珠を持つ人)』など凄まじい域に達していました。

藝の道って、死ぬまで研ぎ続けることができる。黒田清輝展@東博を観た際も西洋列強に"坂の上の雲"を日本人は追いかけた感慨がありましたが、本当の個性は先端を越えた先の、心身の底からにじみ出てくる、人生そのものの藝で。

真似ぶことから研鑽は始まりながら、守破離の境地へ達した先に本当の藝術の開拓があるのだと。自分のアイデンティティと、その分野の先端の土地の技を合わせた美がそこにありました。

と、同時に日本ではこういう異端はかなり白眼視されたこともあったそうです。国外へ流出した柔道家たちに日本が脅かされることもそうですが、この國の全体主義的な"空気"が日本を弱めることにもつながるのではないか、そんなことを考えさせられました。

また地球規模でみれば、柔道が広がったこともそして逆に西洋絵画の技法が広まったのも人類の幸福量を上げたと想います。

そう思っていたところに、第26回FNSドキュメンタリー大賞 ノミネート作品 透明な外国人たち 彼らに支えられた街TOKYOは重く響きました。
東京で生活する中でよく見かける外国人労働者。そこにいることが当たり前になりすぎて、なのに、彼らのことを何一つ知らない……。彼らはまるで透明人間のように、“見えない存在”なのかもしれない。

中でも技能実習制度の外国人たちの職場は、日本の若者の働かない場所。彼らはなぜ日本に来て、どういう思いで生活しているのか? クリーニングと総菜製造。二つの現場で働くベトナム人を取材した。やがて一人が突然の失踪。再び巡り合った時、彼が語った失踪の理由は意外なものだった……。
経済格差を利用し、年収の数倍の費用を払って日本にやって来たアジアの人達を貧困に落とし込んで使役する仕組み。

番組の中で"大人になってもらわないと"という言葉がありましたが、現状の苦しさを耐え抜くことが大人なのだという"空気"は日本人自身もどん詰まりに疲弊させているのではないか。それを強く想わされました。

これからAI化によってホワイトカラーが減っていくと、肉体労働者の比率が上がっていくとしたら。そうした時ブルーカラーの待遇を良くするのではなく外国人とロボットと競わせ、奴隷人民層をつくるか。"社会を成り立たせる"って何でしょう。

トリクルダウンが虚妄だったことが暴かれた今、国際競争力を奴隷依存のダンピングでなくイノベーションと自由闊達な"人間原理"から"成り立たせられないか"。意思決定層がみている景色と、下で働く人たちがみている景色は違うかもしれないけれど。

この番組のナレーションはなんと向井秀徳だったのですが、覆面リサーチボス潜入みたいな試みが階層の架け橋な仕組みとしてあったら冷凍都市にもぬくもりが少し発生するのかな。。

少なくとも現状の風土を変えなければ、日本は海外の人から働くに魅力的な土地から外れていくと想います。

グローバル競争の中で個人として出来ることは何か?度量の大きな社会なんてのは実現が難しいこの自己責任な割にきりきりいわれる國内を相手に疲弊するのは得策ではなさそうか?世界規模にニッチを見出しオンリーワンになるまで道を究めるのも一策か?

『草枕』冒頭を心に標しながら、そんなことを考えました。


cf.
◆『欲望の資本主義2017 ルールが変わるとき』をみて

◆欲望の民主主義 世界の景色が変わる時をみて
◆三木清『人生論ノート』@100分de名著
◆『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』を読む
◆『嫌われる勇気』は読まずに、関連文書を読む ~自己欺瞞を超えて <アドラー心理学に触れて>
◆アダム・スミス 著, 山岡 洋一 訳 『国富論 国の豊かさの本質と原因についての研究』 読書メモ
◆マット・リドレー 『繁栄 明日を切り拓くための人類10万年史』 交易と創新による10万年の商業史
◆常に最大の効用生産性を発揮するのが幸福なのか -ザック・リンチ/ニューロ・ウォーズを読んで
◆『日本教の社会学』読書ノート1 日本は民主主義でも自由でもない
◆パリ白熱教室 トマ・ピケティ講義 第1回(dailymotion)
by wavesll | 2017-07-04 20:34 | 私信 | Trackback | Comments(0)

PARK FujiTV On Demandの新たな音楽番組がいかしてる

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トリプルファイヤー「カモン/次やったら殴る/スキルアップ/おばあちゃん」@渋谷QUATTROワンマン


T字路s - はきだめの愛 (Official Music Video)


不滅の男 / 遠藤賢司


地上波で2夜に渡って放送されたフジテレビのPARKという番組がすっごく良くて。

上に挙げた以外にもネバヤンとかyahyelとかリーガルリリー、スカートなど活きのいい若手が出る一方でピーズやムーンライダースなんかのヴェテランも出てくるのが大変気に入りました。

FujiTVの音楽番組というとFactoryや僕らの音楽が思い浮かびますが、風変わりなライヴハウスはTOKYO SESSION -Rockin' Gamblerへ引き継がれ、このPARKのライヴセットの植物が生えたシャンデリアには僕らの音楽からの進化も感じました。今様なNEW BRANDとしての音楽番組。

そして二夜にわたってのベストアクトは遠藤賢司だったのですが、若手ではトリプルファイヤーが気に入りました。ジョイマンやユリやんレトリイバーを彷彿とさせるニューウェイヴな声ネタライヴパフォーマンスが久々に変人来たなという感じで凄い好きでした。

フジテレビはロックという価値観を背骨にしているのがひしひしと伝わって、音も良かったし、フジテレビは結構CS等の優良/有料番組を地上波で流してくれるのは嬉しい。ホントは地上波レギュラーでやって欲しいけれど、現場は頑張ってなぁと好感持ちました。
by wavesll | 2017-07-01 10:43 | Sound Gem | Trackback | Comments(0)

欲望の民主主義 世界の景色が変わる時をみて

BS1スペシャル「欲望の民主主義~世界の景色が変わる時~」前編 (dailymotion)
BS1スペシャル「欲望の民主主義~世界の景色が変わる時~」後編 (dailymotion)

NHKBS1で放送された欲望の民主主義 世界の景色が変わる時をみました。

欲望の民主主義 世界の景色が変わる時 第1・2章 第3・4章 第5章 第6章 第7・最終章

今、民主主義が危機に瀕し、排外主義や"新たなる王"を求めるように見える近年。

番組の中で政治学者のリチャード・J・サミュエルズによって『民主主義』はこう定義されています。
「礼節のある対話と受け入れられた規範のもとで行われる「政治的競争」…それが民主主義です。

国民一人一人がリーダーを選び、リーダーに公共政策に対する責任を問える仕組みです。一人または特定のグループに権力が集中しすぎないようにするためのプロセスです。

そのために必要なのは法律です。法による支配と権利の保障が必要です。特に集会、言論、信仰、報道の自由…少数意見の保護は不可欠です。

これらが揃い、なおかつ大衆の信頼があれば民主主義がうまく機能していると言えます」
また都市地理学者のクリストフ・ギリュイはこう言います。
「民主主義とはまず権力を持たない人に権力を与えることです。投票とは経済的にも文化的にも顧みられない人が…投票において富裕層や重宝されている人たちと平等になることです」
今の安倍政権の腐敗を思わざるを得ませんが、同時に先進国で格差が広がり「フリーライド」に寧ろ下層の人々の間で大きな拒否感が生じていることを感じます。

民主主義が今までの政治制度で一番ましなのは、共同体内での意思決定における一票の重要性が誰しも平等であること。機会平等であること。そして、それで選ばれたリーダーは法を守り、公に貢献すること。

この「機会平等」に加えて、「最低限文化的な生活」が保証される為に再分配が為されないと、民主主義は機能しないのではないか、そう想いました。

エリート層は自らが稼げるのは自らの研鑽によると想っている、というのも思い込みかもしれませんが、安定した社会と消費者/労働者がないとエリートもエリートでいられない。社会の構成員はみな社会のステークホルダーであるという真実が民主主義の土台だと想います。

そしてグローバルな生存競争に負けた人々がルサンチマンを破壊衝動へ転嫁させていることを思うと、寧ろエリート層の安全の為にこそ再分配は重要であると思います。

フランスでは移民2世や3世が、差別を感じたり貧困だったり、社会の理不尽を受けてテロへ走ると聴きます。それは日本も裏表の関係で、毎年2万人超が自殺している現在、自殺的な発散が他殺的な発散になれば"安全圏にいる競争に勝利しているマジョリティ層"もその危機に問題意識が向くのかもしれません。

また一般意志の示し方として、デモをどう捉えるかについても考えさせられました。

日本は全体主義的な国で、何故か支配層の権力を高めることこそが国際競争で生き残る術だと考える人もいて、"うだうだ言ってないで手を動かせ"という潰し合いが大きな国に感じます。

しかしデモとは何も国家に反逆する事ではなくて。厳しいサポーターや物言う株主の様に"より良い公共"を創るための合法的な行為であり、選手/選良は厳しい声に応えるから貴いのだと思います。

それを共謀罪などで自粛させるという行為は公共の利益を大きく損なうことになります。

中間層の没落が、社会から余裕と誇りを失わせ、弱いものがさらに弱いものを叩く今。本当の強者・権力者に対抗する力・方策を民主主義者が提示しなければ、民主主義を次のステップへ進めることは出来ず、自由も平等も博愛もない自然状態の社会があらわれるのではないか、"自然な競争の結果の階級化"にどう対応するかが現代の問題、そう感じました。

cf.
『欲望の資本主義2017 ルールが変わるとき』をみて


欲望の資本主義2017 ルールが変わるとき 第1章~第3章 第4章~第5章 第6章~第8章 第9章~最終章
by wavesll | 2017-06-08 04:58 | 書評 | Trackback | Comments(0)

欲望の民主主義 世界の景色が変わる時をみて 第7・最終章

欲望の民主主義 世界の景色が変わる時 第1・2章 第3・4章 第5章 第6章
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第7章 今 民主主義とは?恐怖を越えて

マルクス・ガブリエル:哲学者
「私たちは再考し始めねばなりません。なぜ民主主義と呼ばれる形態を選んだのか?

そもそも民主主義は情報の特定の形なのです。」

民主主義は情報処理?

ガブリエル
「民主主義とは人間の行為を組織化する方法です。”真実を得る方法”、”うそつきの政府を暴く方法”そう思う人々が混乱を招いています。

真実を中立的に判断することです。今私たちが直面しているさまざまな問題が感情的な判断から引き起こされています」

”感情的でない”民主主義?

ガブリエル
「民主主義の機関はあらゆる形態の政府と同じ巨大な情報処理システムです。

7000万人の人口を有し、さらに増える可能性もある…フランスほど大きい社会システムはそれ自体どう動いているのか?誰一人として理解していないのです。

では政府は何をするのでしょう?その仕組みを理解している者がどこかにいるという錯覚を生み出し維持するのです」

全てを理解している者がいるというのは”錯覚”?

ガブリエル
「私が思うにテロリズムとは自分たちや国民に”恐怖”を造り出すことで統治するものです。それが”テロリズム”の意味です。

かつてない恐怖心が増している…極端な恐怖と不安には当然ながら大抵根拠はありません。恐怖を感じるべき者を探してしまう…根拠のないその視線が恐怖を作り出すのです」

「根拠のない視線」が恐怖を作り出す

つくりだされる恐怖、その強大なる力に動かされていた一人があの「万人の万人に対する闘争」を唱えたホッブズだ。

著書『リヴァイアサン』は今から350年以上前、宗教戦争や度重なる内戦のさなかで書かれたものだ。

いつ終わるとも分からない戦乱。暗く、陰惨な時代。迫りくる生死を分ける恐怖を背景に生まれた人間観がそこにある。


シンシア・フルーリー:精神分析学者
「ホッブズの”社会契約”の考え方はよくご存じでしょう?
”決して恐怖無しで済まない”、”恐怖は社会契約の基礎だ”と言っています。」

恐怖は”社会契約”の基礎

フルーリー
「≪人間は人間にとって狼である≫のですから、この恐怖を”水平”でなく”垂直”のラインに利用することをホッブズは提案したのです。

”互い”をでなく”リヴァイアサン”を恐れることで平等だというのです」

万人の、万人に対する闘争の世界をホッブズはこう綴る
持続的な恐怖と暴力による死の危険…人間の生活は、孤独で貧しく、つらく残忍で短い

抑圧への恐怖は、先手を打つか、助けを求めるかにいつも人を駆り立てる。
なぜなら人間が生命と自由を確保する道は他にないのだ… 『リヴァイアサン』ホッブズ著

恐怖の上に成り立つ国家、民主主義とは生き延びる欲望の集合に過ぎないのか?だが

ガブリエル
「『リヴァイアサン』は政治理論ではなく大虐殺を正当化するものです。」

リヴァイアサン=大量虐殺の正当化?

ガブリエル
「ホッブズはアメリカ先住民も西洋文明のルールの中にあると思いたかったのです。”文明はもろいものだ 彼らを見よ”それがホッブズの主張です。

相手を”彼ら”、”未開人”と思った瞬間、人は”彼ら”を全滅させる一歩手前の衝動にある。自分たちの文明に同化させるか、抵抗されたら殺すか…このどちらかだと言っているのです」

選択肢は二つ 同化させるか 殺すか

ガブリエル
「しかしその後 人々は本を読むようになり残虐な人間性を自覚し…それは政府に管理されるべきだという考えが当たり前になりました。

ですが それも間違いです。政府は人間の残虐性を管理すると同時にそれらを増しているのです。政府は≪自然状態≫を克服などしてはいません。

元々そんなものはないのです…私たちは≪自然状態≫では善人でも悪人でもないのです。」

自然状態とは、正義も、悪もない、世の中とは。

≪自然状態≫では善人も悪人もいない


ガブリエル
「多くの人々が現在シリアをあたかも自然状態に戻ったように思っています。生きるためにもがいているとメディアで報道されるからです。

ですがあれは明らかなる”戦争”です。戦争とは自然状態ではありません」

戦争≠自然状態

戦争は自然に起きるものではない。起こされるものなのだ。

奇しくも、人々を革命へと導くこととなったあのルソーも戦争についてこんな言葉を残している

戦争は人と人との関係ではなく、国家と国家の関係なのであり、そこで個人は人間としてでなく、市民としてでさえなく、ただ兵士として偶然にも敵となるのだ 『社会契約論』ルソー著

「人々を守るための大いなる力も、誤った社会契約においては、争いの渦へと導いてしまう」ルソーはそう警告していたのか。この時代の激流の中、今、再び問う 民主主義とは


最終章 世界の景色が変わる時

ガブリエル
「民主主義は 手続きや制度の中で普遍的価値観を実現する試みです。その意味は私たちがまだ民主主義を実現していないということです。

民主主義は未だに 常にこれから実現されるものなのです。今の民主主義を正しい規範と思ってはいけません。」

マルセル・ゴーシェ:政治哲学者 / 編集者
「自由…この言葉の本来の意味は自らの運命を決定する力です」

自由とは「自らの運命を決定する力」

ゴーシェ
「我々はそれぞれに結びついています。真の自由はそこにあるのです。個人それぞれの領域で提供できる以上により高度な目的を決定するため互いの自由を結集することができるのです。

私にとって民主主義とは…これは知識人として発言しているんですが、それは理想の世界であり…同意できないことについて議論することこそ面白いのです」

民主主義は「議論」

ゴーシェ
「民主主義は人類による文明の最高の形態です。人類とはいろいろな種の人々から成り立っています。民主主義とはそれを克服する手段なのです。

違い 対立 矛盾 根本的な多様性から創造的なものが生まれるのです。それが人生の魅力です。その結果 文明は発展し、私たちを集結させてくれるのです」

フルーリー
「度を超えた個人主義は最終的に民主主義を危険な状況に陥れます。課題はむしろ≪個性化≫を確立することです。≪個人主義≫に非常に似ているようで少々意味が異なります」

「個人主義」ではなく「個性化」

フルーリー
「自己を確立するのを断言するのではなく、私は他の人とは違うけれども公共的なことにも参加するということです。

自分自身の特異性や才能を明確にしつつ他人と共に”集団的物語”を築くということです」

他者と築く「集団的物語」

吉田徹:北海道大学教授
「我々は恐怖心に駆られて いつも何かを失うかもしれない、もしかしたら隣の人は狼になっちゃうかもしれない。常にマイナスの感情に動かされる。あまりこれは望ましくないこと。

それをどういう風にプラスの情念に変えて安定とか平和を確立するかを問われなければならない」

”感情の民主主義”を越えて

吉田
「一つは相手を尊重するということ。何を言うか、何を言ってるかで正しい間違っているを判断するのではなくて、その人がその人であることを尊重することから議論を組み立てていく。

人間は理不尽な思いをするのが一番つらい。他人を傷つけたい、誰より自分を傷つけたいと思う時はこの世の中や自分の人生は理不尽だと思うことに端を発するのだと思う。

その理不尽さを和らげるような、或いは理不尽さがなくなるような社会をつくってくということが人々が幸せに暮らしうる最大の条件の一つだと思う」

理不尽を和らげるための議論

ガブリエル
「民主主義とは”反対派の共同体”です。異なる意見を意見として認められればあなたは民主主義者です。

民主主義が機能するのは普遍的価値を受け入れた時だけだと認識すべきです。他人や他の種の動物の苦しみを理解する人間の度量にかかっているのです」

民主主義は「人間の度量」

ガブリエル
「自分があの人だったかもしれないと認識すること。地中海で溺れている女性や飢えている子どもは自分だったかもしれない…それが全ての倫理観の原点です。

決して忘れないでください。科学 技術 信教の自由の時代に私たちは生きています。もし民主主義の価値観が世界で崩壊したら、かつてない規模の戦争を目撃することになります。

民主主義を守る価値は確実にあるのです。今のところ 人間がみんなで生き残るための唯一の選択肢なのですから…」

外からも内からも忍び寄る恐怖 しかしその正体は紛れもない私たち自身なのだ。

ジャン=ピエール・ルゴフ:社会学者 / 作家
「私は預言者ではありません…私たちが置かれている状況を明確に理解する事が何よりも大事だと考えます。

政治家も知識人もありのままの世界について考える責任…そして≪可能な選択肢≫を提示する責任があります。≪可能な選択肢≫を明確にし≪無理のある選択肢≫を拒否することです」

ヤシャ・モンク:政治学者
「解決策は民主主義からの撤退ではなく、グローバリゼーションの撤退でもありません。自由民主主義を再活性化しグローバリゼーションによる衝撃を緩和する…そうした新しい政策を採択する事です。

グローバリゼーションが国内にもたらす影響に対応するのです。それが今やるべきことなのです」

広がり続けた 欲望の資本主義の前に 立ちふさがろうとする、国という壁。
だが、壁の中でも欲望は渦巻く。見えない敵に怯えて


ガブリエル
「民主主義は欲望の経済と明らかに関係しています。私たちはこの恐怖の経済を乗り越えなければなりません。どうすれば乗り越えられるのか…≪民主主義の最大の価値≫を思い起こせば乗り越えられるはずです」

そして今、フランスは選択の時を迎えている。世界の景色は変わるのか。民主主義が今、試される。欲望の民主主義。

欲望の民主主義 世界の景色が変わる時をみて

cf.
欲望の資本主義2017 ルールが変わるとき 第1章~第3章
 第4章~第5章 第6章~第8章 第9章~最終章

『欲望の資本主義2017 ルールが変わるとき』をみて
by wavesll | 2017-05-31 22:41 | 書評 | Trackback | Comments(0)

欲望の民主主義 世界の景色が変わる時 第6章

欲望の民主主義 世界の景色が変わる時 第1・2章 第3・4章 第5章
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第6章 二つの「革命」

建国よりフランスが掲げてきた「自由」「平等」「博愛」

マルクス・ガブリエル:哲学者

民主主義の倫理 他者への想像力とは

ガブリエル
「民主主義と呼ばれるものの基本的価値観はここパリで18世紀の終わりに定義されました。言わばルネサンスの成果です。もっと具体的に言うならもちろん平等 自由 連帯です。

これらは基本的価値観で民主主義が人間社会で推し進めるはずのものです。問題はそれが真に意味するものです。この問いに答える唯一の方法は哲学にしかありません。

古代ギリシャでの創造と破壊においても哲学は基本的なものだったのです。18世紀にはヨーロッパでも同様のことが起きました」

民主主義の創造と破壊

ジャン=ピエール・ルゴフ:社会学者 / 作家

ポピュリズム隆盛の仕組みは…混沌から秩序へ?

ルゴフ
「私にとって政治とは一種の文明です。私にとって政治とは一種の文明です。さまざまな流れがあります。保守主義的な見方もあれば人間への悲観的な見方もあります。

さらにそもそも人間には永遠に破壊的欲動があるとも言えるでしょう」

破壊的な欲望

ルゴフ
「特に政治における大きな危険の一つは純粋主義です。この”人権”の概念には純粋主義の面がありました。しかし人権とは民主主義的な価値からのみ成立しているものではありません

それにも関わらず…この人権の概念が広く共有されていると考える”大きな幻想”があったのです」

幻想…?

ルゴフ
「その幻想とは”誰もが善人で思いやりがあり悪は人間の中には無く外にあるのだ”、”悪が生まれるのは悪い社会と悪い制度があるからだ”という考え方です。

善人を作るためには自分が認めた国家から指導されれば良い…この思考は既にフランス革命の時に含まれていたのです」

世界の民主化に大きな影響を与えたフランス革命はある男の残した言葉が礎となっている

ジャン=ジャック・ルソー ルソーは社会契約の重さについて言う

単なる欲望の衝動に従うことは奴隷状態だ。自然状態から社会状態への移行。その時、本能と正義が、欲望と権利が入れ替わり、自分のことだけ考えていた人間は、初めて理性の声を聞く -ルソー

理性の声を聞いた人間は一般意志の存在に目覚める。個人の欲望を抑えて、常に公共の利益を目指すのだ。

「主権とは、一般意志の行使に他ならない」

一般意志を求めて、絶対王政下の市民たちは反旗を翻した。アンシャンレジーム、すなわち、当時古いと思われていた王の支配の体制を変革。近代国家を誕生させたのだ


ダニエル・コーエン:経済学者

経済格差への抗議?庶民にとって民主主義とは

コーエン
「”一般意志”という考えは18世紀の観点で考えるととても興味深い。ルソーはどうすれば王の権力に対抗できるか考えていたのです。

まず王の権力がある。この権力に対して”一般意志”という概念をぶつけたのです。

まだ民主主義ではないけれど 途上にある中で一国における最高権力とは何か?根本的な疑問を発したのがルソーです」

王の権力に対抗できる最高の権力

コーエン
「しかし 今日この考えを使えば不幸なことに悪い結果を導くでしょう。”国民”、”人民”という概念を用いるとその多くポピュリズムに行き着きます。

”国民 人民の名において”と語るのです。しかし"人民"は既に存在せず。もし仮に存在するとしても王に対抗する観念としてだけだと思います。

また一人の人間が民衆の言葉を代弁する事にも不安を覚えます」

人民が燃え上がったフランス革命。だが、その有り様は当時痛烈に批判した男もいた。エドマンド・バークだ。

アイルランド出身の哲学者にして、政治家。彼が捉えていたのは人間の性だ。いたずらに現状からの変化ばかりを求めてしまう、人間という生き物。

実際、急進的な革命後のフランスは恐怖政治が巻き起こり、あざなえる縄の様に逆行する動きが生まれる。

我々の本性の抱える大きな過ち…それは、次から次へと飽くことなき欲望の追求の果てに手に入れた全てのものを失うしかないことである -バーク

時に、純粋な夢は 破壊的欲望へと形を変えてしまうのか?そして歴史は繰り返すのか?

マルセル・ゴーシェ:政治哲学者 / 編集者
「思考や感情、欲望…実はどれも一緒です。何かを欲望するのは思い描くことができるから…人は情緒的な理由で思考を維持します。理性的な理由ではないのは明らかです」

思考=感情=欲望?

ゴーシェ
「フランスはとても矛盾した国です。無政府主義かつ権威主義の国ですから。時期によってその"針"は大きく振れます。

絶対自由主義の大きな動きがはっきり表れ広がっていったのは68年からです。これはフランス社会を大きく変えてしまいました」

ルゴフ
「一つ目の革命はもちろん民主主義を誕生させた革命です。しかし私にとってもう一つの革命 68年の「5月革命」は1789年のフランス革命と同じくらい重要な意義を持っています。

どちらも民主主義全体に関係した重要な問題をはらんでいます」

フランスにとって忘れられない、もう一つの革命。それは戦後最大の危機とも言われた1968年の5月革命だ。

教育制度の改革を求め、パリの学生たちが起こした暴動。それがきっかけで、政府に不満を抱く労働者や市民たちも加わり、町中が破壊される事態となった。

この動きは日本をはじめ、豊かさを享受し始めた世界の国々にも広がっていった。だが、その急進性から人々の支持を徐々に失っていく


ルゴフ
「第二次大戦後 特に60年代、世界は急速に変化し大きな変貌を遂げました。そしてフランスはある時期に何もかもが停止するのです。

この革命は経済と科学技術の発展の時代…言わば”栄光の時代”に起きました。新しい歴史的状況で育ち戦争を知らない若者世代が消費社会に反発したのです」

消費社会への反発

ルゴフ
「誰もがこの革命について語りました。”我々がいる社会は何なんだ?”と…マルクス主義をベースとする多くの分析 批判が沸き起こりました。

そしてもう一つ68年の革命について問われたことがあります

”近代国家はなぜ必要なのか?”、”どこを目指すべきなのか?”」

近代国家はなぜ必要なのか?どこを目指して?

ゴーシェ
「1968年 街はとても荒れていました。私は21歳でした。政治運動にのめり込んでいったのは15歳の頃です。"左翼"の”反スターリン派”で…

68年は私が15歳からの活動の意義を確認するための年でもあったのです。しかし想像したようにはうまくはいかず その後政治哲学を学び始めました。

まさに民主主義についてです。私を大きく成長させました」

ルゴフ
「68年の5月革命の≪不可能な遺産≫はさまざまな概念を根本的に変えました。教育の概念など今までの歴史が完全に断絶され、重要な慣習、文化などが捨てられ…

個人の自立性ばかりが強調されたのです。その一方で”支配と圧力”の同義語のような権力や国家制度のヴィジョンが表れたのです。

国家体制と個人の間に生まれた新しい関係が民主主義国家の中心で発展することになりました。」

個人と国家の間に生まれた新しい関係

ルゴフ
「同時にこの影響は分断も生み出しました。社会的階層における分断、新しい層と大衆層の分断です。

近代化への変化からグローバル化から完全に取り残されてしまった階層と”すばらしい!あそこに向かって進もう”と現代へ向かって先端を行く社会階層と2つの対極にある階層が生まれたのです」

学生たちの反乱が鎮圧され、革命の火が消えると共に、消費社会の論理が雪崩れ込む

この時から既にグローバル資本主義への助走は始まっていたのか

加速化する欲望の資本主義

もはや経済の論理ばかりが社会の争点となる

富める人、貧しい人 人々の両極への分断を深めていく…

急速に変わりゆく世界情勢もまたフランスを自由主義経済へとのめり込ませていく

欲望の資本主義が世界を覆った末に、見えてきた 風景

歴史は終わらなかった。人々の分断と共にテロや難民と言った新たな問題を招き寄せていくこととなる。嵐をしのいだ後に、本当の嵐がやって来るとは、人々はこの時まだ気づかなかった


欲望の民主主義 世界の景色が変わる時 第7・最終章

欲望の民主主義 世界の景色が変わる時をみて

cf.
欲望の資本主義2017 ルールが変わるとき 第1章~第3章
 第4章~第5章 第6章~第8章 第9章~最終章

『欲望の資本主義2017 ルールが変わるとき』をみて
by wavesll | 2017-05-31 21:43 | 書評 | Trackback | Comments(0)

欲望の民主主義 世界の景色が変わる時 第5章

欲望の民主主義 世界の景色が変わる時 第1・2章 第3・4章
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フランスが抱える、民主主義の苦悩とは?

吉田徹:北海道大学教授
「例えばフランス人というのは4人に1人が遡れば移民系の国だとされています。そういった多様な国を1つフランスという大きなパッケージに纏め、色んな人がパリという非常に小さい街の中で肩を押し合いへし合い生きていく。

その中に色んな摩擦が生まれ、その摩擦をどういう風に解消していくのか。その象徴的な空間が地下鉄でもあるかもしれません」

どこまで多様性を受け容れられるのか?今、あのフランスが揺れている

ルペン
「移民の受け入れは市民を危険にさらす。テロリストが隠れているのだから…」

度重なるテロへの恐怖 アフリカや中東からやって来る難民たち 歴史的な混迷の時代を迎えたフランスに、今押し寄せる新たな波とは…

ルゴフ
「我々の歴史の中にはどの文明にもあるように闇のページと栄光のページがある…」

ギリュイ
「欧米の民主主義の大きな問題は人々と真剣に向き合わなかったことにあるのです…」

生きるため、切実な欲望を抱えやってくる人々に、フランス建国の理念はどこまで耐えることが出来るのか…?揺れるフランスで、世界の知性たちと考え、民主主義の今をみる。

第5章 内なる敵 外なる敵

吉田
「かつては向こうの左岸とこちらの右岸、革新と保守ですね。或いは労働者とブルジョアっていうのが対立でその間をセーヌ川が隔てた。ところが今、時代が推移してパリの郊外とパリの内部で新しい分断性に移り変わってきている」

パリ市街を分かつように流れるセーヌ川。北側が右岸、南側が左岸だ。一本の川を挟んでそれぞれの文化を育んできた。ブランドショップが立ち並び、買い物客で賑わう右岸。学生たちが集い、カフェで語らう左岸。

右岸はお金を使い、左岸は頭を使う、という言葉もあったほど。異なる思想がせめぎ合うことでバランスが生まれていた。古き良きフランスは、いづこへ。


マルセル・ゴーシェ:政治哲学者 / 編集者

瀕死の民主主義?国境なき経済圏の病とは…

ゴーシェ
「グローバリゼーションは貿易だけでなく”人間の行き来”にも関係するのです」

人間の行き来

ゴーシェ
「英EU離脱の余波は大きく、移民問題は極めて慎重な問題となり抗議の声が高まっています。欧州連合のおかげで人々は国家権力は大したことはできないと感じています。しかし同時に欧州連合も何もできないとも思っているのです」

吉田
「なぜ機能しなくなったのでしょう?」

ゴーシェ
「それが今ヨーロッパの一人一人に問われる最大の問題だと思います。とても難しい問題です」

欧州最大の問題

クリストフ・ギリュイ:都市地理学者

国民の分裂?グローバル都市と地域の二極化

ギリュイ
「今日のフランスでは移民問題はとてもデリケートな問題です。私たちフランスは多文化共存モデルを穏やかに築けるだろう、世界で一番賢いのだから…

アメリカやイギリスとは異なるタイプの多文化共存モデルの確立を想像していました。しかし現実は違いました」

多文化共存のワナ?

ギリュイ
「残念ながら≪共和国同化主義モデル≫と呼ばれるモデルは消え去ったのです。なぜか?多文化共存社会では他人と交わろうとしないからです。つまり同化しないのです。

他人は敵のままである…とまで言いませんが、距離を置くのです。これはフランスの至る所で見られます。これがフランスや欧州で見られる現実…アイデンティティの緊張関係の根本です」

フランスの苦悩は、都市の周縁部から噴き出している

吉田
「パリの郊外よりバンリューと呼ばれているところなのですけれども、基本的にパリで働いている人たちでもパリ市内に住むだけの余裕とか所得がない人が住んでいる場所になる。

いわゆる移民系と呼ばれている人たちが多い。ここが市役所なんですけれども自由・平等・博愛って言葉が掲げられているけれども空虚になんとなく文字が見えるのが哀しいですね」

パリの少年「ニーハオ!」

吉田「僕たちは日本人だよ」

パリの少年「あー日本のテレビだ フランス!」

吉田「君はフランスが好きなんだね?」

パリの少年「好きだよ」

吉田「フランスを誇りに思っているんだね。大人になったら何になりたい?」

パリの少年「営業マン」

吉田「なんで?」

パリの少年「大好きな職業だからだよ」

吉田「君は?」

パリの少年B「スポーツ関係で働きたい」
パリの少年C「僕はケバブ屋で働きたい…冗談だよ、ほんとはパン屋だよw」

経済や文化の違いから生み出される、移民たちをめぐる問題。溝を深めていく分断の現実の中、その流れにあらがう人の証言だ

ナディア・レマドナ:コミュニティー支援活動家
「私はパリ郊外で暮らしています。2005年 郊外で最初の暴動が起こってから私は個人的に救済をするようになりました。暴力はひどくなり 緊張が高まっています。

改善の兆候はまったく見られません。年を追って郊外にいる若者たちは誰のことも信用しなくなっています」

今から12年前の秋、パリ郊外で起きた移民たちによる暴動事件。北アフリカ出身の若者たちが警官に追われ、変電所に逃げ込み、死傷したことがきっかけだった。

人々は警察に反発。失業・差別・将来への不安など積もり積もった不満が爆発。暴動はフランス全土へと拡大していった。


レマドナ
「フランスはとても変わりました。実際、何が変わったかというとこの過激化です。若者たちはかつてのフランス…私や私の両親たちが愛していたフランスを知らないのです。

多くの移民労働者を受け入れたこと。多くの人々が外国から来ていること…それはフランス人自らが受け入れたことを忘れてはいけません」

私たちが愛したフランス

吉田
「我々は郊外に住んでいる貧しい移民系のフランス人だから、むしろ差別されているんだ、という風に彼らは感じてしまう可能性はあるわけです。

そうすると移民とか郊外は怖いんだという目線がつくられていくことになって結局分断がひどいものになっていく」

社会から受け入れられない、その怒りが争いを生み、居場所がない、その不安が悲しみを生む。愛されたい欲望が空回りし、生まれる、捩じれ。

ドミニク・レニエ:政治学者
パリ政治学院で教職、政治改革基金ゼネラル・ディレクター

忘れられた理念 自由を奪いあう 自己と他者

吉田
「「自由 平等 博愛」のスローガンがフランスの街のどこに行っても見えました。この精神はどう変わっていくのでしょう?まだ残る場所はあるのでしょうか?」

レニエ
「重要な問題ですね。「自由 平等 博愛」の精神は存続し続ける可能性はあるでしょう。フランス革命からとても大切にされてきたものですから。

しかし20年前からこの3つの理念への信念の衰退 精神の薄弱化が見られます。

今日 目にすることが多くなったのは国内のコミュニティーでの分断の感情、分裂…同じフランスの中でも外国人のように感じる分断さえあるのです。

実際、それを目の当たりにしたのがシャルリー・エブドで起きた悲劇です。フランスでフランス人がジャーナリストを殺害した…それも彼らの気にくわない内容を出版したから。

メディアが出版すべきだと信じたことを出版する自由を認めなかったのです。ある種の”基本的価値観”が分断されたことを感じました」

基本的価値観

シンシア・フルーリー:精神分析学者
社会の深層にある心理を分析 パリ・アメリカ大学でも教鞭をとる

社会の危機を回避する道は?他者を排除する人々…

フルーリー
「ルネ・ジラールの重要な研究論文においてはっきり説明していますが政治共同体とは通常”二つの動き”によって成立していると言います

一つ目の動きは”外部の敵”と呼ばれるものでもう一つは戦うべき”内部の要素”が必要となるのです」

「外なる敵」と「内なる敵」

フルーリー
「多くの場合、外部の敵としての恐怖の対象はテロリストに集中します。そして内部の敵としての対象は公然と非難されている人たち…失業者、難民、移民なのです。

社会はこのように成り立っているのです。惨憺たる状況です。」

他者への不信が、本来 敵になるはずのない敵を次々と生み出していく。フランス人が失いつつある、基本的価値観とは…?


欲望の民主主義 世界の景色が変わる時 第6章 第7・最終章

欲望の民主主義 世界の景色が変わる時をみて

cf.
欲望の資本主義2017 ルールが変わるとき 第1章~第3章
 第4章~第5章 第6章~第8章 第9章~最終章

『欲望の資本主義2017 ルールが変わるとき』をみて
by wavesll | 2017-05-31 21:15 | 書評 | Trackback | Comments(0)

欲望の民主主義 世界の景色が変わる時 第3・4章

欲望の資本主義 世界の景色が変わる時 第1・2章
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第3章 パクス・アメリカーナの終焉…?

元大手銀行重役ピーター・ラールが語るアメリカの今、トランプに託した思惑

ラール
「彼は頭がよく かなりのやり手です。トランプの着眼点は良かった。何が本当の原因なのか言及したのは彼だけでした。それが彼の特長です。

アメリカ国民は世界のために負担を担ってきました。しかし今や世界は変わったのです。帝国は衰退するものです。≪パクス・アメリカーナの時代≫は終わりました。

他の国々は自分たちの足で立つのか、他国と協力するのか考えねばなりません。いずれにせよアメリカだけが世界の安全に責任を負いその費用をアメリカ国民の税金で賄う発想はもう終わりです」

"パクス・アメリカーナ"の終焉

ヤシャ・モンク:政治学者
「リベラルな国際秩序はアメリカがリーダーシップを発揮し世界に大きく関与することで成立します。しかしその恩恵は複雑で分かり難いものです。

なぜ国連に大金を拠出しなければならないのか国内にも問題があるのに。その金を国内の問題解決のために回すべきだという方が簡単です。

長期的に見ればそれはアメリカにとって損失となります。政治的な面だけでなくアメリカ国民全体にとっての損失です」

二度の世界大戦を経て世界経済の中心となり、世界の警察官となったアメリカ。しかし常に不安定な要素を抱えていた

外への介入と孤立主義の分裂


ジョナサン・ハイト:社会心理学者
「アメリカはこれまでもしばしば内向きになってきました。

私の曽祖父母4人全員がアメリカにきた1907年当時は移民の大きな波がありました。それが大きな反発を生みアメリカは1920年代に門戸を閉じたのです

人々は人種でなく文化を気にしているのです。急激に文化が変わってしまうのが嫌なのです。

もう一つ見るべきは国民の目的意識です。ソ連と戦っていた時 私たちはアメリカを≪自由世界のリーダー≫と呼んでいました。

ですがいったん冷戦が終わるとそてまでのように≪自由でオープンな国≫であることを必要としなくなりました。我々のアイデンティティでなくなったのです。

そして9.11の後 突然新たな敵かもしれない存在が現れました。”もっと閉じた国にしたほうがいい”多くの人々がそう思うきっかけとなったのです」

新たなる敵の前に再び門戸を閉じようとするアメリカの姿は既にあの時から

ジャッキー・クルバック:Gautier Steel社 CEO
「国防のことを考えても この国で私たちに危害を加えようとする人々から私たちは国民を守らなければなりません。国民を守るだけでなく国を守らなければなりません」

そんなアメリカの本質を見抜いていた人物がいる。それは今から200年ほど前に遡る

フランスの政治思想家、アレクシ・ド・トクヴィル。トクヴィルは19世紀のアメリカに渡り、民主主義における光と影を考察した


ハイト
「アメリカがイギリスから独立した時、トクヴィル以外にもヨーロッパから何人かやって来ました。その全員が独特のアメリカ人気質について語っています。

アメリカは広大な国で中央政府がなく自分たちで自分たちを統治していたのです。中央集権化されているフランスに比べアメリカ社会の強みの一つは我々は自発的な組織を作るのが得意だということです。

中間共同体、地元の市民組織などですが多くの人が見てきた通り50年ほどでこれらが消えつつあるのです」

アメリカ民主主義の「光」"中間共同体"の存在

ジャン=ピエール・ルゴフ:社会学者 / 作家
「民主主義は個人が所属するコミュニティーからの自由を可能にする要素があります。これは民主主義の良い面です。しかし民主主義には別の面もあります。

トクヴィルが自身の著書の中で説明しています。『アメリカのデモクラシー』では同時に個人が内に閉じこもる傾向も指摘しました。どこにもつながっていない、集団に同化もしていないと考える個人です」

アメリカ民主主義の「影」どこにもつながらない”個人”

ダニエル・コーエン:経済学者
「ハーバードで教鞭をとるアメリカの社会学者ロバート・パットナムのすばらしい著書『孤独なボウリング』の中で1960年のはじめから少しずつこのコミュニティーや中間共同体…それは親たちの中間共同体であったりブリッジやボウリングのクラブなのですが、これら全ての共同体という基盤が崩壊したという説明を思い出しました

アメリカの社会基盤が崩壊したからこそ今日彼らは”孤独”だと感じている。トランプの人気はその”孤独”の表現の一つだと思います」

豊かさの中で消費を楽しむことを自由と感じるうちに、いつのまにか大事な繋がりを失っていたのか?帰る場所を失ったことで、抱えることになった孤独と不安

アメリカが恐れるものは自分自身だ 民主主義の乱用、冒険と征服の精神…己の力への思い入れと過剰な誇り、そして若さゆえの性急さなのである -トクヴィル


マルセル・ゴーシェ:政治哲学者 / 編集者
「我々は「暴力的な軍隊」という意味ではもはや争いの中には生きていません。しかし我々は”競争状態”にあります。これこそグローバル世界や我々が生きている個人主義の世界の掟なのです」

吉田徹:北海道大学教授
「誰もが生き延びようとしていますよ」

ゴーシェ
「そういうことです…それでもやっぱり厳しいことですよ。実際、ホッブスの方程式は別の次元で今でも機能していることが分かります」

万人の万人に対する闘争。今から350年以上も前に残された言葉。トマス・ホッブズ

所詮は人間も動物と一緒なのか?教育、文化なき状態、自然状態にあるとき、ヒトは財産や資源をめぐって、争いを続けるという。欲望と欲望のぶつかり合い。

そこで考え出されたのが社会契約であり、それを司る統治者の存在。聖書に登場する海の怪物、リヴァイアサン。ホッブズは人々で出来た鱗を持つ怪物に、国家をなぞらえた。

右手には世俗的権力を顕わす剣を、左手には宗教的権威を顕わす杖を持つ、国家権力の象徴


第4章 アメリカ、未来へのシナリオ

一つの物語が終焉を迎え、強大な力を求めるアメリカは一体どこへ向かおうとしているのか?

モンク
「可能性は3つあると思います。1つはトランプ氏のような独裁的なポピュリストが独立機関を弱体化し裁判所を無視し報道の自由を抑圧することです。」

未来へのシナリオ1
独裁的なポピュリストによる独立機関の弱体化・報道の自由の抑圧


モンク
「2つ目に最も可能性が高いシナリオはトランプに対する抵抗が生まれ独立機関は破壊されずに済むということです。それでも政治システムの規範が崩れます。

トランプ氏が政権を去っても彼のようなポピュリストの人気は落ちません。30年、50年、70年と経つ間に民主主義体制は弱まり、毎回ではないにしろトランプ氏のような大統領が次々と現れるでしょう」

未来へのシナリオ2
独立機関は破壊されないがポピュリストの人気が高まる


モンク
「3つ目は最も希望がある可能性です。多くの若いアメリカ人が今 起きていることを見てこの状況を拒否し民主主義の大切さを再確認することです。

民主主義が脅かされたら何が起きるか?身をもって知り民主主義のために戦うことです。政治に積極的に関わり憲法の大切さを思い出すことです

これが最も希望のあるシナリオです」

未来へのシナリオ3
民主主義の大切さを再確認し民主主義のために戦う


マルクス・ガブリエル:哲学者
「”アメリカ・ファースト”には国民がトランプを弾劾しうるという意味も含まれます。もし彼らがトランプを弾劾したらそれは民主主義が独裁政治に勝つ貴重な瞬間だと言えるでしょう。

この特異な個性による危機を実際にアメリカ人が回避することができたならその時アメリカの優れた民主主義制度を証明したことになり みな感心するでしょう。

今 私たちが目撃しているのはどこに向かっているか不明な船です。ドナルド・トランプと現在のアメリカの行政機関との対立。そしてチェックアンドバランスのシステム。

これが私たちが今 現在目撃していることであり民主主義の制度に対する極端なストレステストです」

極端なストレステスト?

ホッブズはこうも言っている
財産、名声、支配への欲望が争いの元。そしてその先にあるのは戦争だ


ゴーシェ
「このようなグローバル世界においてはなおさら自分たちを守ってくれるプロテクターとなる集団の必要性を感じるのです

また全ての個人が頼れる集団がないことの大きな不安を感じているのです」

グローバル世界からの経済の波。それはそもそも民主主義の敵なのか?
世界に広がる欲望の資本主義と、国という壁が守る欲望の民主主義。この捻じれの先にあるのは…?

人々の生き残りをかけた争いはヨーロッパでも加速度を増し複雑化していた。開かれた国境、解放される人々の欲望と感情

フランスが抱える 民主主義のもう一つの闇 それは…


欲望の民主主義 世界の景色が変わる時 第5章 第6章 第7・最終章

欲望の民主主義 世界の景色が変わる時をみて

cf.
欲望の資本主義2017 ルールが変わるとき 第1章~第3章
 第4章~第5章 第6章~第8章 第9章~最終章
by wavesll | 2017-05-31 20:22 | 書評 | Trackback | Comments(0)