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M. マクルーハン『メディア論』 内容でなく表現形態こそがメディアをメディア足らしめている

Yukihiro Takahashi & METAFIVE / split spirit (Vimeo)
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マーシャル・マクルーハン『メディア論 人間の拡張の諸相』を読みました。

彼は"メディア"を通り一遍な見方ではなく、"人間の拡張としての環境媒体"と捉えます。彼のメディア観はこのWeb時代に於いて益々先見の明を感じるというか、
「われわれはその中枢神経組織自体を地球規模で拡張してしまっていて、わが地球にかんするかぎり、空間も時間もなくなってしまった」
という端書きをはじめとして、士郎正宗『攻殻機動隊』1巻を読んだ時のような未来視のヴィジョンを感じました。

とは言え、文中で出てくる言葉の定義が不明瞭な所も。のっけから「外爆発」、「内爆発」って何?となったし、マクルーハンの提唱した「HOTなメディア」「COOLなメディア」というのも、「TVがCOOLで映画がHOTなのの違いは高精細かどうかだけ?」とか今の視点で見るとちょっとはてなとなったり。しかしこの粗いながらもフロンティアを滑走する感覚はまさにクールな面白味がありました。

中でも面白かったのは"メディアはメッセージである"というアイデア。
これはメディアをメディア足らしめている力の源泉は、その"内容"でなく"表現形態"であるという話。

テレビの内容は映画であり、映画の内容は小説であり、小説の内容は書き言葉であり、書き言葉の内容は話し言葉である、メディアをメディア足らしめているのは内容ではないと。

その中で、例えば本は一人によって書かれた個人対個人の告白という形態ですが、新聞は記事群のモザイク状の集合体で"公の集団意識への参加"を発生させる形態である。そして新聞を新聞足らしめている源はその"コンテンツ"ではなく、"モザイク状の表現形式"と"配送やキオスクでの販売によって毎日みんなが読んでいるという環境 / システム"にある。と。

私がこの考えに非常に得心が言ったのは、"WebのCGMサーヴィス"なんかは正にそうだと想ったからです。TwitterをTwitter足らしめている、InstagramをInstagram足らしめている、FacebookをFacebook足らしめているのは"そこに書かれている内容"ではなく、"そのプラットフォームがどんな形態を持っているか"であり"どれだけの人が参加しているか"だと。これを1964年に上梓したマクルーハンの先見の明に舌を巻いてしまいました。

メディアを"人間の拡張"と唱え、ヒトは"拡張した己自身に自惚れる"と唱えたマクルーハン。彼のメディア論が面白いのは"どんな五感が使われているかによっての分類"にもあると思います。

彼は"そもそも西洋文明が発達したのは表音文字であるアルファベットがあったからだ"と説きます。そこに於いて音(聴覚)と文字(視覚)と"言葉の意味"が峻別され、そのディバイドから文明が形づくられていったと。

先ほどの"メディアは形態である"に通じる話ですが、私も昔「マンガは視覚と意味のメディア、音楽は聴覚と時間のメディア、アニメは視覚・聴覚・時間・意味のメディア」とか文学部の文化論の講義に潜ったとき思ったものでした。確かに西洋文明は"何かを分割すること、その分業"によって形づくられてきた印象があります。

マクルーハンは文字文化は分化を推し進めてきた一方、オートメーション・電気は統合を推進すると述べています。光の速さで地球が狭くなり、Global Villageが生まれる、と。そこでは五感が統合された、参加が促されるCoolなメディア環境があるだろうと。

まさに今インターネットによって"国際的な世間"が生まれつつあります。そしてそれに伴う軋轢も生じ、Brexitやトランプ大統領誕生、欧州での極右政党の躍進が起きている。そんなグローバル化へのバックラッシュの中で"マクルーハンならばどんな未来を視るだろう"とも想うし、単純にスマホやVRゴーグルについての彼の見解を聴いてみたいです。

マクルーハンは我々の技術が環境になることによって心身自体も影響を多大に受ける、そして芸術家のみがその中で平衡感覚を失わず「パンチを逸らす」術を提示する、と説きました。そんなVisionが今世界のどこかで生まれているのかもしれません。我々がゆく未来は、今萌芽している。その蠢きに五感を澄ませたい、そう想いました。

目次

ペーパーパック版への序文

第一部
はしがき
1 メディアはメッセージである
2 熱いメディアと冷たいメディア
3 加熱されたメディアの逆転
4 メカ好き  感覚麻痺を起こしたナルキッソス
5 雑種のエネルギー  危険な関係
6 転換子としてのメディア
7 挑戦と崩壊  創造性の報復

第二部
8 話されることば  悪の華?
9 書かれたことば  耳には目を
10 報道と紙のルート
11 数   群衆のプロフィール
12 衣服  皮膚の拡張
13 住宅  新しい外観と新しい展望
14 貨幣  貧乏人のクレジット・カード
15 時計  時のかおり
16 印刷  それをどう捉えるか
17 漫画 『マッド』――テレビへの気違いじみた控えの間
18 印刷されたことば  ナショナリズムの設計主
19 車輪、自転車、飛行機
20 写真   壁のない売春宿
21 新聞   ニュース漏洩による政治
22 自動車  機械の花嫁
23 広告   お隣りに負けずに大騒ぎ
24 ゲーム  人間の拡張
25 電信   社会のホルモン
26 タイプライター 鉄のきまぐれの時代へ
27 電話   咆哮する金管か、チリンとなる象徴か
28 蓄音機  国民の肺を縮ませた玩具
29 映画   リールの世界
30 ラジオ  部族の太鼓
31 テレビ  臆病な巨人
32 兵器   図像の戦い
33 オートメーション 生き方の学習

訳者あとがき
メディア研究者のための参考文献

cf.
マクルーハンと「メディア論」をソーシャル時代に改めて考えてみる (新聞紙学的)

by wavesll | 2017-05-19 19:47 | 書評 | Comments(0)

『ジョンの魂』をYoutube Eraに聴く

John Lennon Plastic Ono Band (full album,1970)


鐘の音が響く、『Mother』が始まる。言わずと知れたジョン・レノンの名盤『ジョンの魂』。これに初めて触れたのは中高生の時期でした。まだロックというものが具体的になにかも分からず(今も"ロックって何か"って分かりませんが)、でも何かとても純粋な気持ちをこの音に感じたこの盤。

今聴くと、レノンのヴォーカルの魅力に驚かされます。声一つでこんなにも表現できる人がいるなんて。そして"メッセージ・ソング"であること。ロックが社会的な意味で娯楽だけにならない、気骨があって、宮台ではないですが今は『正義から享楽』になってきている気もする中、40年前ってこうだったんだなぁと。

ただそれ以上に感じたのはこの音源がYoutubeにあることのうってつけ感。このサウンド、言ってみるととても現代的というか、今のYoutubeの音に感じました。

それはベースが全然聴こえない、この音づくりがTake Away Showやアマチュアミュージシャンの弾き語りにも似た"低音が効いてない感触"をもたらしてるからかもしれません。

「21世紀は音楽の進化は止まってるよ、90年代の音を聴いてもまるで今と違和感ないじゃないか」という人もいますが、Mステとかでさんざんやってる90年代の音楽を聴くと、今の音楽と比べてベースの重低音がまるで効いてなくて。この20年でベース・ミュージック、リズムの進化・改良・創新は相当進んだと想います。

一方で、PCやスマホで音楽を弾き語り配信する人が本当に増えたのもこの10年。当然再生装置もPC・スマホであって。そこで鳴らされる音に、この『ジョンの魂』が呼応する気がしたのです。いわば最強のYoutuberというかYoutube Eraのフェティッシュを音像に感じました。

シンプルな構成だからこそ、歌の魅力が突き抜けていることも、そして楽器の音がまたジャストにいい音色。カットインやSEのエクスペリメンタルも。時を経ても色褪せないばかりか寧ろ現代性を持つような音。十代のあの頃も、今も、ジョンの魂に触れると純粋な精神に、陽光に触れた思いがし、改めて稀有な盤だなと想いました。
by wavesll | 2017-04-23 09:35 | Sound Gem | Comments(0)

原田仁の轟声とナスノミツルのベースドローンソロ @Dommuneに於ける深宵の闇の豊饒さ

原田仁(Hearts&Minds -from ROVO-)@ 黄金町 試聴室その2 2014 11/7


「Rain maker」  Nasuno Mitsuru ナスノミツル


iwamakiさんのDJ Playで幕を開けた「HARD CORE AMBIENCE」。その夜の深々とした静寂に異界へ這入っていく感覚。

iwamakiさんの次は"この音聴いたことある"と想ったらshotahiramaさん。POST PUNKなノイズにレゲエを挿入したりしてまた変容が起きていて。

そしてこの日の最大の新領域は原田仁さんのソロ。
轟声とでもいうか、発声でノイズを撒く様は初めてエレファントカシマシ「ガストロンジャー」をみた時のような鮮やかなサプライズがありました。

そしてその次のナスノミツルさんの演奏はベース・ソロとは思えないような出音!ベース自体が新インターフェイスとして次元を開いていて。逆に"今キーボードでPCに打ち込んでいるけど文字入力をギターでやったり、逆にこのQWERT鍵盤で音楽を演奏しても面白いかも"なんて想いが湧きました。

その後の純粋なノイズ・サウンドで入眠してしまいwで、夜明け前にこんな文章を書いてます。

DOMMUNEの5時間SPの時は夜の深みを感じれて好きで。TVみてると23時でも19時位の気分だけれど、今夜の始まりのiwamakiさんのplay聴いてたら19時台にもかかわらず22時~24時台の心持ちだったというか。グリニッジ的な時刻でなく心的に本当の深夜を味わう、深宵の闇の豊饒さに潜っていく夜でした。

cf.
nausea 3 - shotahirama chris watson Highrise -

Noisy 3 - 花電車, Jerzy Skolimowski / The Shout, Ametsub & shotahirama play @渋谷タワレコ
by wavesll | 2017-04-19 04:43 | Sound Gem | Comments(0)

人付き合いとWeb同期 文字コミュニケーションの時間的レンジの広さの価値

不在着信だけ残すのといきなり電話してくるのは相手の時間と行動を拘束する行為だからやめてくれ(はてな匿名ダイアリー)

これがTwitterでバズっていたのですが気安く電話を掛ける"電話野郎"だった身としては耳が痛い話で。
電話って相手の顔色が窺えないから逆にずけずけと相手の時間と行動を拘束してしまうなと。

一方でテキストのコミュニケーションは時間拘束から自由で便利というのはその通り。

私も旧友の人達がBlogでもやってくれてると近況を知れて有り難いと想うのですが、今はそういうのはFacebookなのでしょう。FBよりBlogの方が内向き感がないしPUSHされないから好みなのですが、それは我儘というものか。

SNSがシェアハウスとすればBlogはワンルームに訪ねてくというか。生活は共にしてないけれど時に近況をやり取りする距離感。

リアルの友人関係は書くもので繋がったわけではないですから文章をTLで同期するより自分で読みたいときに訪れるのが一種の理想ではあるのですが、公開の場に色々と書くのは差しさわりが生じることがあるというのはわかります。

”直接会わずともSkypeで家飲みでいいじゃないか"とか思ってしまうWebに浸った人間なのですが、結婚とかしてたら"外で会う"ことの自由さも想像できます。

実際の処、Webを通じて1:Nの同期を行いたい、なんてのは普遍的な欲望ではないかもなとは想います。

仕事から帰って飯食ってニュースみて風呂入って、なんてしたら午前様になることもあるだろうし、パートナーや子供とやりとりして趣味をちょっとしたらそれを記録する時間なんてとても取れないし。私も色々書いてますが、毎日更新って無理な話で。まぁ毎日更新されたら追うの大変だからしなくていいのだけれど。

"今更昔みたいに友達付き合いに時間もかけられないし、年一の飲みと年賀状で効率的に交流を凝縮でいいじゃないか"って感じかなと。まぁ、友達付き合いに時間かけるのは暇人のすることと言われたらぐうの音も出ないw

年一飲みは盆暮れしか帰郷できない事情もわかるのですが、年賀状とかはちょっと形骸的に感じてしまって。義務的に年賀状だけでやりとりするよりも上で書いたみたいに心がふいに向いたときにやりとりできたら、なんて思ったりします。まぁ年賀状自体は古来から続くソーシャルネットワークサーヴィスなのだとも理解してます。

人間、何かの行為を共通に持たないとコミュニケーションが嚙み合わないのかもとこの頃想います。それは例えば行事だったり、趣味であったり、子育てかもしれないし、仕事への熱中度かもしれないし。そうした事を越えて旧友とコミュニケーションを取るには"空間"を共にする事が結構大事な意味を持つのかもとここまで書いて想いました。

ただ個人的にはSNSで繋がっていなくとも、ふと"あの人どうしてるかな"とWebサイトを訪ねて”あぁ、元気にやってるんだ”とか"こんなこと最近想ってるんだ"と知れるのは嬉しく感じて。何もPushされずにふとPullでみる、そんな親交。そういう場を読みたい、自分も用意したいとBlogを綴ってるのもあるかもしれません。

また今の時代、コミュニケーションにおいて即時性が兎角求められる気がしますが、それは文字のコミュニケーションの良さを殺してしまっているのかも。LINEやEメールの返信の速さはそんな期待せずに2、3日見た方が気分が安まる気がします。返信の気分は人それぞれですから。

さらに思うに、人に何かを薦めたり働きかけた時、即座に反応されることを私などはついつい期待してしまいますが、それも過大な期待だと。

私自身もある同級生の子から"水カンやぼくりり、グレーテルのかまどとか面白いよ"って言われてもその魅力に自分がリーチするまで時間がかかったりしました。特に音楽なんてのは"いかに自分がその地点に到達するか"が大事で。

だからこそ他者のアクションにタイムラグなく反応する人が時代を波乗る気もしますが、情報発信する側として、即反応がなくても無駄でなく、種子が芽吹くまでに時間がかかることもあることも知っているといい、そう思います。

上で「Facebookは書くものでは繋がってはいない人とTLで同期するから居心地が悪い」と書きましたが、他人と100%の同期や共感・評価を求めること自体が土台無理な話でもあります。

BlogやTwitterをやっていても全然反応が普段なくともこちらで何かミスがあるとクレームをつける"読み手"はざらにいて。昔はそういう読者にムカついたりもしたものですが、今は"私はこの人に文章をサービスとして提供出来ているんだなぁ"と考える様になりました。

"これは面白い"と私は"いいね"を積極的にするのですが、読んで反応するコトって案外ハードル高いコトと考えるヒトって多い印象。

その点Twitterは反応も結構あったり、何しろ相手も"書き手"なのでフリーライド感がないのはいいと想います。自分の身の回りの狭い範囲に"何か書いてくれること"を求め地獄を起こしたことがあるので。

ネットの広大さ、PUSHよりもPULLの文字コミュニケーションの精神的な自由さに感謝を述べたい。文字コミュニケーションの時間的レンジの広さの価値を今、再発見しているところです。


Erik Mongrain - AirTap!

by wavesll | 2017-04-12 02:32 | 小噺 | Comments(0)

新海誠監督のユビキタスな映画表現のアニマ性

映画『言の葉の庭』予告編映像


雲のむこう、約束の場所 予告編 (The Place Promised in Our Early Days)


この数日は日本アカデミー賞からフジテレビで放送された『アナと雪の女王』まで、映画な週末でした。

中でも金曜の深夜にテレ朝で放映された『言の葉の庭』と土曜の昼にAbemaTVで放送された『雲のむこう、約束の場所』は印象深くて。

新海誠監督のフィルモグラフィーの時系列では『雲のむこう~』の方が先の作品で。
初恋、宮沢賢治的詩情、軍事SF、そして光や雲の風景表現。新海作品のエッセンスがあって面白かったです。

そこから時を重ね、表現が洗練された『言の葉の庭』は『君の名は。』の前作。
冒頭の雨水のアニメーションから真に美しい映像美が素晴らしくて。そして憂いを秘めた物語がまた非常にマッチした作品でした。時間も50分くらいで纏まっていて、非常に好みでした。

フィルムの流れを見ると、最初はヲタ的な色が濃かったものから、文芸作品の詩情まで匂いを変え、そして『君の名は。』では憂いからポジティヴへとメタモルフォーゼし国民的大ヒットを創る。新海監督は地力と野心があるなぁと想います。

そして興味深いのは、飛行機でみた『君の名は』も面白かったし、AbemaTVをPCでみても素晴らしさが伝わる、新海作品は画面を選ばない点。

日本アカデミー賞で『シン・ゴジラ』の映像流れていましたが、TVでみても全然わくわくしない。映画館のサイズだからこそのあの血沸き肉踊る昂りと恐怖。『ゼロ・グラビティ』もそうですが、こういう映画は劇場でみてこそだととても想います。

一方で新海作品の魔法は主に映像の美しさからきている印象で、ストーリーは結構ベタというか、寧ろ現実的な理と色濃い感傷をヴィジュアルが魔術へ持っていくと感じるのですが、PCや飛行機の座席画面でみてもその魅力が損なわれない、ヴィジュアルの面白さが画面サイズを選ばないというのは凄い、物語と共に本当にアニマが発動していると感じます。

ヴィジュアルの凄さと音楽の素晴らしさというと『君の名は。』は『アナ雪』との関連で語られるところもあるかと想いますが、TV放映された『アナ雪』は"え?こんなものなのか?"という感じではありました。

確かに氷のCG表現の卓越さは魔法的な域へ達していて、『レリゴー』も改めていい歌だなぁとは想ったのですが、ターゲット層(女児)ではなかったというのと、やはりこの映画も劇場空間がなせる技が胆なのかもしれない、と。

勿論、そういう作品だからこそDVD待ちではなく映画館でみたくなると想いますし、実際最近は声出し上映や、MAD MAX 怒りのデス・ロード BLACK & CHROME at 川崎チネチッタ LIVE ZOUNDのような爆音上映など、劇場ならではのプロジェクトが実現されていて面白くなっています。私などはそういうのでないとあまり劇場では見ない人間だったり。

ただ、その上で新海作品の持つ"画面サイズを選ばない凄さ"は映画にさらなる革命を起こすのではないか、すぐに考え付くのはスマホメディアの国民的"映画"作品をこの人は創る最初の人なのではないか、なんて考えた週末でした。

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by wavesll | 2017-03-05 22:28 | 映画 | Comments(0)

社交がわからない

坂本慎太郎 まともがわからない


パーティーが苦手な人種で。

ヒトのタイプを外向的か内向的かで分ける見方があると聴いたのですが、私は外向的に見えて、実は内向的な人間なのだと感じます。

忘年会やら結婚式の二次会やら、〇〇飲みでもそうなのですが、結局大した話もなしにすらーっと時間と金を遣うなと。1対1で話すのは好きなのですが、4,5人辺りから話が薄まる感覚があります。そういう"多数と会うこと"が好きな人との違いは内向的脳と外向的脳の差なのかと得心しました。

最近は更に内向的な傾向が進み地元の知己に飲みに誘われても断ってしまったり。"何を話せばいいんだろう?"というかなりアレな状況に足を突っ込んできてて。ほんと、"普通の人"って何を話しているのだろう??(一応断っておくと勿論世間話は出来ますよw美容師の人と話すのなんかも好きですし)

じゃあヒトと何を話しているかと言ったら此処で書いているような音楽や映画などの"趣味・文化・社会・旅"の話。Twitterで繋がる人もどこかしら趣味や感性が深い人たちが多くなってきて。逆に得意分野以外の"話の前提が通じなさそうな人"とどんどん疎遠になってしまっていて。

心地いい反面これは悪い点でもあり、鴎庵の記述も"分かってる人向け"なところはいなめず、前提知識の説明とかが欠けて不誠実なところがあります。

自分の意識では「私の意見」と「紹介している物事」は同じくらい重要なことなのですが、昔から直接の知り合いからは「お前の考えは興味あるけれどお前の好きなモノには興味がない」と言われたり「Webで読むより直接会った方が全然面白いですね」と言われたり(苦笑 一般性を獲ようと想ったら、もっとプレゼンテーションの腕を上げないといかんですね。

身近な人に音楽の趣味とかを押し付け、好反応がないことに逆切れしたりする醜態を晒したことが昔ありました。今となっては"やらかした"と想います。Face2Faceで会ってきた人って必ずしも嗜好で繋がるわけではないし、ニーズのないことを推しても無理がありました。

Webだと趣味の繋がりが満たされるし、今はプライヴェートもカルチャーで友達と繋がって、世界の広さに助けられています。

思いを巡らすと私をパーティーに誘ってくれた人の気持ちもわかって。パーティーやライヴ、劇とか、その人がライフワークとして一番力を注いでいることで一番いいもてなしだから誘ってくれているのだなと想うのです。

斯く言う私自身も旧友に久しぶりにLINEした際に「去年はこんな音楽聴いてて。そちらはどう?」とかURLを送り、ものの見事に既読スルーされるという(苦笑 "お前のそういう話には興味ねえよ、こちとら子育てで忙しいんだよ!"やも。でもそういうことがあると実体験で"誘ってくれる人"の気持ちもわかって学びになりました。

PRの重要性は重々承知しながらも、mixiで記事日記書いてた頃はイイネの1クリックすら滅多にされなかった事を考えると、人が動いてくれるって大変な事なのだなとしみじみ想います。もっと言えば外向的脳を持つ人からすると"深い話など心の中で自己処理しとけ"って感じなのかもしれませんね。

そういった意味でWebの大海にボトルメールを投げ込むように記事やら呟きやらを放って反応を虚心坦懐に受け取るのがいいなぁと。元日に書いた今年の抱負は今年は"親しき仲に礼儀あり"をやっていきたいだったのですが、人間関係の要って"いい距離感"で”他者であること”に社交の胆もありそうだなんて所まで睦月に思索が進みました。

cf.
本音2.0

風穴を開ける冒険 -電脳九龍城からの脱出
心と脳の白熱教室から感じた心のアクセルとブレーキ。悲観脳の出来かた。楽観脳のつくりかた。
by wavesll | 2017-01-27 05:01 | 私信 | Comments(0)

電通巨悪観(広告=悪)から一歩進んで

要旨:
・好いか悪いかのスタートラインに立つ為の宣伝は意義がある
・寧ろマスの媒体が"枠"に載せるか否かの目利きが低質だから澱みが生まれている
・"これは広告です"と"作為"を隠さず、その上で拡散したくなるものが今の"刺さるアド"ではないか


TVをみていて「最近いやに同じ事物が取り上げられてるな」とか想うことないですか?

「おぉ!コレが今熱いのか!!」というのが期待されている反応なのかもしれませんが自分は穿った人間なので「あぁ電通に金払って番組内広告してるのだな、アドか、アドw」と想ったりします。

私はマスコミのゴリ押しとかが大嫌いだし"宣伝で魅力を水増しするなんてナンセンス、良質なものが必要とされる処に届くシステムをWebが達成するのが一番いい"と想っているのですが、実は最近"宣伝の意義"を感じたりしていて。

それは実はこのBlogに立脚した話でして。天へ挑む究道者 ETV特集「曜変~陶工・魔性の輝きに挑む~」 をみてとかが、ETVで再放送されたり鑑定団で曜変天目が取り上げられてアクセス数がドカっと来たりしてることがあって。

また過去記事ってそんなにアクセス数を集めるものはないのですが、Twitterで例えば「そういやYASHIBU Vol.3でブレイク前のSuchmosみたなー」とか呟くとlink踏まれたりして。

記事があることが分かった上で"興味ない"とされるならまだしも"存在を知ってたら読んだけど、存在すら知らないから読むきっかけもない"こともあると、宣伝=悪ではないのかもしれない、と。

今でも"宣伝で商品の魅力を水増し"したり"良質なものが低品質なものに宣伝量で負ける"とかには嫌悪感がありますが、"スタートラインに立つ為の為のアド"は必要だし、そこでの擽り方を考えるのは正当な活動なのだと想いました。

広告代理店はクライアントの商品を売り込むために必死に働き、営業・宣伝は"努力"なのだと想います。では何故"広告は悪"だと想ったか。それは営業・宣伝されるプロダクトが、質の面で広告で推されてなく売れてないモノより質が低く感じるからでしょう。

実際、私も90年代にTVの音楽情報がTKプロデュースで埋め尽くされたときは"小室ウゼー"と想ってましたし、AKBなんかは最悪で、初期の頃、可愛くもないメンバーが週刊誌のグラビアを埋めたり、或いは音楽番組の"枠"を埋めたり、握手券チートでCDランキングを詰まらない曲でハッキングしたりするのは、明確に邪悪だと感じてました。

宣伝担当や営業担当が全精力でハイプを仕掛けてくるのは必要悪として、そこでメディアの人間が"質"を見抜いて自分の媒体の"枠"に載せるかどうかが最も重要で。

それは逆の意味でも大事というか、小室楽曲はいいのも多かったし、最近だと『君の名は。』をキネ旬が無視せずに年間ベストに組み入れた方が価値観の流布としても効果的だったと感じます。また私はもう坊主憎けりゃ袈裟まで憎いレベルになってますけれどもAKB系でもいい曲は良い曲なのでしょうし、N.E.5.5. / The Choice Is Yours × サイレントマジョリティなんかは面白いですしね。

すべて是々非々に"正当に質を評価する目利き"こそメディアが信頼されるポイントだとすれば、コンテンツと広告がごっちゃになるのは悪で。
そうしないと製作費が捻出できない現実の事情はありながらも、"枠が買われる"自体になると指標が指標として機能しない悪循環が起きます。

冒頭で"あーこれアドだと、アド(嗤"としたのは、広告なのに広告じゃないように装っているから。
今の時代は"自然を装った作為"を嫌いますから、寧ろ広告は<広告です!>と"作為"を主張した方が信頼されるのではとも想うのです。

私自身の中では広告の見え方は変わりましたが、広告屋が「最近の客はノリが悪い」というのは阿呆な発言だなと想うし、今の時代に"躍らせる広告"の革新が社会企業的な方向も絡んで起きたらいいなぁと想います。

今はWebで拡散が起きる時代ですから、「マス&個人メディアが取り上げたくなるプレゼンテーション」が現代の広告技術の指標になるのだろうなと想う次第です。

cf.
KIRIN「一番搾り 熊本づくり」を全国発売 売り上げ1本につき10円を熊本地震の被災地の復興支援策に活用

【イタリア地震】サイゼリヤが一部のパスタ「399円のうち100円」も寄付する赤字覚悟の復興支援を発表
by wavesll | 2017-01-12 01:57 | 小ネタ | Comments(0)

他者から見た面白さは、いらない? / メディア(BlogやTwitter)をやる意味って何?

"成熟"みたいなことをやれこれ考えてみるにという文章を先日書きました。

そこで”成熟というのは野郎同士の稚気な狂い競争から、真っ当で実直な人間になっていくこと”みたいなことを書いたのですが、ちょっと想起したのは"面白い人間であることは必要か"というテーマがあるなということで。

このBlogを始めた19才の頃は、阿呆まっしぐらな大学生で、人生をネタに生きていた気がします。まぁ今から考えたら全然低レベルなのですが、Xmasに野郎二人でお台場の観覧車に並んだり、ねずみ講の勧誘にノコノコついていってレポしたり、実録!渋谷でスカウトされたよ顛末記なんてのを書いたり。

上がり下がりありましたがこうして今もBlogを書いているのは書き始めたころから"内輪受けにはならないようにしたい"と想って書き続けていたからかもしれません。

内輪の楽屋落ちみたいな内容というよりも、他者がみて少しは見甲斐があったと想えるような、面白味がある内容を書きたい。そう思って、最初は個人ニュースサイトとして始めて『教科書には載らないニッポンのインターネットの歴史教科書』に載ったりして、ガンガンに更新してました。毎日数時間費やしてw

ただ、大学を卒業する頃に、"やっぱりニュースだと『自分の記事』という感じがしないなぁ"と想ったのと色々あったりしてばっさりそれらを削除し、それまで書いていた日常に想起したことや、最近書いているような音楽だとかアート、旅の記事をメインとしたサイトになってきました。

それでも、こういうサイトをやっていると『自分で作品を創らないの?』とか言われます。悪友からは『クリエイティヴィティがゼロ』ともwそういうのは"キュレーションメディア"に私自身も感じる手抜き感というか、「あいつ楽しやがって」というやっかみなのだとか、単純に価値が感じられないのだなぁと想って、"なんだあの野郎、もっといい記事書いて認めさせてやる"と発奮したりします。

その上で"自分自身が人から『面白い』と想われることは自分自身にとっては価値があるのか"みたいなことも考えたりもするのです。<表現を世に出す労力を払うよりも、"面白さ"なんていう必須でない事に精を出すよりも、自分は仕事で金を稼いで表現を金なり時間なり払って楽しむ方が楽しい>と想う人もいるだろうし、実際、文化が生きるのには金が必要なのは事実。金を払わない人は客ですらないです。また私自身が楽器を習得するなり絵を描くなり、或いは物語を書いたりしないでこうして個人メディアをやっているのも、言ってみれば"メディア"という消費と創造の狭間をやりたい、まぁ言ってみればいいとこどりをしたいみたいなところも正直あるのかもしれません。実際、数字上は羅列型ニュースサイトをやっていた頃の方がいい数字が出ていたし、質は兎も角生産量を考えると集客アヴェレージとしては創造<媒体だと想います。

このサイトも、元々がニュースサイトというのを(自分内での)隠れ蓑に、仕入れた素材をばっと出すだけ、みたいな記事もあるし、この記事のように新聞でいうところの社説というか、論考が入った文章もあります。Webにモノを書くことは生活の一部でこれがないとリズムが狂う位の、或いは記したエントリや呟きは半ば我が子の様な愛情が我ながらあります。まぁ過去の自分が焼き付いていて時に"これはないw"と苦笑せざるを得ないときもありますが。

あと、それこそ学生の頃書いた円と棒でみる日記・blog・個人ニュース・新聞で当時思索したように羅列型総合ニュースを止め少しばかり手を入れた記事を書こうとすると、どうしても内輪受けというか"クラスタ内部ウケ"になってしまうなぁとも思います。

Twitterでは趣味・モノコトで繋がる気がしますが、Facebookなんかで自分の守備範囲外の趣味のこと書かれると"ほーん"という返ししかできなかったするみたいに、学友やリアルな繋がりだと趣味のコアな話は敬遠されるというか、どう面白がればいいかがわからない、逆に言えばそういう一般層向けではなく、好事家しか楽しめない、みたいな感触が今の鴎庵には多少あるかなと想うのです。

かといって、まるで氾濫するラヴ・ソングみたいな最大公約数のことばかり書いても面白くないですしね。趣味で繋がれない友人と会話に困ると女話や共通の悪友の悪口に流れるのですが、どうにもこれが嫌で。何らかの光る刺激が受けられる話ができればいいのになーと想ったりするし、だからこそBlogでは私が想う"何らかの光る刺激"を書こうとはしています。

その上で、最近思うのが"他人から見て面白いことに価値はあるのか?"みたいなところなのです。
例えば自分でスポーツをすれば、プロフェッショナルなレベルでなくとも面白い。或いはそれこそ恋愛なんて、他人からみてどうだとかは全くの無意味な話で、寧ろ恋愛の話を他者への見世物にするみたいなのは大切な何かを穿き違えた話だなと想えたり(ちなみに芸能人の恋愛スキャンダルを報道するのも不愉快だなと想います)。

"お客様"として外部で鑑賞するのではなくて自分自身がプレイするようになれば、少し出来ただけでもかなり楽しい、寧ろ他人から見た評価なんかおまけ、みたいな感覚になれるのかもしれないとも想うのです。労力がそのまま価値となるマルクス的な世界がそこにある気がします。DIYで"自分がやる眼"でみれば、他者や環境に対して本当に大きな畏敬の念が持てるし、引いては"神様ぶったお客様"から脱して日本のブラックな環境をどうにかできるかもしれません。

"みられる自分"を意識することはエデンの蛇が食わせた林檎のようなものかもしれないなとも想います。承認欲求の肥大がグロテスクな様相を示しているのは現代日本の一つの景観で。

そんな中でメディア/ブロガー/記者とは?みたいな事を考えることは意味があることだと想います。Internetによって創作者と観客が直で繋がれるなら尚更。今、羅列型ニュースサイトなんかはクロールがほぼ自動運営されていますが、AIが記事を書き始めているというし、メディアこそ"何故ヒトがやるのか"を考えないと泡と消えるのだろうなとも想います。

一つ想うのは、やっぱり最終的には”その人そのもの”が重要なのだろうなと。例えばニュースアンカーの人格というか。ストレートニュースに"感想"は要りませんが、滲み出る人としての匂いがシステムに対する人間の矛なのだろうと想うのです。人工知能「東ロボくん」が“東大入学を諦め”たのは、英語や現代文の文脈を読む力が分からなかったからだそうです。少なくとも現状では「物語・文藝・文脈・調査報道」のようなものはAIに喝破されていないのだと想いました。

と、同時に、メディアなり、これはアートでもジャーナリズムでもいいのですが、一番の動機は「自分のみたい/読みたいモノを創りたい」からだと想います。単純にやっていて楽しい。その楽しさがBlogを続けてこれた理由だし、内輪受けは厭だといいながら鴎庵の最大の読者は自分自身だと想います。この"私"という装置、選別と推敲の感性や、創ることで楽しさが出てくる生物の資質がヒトがAIに侵されないサンクチュアリなのかもしれないな、なんて最近思っています。

趣味に"意味"を求め始めたら結構ヤバくて、趣味の最大の意味は楽しさに尽きる。"みられる"のは"みたい"から創始している。そう想うのです。BlogやTwitterは競技でもないですが技術を自分の中で更新して内輪受けでない記事を書いていきたい、なんつー意識高いこと言っとる間に筆を動し取材しろっすね。 しかしサイト論て究極の内輪ウケだな(苦笑
by wavesll | 2016-11-27 10:27 | 私信 | Comments(0)

家事をしながらRadiko Time Freeで聴きたい音楽番組 +Alpha



フルタイムで働いて、土日もフルで遊ぶとぐったり疲労が蓄積してしまう人間なことにようやく気づきつつある今日この頃です。
運動とかで基礎体力を増やすのも必要かなと思うのですが、土日のうちの一日はぐっすり寝て半日くらい溜まった家事とかするのも心地いいですよね。

そんな家事をする時間を楽しくするのがラジオ。溜まった洗濯物干しやら掃除やら、或いはご家族で暮らしている方は毎日4,5人分の食器を皿洗いされる主婦(夫)の方もいると想います。ラジオをかけると、そんな"作業"をわくわくさせてくれるし、音だけだから目は集中できるしいいことづくめ◎

十月からRadikoはタイムフリー機能が実装され、放送から1週間はいつでもストリーミングで聴けるという最高なサーヴィス、今ラジオが熱い^^

そして他の作業をしながらならばトークより音楽系の方が聴き流せていいかなと。そんなわけで今回はRadikoで聞ける首都圏のお薦め番組をご紹介。家事を済ませてそのままRelaxing Timeへ入れるような良番組をお届けします。

オーディナリーミュージック (TBSラジオ) 日曜日&月曜日 早朝4:00-5:00
番組がお送りするのは、「オーディナリーミュージック=日常の音楽」。

番組のキュレーターであるカジヒデキさん、曽我部恵一さんが、毎回、様々なジャンルの方に選曲を依頼。その人が選ぶ、“普段聴いている音楽” “いつも流れていたらいいなと思える音楽” “日常いつでも聴ける音楽”を1時間きっちりとお送りします。
この番組があったことからこの企画を考えました。楽曲セレクターにはトクマルシューゴやMOROHAアフロ、鈴木恵一など素晴らしいミュージシャンたちが。

ソウルフラワーユニオンの中川敬。トラッドなグッドミュージックを聴かせてくれたりも。今後もシンリズム、シャムキャッツ夏目。そして、かせきさいだぁ、スカート澤部、cero高城とNiceな目の付け所で楽しませてくれそうです◎InterFMでやっていた『Pirate Radio』や『The Selector』が好きだった方にはたまらない番組だと想います。

SONAR MUSIC (J-WAVE) 月曜~木曜23:30-25:00
現場でしか体感できない臨場感あるサウンド、インターネットでもたどり着かない最新の音楽や独自のミュージックチャート、音楽の裏側から聞こえる生の声を元に、今聞くべきフレッシュな音楽を発掘していきます。
というこちらもこの秋から始まった音楽番組。中でもお薦めなのが火曜。DAOKOの声/トークが可愛いのもポイントなのですが、目玉はSONAR TO NEXTというコーナー。毎回一つの大学でアンケートを行いカレッジチャートを発表するのです。カレッジチャートって案外日本に根付いてないなぁと想うのでこういう企画は嬉しい。今の若者の感性を知りたいならCheck it!

荻上チキSession22 Music Session (TBSラジオ) 火曜23:40-24:00
発信型ニュース・プロジェクト~日本の新しい民主主義のためのプラットフォーム~様々な形でのリスナーの皆さんとコラボレーションしながら、ポジティブな提案につなげる「ポジ出し」の精神を大事に、テーマやニュースに合わせて「探究モード」、「バトルモード」、「わいわいモード」などなど柔軟に形式を変化させながら、番組を作って行きます。 あなたもぜひこのセッションに参加してください。
というこの番組。私はリベラルのニュース観点をこれ、保守のニュース観点をニッポン放送ザ・ボイス そこまで言うか!でチェックしているのですが、このSession22、音楽コーナーが結構よくて。以前はミャンマー音楽特集とか、クワイエットミュージック特集をやったりしていました。今月から始まった火曜23:40からのMusic Sessionも良いです。20分になってもJazz The New Chapterの柳樂光隆さんが最新モードを聴かせてくれるなどクールな音像を届けてくれています。

Tokyo Moon (InterFM897) 水曜23:00-24:00
『ふと耳にした音楽がその人の人生を大きく変えてしまうかもしれない…。』 日本のクラブカルチャー創世記の礎を築き、今もなお変わらない速さで音楽シーンを揺さぶるDJ・ブロードキャスター、松浦俊夫。日本発でありながら、世界水準で瞬間瞬間を切り取る、類まれなる才能に恵まれた彼が、InterFMから送るプログラム。"
我聴東京乃月。もうずっと聴いていて、一番好きなラジオ・プログラム。心地よいJazz & Crossoverを届けてくれます。松浦俊夫さん自身もUnited Future Organization / Loud Minority等の名曲を生み出しClub Jazzの一時代を築き、現在もHEXのディレクションやDJとしての活動など活躍されています。何よりこの番組の落ち着いて心から寛げる空間を創り出す選曲、ぜひ味わって頂きたい。

JAZZ ain't Jazz(InterFM897) 水曜22:00-23:00
DJ、プロデューサー、さらに「KYOTO JAZZ MASSIVE」としてのアーティスト活動も行う“クラブ・ジャズ・シーン”中心的存在の沖野修也が、番組が考える「現代のジャズ」の魅力を様々な角度から紹介。何となくジャズが好きな人、また「ジャズって何?」という 全くの初心者リスナーにも、それぞれに新たな発見が必ずある1時間。
InterFMの水曜はこれとTOKYO MOONで心弾む音楽充な日。昔はこの後ジャイルス・ピーターソンも流れて最強の3hだったなぁ。レア・グルーヴから、今の感覚で選りすぐったジャズまで快い楽曲をかけてくれる好番組。

菊地成孔の粋な夜電波 (TBSラジオ) 金曜深夜24:00-25:00
今夜もホストと客の痴話げんかを横目に、野良犬とおにぎりを分け合って散歩を楽しむ。そんな菊地成孔(音楽家/文筆家)が、ゆるゆるなトークとAMではめったにかからないビューティフルな音楽で、この国に粋な夜電波をピピッとお届けします。話すテーマは、音楽、映画、ファッション、都市論、格闘技、料理、時事ネタ、などなど・・・近頃、甘口のラジオが多いとお嘆きの貴兄に捧げる60分。
毎度おなじみ流浪の番組、ハイカロリーな衒学風味の喋りと極上の音楽を味わえる愉しみ。紹介する音楽もJazz、Funk、Soul、Hiphop、Pop、World etcetcと多岐にわたります。

「ヒップホップコリア: 韓国語ラップ読本」の著者・ヴィヴィアンさん(鳥居咲子さん)、SIMI LABのOMSB、Moe and ghostsのMoeさんを招いて韓国ラップを大特集。OPでは恒例となった(菊地さん、OMSB、Moeさんによる)オリジナルラップも披露があったり、アルゼンチン・ジャズ特集が行われたりしています。

JUN THE CULTURE (J-WAVE) 土曜14:10~(Seasons内)
時代をクロスオーバーする藤原ヒロシの選曲&監修でお届け。ミュージック、ファッション、カルチャーが有機的に結びつくプログラム
ちょっとブレイクでミニ番組を。藤原ヒロシによるカルチャートークと選曲でワールドワイドでラグジュアリーな時間を過ごせます。トークは番組サイトに文字起こしされるので、それだけでも面白いですよ、選曲もいい感じ^^

ORIENTAL MUSIC SHOW (J-WAVE) 金曜深夜26:00-26:30
中東、南アジア音楽のスペシャリスト、サラーム海上がナビゲートする、COOLなオリエンタルミュージックとリアルな現地情報とで綴る30分。「オンエアでもネットでもなかなか出会えない!」ここだけ感満載の音楽プログラム
NHKFM音楽遊覧飛行でもおなじみサラーム海上さんによるコアな中東音楽番組。"トルコの椎名林檎"が流れたりw最深夜のエキゾ・クルーズ、Radikoタイムフリーで聴く愉しみを^^

NIPPON EXPRESS SAUDE! SAUDADE…(J-WAVE) 日曜17:00-18:00
健康、乾杯のあいさつをあらわす言葉「サウージ」。懐かしさ、郷愁、人恋しい想いをあらわす言葉「サウダージ」。
この2つのポルトガル語をキーワードとして、ブラジルをはじめ、フランスなどのヨーロッパ、そしてラテンアメリカをめぐる音楽の旅にご案内します。
J-WAVE開局当時から続く定番プログラムです。
常に快い音楽を奏で「お・お・て・な・し」をしてくれる良番組。年末はリスナー投票によるその年の「ブラジル・ディスク大賞」が行われるのでますます聴きものです◎


LHR - London Hit Radio- (InterFM897) 日曜15:00-17:30
最新UK Hitsをはじめ幅広く、厳選された上質なUK音楽とともにUKの空気そのままに週末を彩る3時間。 英国紳士DJ Guy PerrymanとUK在住経験を持つ加藤円夏が、数々の豪華ゲストインタビューやUKファン必聴の耳ヨリな情報を交えてお届けします。
日曜の昼下がりを心地よく彩ってくれる良質音楽プログラム。昔帯番だったころからのファンで、こうしてRadikoタイムフリーで聴きやすくなって嬉しい限り。ガイさんのミックスも素晴らしいし、円夏さんの「チャオチャオ」には萌えますw

荒井商事 presents World Music Cruise (InterFM897) 日曜21:30 - 22:00
世界各地の都市を、その土地の音楽、情景、言葉、観光など様々なカルチャーの紹介と共にゆったりとクルーズします。お相手は、音楽評論家、関谷元子。日曜日の夜、新しい音楽・土地との出会いをゆったりとお楽しみ下さい。
というゆるりとした世界音楽クルーズ、いい時間を過ごせます。最新回は月に一度の「特別編」。クールなコーラスから厳かなコーラスまで世界のコーラス・グループを聴かせてくれます。

山下達郎のサンデー・ソングブック(TOKYO FM) 日曜14:00-14:55
山下達郎の個人コレクションを使って発信される日本最高のオールディーズ・プログラム!!
いわずと知れた老舗。達郎さんのサンソンのために楽曲にマスタリングし放送するというこだわりには脱帽。「棚からひとつかみ」ではご機嫌な音楽がかかる、聴いてると幸せにゆるりとできる好番組です。

DOMMUNE月曜~木曜19:00-24:00
アーティストの宇川直宏が2010年3月1日にDIYで開局した、日本初のライブストリーミングスタジオ兼チャンネル。
番組は月曜~木曜日にかけて平日毎日配信され、国内外の様々なゲストを迎え開催される19時から21時のトーク・プログラムと、世界各国のDJやミュージシャンが演奏する21時から24時のミュージック・プログラム(BROADJ)の2部で構成されていて、日本だけでなく、世界でも圧倒的な人気とビューワー(視聴者)数を誇っています。
インターネットで気軽に見られるのはもちろんのこと、出演者の「生」の表情をDOMMUNEスタジオで体験することもできます。
Radikoではないのですが、平日の夜をコアな音楽/カルチャー漬けにしてくれるサイコーなプロジェクト。私は一度スタジオに行ったことがあるのですが、物凄いタイトな空間で、音も良くて楽しめました。国学院のあたりなので渋谷駅からも恵比寿駅からも表参道駅からも遠いのが難点ですが。タモリ倶楽部でも取り上げられた『デスメタル・アフリカ』もDOMMUNEの方が早かったし、『ヒップホップコリア』も早かった。先端感を愉しめます。最後まで現地にいると終電逃すので専らWeb Streamingで楽しんでおります◎

桑原茂一のPirate Radio金曜23:00-24:00
映画をつくるように、
ダンスミュージックをつくるように、
ガラスをぶち割るように、
私はラジオを作る。
桑原茂一のPIRATE RADIO!
私がラジオで音楽を聴く喜びに目覚めさせてくれた番組。ずっとInterFMでやっていたのですが、今はMixcloud上で番組が配信されています。

スネークマンショー仕込みのラジオ・コントあり、そして純粋にグッドミュージックをかけ続ける選曲。ダークな昭和歌謡からロック、ソウル、ファンク、そしてエクスペリメンタルでエクスクルーシヴな楽曲群、毎週金曜23時に配信開始され、Twitterでは配信と同時に"#ckpirate"といタグで実況で楽しむクラスタも愉しい。過去にはMELONの中西俊夫さんLIVE音源を含む特集などもありました。とびきり格好いい、そしてユーモアのある大人の社交場に入り込む気持ちです。

Radiko タイムフリーによりますます面白くなっていくWeb Music Life。Radikoプレミアムに入ると全国のラジオ局が聴けるとな!!京都のα Stationとか気になるんだよなー。でも聴ききれないし…悩ましくも家事がはかどる晩秋の週末です。
by wavesll | 2016-11-25 09:23 | 小ネタ | Comments(0)

百鬼も活きられる世の好い加減さを。渋谷ハロウィンの喧騒から。

ピコ太郎「PPAP」×YMO「Solid State Survivor」



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さて、昨日はハロウィン。私も何か気の利いたことをしたいと新宿の信濃屋で仕入れたパンプキンビール呑んでいい気分になってました。

そして行ったは渋谷。実は渋谷ハロウィンは一昨年、去年に次いで来るのは3回目。今年は金土日月と車両を止めて歩行者天国を実施するなどしていましたが、週末はイマイチ盛り上がりに欠けるというか、仮装勢が少なくて、私を含めて見学者ばかりな感だったので”渋谷ハロウィーンもフェーズが変わったのかな”と想っていたのですが、31日の本番は流石の盛り上がり。PPAPで騒ぎ、センター街はゾンビにあふれて、外国人も超楽しそうでかなりのハッピーハロウィンなひと時を過ごせました。

一昨年の渋谷ハロウィンはめちゃめちゃ楽しくて、去年は混雑が酷くて楽しむどころではなかったのですが、今年はギリギリアウト位の塩梅だったので愉しめました。土日とズレたのと歩行者天国でスペースができたのが良かったのかもしれません。

私自身は渋谷のハロウィンの騒ぎはたとえ広告代理店が煽った部分はあったにせよ、主催者の無い野放図な祝祭とヴォランタリーでスペシャルな空間としてかつての桜木町高架下のグラフィティのようなストリートのリアルなファンタジーを感じて好きなのですが、Webなんかを検索すると怨嗟の念が渦巻いていて。

2chなんかはネガ意見ばかりだし。あそこのメイン層40代50代の男性だから小言は多くなるのはわかるけども。Twet検索でもコミケコスプレ勢の人達?が「あんなルール無用なのと一緒にして欲しくない」とのこと。ううむ。

人は誰でも自分とは異質の他人が調子乗ってるのは癪に障るところはあるし、リア充的な傍若無人な態度は渋谷ハロウィンにはあるかもしれず、ハロウィンでコスプレしてるウェーイ勢が「コミケ?コスプレイベント?ヲタキメェw!」なんてのがあったら唾棄すべきだなとは想います。ゴミや痴漢問題は改善すべき課題なのは確か。

とは言え普段「若者のXX離れ」なんて言われてしまう彼らが弾けている現代のユースカルチャーとして、そして原宿、表参道、中目黒、代官山、恵比寿といったエリアの中で最近文化発信地として磁場を失ってきている感のある渋谷の新たなウリとして、渋谷ハロウィンは続いていってほしいなぁ。桜木町のグラフィティは横浜市が関わって終わったけれど渋谷行政は上手いことやって欲しいものです。90年代の渋谷はどこか怖い街というか、あの敷居の高さが"ヤバさ"に連なっていた感がある気がします。街に色を付けて強度をもたらすのは惹きを作る意味ではいい選択だと想います。

それにしても、何でもかんでも全て褒め称えればいい訳でもなく、渋谷ハロウィンには若者が溢す問題点もあるけれど、目の敵のように叩く輩は残念というか、中には「秋葉原みたくトラックで突っ込め」なんて書き込みもあって。相模原の事件みたいにそういうのが影響して誤った正義感を振りかざす狂人が出てきたらどうするんだ…!?と想ってしまいます。

そもそも、そういう人は渋谷に行かなければいいだけの話で。自分と関りがないのに悪辣な意見を書いて怨念を滾らせるのは、まるでフジロックのタイムテーブルで好きなのを観ればいいのに自分が嫌いなアクトが一ついるだけで文句を言うようなメンタリテというか。

想うに“共存”とは“棲み分け”で、総てを均一化することでないのだと想います。己が気に入らないモノが社会に存在することを認め、距離を置く姿勢も大切で。勿論人倫に悖る行為は法で定め、規制する必要がありますが、多数派が少数を圧殺すると(たとえそれがウェーイなノイジーマイノリティでも)ファシズムとなってしまいます。

この国はマナーの領域に物凄く煩い割にはイジメなんかの法律で対応すべきところをなぁなぁで済ます処があって閉口します。本当に規制したければロビー活動をして法に訴えるのが筋かなと。とは言え今は渋谷で騒げているので、強者は渋谷ハロウィン勢ですから逆に棲み分けすべきなのは私の方で、2chやら何やらでガス抜きしている処に首を突っ込むのがいけないのだと今気づきました(苦笑 また繰り返しますが自浄でやるにせよ行政がやるにせよゴミと痴漢は解決すべきだと想います。

昔は「人種の坩堝」なんて表現がありましたが、最近は異質なものを融かしていくのではなく各人種が個性を保ちながら共存することを指すために「人種のサラダボウル」という表現を使うようです。

現代はインターネットで全世界がフラットになって、日本国内での叩きどころか国際的な"常識"を押し付けてくる欧米の輩などもいますが、無機質なグローバリズム(という名のダブルスタンダードな価値観の押し付け)には自分は閉口です。

寧ろ理想の治世というのは、ある人には不快に思われるような自由も存在できるような、或は複数の価値観が共存できるような世界。そしてこれは逆に生まれた土地に縛られず自分の合う場所へ自由に行ける世が来たら一番いいのにと想います。

とはいえ此れは世界で有数の安全がある日本社会にいるからこそ言えることで。更には渋谷でハロウィンで騒げる時世ですしねw渋谷ハロウィンもいつまで今のような形で開けるかは闇の中ですが、好い加減に馬鹿やれるような世を今は愉しみたい、まぁ神無月でカミサマ達が出雲に行っちゃってるから百鬼がわんさか現れちゃった、みたいな感じで御目零ししてもらえれば幸いです<(_ _)>

海外「日本のほうが楽しそう!」渋谷ハロウィンのクオリティの高さに海外から羨望の声(海外反応 キキミミ)
by wavesll | 2016-11-01 20:29 | 小噺 | Comments(0)