Amuro Namie | "Wild"
まー、なんだろな。色々思い返してみると、昨年からの流れは、
情報の非対称性がもたらした悲劇な気がする。
KESSのような場や、社会。特にWebコミュニティでは『みせたい自分』しかみせないから、観てる側とすると『理想の彼ら/彼らの理想』しかみれないわけ。実際にはダメなところもあるのが普通じゃん。でもそーゆーのは<普通の人達>はみせない。たまに俺みたいな自分のダメなところを惜しげもなく晒す感じの人も要るけど。
逆に言うと、俺はあまりにダメなところしかみせなかったから、観てる人は<ダメな人>って期待で視てたんだと想う、俺が彼らを<カッコいい人>とみてたように。そこら辺が期待通りに動かないと、どーにも不愉快な気分を味わってしまうんじゃないか。ヒトって生き物は。
日本人は見栄張りで凝り性だから、自分の専門分野についてはとことん突き詰める。恥をかかないように。プロフェッショナル集団だ。或る意味上座部仏教のように個人としての悟りを目指すタイプかもしれない。
ところが、<他人様はヒトサマ>って感じで、他者に関わろうって感じがあんましないんだよなー。その結果スポーツでも、産業でも、政治でも、国際社会の<ルール創りのフェーズ>で
Leadershipをとるのを極度に嫌う傾向にある。つまり一旦決められたRuleの枠内で最大限の
Performanceを出すことには長けているけど、そもそもの新しい
OperatingSystem部分を創るのは苦手杉る傾向にあるように見受けられる。
で、結局何をするかと言えば、お金で解決。お金で解決。
お金は何にでも交換できるようにみえるし、実際自分が働いた結晶だから、交換するのに便利なンだ。
でもさ、お金じゃなくて、話し合いで解決できることってたくさんあると想う。挨拶や交渉や討論、Brainstormingで、Communication、時には喧嘩でSolutionへ導くことって可能だし、それができれば実際問題、お金なしでも生きていけることは可能なのかもしれない。Moreover,べしゃりができて金もあれば鬼に金棒janaicca。
ようは、そーいう手間、クロウこそが
『人間活動』なんだと俺は思うんだよ。ヒトの動物としての
本能が、<ヒトをヒトとヒトのあいだ=人間>に一させてると思うんだ。
Perfume ナチュラルに恋して