HardCoreなものを受け止められる社会

スピッツ 渚


ポスティングやってると、ポストって色々な形式があるなぁと想。それでもまぁ大体4typeくらいにわけられるけど。

マンションなんかは一カ所にポストがあって一気に配れる。
戸建はいちいち門とかまで入らなければならない場合もあって、めんどくさい。
犬なんかもいたときなんか、かなり配るのがきついw
中には<チラシお断り>と書いてあるポストも有り、これには配らない。SPAMになっちゃうからね。

チラシを配るという行為に伴うく苦労や心理的障壁が、ポストに纏わる環境によって異なるなぁと想った。

ちょっと思い出したのは、年始の朝生で、東が、エロ漫画規制の都条例に関して「昔みたいに草叢に落ちてるエロ本をようやっと拾ってエロをみれるというような距離の保全はすべき」みたいなことを言ってたことだった。何も完全に表現を法で禁止しなくとも、或る程度のバッファをもたせることで自由と安全を両立させられるのではないかと想。

世の中に出ているもので、マジョリティが楽しむものってたいがいはPOPなものだ。多くの人は甘ったるいものしか興味がないし、そもそも楽しめない。苦みや辛みは、社会から取り除かれようとされている。

しかし一部の冒険心に溢れる青少年や、感受性の鋭い表現者にとってはその<Hardな痛み>こそが生きる源となってる。そこを取り除いてしまうと、世の中の藝術がまるでFORTHを失ってしまうと想うし、社会としても甘ちゃんばかりで、弱体化してしまうと想。やはり一部の人間はHARDCOREを求めているんだから、そこを禁じることは許されない事だ。

でも、HARDCOREなものがPOPな社会からすぐにアクセスできるというのも危険な気がする。一部の<覚悟のあるもの>だけが辿りつける場所に配置すべきだと想。それはアジールであったり、都市の深層であったり、自然の奥地であったりだ。<バカにみつかる/理解される>とその手のFORTHは狂気/凶器になるから。

星は天空に位置するからこそ美しいと鑑賞できる。これが近すぎたらイカロスでなくとも燃え尽きてしまうから。


イースタンユース ギラリズム夜明け前
硬直した感受性は泣かない
くたびれ果てた感受性は泣かないもんだ
寄り集まって 慰めあって 文殊の知恵を手に入れた
老成して 出来上がって 立派な知恵を手に入れたって

それがなんだろう?
それがなんだろう!
汗が冷える 夜明け前

あれがこうなったらいいのになぁ
これがああだったらもっといいんだがなぁ
そんな訳がねえだろうと科学的な検証だ
そんな訳がねえだろうと現実的な訓戒だ

それがなんだろう?
それがなんだろう!
汗が冷える 夜明け前

帰ろう帰ろう 俺に帰ろう
たぎる想いもそのままに

ああ 遠すぎて見えない
ああ 近すぎて気づけない
遠すぎて見えないからって見ない訳にはいかない
近すぎて気づけなくともそれでいい訳ぁねえだろう
さあ もっとくれ!もっとくれ!
もっと!もっと!もっと!

それでいいんだよ!
それでいいんだよ!
ギラギラしてる夜明け前

帰ろう帰ろう 俺に帰ろう
たぎる想いもそのままに
by wavesll | 2011-02-05 00:31 | 小噺 | Comments(0)
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