如月の人と人の生活。 - 『ブルーは熱い色』と『そして父になる』

先週の日曜、文化庁メディア芸術祭の最終日に行ってきました。

本当はコレが見たかったのですが、既にパフォーマンスは終わっていました。。ただ、スライムシンセサイザーとか、コマを使わないヒカリファイバーで記録した映画だとか、結構面白い展示が多くて良かったです。しかも無料とは!ちょっと込み合い過ぎていたけれどもなかなか良かったです。欲を言うなら、開館の前と閉館の後に、有料のプレミア開場をしても、お金払ってでも見たいという人は結構いるかもなと思いました。何しろ展示によっては体験に40分待ちとかありましたから。

そして今年閉館してしまうことが決定しているシネマート六本木の第二会場にも行ったのですが、そこにメディア芸術祭のマンガ部門の作品が置かれていて、人を待つ間途中まで読んだ『ブルーは熱い色』が非常に良くて、友人の披露宴の帰りに蔦屋で借りた映画版を今朝みていました。

La vida de Adèle (La vie d'Adèle) (The Life of Adèle)


レズビアンを描いた作品ですが、アデルとエマの弱さと強さは普遍的で、心を打つ恋愛物としてとても印象的な作品だと感じました。アデルが少女から大人の女性へ変わっていく、甘苦いフレッシュな映画でした。

映画と原作漫画は少なくともある一点が大きく変わっていて、映画の原作漫画の膨らませ方、切りとり方は非常に上手いと思ったので、映画→漫画とみても、漫画→映画とみてもいい作品だと思います。膨らませ方でいうと、最初にできるトマとの会話や、高校での文学の授業なんかの台詞回しが、作品を立体的にして一本線が通していると思いました。映画は漫画のエピソードすべてを描いているわけではないので、是非原作漫画も楽しんでもらいたいです。自分もたぶんバンドデシネ買うと思います。

勿論レズビアンであることの葛藤は非常に大きなエピソードです。それはマジョリティからマイノリティになることの孤独さ、"まとも"だと思っていた自分がそうでないことの葛藤は文学になりますね。

ゲイカルチャーの持つ底抜けの楽しさは、翻せばそうでもしないと補えないくらいの生きる上での辛さを顕しています。蔑視であったり嗤われる対象であることにより傷つけられた心を癒すための超回復が、ハウスミュージックであったり、ゲイパレードであったりするのかもしれません。

と、同時に、この間高校の友人と「twitterに嵌っている人は現実が楽しくないんだろう」みたいなことを話され、その時「twitterの向こうにあるのも人間だし、あれもまた現実の一部なのだよ」と答えたのですが、今自分も同じようなことを同性愛の人に対して書いていますね。

『自分の可知範囲が"常識"である』という態度は、非常にいただけないなと思っていたので、これはいけませんね。と、同時に図太く図々しく自分がまともだと疑わずに生きている人は、強いなぁなんて思ったりもします。そういう満たされた人には、尖った作品は必要ないのだろうな、なんて生き方の違いも想わされ、自分はアデルやエマの様な、安定していない具合の人間として、渇きを抱えながら生きていくのだろうなと思いました。


そういえば『アデル ブルーは熱い色』がパルムドールを獲得したカンヌで賞を獲り、スピルバーグが激賞した『そして父になる』、こないだテレビで放映されていたのをみました。

あの映画で出てくる福山雅治の人物像も、強い人間でしたね。きっと全力で走り続けてきた自分の成功も失敗もすべてひっくるめて受け入れられてきた、強い人間としてみえる人。それに福山を合わせるのは上手いし、それ以外の尾野真知子、リリーフランキー、真木よう子、そして子役たちの演技も、本当に素晴らしかった。ってか自然すぎてそういう家族が実在しているかのような説得力がありました。

自分はこの映画を見ていて、本当に身につまされるというか、自分自身がガキで恥ずかし事ながら学生時代はそういうのをいじられのを甘受していたことでしみついた幼稚さから、子どもに朗らかに大人として接することができないのです。30にもなって、未だに大人になれない自分の駄目さ、硬さが、福山の父になれない情景と重なって、冷静に見ていられませんでした。

ただ、福山の様な仕事で結果を出している人間が、全く人の心を考えられない人間というのはちょっと違うかなとも思います。お金を稼ぐというのは、顧客の心を想像することであるでしょうし。まぁどちらかというと彼が今まで勝ち続けてきたという事が大きな部分かもしれませんね。

『アデル ブルーは熱い色』でも、家族からの影響がアデルとエマに繋がっている描写がありましたね。昨日友人の披露宴に行った身としても、人にとって、生きてきた家庭がその人に大きな影響を与えるのだよなぁと、改めて思わされました。人に家族あり、繋がりに歴史あり。

『団地ともお』のお父さんでもそうですが、父というのは世帯の大黒柱でありながらどこか家庭で所在ない位置のような気もします。腹を痛めて子を産んだ母親と違い、男は努力して実存的に父になるのかもしれませんね。その上だってほとんどは上手くいかない、私自身も父をはっきり尊敬したのは大学を出てからですから。男はつらいw

可愛がられるのではなく、可愛がる余裕、エゴから抜けて、自然に人としてのまろやかさを持つ人間に、父になれなくても、一人の大人の男に、俺はなれるのかなぁ、なんて思った如月でした。渇きを消してしまいたくはないけれども、そういう"つまらない幸せ"を掴んだ上で、渇きだなんだと言いたいと想ったり。未だに浮ついている自分は、やっぱりガキですね(苦笑
by wavesll | 2015-02-22 14:43 | 映画 | Trackback | Comments(0)
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