男性のモテオーラ(はてな匿名ダイアリー)
と
幸せな人生を送るためにあなたがいるべき「場所」は(クーリエ・ジャポン)
を読んで。
前者に関しては、確かにそうだろうなぁと思ったなぁ、集団の中である程度上位にいないと女性からは相手にされないと想う。後者も数字で話しているから、説得されました。
自分が属する集団の中での相対的なポジションが、もっと大きな視座で見た絶対的なポジションよりもその人の人間性に影響するというのはままある話だと思います。周囲から与えられるアクションも、自分が周囲に行動を起こそうとするモチベーションも、ポジション次第って、ありますよね。
昔、人間性と生まれ月に相関関係があるとしたら、幼稚園・あるいは小学校低学年での、早生まれや遅生まれによる発育の差によって生まれるクラス内でのポジションから、ロールが形成され、それが人間性に影響するのではないか?などと考えたことを思い出しました。
でも、社会出たらだいぶ楽になりますよ。まぁプライベートも職場の人間関係、なんてところや、学生時代のグループで休日が埋まるとまた違うのかもしれませんが。まぁ、楽になりますよ。個人で勝負するようになればと、集団の中でいじられキャラな人にはいいたいです。
女の子関係なく、リアルだと全然話したいことが通じない人も、Twitterで共感できる人を作れることは結構あると思います。私の場合フィールドレコーディング話ができる方と繋がれたのは僥倖でした。いわゆるリアルな人はわからないことバカにすることありますしね、特に学生だとそうでしょう。楽になりますよ。
集団の中のポジションで、自然と立ち振舞いが変わることはままあると思うし、鶏口となるも牛後となかれ、はその通りだと思うなぁ。勿論本当に能力的な限界もあるけど、『自分で設定した檻』の中に自分を押し込めて、冒険の機会を失うこと、あると思います。私はあったなぁ。今もそうかもしれないっすね。
普通はこう、とか、常識だとこう、とかが“自分の檻”なのは誤りないだろうなぁ。嫌なことはやめてがんがん“やりたいけど今はちょっと無理かも”なことをやると良いよなぁと、思ってしまいます。20代が終わった者としては。別に私も今もこれからだよなーとは想います。バガボンド的に言うと火の心って感じ。
凄い人と一緒にいると、「凄いこと」が「普通のこと」となって、水準の低い所に行けば亀仙人の修業後甲羅を外した悟空とクリリンの様に自分がいつのまにか高く飛べるようになっていることに気付くとか、色々なコネが手に入ったりとか、いいこともあるし、何より魅力的だなとは想いますが、そこら辺とは「凄いヒト達アトラクション」くらいの感覚で付き合って感性鋭くして広げて、自分が先陣切る場所を持つことは、とっても大切だと思います。或いは集団でなく、個人で勝負できる場所を見つけてナイフを研ぐのもいいかも。なんてことを思いました。
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