![]() ドイツにおいてプロテスタントが経済的な上層の地位に占める割合が高いのは何故なのか?を論の切っ掛けに、ベンジャミン・フランクリンが言うような≪「時は金なり~したがって時間を無駄にせず勤勉であれ」、「信用は金なり~他人との取引において正直・誠実であれば信用は高まり、さらなる利益を生む」、「金は金を生む~だから浪費するのでなく節約と合理的な運用が必要」≫という自分の資本を増やすことを自己目的にする倫理、「資本主義の精神」はどこから来たのかを論じます。 その結論を述べると、『天職(ベルーフ、コーリング)という観念を土台とした合理的な生活態度はキリスト教的な禁欲から生まれたもの』とマックス・ウェーバーは解き明かします。 ルターの宗教改革からカルヴィニズムが生まれ、とりわけ"神によって救われる人間か救われない人間は予め定められている"という予定説が人々に"私は神によって救われるのか否か"と常に不安定な状態をもたらし、"労働を天から与えられた職業"と考え、仕事に打ち込み神の栄光を現世に表すことに従事することによって"自分は救われている"と確信するための手段にしているとウェーバーは論じます。 プロテスタントの禁欲の教えは全てのキリスト者に対して、できる限り多くの利益を獲得するとともに、できる限り節約するように戒めます。この勤勉と節約により富が蓄積されるのです。 日本のお釈迦さまは『蜘蛛の糸』のように試しに罪人にチャンスを与えてサイコロを振りますが、全知全能なるGodは全てを見通しているはずだ、という論争。まさにロゴスの闘いというか、みな日本教なこの国にいると中々信教の実質的な影響力は感じずらいですが、海外では倫理というのは宗教から生まれえる、だからこそ異教徒・異民族と"常識"がぶつかり合う。そんな17世紀~19世紀欧州の空気を感じました。 ![]() 『プロ倫』の前段階としてマルクスの『資本論』があり、ウェーバーはニーチェの『ツァラトゥストラはこう言った』にも大きな影響を受けています。また同時代のゾンバルトとも大いに論戦を行った。そういった流れを踏まえて『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』やその他のウェーバーの論文を論じたいい新書でした。 マルクスの『資本論』は富の基本形態は商品であり、商品の価値には使用価値と交換価値があり、マルクスは価値の源泉はその商品に投下された人間の労働だと言います。 労働力という特殊な商品は、その価格(多くの場合労働を再生産できるだけの賃金)を超えて働かせることができ、その剰余価値が資本家に搾取され利潤となり投資され、生産力が拡大されていく。とマルクスは論じます。 これに対しゾンバルトは『近代資本主義』において経済のシステムを「需要充足経済」と「営利経済」に分類し、個人などの具体的な需要充足を目的とする前者と飽くなき利益を求める後者としての資本主義経済を支える精神は単なる金銭欲や黄金欲とは異なっていると提示しました。 『プロ倫』はこれらの議論を受けての書物でしたが、ウェーバーは利潤追求の精神の直接の起源がプロテスタンティズムにあると論証したわけではなく、上に書いたようにむしろ利潤を追求しない禁欲的精神態度に由来し、天職に打ち込む態度をプロテスタンティズムは生んだというものでした。 ウェーバーの思想や問題意識の源泉を彼の個人史に求めるのは彼の知性に失礼かなとも思うのですが、脚注にあったウェーバーの個人的な事情は面白く読めました。彼は1897年に神経症に倒れ、病気からの回復過程で「プロ倫」等を書きます。不安から必死に逃れるため学問に打ち込んだウェーバー、ウェーバーは親に経済的に依存している「面目ない立場」に苦しむとともに母ヘレーネからの「職業を通じて己の使命を果たす人間のみが一人前」という圧力から解放されるために論文に打ち込んだのかもしれません。「資本主義の精神」を無限の利潤追求の精神でなく「職業義務」の観念の由来から検討するという課題設定という話は面白く読めました。 カルヴィニズムから生まれた禁欲による資産形成とその運用による資本形成は徐々に宗教的な熱狂は冷めていき、ウェーバーは「宗教的生命力に満ちた17世紀が功利主義的なその相続人達に残したのは何よりもまず、貨幣獲得もそれが合法的にさえ行われるならそれでいいという、恐ろしく―パリサイ的なといってもいい―疚しくない良心であった。『神に喜ばれるのは難し』という精神は消え失せた。こうして独特の市民的な職業のエートス(精神態度)が生まれたのである」と述べています。 ここの「パリサイ的」精神とは律法や規則に拘るだけではなく、それに従わないものを道徳的に非難し自分たちの道徳基準を強制しようとする攻撃的で強圧的な態度が「資本主義の精神」には孕まれているということ。 「疚しくない良心」とそれに基づく資本主義的労働者の形成により造られた近代的な経済秩序は「鋼鉄のような檻」と化しそこに住むのは「精神無き専門人、心情無き享楽人、この無に等しい者達は、自分達こそ人類が未だかつて到達したことのない段階に到達したのだと自惚れることになるだろう」とウェーバーはいいます。とこの「末人」は『ツァラトゥストラ』に出てくるものです。 ルサンチマンに牽制され、理想であれ富であれ遠くを見据えものに挑む努力そのものに人々が倦み飽きる時代が来る、彼らはそこそこの生活に満足し、適度の刺激と健康さえあれば満足する。その点で皆平等で、そう思わぬものは狂人として排除される。彼らは自分達が知識があり賢明で、ぬるま湯のような生活が本当の幸福であると想いこむ。そんな時代が来るだろうとニーチェは言うのです。 論文の最終局面に「末人」を書いたマックス・ウェーバーの問題意識は現代にも響くものがあります。 ウェーバーは神々から召命された天職を全うする、といった精神から倫理が消え、欲望も理想もなくなる社会が来るのではと想ったのかもしれません。何にも情熱を持てなくなった時に、その世界は徐々に冷えていくのか…? ロボットが労働を代理するようになればますます人間が"働く"意味もなくなります。さらに言えばAIが人間を知能で越えるシンギュラリティが起きれば"理性"すら意義を失い半ば家畜になってしまうかもしれません。 一方で、マネーを求めるレースにより、需要充足経済の朴訥とした時代が終わり、厳しい競争時代になっているとも言えます。経済選良達が弱者に対して無慈悲性を出すのは"努力"がトリガーとなっている気も。 私自身の考えを言えば、経済活動によって神の国を造るというよりは、CERN等の宇宙物理理論を発展させていくことこそ人類の使命であり、最もわくわくする事柄に感じますが、それも"人類"の名を借りた科学振興なのかもしれません。お金を別の方向に使えば救える悲劇もあるのにとも思いながらも、ついついマネーを心躍る方向に遣いたいとも思ってしまう。 その時"人間の使命、或いは地球市民の喜びとは?"或いは個人間における"人間らしさ"とは何かを考える事こそが社会的・哲学的課題になる時代、シンギュラリティは2045年ごろやってくると言われています。 その問題意識に通じるものを百年前に描いたウェーバーに感嘆するとともに、"人間"をもっともっと知りたい、社会システムを思考するためには人間理解こそ重要なのだという気持ちが高まった読書体験でした。 俺で良けりゃ必要としてくれ CALL ME CALL ME 電話一本でいつでも呼んでくれ 後悔ないようにしとくぜ 「人間的」とは何かな 答えの数が世の中の形 何年過ぎても同じさ 人が人の上を目指し 何年先でも同じさ 「I LOVE YOU」 「I LOVE YOU」が灰になる ―YOSHII LOVINSON/CALL ME
by wavesll
| 2016-08-31 08:04
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