![]() 初端から「言語というのは各国語で交換可能な物か」という問いが提示され、興味深い。 フランス語のCiel, Boisは英語のSky, Wood、ドイツ語のHimmel, Waldとは完全には一致しないという話。 これは実は私自身も、 "「猫」という単語は日本で見られる猫から立ち上がる言葉であって、CatやGatoはやっぱり英語圏やスペイン語圏の猫から立ち上がる概念だから、それぞれ微妙に異なるのではないか" と考えたことがあって、同じ問題意識をもって読めました。言わば"猫という言語→実在する猫"ではなく"実在する猫→猫という概念"というディープラーニング方式で人は「猫」という言葉/概念を体得すると想うのです。 民族的な特殊性が言葉に現れる顕著な例として、九鬼はフランス語のEspritがドイツ語のGeistや英語のSpirit, Wit, Intelligenceと交換可能か?という問いを放ちます。これらの言葉は各々の国の民族性や風土に根差した魂のありようをもって存在している言葉、九鬼はそういうのです。 そして日本語においては「いき」という概念が、この種の民族的色彩の著しい語で、Chic、Elegant, Coquet等では完全に互換することは出来ないと九鬼は述べます。「いき」に近い感覚を形相的には西洋文化にも見つけることができるけれど、それは偶然似通っただけで、意味体験としての「いき」の理解は本質を問わなければならないと述べるのです。 そこから「いき」とは何かの語が示す事柄の説明に入ります。九鬼は江戸時代の文献などを駆使して、「いき」とは ・異性に対する「媚態」:一元的の自己が異性との間に可能的関係を構成する二元的態度 ・「意気」すなわち「意気地」:「いき」は媚態でありながら尚、異性に対して一種の反抗を示す強みを持った意識 ・「諦め」:運命に対する知見に基づいて執着を離脱した無関心。これにより垢抜けにあっさり、すっきり、瀟洒なる心持ちとなる 要するに「いき」とは、我が国の文化を特色づけている道徳的理想主義(意気)と宗教的非現実性(諦め)との形相因によって、質量因たる媚態が自己の存在実現を完成したもの。「垢抜けして(諦)、張りのある(意気地)、色っぽさ(媚態)」ということができないだろうか?そう九鬼は定義するのです。 ![]() その後、九鬼は上品―下品、派手―地味、渋味―甘味といった軸から「いき」の座標を求めようとします。「いき」は媚態であるのだけれども、派手すぎたら野暮になる、また「いき」は意気の反抗心もあるから上品すぎても違う。「いき」は甘味から渋味に至る路の間にある、と九鬼は論じています。 確かに日本人の好きなテイストって「このケーキ甘すぎなくて美味しい」とか、甘ったるさのみなのを嫌います。また媚態というか、モテたいという意味でも、あんまりがっついてる人は嫌われるというか、恋人が欲しくても出会いは自然じゃないと格好が悪いといった感じ、あるかもしれないよなーと想いながら読んでいました。 面白いのは意気・野暮・甘味・渋味・上品・下品・派手・地味を各頂点として「いき」を図示しようとしている点。この直六面体を使えば、「雅」や「乙」、「きざ」そして「いろっぽさ」等も求められるそうです。 ここから「いき」が現れる具体的事例が挙げられていきます。湯上りは「いき」だとか、横縞より縦縞が「いき」だとか。ただここら辺はそこまでピンとこなかったかな。音楽において完璧な調和よりちょっとした変位の崩しがあるほうが「いき」だというのはちょっと面白かったです。 そして結論部。 体験を味わう際、五感は独立しているのではなく混然一体となり連携する、その中で聴覚と視覚は物事の違いを分けていく働きがあり、それは感覚上の趣味といえる。趣味とは道徳的及び美的評価に際して見られる人格的および民族的色合いのこと。ニーチェは「愛しないものを直ちに呪うべきか」と問い「それは悪い趣味で、下品だと思う」と述べています。 「いき」という趣味を九鬼は「媚態」「意気地」「諦め」とこれまでいってきましたが、この結論部ではそれらの観念的分析では抜け落ちる間隙があることを率直に認めています。 その上で、外国にあるものでも「いき」に似た感覚の具体的事象(芸術作品や仕草、建築)があるかもしれないけれども、「いき」の持つ本質は日本民族に固有のものであって、海外のもので「いき」に感じるものがあってもそれは「現代人の好む何ものか」でしかない、「いき」はわが民族存在の自己開示として把握されるべきものであると〆ます。 ここの議論で私が思ったのはHip HopはNYの黒人のルールに則らなければならない、或いは日本人がロックをやるのは馬鹿らしい、といったような論点、つまりその土地固有の魂から出ずる表現や精神様態は、域外に輸出、或いは逆に輸入可能なのかという点です。 九鬼は本書の草稿を巴里において書いたそうですが、異国の地から逆に日本が照らされたこの本はしかし、未だ世界が分断されていた、世界が広くグローバル化に塗り潰される前の世の中に書かれたようにも想います。 インターネットが地球を覆い、全球化した世界で生きる先進国を初めとする若者たちは一種文化に壁など意識しないのではとも想ったり、しかしISを初めとして民族・宗教間対立が起こり、右派勢力が台頭するのを見ると人間、妥当な"自分たちの国・文化"と想える範囲が広すぎるのも辛いのだなとも思ったり。 そんな中で、共生していく為に、まず互いの異なる点を真摯に見つめて、単にそれを一面的な価値観で塗り潰すのではなく、寧ろその色合いのグラデーション、或いは粒立ちが維持されたまま共に生きる、点描のような世界像へ向けた思索の試みだったのではないかなと、私は想いました。 XXYYXX // XXYYXX // Full Album 最後に最近気に入ってる「いき」な音楽を。海外産だけどw1995年生まれの俊英が2012年に出したこの音楽、音のシンプルさに、ジャンルも国も違うのだけれどもTHE BLUE HEARTSのような瑞々しい感性を感じました。ロックはともすると野暮になりがちだし、野暮を良しとする文化かもしれません。そういった意味で文化圏が全球化したインターネット以後の世界で生み出される色気と抑制が織りなすビートシーンに日本人の「いき」の感性は寄り添える気がします。
by wavesll
| 2016-09-07 07:16
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