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『軍神からの手紙』をみて -実録の『永遠のゼロ』の姿、そして現代の英雄への対価

FNSドキュメンタリー大賞・軍神からの手紙を見ました。

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古い手紙を読む一人の女性、佐々木優子さん。手紙の主は大叔父にあたる佐々木直吉特務少尉。真珠湾攻撃の決死の作戦で戦死した特殊潜航艇の乗組員で戦時中、九軍神として讃えられた一人である。軍神とは日本軍のシンボルとして神格化された軍人のこと。戦中は教科書にも掲載され、生家には全国から何通もの手紙が届いた。しかし戦後はそれも途絶え、「軍神」は世間の人たちから背を向けられた。優子さんが手紙を読むのにはわけがある。大叔父である直吉さんの真の姿を知りたいのだ。優子さんは直吉さんはもちろん、戦争を知らない世代。戦時中、全国から届いた手紙を見て「軍神」のすごさを知ったという。しかし大叔父がどんな人だったのか、手掛かりは大叔父が遺した30通以上の手紙なのだ。優子さんの時間を越えた探求の旅が始まった。軍神からの手紙」を通して普通の青年が「軍神」にまつりあげられる怖さ、「時代の力」の恐ろしさを伝えていく。
という内容。

"軍神"なる言葉がリアルな人物に新聞紙面で使われたことがあったことに驚愕を禁じえませんでした。

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戦中に国を挙げて栄誉を称えられ、戦後は掌を返された"軍神"。その祭り上げには大メディアも加担し、そして大メディアも戦後は掌を返してしまい、遺された家族は世間から裏切られたまま過ごさざるを得ませんでした。

直吉さんを大叔父に持つ優子さんが残された手紙を読み解き、当時の直吉さんの足跡を辿って彼とかかわりのあった人に話を聞く姿はまるで『永遠のゼロ』の三浦春馬のよう。しかし、現実の軍神とその家族の、フィクションとは違う重みと哀しみがドキュメンタリーには写されていました。

直吉さんは戦争当時20そこそこ。当初は自分で結婚相手を選ぶと手紙に書いていたのが、戦況が進むにつれ縁談を断ると認め、さらに苛烈になった時に「結婚のことはそちら(家族)に委ねる」と送ってきました。

"軍神"達がお世話になった宿で今も飾られている写真には彼らの幼さすら残るうら若き姿が。最後に送られた手紙の末尾にあった"さよなら"には胸が締め付けられる。決して"神"でない、一人の若者の、現代人と変わらない普通の人間としての人生が映像から伝わりました。

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安倍総理が国会で自衛隊を称えるために議員に起立しての拍手を求めた一幕が問題となりましたが、私はあのニュースが流れた時に「自民党総裁ならば拍手を送るべきなのは、今現在も日本を破滅から救おうと命を削っている福島原発作業員に対してだろう」と想っていました。

福島原発作業員は、東電から出た給与はヤクザに中抜きされ、命を削っても微々たる額しか労働対価が得られていない。今の日本を救う英雄なのに寧ろ"負け犬"と扱われてしまっている。あの方々には相応の給料と尊敬が贈られて当然なのに…そう考えていたのです。

ただ"神"と祭り上げられた戦時中の若者のドキュメンタリーをみて、結局あの若者たちは安全圏にいる黒幕から体よく祭り上げられ利用されただけなのではないか、特に"国の金"なんていうのは政治家も官僚も自分の懐は痛くもなく、"栄誉"なんてのはコストがかからない…そう思うと何を”英雄的行為”の対価として提供すればいいのか、わからなくなってしまいました。

少なくとも"戦争が出来る普通の国"にしたい政治家は、自分の子ども、或いは自分自身が痛みと血を伴う犠牲を払う制度でないと信頼には当たらないし、すでに起きてしまっているカタストロフを食い止めようとしている現場作業員には、安全圏から指示する経営陣以上の敬意が払われて当然だと想います。

そしてその前提として、権力者によって支配されえない、一個人誰もが自由闊達に生きられる社会を由とするシステムの束を追い求める姿勢が政治家・官僚そして有権者に必要なのだろうと想います。少なくとも経済的な理由で死地へ赴かねばならぬ事態は出来得る限り回避できるようにこそ最大のリソースを割くべき課題である、そうこのドキュメンタリーを見て想いました。
by wavesll | 2016-10-17 18:58 | 私信 | Comments(0)
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