読書感想: 新田祥子 / もうだいじょうぶ! 心臓がドキドキせず あがらずに話せるようになる本

c0002171_18521595.jpg新田祥子著 『もうだいじょうぶ! 心臓がドキドキせず あがらずに話せるようになる本』を読みました。

私は緊張しいの人間で。特に仕事とかで"これは失敗してはいけない"という思いが強い時や"きちんとしなければ"と言う思いが強い時は物凄くあがってしまいます。文章を書く際なんかも、Webにはこれだけ饒舌に書けるのにも関わらずビジネス上の文だったり、"読み手が批判的な目で粗探ししてきそうだ"というプレッシャーの中で文章を書きあげるのがどうにもこうにも不得手で。

今までプレゼン白熱教室なんかをみて、<準備と想定演習を反復することを重ねて、ターゲットの好みを徹底的にリサーチして反映させる>とか"成る程"と想ったのですが、実際問題それだけの準備の時間的余裕が与えられないことも多いし、"正攻法に人事を尽くして天命を待つ事が出来ればいいけれど、そのスピード感に体力・精神力的についていけん…"と想っていたことも事実。そんなわけでこの本を手に取ったのです。

そこで書かれていたのは<『あがる』とは精神現象でなく生理現象>だということ。<あがる人は恥をかいた記憶が反芻されて、脳が自尊心を守ろうとして過剰防衛反応を示している>とのことでした。

あがる人は鬱なんかにもなりやすい性質らしく、完璧を求めて反省を繰り返すそうです。その為自分の駄目だったところばかりが記憶に残り、<あがった、失敗した>という記憶が強化され、ますます苦手意識が高まるそう。

原因は幼少期に勉強をしすぎたり、TVゲーム等で対人コミュニケーションの経験に乏しくなってしまったり、最近だとSNSに没頭してフェイス2フェイスのコミュニケーションに触れる時間が少ない場合もあるとか。しかし大人になってからでも訓練であがり症は直すことができるそうです。

まず減点嗜好を脱却し出来たところを見ること。"ま、いっか"と安心で心を満たせばあがらないとのこと。
更に声の震えなんかは、骨伝導で聴く自分自身の認識程他人にはつたわっていないので、"最低限これだけは伝えるポイント"さえクリアすればOK、くらいなラインを設定するのも有用かと。過剰な反省でますます苦手意識が強化されるのを避けるのを優先したいところ。

そして面白いと想ったのは口や舌、表情筋の筋トレをするといいというくだり。また猫背や服装をしゃんとするという"見た目の与える印象の改善"というアドバイスも。

不安というのは漠然としているからこそ大きくなるもので、やるべきことを具体化すると不安は半分は解消されるというのもその通りだと想いました。"あがり"というのを脳に原因を求めるというより身体全体の問題と定義するのが好感が持てました。

きちんとした訓練を積んで”ドキドキしないスピーチ”の記憶を定着させればあがることはなくなるそうです。ここら辺は著者の人がやってるセミナーの宣伝だなと想いましたがw

そして人に対する苦手意識の段では”この人苦手だな”と記憶するより”この人はこういう特徴がある”と記憶すると漠然とした苦手意識で記憶が埋まることなく、寧ろフラットな”事柄”として記憶されるとのこと。

そして<対人コミュニケーションを上手くいく為に>の段ではまず<コミュニケーションが上手くいかないのはあなたが自分の話ばかりしているから。相手の話を聞くのが大事>とのこと。”それは知ってるんだよ”とwしかしここからが面白かったのです。

<質問をするときは『事柄』でなく『相手の感情』にフォーカスを>とのことでした。『情報』を得ようとすると相手は”なんでそんな根掘り葉掘り聞かれなきゃならないんだ”と想い、反応が悪くなる。そこを<その時相手は何を想ったのか>を聴くと会話が弾むと。なるほど!といった感じでした。自分がLINEなんかで友人と話が弾まないのは相手に情報を聴いていたからかと。なるほどなーといった感じ。

また何かを断る場面では"状況/事情"の説明が大事だとのことでした。これは実際の場面では話したくない事情なんかもあったりするだろうし、上手い事いい抜ける狡さもいるかなと。

大前提としてあがり易い人は相手の反応を自分で推測してどんどんネガ思考に陥ってしまうという点があり、そんなコトは相手が考えればいいことだと切り離すのが大事だとのことでした。

ここら辺は"うっわ耳が痛いなー"というか。昔mixiで足跡がついたのに"いいね"が押されないことに対して「俺の書くものは1クリックもする価値がないほどつまらないと想われてるのか」と逆切れした黒歴史があるのです>< 自発的に書いていることなんだから、アドラー心理学を持ち出すまでもなく相手の反応は相手の課題ですからね(苦笑

特に私のような極私的な関心ごとを書く場合は、mixiのような閉鎖的な人間関係の所に書くよりも、寧ろWebの大海に書いた方が性に合っている気がします。このBlogの一日のhit数が大体PCからが100、スマホからが100なので、日本国民の1/500,000の確率でも関心が共有出来たなら僥倖で。その代わりに書きたいことを画くインディー・スピリットでやっていきたいなぁと想います。

とはいえ、この本を読んで一番びっくりしたのは文字が大きくて1ページ辺りの文字数がとても少ない事!
まとめサイトで良くあるみたいなリーダビリティーを追究したつくりに”1500円の本でも、いやだからこそここまで読みやすさを追求しないと手に取ってもらえないのか”という其のサービス精神に驚きました。

私は利便性とか機能性を疎かにしたのはインディー・スピリットの追求というより怠けかもなぁと想いました。とはいえ、この”怠け”というぼんやりした言葉では漠然とした不安が広がるばかりですから、”テーマ検索のしやすさ”とか"英語でもサマリーを書く"とか、具体的な案件に明瞭化してこうと思った次第です◎
by wavesll | 2016-11-02 18:58 | 書評 | Trackback | Comments(0)
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