季節外れのぬるい風を感じながら、渋谷イメージフォーラムで行われているアンコール! アピチャッポン・イン・ザ・ウッズ 2016にて上映された『光りの墓』をみました。 『ブンミおじさんの森』でカンヌ国際映画祭パルムドールに輝いたタイの天才、アピチャッポン・ウィーラセタクン監督新作。素晴らしい映画体験でした。 まず序盤からフィールドレコーディングとして素晴らしくて。 年始に行った香港旅行でバードガーデンを訪ねたとき、「この鳥の声とチャイ語の柔らかな交ざり方が素晴らしい」と想ったのですが、タイの田舎の鳥や虫の声と、タイ語の真に柔らかな音感のマリアージュがまっこと好くて。セルゲイ・パラジャーノフの『アシク・ケリブ』を観たときの様に"BGMとしてこれを流したい"と強く想いました。 そしてこの映画にはタイという国の霊性が深く記されていて。 私は今までタイというとバンコクとかプーケットとかサムイ島のような、エネルギッシュな都市かリゾートの快楽や猥雑性を良くみていたもので。この映画に描かれていたタイの貌は初めてみたものでした。 実際にタイに住んでいた子の話を聴くと実際のタイはこんなにもスピリチュアルが平在する場でもないそう。 それを聴いてますます"この映画の様にタイを霊性的にタイの監督が描いたのが凄いな"と。更に凄いのがその描写がエキゾチックというのはあまりにもさりげない、ほとんど作為を感じないような演出の妙で顕在している点でした。 冒頭に書いた"フィールドレコーディング的"という演出は、音楽をほとんど流さずその場の音で映画を作っている点。さらにカメラワークが固定されていて、普通なら写すであろう人物の顔が映らない場面も数度あったり、途中で"これはドキュメンタリーをみている気分になる"と想いました。 時々挿入されるシーンでは舞台的な動きの演出があったのも面白い。アピチャッポン監督の舞台挨拶をみた子から聴くと、挿入シーンは「これは映画なんだよ」と伝えるために入れたそうです。 そういった静かな演出から、途中私は眠りに入りかけてしまいましたwアピチャッポン監督の映画は眠くなると言われているそうですが、この映画の「眠り病」はそれをメタ的に遊んでいるのかとも思いました。 その静的な映画の中で、しかし巧いなと思ったのは排泄や勃起というようなちょっとタブーに触れるような描写が、しかし品を壊さずにさりげなく入れてくること。これで映画の中で刺激を入れると共に異なる価値観へ這入るのに心を解いてゆく効果があると想いました。 この映画はかなり霊性的、というか見ようによってはかなりスピリチュアルな描写があるのですが、その霊性/スピリチュアルの扱いが本当に上手くてとても感心しました。 ともすれば"なんだこのスピ映画はwww"と言われそうな物語を成り立たせているのは現実と幻想のかなり技術的に高次元な捌き方にあったと想うのです。 この映画で出てくる「アフガン戦争で米兵を癒した器具」も幻想的ながら"本当に意味はあるのかはわからない"し、「FBIにもスカウトされたという霊能力者」と眠り病にかかった人との交信の内容が合っているかどうかも兵士からは語られません。つまり"全部嘘かもしれない"。でも、霊性の世界が心の中に存在していることが、ありありと描かれているのです。それが上手い。 スピリチュアルが"Evidence"を持つことなく、しかし現前している。非常に巧みな、おそらく高度な計算に裏付けられた演出だと想います。こうして顕わされることで、科学的現実と霊性的幻想の間が現れていたと感じました。 映画の中で瞑想のシーンがあるのですが、私はその場面で薄目で字幕を読みながら指示通り瞑想をしてみると、確かに霊性的に精神が感応した気がしました。 ヨガなんかもそうですが、スピリチュアルで括られる事柄って"体感的な効果"があるものが多くて、理性というより身体で感ぜられるところもあると想います。だからこそカルト宗教が悪用すると阿呆なインテリがコロっといったりして恐ろしいのですが。しかし"体感"は"存在する"。そんな部分もこの映画にはありました。 現在は科学万能であったり、年を重ねてくると"想像"の部分より"リアル/実際/物理的なハイクオリティ"を求めるようになってくる気がします。それは舌が肥えたり、"実際はこういうものだ"と知ることもあるかもしれません。ただ同時に、想像力の豊饒さを失っているのかもしれない。それは残念だ。そんなことを昔書きました。 等と言っている私も、フィクションよりノンフィクションが好きになったり、"現実に存在しているものしかみなくなる"ようになっていました。或いは数字を拠り所にしたり、"口だけなら何とでも言える"とかwBloggerがそれ言ったらおしまいだろw 確かに言葉はヴァーチャルかもしれません。だからこそ自由が存在するとも言えます。そこに"物語"のレゾンデートルがある。しかし、現存する最大の物語は『聖書』だと想いますが、現在の科学の見地を知ったうえで聖書の記述を全肯定するのはかなり無理があると想います。聖書を信じるのは"自然でない"。 一方でレヴィ・ストロースの『野生の思考』ではないですが、人間の等身大な身体の感覚と、現在の科学的見地が合っていなくて、心的作用として無理が生じているところが現在進行形で起きている気がします。科学が進んで幸福になるはずだったのに、寧ろ機械に人間が圧迫されてしまっているような。 そんな時に『次代の物語』に、例えば現代理論物理学の宇宙論がなれるかも、などと考えたりもしましたが、この態度は"エセ科学"扱いされかねないし、難しいところだ…と想っていたのです。 そして視る『光りの墓』に、"この現実と霊性の取り扱い方の誠実さは俺が欲していたものかもしれないな"と想ったのでした。 目に見えない、しかし"あると感じられる大切な/大切だった世界"、その宇宙の淵に触れられる、閉じた扉が開けられた映画体験でした。 ラストシーンでおばさんが目を見開いていたのは"目覚めようとしていたから"だと想いますが、<どの夢から目覚めようとしているのか>は私はまだ理解しきれていません。氷解するまで時を重ねられる、長い付き合いになる名画に出会えた気がしました。 今年はThe Paradise Bangkok Molam International BandだったりMonaural mini-Plugであったり、タイ音楽に興味がそそられた年でもあって。そんな年の瀬に、素晴らしいタイの映画であり21世紀の飛びぬけた感性を味わえたのは嬉しいことでした。 映画の中で映画館で起立し何も写されない画面に敬礼したりとか、王家との政治的なゴタゴタから『光りの墓』はタイでは公開されていないそうです。アピチャッポン監督の次回作も海外で撮られるそう。飛びぬけた表現者が政治の力で母国にいられなくなるのは悲しいことです。芸術の豊饒さはその国の精神の自由を現前させるなと思いました。
by wavesll
| 2016-12-23 16:48
| 映画
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