社交がわからない

坂本慎太郎 まともがわからない


パーティーが苦手な人種で。

ヒトのタイプを外向的か内向的かで分ける見方があると聴いたのですが、私は外向的に見えて、実は内向的な人間なのだと感じます。

忘年会やら結婚式の二次会やら、〇〇飲みでもそうなのですが、結局大した話もなしにすらーっと時間と金を遣うなと。1対1で話すのは好きなのですが、4,5人辺りから話が薄まる感覚があります。そういう"多数と会うこと"が好きな人との違いは内向的脳と外向的脳の差なのかと得心しました。

最近は更に内向的な傾向が進み地元の知己に飲みに誘われても断ってしまったり。"何を話せばいいんだろう?"というかなりアレな状況に足を突っ込んできてて。ほんと、"普通の人"って何を話しているのだろう??(一応断っておくと勿論世間話は出来ますよw美容師の人と話すのなんかも好きですし)

じゃあヒトと何を話しているかと言ったら此処で書いているような音楽や映画などの"趣味・文化・社会・旅"の話。Twitterで繋がる人もどこかしら趣味や感性が深い人たちが多くなってきて。逆に得意分野以外の"話の前提が通じなさそうな人"とどんどん疎遠になってしまっていて。

心地いい反面これは悪い点でもあり、鴎庵の記述も"分かってる人向け"なところはいなめず、前提知識の説明とかが欠けて不誠実なところがあります。

自分の意識では「私の意見」と「紹介している物事」は同じくらい重要なことなのですが、昔から直接の知り合いからは「お前の考えは興味あるけれどお前の好きなモノには興味がない」と言われたり「Webで読むより直接会った方が全然面白いですね」と言われたり(苦笑 一般性を獲ようと想ったら、もっとプレゼンテーションの腕を上げないといかんですね。

身近な人に音楽の趣味とかを押し付け、好反応がないことに逆切れしたりする醜態を晒したことが昔ありました。今となっては"やらかした"と想います。Face2Faceで会ってきた人って必ずしも嗜好で繋がるわけではないし、ニーズのないことを推しても無理がありました。

Webだと趣味の繋がりが満たされるし、今はプライヴェートもカルチャーで友達と繋がって、世界の広さに助けられています。

思いを巡らすと私をパーティーに誘ってくれた人の気持ちもわかって。パーティーやライヴ、劇とか、その人がライフワークとして一番力を注いでいることで一番いいもてなしだから誘ってくれているのだなと想うのです。

斯く言う私自身も旧友に久しぶりにLINEした際に「去年はこんな音楽聴いてて。そちらはどう?」とかURLを送り、ものの見事に既読スルーされるという(苦笑 "お前のそういう話には興味ねえよ、こちとら子育てで忙しいんだよ!"やも。でもそういうことがあると実体験で"誘ってくれる人"の気持ちもわかって学びになりました。

PRの重要性は重々承知しながらも、mixiで記事日記書いてた頃はイイネの1クリックすら滅多にされなかった事を考えると、人が動いてくれるって大変な事なのだなとしみじみ想います。もっと言えば外向的脳を持つ人からすると"深い話など心の中で自己処理しとけ"って感じなのかもしれませんね。

そういった意味でWebの大海にボトルメールを投げ込むように記事やら呟きやらを放って反応を虚心坦懐に受け取るのがいいなぁと。元日に書いた今年の抱負は今年は"親しき仲に礼儀あり"をやっていきたいだったのですが、人間関係の要って"いい距離感"で”他者であること”に社交の胆もありそうだなんて所まで睦月に思索が進みました。

cf.
本音2.0

風穴を開ける冒険 -電脳九龍城からの脱出
心と脳の白熱教室から感じた心のアクセルとブレーキ。悲観脳の出来かた。楽観脳のつくりかた。
by wavesll | 2017-01-27 05:01 | 私信 | Trackback | Comments(0)
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