
表参道の太田記念美術館にて
葛飾北斎 冨嶽三十六景 奇想のカラクリ展をみてきました。
冨嶽三十六景は実は36枚ではないことを御存じでしょうか?私は初めて知ったのですが、人気がありすぎて10枚追加し全46枚あるのです。そしてこの展覧会はその全作が展示されるというもの。
生で観る冨嶽三十六景は、浮世絵の実物に加え保存のため照明の光量も抑えているため、色味のヴィヴィッドさはそこまででもないのですが、実物大の浮世絵に顔を近づけてみると、その筆致というか摺致から線一本一本の迫力が伝わってきました。
本記事では、各景に一言コメントをつけていこうと想います。
冨嶽三十六景はWikipedia Commonsで公開されていて各画にはそこからLinkを張りました。
46枚の順番はつくられた順ではなく、今回の展示の順番でコメしていきます。タイトルの”冨嶽三十六景”は省略しました。
≪凱風快晴≫:富士の赤が美しい。鰯雲のような雲の姿も雄壮さを湛えている。
≪相州梅澤左≫:ベロ藍(プルシアンブルー)の富士もさることながら、鶴が一羽一羽個性が伝わるような描写が素晴らしい。
≪常州牛堀≫:展示してあったものは藍と白の鮮やかなもので、船の勇美さが良かった。
≪山下白雨≫:北斎は富士山の特に山肌に非常に拘りをもって微細を描いているように感じた。右下の黄色の文様は雷だそう。そのデフォルメ具合も凄い。
≪甲州犬目峠≫:歩く人の大きさから景色の雄大さが伝わってくる。
≪五百らかん寺さゞゐどう≫:冨嶽三十六景には富士を眺める人々が良く描かれていて、これもその一つ。背中だけでも性格が顕れるような描写力が見事。
≪東海道吉田≫:この
GIFでも有名な絵。茶屋に集まる人々の江戸時代らしいちゃきちゃきした感じが好き。
≪礫川雪ノ且≫:三十六景唯一の雪景色。しんとした雪景と、人物たちの華やいだ空気の対比が印象的。
≪東海道程ヶ谷≫:左端の人物の立ち姿、好きだ。
≪御厩川岸より両國橋夕陽見≫:水のもにょもにょした感覚が見事。
≪隅田川関屋の里≫:地を這う霧の造詣がスピード感を増す効果が。
≪ 神奈川沖浪裏≫:やはり凄い。白波はつづらのようにも見え、”そうかこれは富士の氷雪に呼応しているのか”と。
≪駿州江㞍≫:紙が吹き飛ばされることで目に見えない風が実体として描かれた逸品。
≪武陽佃嶌≫:様々な形の舟達が快く配置されている。
≪ 甲州伊沢暁≫:薄桃の射す朝景。みじたくしている人々の姿がまたいい。
≪甲州三坂水面≫:冨嶽三十六景はもちろん実在の場所を主題としているのだけれども、北斎はそこにモキュメンタリー的な手法と言うか、画としての面白さを求めて脚色を施したものも数多く在り、影が点対称に映るこの絵もそんな一枚。
≪遠江山中≫:本来あり得ない上と下から同時に鋸が挽かれる様を描いた作品。
≪東海道品川御殿山ノ不二≫:本来この方向から眺めると富士山はみえないが、そこは巧いフィクションとして描いている。
≪甲州三嶌越≫:真ん中の碧の巨木が大変に魅力的で、この巨木は他の処にあった矢立の杉を山深さを顕わすためにここに挿入したらしい。
≪青山圎𫝶枩≫:無論東京からではこんなに大きく富士山はみえないが、ここではダイナミックに誇張されている。
≪隠田の水車≫:今の渋谷川の水車。水は本当は上には回らないが、ここでは絵の面白さのためにこうした演出が為されている。
≪ 尾州不二見原≫:円のリズムが非常に快い。
≪深川万年橋下≫:「冨嶽」なのに富士山がこんなにも小っちゃく、富士をみつける楽しみがあるともいえる。傘を深くかぶった釣人が格好いい。
≪登戶浦≫:鳥居が連なって海から立つ感じ、
江川海岸の海中電柱っぽさある。
≪上總ノ海路≫:生で観るとグラデーションの美しさに
吉田博に繋がるものを感じた。
≪本所立川≫:材木馬の縦の線の景観が美しい。
≪身延川裏不二≫:46枚目に描かれた一枚。富士は山嶺群の中に。
≪江戶日本橋≫:記念すべき冨嶽三十六景の一枚目。日本橋の雑踏ではなく、江戸城の遠景が描かれているのが興味深い。
≪江都駿河町三井見世略圖≫:三十六景の2枚目。これも三越の賑わいでなく屋根の人物たちや凧にフォーカスされているのが面白い。
≪東都浅艸本願寺≫:屋根がでかい。そしてまた凧。北斎、凧好きかも。
≪東都駿䑓≫:丘の緑の彩色、松から富士山に抜ける空円が美しい。
≪従千住花街眺望ノ不二≫:吉原の風景も北斎の目線だとこう切り取られる。
≪相州七里濵≫:湘南・七里ガ浜を江の島抜きで画くとは北斎もなかなかに狙うなぁw
≪下目黒≫:北斎は冨嶽三十六景で、有名な場所だけでなく通常取り上げられないような場所も描いている。これもそんな一枚。
≪武州千住≫:堰枠がアクセントになっていい感じ。また人体描写が素晴らしい。
≪相州仲原≫:なんでもないスナップショットのようで、きちりといい演技が人物に施されているのが見事。
≪駿州片倉茶園ノ不二≫:茶畑が描かれた逸品。また冨嶽三十六景に出てくる馬は愛らしさがある感じがいいなぁ。△とOのリズムが気持ちいい。
≪駿州大野新田≫:牛たちが逞しくも可愛らしい。
≪武州玉川≫:川の水面の線描の美しさと青と白のグラデーションが素晴らしい。
≪相州江の嶌≫:定番の観光ポストカードのようなデザイン。
≪相州箱根湖水≫:シンプルにデザインされた芦ノ湖の風景に山岩の斑点が面白い効果を生んでいる。
≪ 東海道江尻田子の浦略啚≫:36枚目の冨嶽三十六景。海の図像画線が真に綺麗。
≪東海道金谷ノ不二≫:そしてこれが37枚目。これは本当に凄い画!海波のデザイン性、そして波のリズムは丘にも伝わって。この絵をしれて良かった!
≪甲州石班澤≫:これもまた凄い。とてつもないスケール感があるのは漁師の”孤”が描かれているからかもしれない。
≪信州諏訪湖≫:描かれた時代にはもう失われていた幻の水城の風景を文書記録から蘇られた逸品。
≪諸人登山≫:実は冨嶽三十六景でこうした富士山の近景はこの一枚だけ。富士に登る人たちの勢いと風情が偲ばれる。
そしてこの展覧会では北斎以外にも、娘の葛飾応為の柔らかい夜の光が美しい
≪吉原格子先之図≫や雅な
≪源氏物語図≫、女性の身の施し方のマニュアル本に応為が挿絵を入れた≪女重宝図≫や歌川広重などが三十六景と同じ場所を描いている作品群、そして北斎が三十六景を描くときに参考にしたという河村岷雪≪百富士≫等も展示してありました。

三十六景以外で特に身を見張ったのが北斎が三十六景を描き上げた後に描いた≪富嶽百景≫。白黒で画かれた富嶽百景の冊子が見開かれていたのですが、≪海上の富士≫という作品など、波濤から鳥達が生成され飛んでいく美事な奇想が描かれていて、”Great Wave”の先にまた進化した浪がありました。
北斎の絵の上手さ、取り分け人物の人格が顕れるようなカラダの描き方が抜群で。引き締まってきびきびした職人たち。ホクホクして楽しそうな町人。旅慣れた渡世人など、本当に上手い。
そして富士山。静岡の方に行くと、富士山が本当に良く見え、山に抱かれているような畏敬を富士に想います。江戸の都も富士山に抱かれていたのだなぁと。
そして最後に拙写真を。太田記念美術館から帰る夕闇の代々木公園からみえた富士山の影です。現代も富士の山は東京を抱いているのだと沁みました。
