己の獣性を認めた上で






昔は己は善き人間だと想っていたけれど、力を持ったり、死に瀕した意識を持った時に己の中の獣性が顕在化して。

無垢なんて子供じみた妄信が破壊されて、逆に幼稚に露悪性を撒き散らしても吐瀉物にまみれるばかり。

生きる力が弱く、正しくも悪しくもあれなかった。

深山幽谷で霞を食って生きるには、俗っぽすぎた。かといって街区での競り合いはまた黒いものが溜る。

適切な主張と、老獪さ、そして許容力、人の間を泳ぐには、それが必要で。

掠れちまう棘は、外套の内に。そしてサンクチュアリを海に。ぬくもりはそばに。

己の闕如を認識した上で、生存を汚れても望むように、有るものを以て、短剣の錆びを払って歩めたら。

そんな、遠くまで見切ってしまうような、すぐ先が崖かもしれないような日常の淵、Grapevineに存在を問われた気がした。

自分の生を決定するのは、やはり己なのだ。事実の連続から転がり滾った精神の音楽、生きる様が鳴動する。

究みに微かでも迫れるように、何ができるか。未だに雲の中を追い求めているような不確かさの中、ダガーを研ぐ他ない。

by wavesll | 2017-12-05 00:46 | 私信 | Trackback | Comments(0)
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