土井玄臣live @カフェアリエ 歌の在処

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新大久保で降りて百人町・カフェアリエでの土井玄臣さんのライヴへ行ってきました。

『針のない画鋲』(bandcamp)という甘い痛みに巻き込まれないようにしてもただただ浸透してくる、美しい想いが蜜蝋のように篭った素晴らしいアルバムで知ったSSW。

飾らない雰囲気から魔法の様な域まで連れていかれました。途中でトイレ休憩が入る位に飾らない。MCでは『針のない画鋲』という題名は『ギリシャ語の時間』という物語から採られたものだという話やビル管理の夜勤の話も。

演奏を聴いて、ギターっていいなぁと想って。フィジカルとしての音像、喉、Guitar、物理としての事象がMagicに届くというか、考えてみれば自明のことだけど、とても感銘を受けました。

楽曲だとアルバムには今回入れず、今後も入れないだろうと語られた「晴天」という曲が詩とサウンド両面で歌として触発されました。幕間に爪弾き唄った楽曲も心の襞に触れて。

また高音から喉を休める為か地声に近く歌った歌のおかげで土井さんの楽曲の中にある血潮を強く感じ、アンコールで3.11から7年目に歌われた、アルバム『それでも春を待っている』収録の「言祝」にはぞわっとするような情念を感じて。

天上的なファルセットの奥にある切実さや血潮を識りますます良いなと想うとても好い時間を過ごせました。彼岸をみつめるようなまなざしが印象的で。

また自分はライヴ中に雑音が入るのは嫌なのですが、不思議と今日は気にならないどころかマイクを通さない歌声と相まって“うたのありか”という感じにとても良くて。これは磯崎新設計のこの建物、新宿ホワイトハウスの力などもあったのかもしれません。

アーティストのことを話すときに「〇〇みたいな感じ」というのは失礼なのではないかとも想ったりもしますが、家に帰ってから読んだCINRAのインタビューで「七尾旅人を聴いて、『この人いてんのやったら、自分音楽やらなくていいなあ』と思って、1回曲作るのをやめたんです。」と土井さんが語られていて、確かに七尾旅人の、特に初期のあの抒情に通じるものがあるなと感じた次第でした。このインタビュー、読み応えがありました。

また百人町から新宿駅への帰路が驚くほど静かなことにちょっと震えて。日本最大の繁華街の聴覚的な静さ。台北なんかもっとカオスで。新宿は静寂とアジア的な視覚の氾濫というコントラストが、ちょっと抽象的な心地を産んでいて。そんな虚無の中で土井さんの音楽は小さな、しかし確かに心に明かりを灯してくれた気がしました。


by wavesll | 2018-03-11 00:58 | Sound Gem | Comments(0)
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