NUDE展 at 横浜美術展 時を越えて先端表現をめぐる旅

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横浜美術館で開かれているヌード展 英国テート・コレクションよりをみてきました。

先ず展覧会場に入ると目に映るのがフレデリック・レイトン≪プシュケの水浴≫。神話に登場する美女を複数の女性の裸体を組み合わせることで理想の肢体として描いた作品。

この作品とウィリアム・マルリディ≪裸体習作≫は柔らかさを感じさせる金髪のコーカソイドの女性のヌードでした。

それに対してハモ・ソーニクロフト≪テウクロス≫は古代の戦士の締まった躰が凄かった。

19世紀ヴィクトリア朝英国では神話・古代をモチーフに裸身が描かれて。女性の湯殿が描かれたローレンス・アルマ=タデマ≪お気に入りの習慣≫や黄昏が波に輝くハーバート・ドレイバー≪イカロス哀悼≫のニンフたちも可愛らしかった。またウィリアム・エッティ≪寝床に就く妻を下臣ギュゲスに密かに見せるリディア王、カンダウレス≫なんてえぐい場面も。

そんな中ジョン・エヴァレット・ミレイ≪ナイト・エラント(遍歴の騎士)≫は理想化された肢体でなく、腹が弛んだヌードで当時「リアルすぎる」と物議を醸したそうです。英国の方々は流石紳士の国で御堅い。

このような形で、ヌードという題材は人間の根本的な欲求故に道徳規範との鬩ぎあいであり、自然その時代時代の前衛・先端の表現が裸体画によって更新されてきました。

エドガー・ドガ≪浴槽の女性≫はさらにアヴァンギャルドで、神話ではなく素人の女性が湯浴みをしている様を画いた作品。

バスルームの裸身画というとピエール・ボナール。彼が奥さんが湯船に浸かるのを画いた数多い作品から≪浴室≫≪浴室の裸婦≫が展示されていました。

アンリ・マティス≪布をまとう裸婦≫は明るい力を強く発して。オーギュスト・ルノワール≪ソファに横たわる裸婦≫は幸福があふれた彼一流の美女。ルノワールにしてはしゅっとした體かも。

そんな明るい絵画に相対してダークな雰囲気の作品が並んでいて。フィリップ・ウィルソン・スティア≪座る裸婦――黒い帽子≫は昏い色気のある美人画。グウェン・ジョン≪裸の少女≫は痩せ細った翳のある少女。画家とのソリも合わなかったそうです。


ここから20世紀に入りモダン・ヌードのEraへ。

アンリ・ゴーディエ=ブルゼスカ≪レスラー≫は古代のレリーフのよう。ダンカン・グラント≪浴槽≫はアフリカからインスピレーションを受けたイエローなヌード。ディヴィッド・ボンバーグ≪混浴≫はトリコロールの幾何学なヌード?ついにここまで来たかという感じ。

ヘンリー・ムーア≪横たわる人物≫は穴が開いた身体が印象的な彫刻。同じくヘンリー・ムーア≪倒れる戦士≫もシンプルに図示化された敗れ去った兵士の姿が印象的。

そしてこれが見たかった!パブロ・ピカソ≪首飾りをした裸婦≫!!人間存在が匂い立つ迫力。海の潮と赤い大地にド迫力の裸婦画。これが87才での作品とは…!全く勢いが衰えていない…!

この豊満なヌードに対してアルベルト・ジャコメッティ≪歩く女性≫は極限にすらっと削られた女性の彫刻で、非常にハイレベルに好対照していました。

さらに次の部屋は本展のメインヴィジュアルにも現れるオーギュスト・ロダン≪接吻≫が。眼で生で感じるとまるで砂糖でつくられたかのようにしっとりとしながら今にもほどけてしまいそうな質感でえもいわれぬ体験でした。この作品に限って撮影OKで、360°から撮影しました。

この間にはジョゼフ・マロード・ウィリアム・ターナーのヌード・スケッチも。≪ベッドに横たわるスイス人の裸の少女とその相手「スイス人物」スケッチブックより≫なんかは艶っぽかった。


またデイヴィッド・ホックニーのBLな挿絵も展示してありました。

次に在ったのがレアリスムとシュルレアリスムの章。

マックス・エルンスト≪男はこれについて何も知らない≫はタロット的なデザイン。マン・レイ≪うお座(女性と彼女の魚)≫はいきいきとした魚ですらっとした女性のヌード。マン・レイは寫眞作品の≪無題(ソラリゼーション)≫も美しかったです。

ポール・デルヴォー≪眠るヴィーナス≫は近現代的な舞台の中で色っぽい女性たちが存在する画。バルテュス≪長椅子の上の裸婦≫は昏い悦びがあるヌード画。

次の章に入るとまず目に飛び込んでくるのはフランシス・ベーコンの≪横たわる人物≫≪スフィンクス――ミュリエル・ベルチャーの肖像≫のオレンジ。そしてルイーズ・ブルジョワの≪カップル≫・≪女性≫・≪誕生≫・≪授乳≫・≪親しみのある風景≫・≪家族≫等の白地と滲む赤も印象的でした。

そしてルシアン・フロイド≪布切れの側に佇む≫の布の白も印象的で。

またウィレム・デ・クーニング≪訪問≫セシリー・ブラウン≪楽園の困難≫は色彩爆発で裸体が自由に躍動蠢動していました。

そしてヌード画という表現は政治的な意思表示を顕わすようになってきます。

バークレー・L・ヘンドリックス≪ファミリー・ジュールス:NNN (No Naked Niggahs[裸の黒人は登場しない])≫は白人の女性ばかりだったヌード画の世界に黒人男性のヌードが存在感を放っていました。すらりとした身体にメガネがなかなかに素敵でした。

シルヴィア・スレイ≪横たわるポール・ロサノ≫も男性のヌードを画いた一枚。毛むくじゃらのカラダにちょっと嫌悪感を感じて、自分自身の目線を否応なしに意識させられました。

女性のヌードも従来からは変わってきて、ロバート・メイプルソープ≪リサ・ライオン≫は女性ボディビルダーの写真。

写真だとサラ・ルーカス≪鶏肉の下着≫も股間に鶏が入るインパクトのある写真。

シンディ・シャーマンのグラビア撮影後にローブを纏って睨む様を写した≪無題 #97≫・≪無題 #98≫・≪無題 #99≫、ジョン・コブランズが自分の弛んだオヤジヌードを写した≪セルフ・ポートレート(フリーズno. 2、4枚組)≫、リネケ・コブランズが出産後の母子を撮った≪ジュリー、デン・ハーグ、オランダ、1994年2月29日≫・≪テクラ、アムステルダム、オランダ、1994年5月16日≫、≪サスキア、ハイデルウェイク、オランダ、1994年3月16日≫も面白かった。

そしてこの展覧会が行きついた先に在った絵画は舞台上のヌードの女性の動きを活字で書き綴ったフィオナ・バナー≪吐き出されたヌード≫。遂にヴィジュアルだけでなく概念に裸体画は到達し、NUDE展は幕を下ろしました。

今年は西洋画の大きな流れをみせる展覧会を幾つかみて。その中でもビュールレ・コレクション 至上の印象派展プーキシン美術館展 旅するフランス風景画とこの展覧会で西洋画をみる上での一つの軸が形成されつつある気がします。

普通に上手く肖像画や神話の風景を描くところから絵画でしかありえない表現世界へ飛び立っていく、さらなる超フロンティアを求める美の冒険。時を越える旅。そのダイナミズムの先端を画いたNUDEの数々に大いに刺激を感じる展覧会となりました。

最後に≪The Kiss≫の360°からのShotを。

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by wavesll | 2018-06-11 01:46 | 展覧会 | Comments(0)
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