宇多田ヒカル『初恋』 宇多田さんの音楽と人生が交わるタイミング

宇多田ヒカルの『初恋』を聴きました。一周目はフリーハンドでかけて、二周目は歌詞カードをみながら。そして三周、四周と聴いて。アルバムを歌詞カードを観ながらじっくり聴くなんていつぶりだろう?

宇多田さんは現在の日本の音楽シーンで星の一人であり今回のアルバムはプロモーションも大きく、幾つもの歌は特に意識なく生活していても聴いていて。そうした意味で有名曲が多い前半よりも、後半の方が一周目は面白くて。これはクリス・デイヴのドラムの面白さとか、或いはスピリチュアルな民族みのある「夕凪」なんかが後半に配置されていたのもあるのかもしれません。

そして二周目は詞を読みながら聴くと前半のナンバー達の詩のなんたる強度かと驚いて。何と言うか、虚飾や驚かしもないのに心の芯に届く唄というか、私小説よりもShowでない、彼女の生活の中で掘り下げられた景色が描かれていて。

前作『Fantome』に続いて、やはりこのアルバムもお母さんの死とどう向き合うかが中心テーマとなっていますが、小袋さんとの?恋愛も含めて、ラストナンバー「嫉妬されるべき人生」では力強く次のギアへ入れている感触があって、早くもニュー・リリースへの興味が沸き起こる楽曲でした。

「Play A Love Song」「あなた」「初恋」の歌の強度から「誓い」でクリス・デイヴのドラムプレイにはっとさせられ、そこから英語によるラッパーが入る「Too Proud」までリズムの面白さが際立つフェーズ、そして「Good Night」からゆったりと、しかし聴かせる歌のフェーズに入って。「パクチーの歌」は一人称的な「ぼくはクマ」から語り掛ける歌へのスタイルの変化はお子さんの存在の波動を感じて。そしてお母さんへ、そして大切な人へ捧げ次へ行く楽曲群によるフィナーレ。沁みました。

私自身は宇多田さんと1才違いで、彼女が日本の音楽シーンにおいて歩む偉大な足跡と共に人生を歩んできたのですが、結構距離を於いたリスナー人生をしていて。

生徒・学生の頃は邦ロックとか、攻撃的なジャズとか、ワールドミュージックを聴いて、どちらかというと宇多田さんの音楽はJ-POPの巨星として自分の人生からは離れた存在としてみていて。

そんな中で、そのアティチュードが大きく変わった転機は彼女が活動休止をするというライヴのライヴビューイングをみた事で。”一体何回生涯を生きたらこんなにも凄い楽曲群を生み出せるんだ”と驚愕したのがファースト・インパクトでした。

そしてリアルタイムでリリースされたアルバムに心を惹かれたのは『Fantome』。特にKOHHとの「忘却」はその年の音楽体験のトップに来るくらいの印象がありました。そして今回、歌詞カードを観ながら聴くと言う位がっつりと聴いて。

個人的にはメロディの無敵感とかはそれこそ「Traveling」とかの頃の方が強度があったと想うし、ここ2作は海外のシーンとの共鳴からメロディラインは少し平板にも感じます。けれど、心情的にずっと共感を共時に持てるのは断然今の彼女で。

自分自身の人生や身体が、荒れ狂う暴力性を孕んだ初期衝動の青い春から、朱夏というか、異なるフェーズへ来たのが大きいのかもしれません。また野郎爆走独歩の状態から、女性と言うか自分と異なる部分が大きい他者とコミットし向き合いコミュニケーションを取る、そういう姿勢が人生の中で体験になったのも大きいかもしれません。

勿論彼女のティーンの頃の過去作なんかには少女としての初期衝動や精神性があったのだろうし、その上で私にとっては彼女の音楽と交わる瞬間・時間は三十代の『Fantome』や『初恋』だったのだろうなぁと。

KOHHといい、クリス・デイヴといい、”おぉ!”と想う現行シーンのビッグネームを招聘できるのはやっぱりビッグスターだなぁと。王道感というか、今回Jevonというラッパーとの導入もバンドメンバーからの自然な推薦だそう。もし自分だったら狙いすぎて「ラップ・フランセとか入れたら?」とかいいそうですが、そういう外連味から離れたところに在る自然体な魅力がこのアルバムにはあるように思います。

ここ数年自分の年齢によるリスニング体験の変容を感じて。自分の変化から宇多田さんのサウンドと人生が交わるようになって、段々と自分から油脂が落ちてきている気もして。個人的にはまだまだ香辛料の効いた肉を食らってがっつり尖っていきたい欲望もありながら、自分の心身の潜在的な声に耳を澄ましながら、音楽へインタラクティヴに体験を進めて行けたらいいな、なんて思うような盤となりました。

by wavesll | 2018-08-02 06:59 | Sound Gem | Comments(0)
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