![]() パプアニューギニアで投げかけられた「あなたがた白人は沢山のものを発達させてニューギニアに持ち込んだが、私たちニューギニア人には自分たちのものといえるものがほとんどない。それは何故だろうか?」という問い。 ユーラシア大陸の民が文明を発達させたのに対して、石器時代に近い暮らしを続けている民もいる。果たして何故そのような違いが起きたのか。この巨大な問いにジャレド氏は多種多様な学問的知見を通して応えようとします。 ”文明が民族によって異なる歩みを辿ったのは何故か?”ジャレド氏は先ず俗説を退ける處から本書を始めます。 その俗説とは例えば「民族によって知能に格差があるから」、「南の熱い地域よりも北の地域の方が文明が発達しやすいから」など。 けれども遺伝子の淘汰から言えば、文明によって守られた地域よりも原生林で暮らす方が”賢くなければ生き残れず子種を残せない”し、四大文明が発達したのは非常に暑い土地でした。 また「ヨーロッパには銃・病原菌・鉄があり第三世界を征服できた」との説、確かにそれは直接的な要因だけれども、では何故欧州に銃と病原菌と鉄がもたらされたのか。その究極的な要因をジャレド氏は求めようとします。 その結論とは「ユーラシアの肥沃な三日月地帯には食料栽培に向いた原生植物があり、そして家畜化可能な大型哺乳類が生息していた。その結果余剰が生まれ、政治家や軍人、発明家などを養うことが出来る国家規模の集団が生まれた。さらに南北に長いアメリカ大陸やアフリカ大陸と異なり、ユーラシア大陸は東西に長かったため、食糧栽培の伝搬とそれに伴う技術の伝搬が起こりやすかったためにイノベーションが発達しやすかった」というもの。 本書が持つ最大のメッセージは”人種による優劣はなく、人類文明の発達には環境的要因が大きく影響している”ということ。それを博覧強記の智見により解き明かしてくれたのでした。 人類文明の各地での違いが起きたのは1万3000年前の氷河期の終わりから西暦1500年までの辺り。700年前にアフリカで生まれた人類はグレートジャーニーによって紀元前1万年前には南米に到達、紀元前4万年には船を使ってオーストラリアに到達し、ニュージーランド沖のチャモロ諸島に西暦1300年には到達しています。そこから1492年の西洋と南米先住民の接触と征服へと歴史は続いていきます。 この記述を読んで「そうか、人類の最後に定住地として到達したのはニュージーランドだったのか。ポリネシアの民はきっと進化によりソフィスティケイティッドされていたのだろう」なんて私は想ったのですが、そんな当てずっぽうは第二章のマオリ族によるモリオリ族の虐殺のエピソードによって論破されます。 第三章ではペルーのカハマルカ高原に於いてピサロがインカ皇帝アタワルパを圧倒する現場を当時の手記からありありと書き上げて。アタワルパが余りにも無防備だったのは文字が無かったために非道な欧州人の人間パターンをインカの民が認識できなかったという事情が語られます。 彼らの差異はどこから生まれたのか?それは農耕に適したエンマーコムギやエンドウ等8種の「起源作物」の多くが肥沃な三日月地帯に自生していたこと。そこからより収穫しやすいように品種改良が続けられていったこと。逆に南北アメリカではトウモロコシの原種とも言われるテオシントは食べるのに適していず、カロリーを取れ狩猟採集に対抗できるまで品種改良するのには長い時が必要だったという事が大きかった。 そして家畜化可能な動物に関しても、ペットを越え農耕や軍事など大きな益をもたらす大型草食哺乳類の「由緒ある14種」のほとんどがユーラシアにいたという幸運も大きかった。これは時代が下ってから人類が到達した南北アメリカやオーストラリアでは、発達した狩猟技術が人間の脅威に慣れていなかった動物を絶滅に追い込んでしまったことも大きかった。 これらの栽培植物の伝搬に於いてユーラシア大陸が東西に長かったのも発達に大きく関わりました。というのも同じ緯度だと日照時間や雨などの気候条件が同じになりやすいため。これに対して南北アメリカやアフリカでは、緯度が大きく異なるために栽培植物を伝搬させることが非常に難しかった。 さらに家畜と共に暮らした結果として家畜由来の病原菌が人間にも発病させ、その結果免疫を発達させることになったことがヨーロッパ人にとって他の大陸を征服するのに有利に働きました。インカの民やネイティヴアメリカン、そしてアボリジニやポリネシアの人々などは直接殺されるよりも欧州人が持ち込んだ病原菌で夥しく死亡していくこととなりました。 これらの病気が蔓延するためには人口が大きいことが必要ですが小規模血縁集団(バンド)から部族社会(トライブ)、そして首長社会(チーフダム)から国家(ステート)へと巨大化していくには食料生産も大きな要因で、社会の規模が大きくなると灌漑なども整備で木、さらに集約的な食糧生産が行え、人口が増え、平等な社会から集権的なシステムがさらにつくられるという流れもありました。 文明の大きな要素である文字は今までの人類史で独自に発明されたとみられるのはシュメール、中米、中国くらいで、その他のエジプト文字などはそこからの模倣によって生まれたとの立場をジャレド氏は取ります。 音素を顕わすアルファベット、音節を顕わす日本のカナ文字やギリシア・ミケーネ文明の線文字B、そして漢字などの表意文字。これらの文字システムの成立過程において、表意文字を同音異義語に応用するというイノベーションが大きな変革となったと語られています。 alephがセム語で雄牛、bethが家、gimelがラクダ、dalethがドアといった語源や、アーカンソー州でアルファベットのアイデアを知り自らチェロキー・インディアンの文字体系をつくったセコイヤという人物の話やイースター島にも独自の文字があったという話も面白かった。 そして下巻のほとんどはニューギニアや中国、アフリカ等の先史時代からの人々の変遷について書かれていて。オーストロネシア人という人々がいたこと、アフリカには黒人・白人・黄色人種の他、ピグミーとコイサン族という民族がいる事、マダガスカルには古代に大移動してきたボルネオの血が濃く残っている、そして気候の違いからコイサン族が喜望峰の辺りに進出できなかった故に南アフリカが白人に占領された事等、全く知らなかった物事を知らせてくれました。 ジャレド氏は、環境によって文明の歩みは違ったと論じますが、決して人間個人の自主的な先取性を否定するわけではなくて。けれども大河のような歴史を科学するという上で、人類の歴史のメカニズムを解き明かそうという大事業の大きなメルクマールを本書は成しえたと感じます。その上でエピローグでは”なぜユーラシアの中でも欧州が特に力を持ったのか”などの残された課題も語られています。 また本書は真に博覧強記な執筆で、コーラナッツというアフリカの植物は初期コカ・コーラに使われていたとかマカデミアナッツはオーストラリア原産だとかアラム語の齟齬であるセム語系の発祥はアフリカにあるなど変幻自在なのだけれども、「文明の異なる発達は環境により大きな影響を受けた結果」という巨大な論のための縦横無尽故に一本筋が通っている論を読め散漫な印象はないという感慨を持てました。 人種差別への高らかな反論であり、人という種族がいかに生きたか、その営みに深く届く書物。ベネディクト・アンダーソン『想像の共同体』では文明以後の中南米や東南アジアの知られざる世界史を学べたと想いましたが、本書ではポリネシアやアフリカを知れ、自分の中で地球史として一つのパースペクティヴを持てた気がして。世界を記述する貴さを味わうことが出来ました。
by wavesll
| 2018-08-30 06:51
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