国立西洋美術館などで目にして、その幻想的な古代の美しさが印象的な筆致だと思っていたギュスターヴ・モローの展覧会がパナソニック汐留美術館で開かれていると聴き、馳せ参じました。
ゆえに二人の死別はモローにショックをもたらしたのは想像に難くありません。母に次いでアレクサンドリーヌの死の後に描かれた
≪パルクと死の天使≫は闇に連れ出す黒の天使の、馬に跨る姿が強烈な色彩で画かれていました。
実生活では修道女のような女性を愛したモローでしたが、一方、彼の作品には妖艶で時に狂気を孕み、男を狂わせ堕としていくファム・ファタール(宿命の女)が数多画かれます。
中でも舞踏の褒美に聖ヨハネの首を求めたサロメは彼にとって特別なモチーフとなりました。
そして彼の画の中でもとりわけ鮮烈な印象を与えるのが
≪出現≫。聖ヨハネの頭が宙に浮かび、それを攻撃的な目線の裸のサロメが指さす。お互い死体のような肌色。
この≪出現≫、未だ未完成なのか、背景の建築の構造が線画だけで画かれたりしているのですが、逆にその透過した感覚がアストラルな存在感を持っていたり、ちょっと仏画的な幽体的ストラクチャーを感じました。この超攻性な女性像は、従来母にそそのかされた存在として描かれるサロメに、凶暴な魅惑を与えていました。
この他にも幾何学なデザインの衣服の<≪踊るサロメ(刺青のサロメ)≫のための習作>や燃えるような紅の≪サロメ≫、白く繊細で脆い美少女な≪サロメ≫、一癖も二癖もある悪女な
≪サロメ≫等々々、何枚もの絵画が本展にもありました。
さて、モローはサロメの他にも様々なファム・ファタルを描いています。
トロイア戦争の発端となった≪トロイアの城壁に立つヘレネ≫、≪ヘレネ≫はヴィーナスのように美しい。またローマ皇帝クラディウスの皇妃でありながら若い男をたぶらかす≪メッサリーナ≫、色黒で性的に蠱惑する
≪デリラ≫、獣体の化け物の美女が迫る
≪オイディプスとスフィンクス≫に闇の中の獣な≪スフィンクス≫、バッコスの巫女に八つ裂きに殺された様の≪死せるオルフェウス≫。
また船乗りをその魅力的な歌声で惑わせる妖、セイレーンも印象的でした。三姉妹なキャッツアイ感のある≪セイレーン≫に逢魔が時な風景の≪セイレーン≫、そしてピンクと青の発色がなんともファンタスティックな≪セイレーンと詩人≫は素晴らしかった。
モローは、現実の女性と対等の関係性や時に衝突しながら所帯じみた「日常の折衝」を持てなかったのか、彼が画く女性に対する男の存在には逆に圧倒的な強者としての接し方が描かれていたようにみえました。
白鳥に変身したゼウスと接吻をする≪レダ≫。もっと直接的に白鳥とまぐわっている≪レダ≫も。また宵闇に霹靂が走る怖さのある
≪セメレ≫。イスラエル王ダヴィデが欲情し犯す≪バテシバ≫、巨人ポリュフェモスがニンフを横恋慕し恋人を殺した≪ガラティア≫、牡牛のゼウスが拐う
≪エウロペの誘拐≫、ケンタウロスのネッソスがヘラクレスの妻を襲う≪デラネイア≫は大理石の彫像のような描き方でした。
またボーズオブカナダのジャケのような幻想的な光に包まれた室内を描いた≪クレオパトラ≫に黒い天女のような
≪サッフォー≫はこれもまた東洋的な感覚も。一方≪エヴァ≫にはしっかりした肉体と意志ある眼の輝きがあり、男は儚く描かれたりしていました。
そして最後の間では処女にしか懐かない一角獣などの一連の作品群。
華やかに展開される欧州さとオリエンタルさが高次にエキゾチックでエレガントな
≪一角獣≫、ヘンリーダーガー的なコラージュ感も思わせる≪一角獣と女性≫、落ち着いた女性といきり立つ一角獣との対比が強烈な
≪一角獣≫。
≪妖精とグリフォン≫は真っ白な可愛らしい女性とペットのようなグリフォンが洞窟?にいる図。
そしてパナソニック汐留美術館と言えばルオー・ルーム。ジョルジュ・ルオーはアンリ・マティスなどと共にモローから絵を学んでいて、モロー美術館の初代館長でもあるつながりが。
この展覧会、なんと千円でさくっとみれます。なかなか良かったです。6/23まで。